『茶々の乱華 ～戦国の姫、愛と野望の果てに～』

第6巻：鶴松の誕生と秀吉の天下

第2章：鶴松の誕生

　秀吉の居城は、夜に閉ざされる。
　  　木の廊下が月光に冷たく照らされ、庭の花が静かに眠る。
　  　わしは初と江をそばに置き、産室の畳に座す。
　  　小谷城の湖畔は遠く、父上の笑顔は闇に閉ざされる。
　  　――父上。わが目は、鶴松の誕生を捉えたり。  
　  　初がわしの手を握り、穏やかな声で囁く。
「茶々、そなた、子が生まれるのか。わし、江とそなたのそばにいたい……」
　  　その瞳は温かく、希望を湛える。
　  　わしは初の肩を抱く。
「初、そなた、心優しいな。長女として、わしがそなたと江を守る。この子も共に」
　  　江がわが膝に凭れ、ちっちゃな笑顔を見せる。
「茶々、初、新しい子、楽しみだな！ わし、姉貴になるぞ！」  
　  　わしは江の頭を撫でる。
「江、そなた、明るいな。わしと初がそなたを幸せにする。新たな命も共に」
　  　その時、産婆の声が響き、わが腹に痛みが走る。
　  　――鶴松。そなた、わが子。
　  　初がわしの手を強く握り、江がそばで祈る。
　  　わしは息を整え、命を押し出す。  
　  　やがて、泣き声が産室を満たす。
　  　産婆が子を布に包み、わしに差し出す。
「茶々殿、男児にござる。健やかな子じゃ！」
　  　わしは鶴松を抱く。
　  　その小さな顔が、わが胸を温める。
　  　――鶴松。そなた、わが子。わし、そなたを守る。
　  　初が涙を浮かべ、江が笑顔で手を振る。  
　  　その時、廊下から足音が響き、羽柴秀吉が現れる。
　  　その笑顔は、産室の静けさを華やかに彩る。
「茶々殿！ やったな！ 某の子、鶴松か！ 織田の血、長政殿の娘が、某の後継ぎを産んだ！」
　  　その声は、春風のざわめきの如し。
　  　わしは鶴松を抱きしめ、秀吉を見る。
「秀吉殿、そなた、この子をどう遇する？ 初と江の未来はどうなる？」  
　  　秀吉が笑う。
「茶々殿、賢いな！ 鶴松は某の宝、天下の後継ぎだ！ 初殿、江殿もこの城で幸せに暮らす。そなたが母として側室なら、家族は守られる。某の天下、そなたと鶴松と共に築こう！」
　  　わが胸が波立つ。
　  　――後継ぎ？ そなたの笑顔、戦国の影を隠す。
　  　わしは問う。
「秀吉殿、そなた、鶴松に何を求める？ わし、母として、初と江と共にそなたを試す」  
　  　秀吉が目を細める。
「試すか！ いいぞ、茶々殿！ 某は鶴松に天下を継がせたい。そなたの心、初殿、江殿の笑顔、某は守る。戦国の世、そなたと共に切り開こう！」
　  　その笑顔に、わしは鎖の如き重さを感じる。
　  　――この男、笑顔でわしらを縛る。  
　  　初がわしに囁く。
「茶々、そなた、母になったな。わし、鶴松が可愛い。そなた、辛くないか？」
　  　わしは初の手を握る。
「初、そなた、心優しいな。長女として、母として、わしがそなたらと鶴松を守る」
　  　江が鶴松の小さな手を握る。
「茶々、そなた、強いな！ わし、鶴松と一緒なら幸せだ！」  
　  　秀吉が鶴松を抱き上げる。
「茶々殿、そなた、疑うのはいい。されど、鶴松の笑顔、初殿、江殿の笑顔、見てみろ。この城で、そなたらも花の如く咲ける。母として、側室として、そなた、某と共に戦国の世を切り開こう！」
　  　わが心が締め付けられる。
　  　――母上。そなたの意志、わし、守る。
　  　わしは鶴松を胸に抱く。
「秀吉殿、そなたの籠に留まる。されど、わし、そなたを信じぬ。初、江、鶴松の未来のため、わし、母として生きる」  
　  　秀吉が笑う。
「それでいいさ、茶々殿！ 信じなくとも、そなたの覚悟があれば十分だ。そなたら、某と共に新たな命を育てよう！」
　  　わしらは鶴松を見つめる。
　  　初がわしに凭れる。
「茶々、そなた、母になったな。わし、そなたがそばにいると安心する」
　  　わしは初と江を抱く。
「初、江、わしがそなたらを守る。長女として、母として、生き抜く」  
　  　わしは目を閉じる。
　  　小谷城の炎が、瞼の裏で揺れる。
　  　父上の声が、遠く響く。
　  　――茶々、鷹になれ。
　  　わしは答える。
　  　――父上。わし、目を開き、翼を広げ、誕生を越える。