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第16話 無償奉仕を終わらせる一覧表
王宮の仕事には、名前のあるものと、名前のないものがある。
名前のあるものは、記録に残る。
朝会。
決裁。
外交文書。
予算配分。
任命式。
晩餐会。
誰が担当したか、誰が承認したか、どの部署の責任か。
そういうものが紙に残る。
だが、名前のない仕事は違う。
茶会の前に、夫人同士の仲を確認すること。
招待状を出す前に、相手の喪中や病を調べること。
王族の挨拶文から、誰かを傷つける一語を取り除くこと。
厨房が誤った菓子を用意していないか、直前に見に行くこと。
若い令嬢が泣きながら書いた封筒の宛名を、夜のうちに直すこと。
誰かが失敗する前に、誰かが黙って手を入れること。
それらは、問題が起きなければ存在しなかったことになる。
何も起きなかった、という結果だけが残り、何も起こさないために動いた者の名は残らない。
クラリスは、そのことをよく知っていた。
「一覧にすると、思った以上にありますね」
オスカーが、卓上の紙を見て言った。
王宮臨時顧問室の丸卓には、大きな紙が何枚も広げられている。
表題は、クラリスが自分で書いた。
王宮内非公式業務一覧案
その横に、イリスが置いた小さな札がある。
緊急。
明日でよい。
誰かに任せる。
断る。
そして今日は、もう一つ札が増えていた。
名前をつける
それを見たオスカーが、少しだけ笑った。
「この札、いいですね」
「イリスが作ったのです」
「なるほど」
イリスは茶を注ぎながら言う。
「お嬢様は、名前のない仕事を見つけると拾ってしまわれます。拾う前に、まず名前をつけていただきます」
「私を野良猫のように言わないで」
「似ております」
「似ているの?」
「困っている書類を見ると拾いますので」
オスカーが咳をした。
笑ったのを誤魔化したらしい。
クラリスは少しだけ眉を下げたが、すぐに紙へ視線を戻した。
「まず、茶会関連から整理しましょう」
彼女は羽根ペンを取る。
「招待客の家格確認」
オスカーが書き留める。
「慶弔確認」
「食事禁忌確認」
「花材禁忌確認」
「同席不可人物の抽出」
「会話禁止話題一覧」
「帰りの馬車順確認」
「控え室配置」
書いても書いても、終わらない。
マルタ女官長も同席していた。
彼女は最初、腕を組んで黙っていたが、途中から口を挟むようになった。
「控え室の香の種類も入れてください」
「香ですか」
オスカーが顔を上げる。
「はい。香りに敏感な大使夫人や、懐妊中の令嬢がいらっしゃる場合があります」
クラリスは頷いた。
「確かに。以前、南方使節夫人が沈香で気分を悪くされました」
「その時、クラリス顧問が開宴前に香炉を替えましたね」
マルタが言う。
クラリスは一瞬考えた。
「ああ……ありましたね」
「あなたは、そうやって忘れるのです」
マルタの声は厳しかった。
「え?」
「自分がしたことを、すぐ“当然の処理”として忘れてしまう」
クラリスは返事に詰まった。
イリスが後ろで小さく頷く。
オスカーも、少しだけ気まずそうに目を伏せた。
マルタは続ける。
「ですから、今日は忘れないための一覧です」
その言葉は、静かに胸に残った。
忘れないため。
自分が何をしてきたか。
他の誰かが何をしているか。
なかったことにされないため。
「……はい」
クラリスは頷いた。
「香の確認も入れましょう」
そこから、作業は広がっていった。
茶会関連だけでは足りない。
王族発言文の事前確認。
貴族家の近況記録。
神殿慈善事業の内示。
寄付金の支払い予定確認。
来賓の宿泊室手配。
厨房への禁忌伝達。
式典後の詫び状草案。
不在の王妃に代わる返礼状確認。
王太子の失言時対応案。
下級令嬢の見習い業務。
女官の時間外対応。
侍従が非公式に行っている根回し。
書記官補佐が夜に写している控え文書。
名前のない仕事は、紙の上に現れるたび、驚くほど増えていった。
「……これは」
オスカーが、途中で筆を止めた。
「一人で抱える量ではありませんね」
誰も、すぐには答えなかった。
それは、クラリスがこれまで抱えていた量でもある。
もちろん、全てを彼女一人がしていたわけではない。
女官も、侍従も、書記官も動いていた。
だが、その多くが非公式で、曖昧で、最後はクラリスのところに集まっていた。
クラリスなら分かるから。
クラリスなら直せるから。
クラリスなら、頼まなくても気づくから。
そうして、仕事は流れ込んできた。
「表に出せば、反発が起きます」
マルタが言った。
「でしょうね」
クラリスは答えた。
「まず、仕事量が多すぎると分かります。次に、誰がどれだけ無償で担っていたかが見えます。最後に、その仕事で得をしていた者が見えてしまう」
「分かっていて出しますか」
「はい」
「なぜ?」
マルタの声は責めているのではない。
確認している。
クラリスは、紙の上に並んだ文字を見た。
王族発言文危険表現確認。
茶会禁忌一覧作成。
下級令嬢見習い労働。
神殿寄付金事前調整。
夜間返礼状修正。
どれも、見覚えがある。
どれも、誰かが黙ってしてきた。
「表に出さなかったから、わたくしのような者が生まれました」
部屋が静まる。
自分で言った言葉なのに、胸の奥が少し痛んだ。
わたくしのような者。
便利な人間。
気づいてしまう人間。
頼まれる前に動く人間。
そして、使い潰されかける人間。
「わたくし一人が報酬をいただいても、意味がありません」
クラリスは続けた。
「王宮の仕組みが変わらなければ、次に同じことをする誰かが出ます。若い女官かもしれません。見習い令嬢かもしれません。書記官補佐かもしれません。その人たちが“名誉だから”“家のためだから”“気が利くから”という理由で、また仕事を抱え込むことになります」
オスカーが静かに言った。
「書記官室にも、います」
クラリスは彼を見る。
「夜に残って、正式記録には残らない控えを整えている補佐官が。上司の署名に誤字があれば直し、会議の前に過去資料を机に置き、失敗しなければ誰にも気づかれません」
マルタも言った。
「女官にもおります。夫人方の好みを覚え、花を差し替え、侍女が泣けば代わりに控え室へ入り、後で名前も残らない」
イリスが静かに続けた。
「侍女にもおります。主の体調を整え、失敗しそうな装いを直し、必要な言葉を覚えさせ、失敗しなければ“よくできた令嬢”だけが残ります」
その場にいる全員が、知っていた。
見えない仕事は、クラリスだけの問題ではない。
王宮そのものの問題だ。
「では」
クラリスは羽根ペンを置いた。
「この一覧は、わたくしたちだけのものではありません。王妃陛下へ提出します」
マルタの表情が少し変わった。
「王妃陛下へ」
「はい」
「王妃陛下は、病み上がりです」
「ですから、短く要点をまとめます」
「短く?」
イリスが反応した。
クラリスは少しだけ視線を逸らす。
「……なるべく」
「お嬢様」
「短くします」
オスカーが小さく笑った。
その日の午後、クラリスは王妃エレオノーラの私室へ向かった。
同行したのは、マルタ女官長とイリス。
オスカーは一覧表の写しを作るため、顧問室に残った。
王妃の私室は、東の光が入る静かな部屋だった。
淡い青のカーテン。
白い花。
薬草の香り。
エレオノーラ王妃は、長椅子に身を預けていた。
顔色はまだ白い。
だが、クラリスを見る目は、驚くほど澄んでいる。
「来たわね、クラリス」
「お時間をいただき、ありがとうございます。王妃陛下」
「形式ばった挨拶は短めに。今日は何を持ってきたの?」
昔から、王妃はこういう人だった。
柔らかいようで、核心に早い。
クラリスは書類を差し出した。
「王宮内非公式業務の一覧案です」
王妃はそれを受け取り、ゆっくり目を通した。
部屋の中に、紙をめくる音だけが響く。
クラリスは立ったまま待った。
王妃の目が、時折止まる。
王族発言文危険表現確認。
茶会禁忌一覧作成。
女官時間外対応。
見習い令嬢非公式労働。
神殿寄付金事前調整。
王妃は、最後まで読んでから、目を閉じた。
「よく書いたわね、クラリス」
その声は、思っていたより優しかった。
クラリスは返事に詰まる。
褒められたからではない。
その言葉の中に、別のものが混じっていたからだ。
懐かしさ。
痛み。
そして、少しの後悔。
「陛下」
「私もね」
王妃は、書類を膝の上に置いた。
「若い頃、同じようなことをしていたわ」
マルタが目を伏せる。
知っていたのだろう。
王妃は、窓の外を見た。
「先王妃が厳しい方でね。茶会の花一つ、席次一つ、言葉一つ、失敗すれば家ごと笑われる時代だった。私は失敗したくなくて、誰よりも早く覚えた」
クラリスは黙って聞く。
「覚えれば覚えるほど、仕事は増えたわ。あの子なら気づく。あの子なら直せる。あの子なら黙ってやる。気がつけば、私の周りには“私でなければならない仕事”が山のように積まれていた」
王妃は、少しだけ笑った。
「本当は、私でなくてもよかったのにね」
その言葉は、クラリスの胸に落ちた。
私でなくてもよかった。
けれど、自分しかいないと思い込んでいた。
周りも、そう思わせていた。
「王妃陛下も、そうだったのですか」
「ええ。だから、あなたを見ていると昔の自分を思い出したわ」
「では、なぜ」
言いかけて、クラリスは口を閉じた。
言ってはいけない気がした。
だが、王妃は静かに続きを促す。
「なぜ止めなかったのかしら?」
クラリスは目を伏せた。
「失礼を」
「いいえ。当然の問いよ」
王妃は、少し苦しげに息を吐いた。
「私が病んだことも理由の一つ。でも、それだけではないわ。あなたならできると思った。あなたが支えてくれるなら、王宮はまだ回ると思った。私は、あなたの能力に甘えたの」
部屋の空気が重くなる。
クラリスは何も言わなかった。
王妃は続ける。
「ごめんなさい、クラリス」
その謝罪は、国王の公的な謝罪とは違っていた。
師から弟子へ。
かつて同じ道を歩いた女性から、同じ道に立たせてしまった女性へ。
クラリスは、深く礼をした。
「お言葉、確かに承りました」
許すとは言えなかった。
けれど、受け取ることはできた。
王妃は小さく頷く。
「この一覧は、必要よ」
「では」
「ええ。王妃執務院として進めなさい。私の名を使って構いません」
マルタが深く頭を下げる。
「承知いたしました」
「ただし、気をつけなさい」
王妃の声が少し低くなった。
「王宮で見えない仕事を見えるようにすると、見られたくない者が必ず動きます」
クラリスは、バルツァー財務卿とローゼン侯爵夫人の顔を思い浮かべた。
「すでに動き始めています」
「でしょうね」
王妃はわずかに笑う。
「王宮の古い埃は、陽に当てると舞い上がるものよ」
「では、どうすれば」
「一度に窓を全部開けないこと」
クラリスは目を上げる。
王妃は言った。
「一気に変えようとすれば、抵抗も一気に来る。まず一つ、確実に制度にしなさい。名前をつける。担当を決める。記録に残す。そこからよ」
クラリスはゆっくり頷いた。
「はい」
「それと、あなた自身も一覧に入れなさい」
「わたくし自身?」
「ええ。クラリス・フォン・エルディアが、何を担い、何を担わないか」
王妃は、少しだけ目を細めた。
「あなたは、自分だけ欄外に置きがちだから」
背後でイリスが小さく頷いた気配がした。
クラリスは振り返らない。
「……気をつけます」
「気をつける、では足りないわね」
王妃が言う。
イリスと同じ言い方だった。
クラリスは思わず少しだけ笑った。
「実行いたします」
「よろしい」
王妃も、ほんの少し笑った。
私室を出た後、マルタはしばらく黙っていた。
廊下の途中で、彼女が口を開く。
「クラリス顧問」
「はい」
「王妃陛下があのように謝罪なさったのは、初めて見ました」
「そうなのですか」
「ええ」
マルタは歩きながら言う。
「陛下は、強い方です。ですが、強い方ほど、自分と同じ強さを他人に求めてしまうことがあります」
クラリスは、先ほどの王妃の言葉を思い出す。
私でなくてもよかったのにね。
その一言が、消えない。
「わたくしも、ミレーヌに同じことをしていたのかもしれません」
思わず口にすると、マルタがこちらを見た。
「妹君に?」
「はい。わたくしならできることを、あの子にも同じようにできるはずだと思ったことがあります。逆に、あの子には無理だと決めつけて、先に片付けたことも」
マルタは少し考えた。
「どちらも、相手から学ぶ機会を奪うことがあります」
「はい」
「ですが、気づいたなら変えられます」
マルタの声は厳しい。
けれど、冷たくはなかった。
「妹君は本日、封筒の敬称を二つしか間違えませんでした」
クラリスは足を止めた。
「昨日は十二通だったのに?」
「今日は二つです」
「それは……」
かなりの進歩だ。
そう言いかけて、クラリスは口を閉じた。
今すぐ褒めに行きたくなる。
だが、そこはマルタの役目だ。
マルタは、わずかに目を細めた。
「お伝えするだけです。今すぐ見に行かなくて結構です」
「……はい」
イリスが横で小さく言う。
「王宮中にお嬢様の扱い方が共有されつつありますね」
「それは困るわ」
「良いことです」
顧問室へ戻ると、オスカーが一覧表の清書を進めていた。
机の上には、項目ごとの担当案が並んでいる。
「王妃陛下はいかがでしたか」
「承認をいただきました。王妃執務院として進めます」
オスカーは、ほっとしたように息を吐いた。
「それは大きいですね」
「はい。ただし、一度にすべては変えません」
「では、最初の制度化は何にしますか」
クラリスは、一覧表を見る。
項目は多い。
多すぎるほどだ。
どれも必要。
どれも放置できない。
けれど、最初に選ぶなら。
「招待状と席次に関する確認業務から始めます」
クラリスは言った。
「茶会や式典のたびに発生し、失敗すれば社交と外交に影響します。さらに、見習い令嬢や女官の非公式労働が多い部分です」
オスカーが頷く。
「名前は?」
クラリスは少し考えた。
「儀礼補佐業務」
「担当職は?」
「儀礼補佐官」
その言葉を口にした瞬間、紙の上の何かが形を持った気がした。
儀礼補佐官。
誰かが気を利かせてやる雑用ではない。
役目だ。
名前のある仕事だ。
「記録します」
オスカーが筆を走らせる。
イリスが、そっと新しい札を机に置いた。
名前をつける。
クラリスは、その札を見つめた。
王宮を一日で変えることはできない。
王妃の言う通り、一度に窓を全部開ければ埃が舞い上がる。
でも、一つずつなら。
名前をつけることからなら。
始められる。
その夜、王宮の各部署へ一枚の通知が回った。
王妃執務院内における非公式業務調査の開始。
まずは招待状、席次、茶会事前確認に関わる業務を記録し、担当と所要時間を明確化すること。
通知の末尾には、王妃エレオノーラの承認印と、王宮臨時顧問クラリス・フォン・エルディアの署名があった。
静かな一枚だった。
だが、それを見た者たちの反応はさまざまだった。
若い女官の一人は、小さく息を吐いて笑った。
「これで、夜にこっそり直した分も書いていいのかしら」
書記官補佐の一人は、驚いた顔で隣を見た。
「所要時間って、あの控え写しも入るのか?」
年配の侍従は、渋い顔で呟いた。
「面倒なことを始めたな」
そして、ローゼン侯爵夫人のもとにも、その通知の写しは届いた。
彼女は扇で紙の端を押さえ、しばらく眺めた。
「儀礼補佐官、ですって」
声は甘い。
けれど、目は冷えている。
「名前をつければ、仕事が軽くなるとでも思っているのかしら」
彼女の隣にいた夫人が、小さく尋ねる。
「いかがなさいます?」
ローゼンは、ゆっくり扇を閉じた。
「次の午後茶会で、確かめましょう」
同じ頃、クラリスは顧問室で一覧表の控えをしまっていた。
引き出しに入れる前に、もう一度だけ表題を見る。
王宮内非公式業務一覧案。
まだ案だ。
まだ始まったばかり。
だが、確かに一歩進んだ。
イリスが背後で言う。
「お嬢様」
「何?」
「今日は、もう終業時刻でございます」
「分かっているわ」
「一覧表を眺めながら、追加項目を思いついておられませんか」
「……少しだけ」
「明日でございます」
クラリスは、少しだけ名残惜しそうに紙をしまった。
「明日ね」
「はい。明日です」
扉を閉める。
灯りを消す。
その瞬間、クラリスは少しだけ笑った。
名前のない仕事に、名前をつける。
それは、王宮を変える最初の灯りだった。
名前のあるものは、記録に残る。
朝会。
決裁。
外交文書。
予算配分。
任命式。
晩餐会。
誰が担当したか、誰が承認したか、どの部署の責任か。
そういうものが紙に残る。
だが、名前のない仕事は違う。
茶会の前に、夫人同士の仲を確認すること。
招待状を出す前に、相手の喪中や病を調べること。
王族の挨拶文から、誰かを傷つける一語を取り除くこと。
厨房が誤った菓子を用意していないか、直前に見に行くこと。
若い令嬢が泣きながら書いた封筒の宛名を、夜のうちに直すこと。
誰かが失敗する前に、誰かが黙って手を入れること。
それらは、問題が起きなければ存在しなかったことになる。
何も起きなかった、という結果だけが残り、何も起こさないために動いた者の名は残らない。
クラリスは、そのことをよく知っていた。
「一覧にすると、思った以上にありますね」
オスカーが、卓上の紙を見て言った。
王宮臨時顧問室の丸卓には、大きな紙が何枚も広げられている。
表題は、クラリスが自分で書いた。
王宮内非公式業務一覧案
その横に、イリスが置いた小さな札がある。
緊急。
明日でよい。
誰かに任せる。
断る。
そして今日は、もう一つ札が増えていた。
名前をつける
それを見たオスカーが、少しだけ笑った。
「この札、いいですね」
「イリスが作ったのです」
「なるほど」
イリスは茶を注ぎながら言う。
「お嬢様は、名前のない仕事を見つけると拾ってしまわれます。拾う前に、まず名前をつけていただきます」
「私を野良猫のように言わないで」
「似ております」
「似ているの?」
「困っている書類を見ると拾いますので」
オスカーが咳をした。
笑ったのを誤魔化したらしい。
クラリスは少しだけ眉を下げたが、すぐに紙へ視線を戻した。
「まず、茶会関連から整理しましょう」
彼女は羽根ペンを取る。
「招待客の家格確認」
オスカーが書き留める。
「慶弔確認」
「食事禁忌確認」
「花材禁忌確認」
「同席不可人物の抽出」
「会話禁止話題一覧」
「帰りの馬車順確認」
「控え室配置」
書いても書いても、終わらない。
マルタ女官長も同席していた。
彼女は最初、腕を組んで黙っていたが、途中から口を挟むようになった。
「控え室の香の種類も入れてください」
「香ですか」
オスカーが顔を上げる。
「はい。香りに敏感な大使夫人や、懐妊中の令嬢がいらっしゃる場合があります」
クラリスは頷いた。
「確かに。以前、南方使節夫人が沈香で気分を悪くされました」
「その時、クラリス顧問が開宴前に香炉を替えましたね」
マルタが言う。
クラリスは一瞬考えた。
「ああ……ありましたね」
「あなたは、そうやって忘れるのです」
マルタの声は厳しかった。
「え?」
「自分がしたことを、すぐ“当然の処理”として忘れてしまう」
クラリスは返事に詰まった。
イリスが後ろで小さく頷く。
オスカーも、少しだけ気まずそうに目を伏せた。
マルタは続ける。
「ですから、今日は忘れないための一覧です」
その言葉は、静かに胸に残った。
忘れないため。
自分が何をしてきたか。
他の誰かが何をしているか。
なかったことにされないため。
「……はい」
クラリスは頷いた。
「香の確認も入れましょう」
そこから、作業は広がっていった。
茶会関連だけでは足りない。
王族発言文の事前確認。
貴族家の近況記録。
神殿慈善事業の内示。
寄付金の支払い予定確認。
来賓の宿泊室手配。
厨房への禁忌伝達。
式典後の詫び状草案。
不在の王妃に代わる返礼状確認。
王太子の失言時対応案。
下級令嬢の見習い業務。
女官の時間外対応。
侍従が非公式に行っている根回し。
書記官補佐が夜に写している控え文書。
名前のない仕事は、紙の上に現れるたび、驚くほど増えていった。
「……これは」
オスカーが、途中で筆を止めた。
「一人で抱える量ではありませんね」
誰も、すぐには答えなかった。
それは、クラリスがこれまで抱えていた量でもある。
もちろん、全てを彼女一人がしていたわけではない。
女官も、侍従も、書記官も動いていた。
だが、その多くが非公式で、曖昧で、最後はクラリスのところに集まっていた。
クラリスなら分かるから。
クラリスなら直せるから。
クラリスなら、頼まなくても気づくから。
そうして、仕事は流れ込んできた。
「表に出せば、反発が起きます」
マルタが言った。
「でしょうね」
クラリスは答えた。
「まず、仕事量が多すぎると分かります。次に、誰がどれだけ無償で担っていたかが見えます。最後に、その仕事で得をしていた者が見えてしまう」
「分かっていて出しますか」
「はい」
「なぜ?」
マルタの声は責めているのではない。
確認している。
クラリスは、紙の上に並んだ文字を見た。
王族発言文危険表現確認。
茶会禁忌一覧作成。
下級令嬢見習い労働。
神殿寄付金事前調整。
夜間返礼状修正。
どれも、見覚えがある。
どれも、誰かが黙ってしてきた。
「表に出さなかったから、わたくしのような者が生まれました」
部屋が静まる。
自分で言った言葉なのに、胸の奥が少し痛んだ。
わたくしのような者。
便利な人間。
気づいてしまう人間。
頼まれる前に動く人間。
そして、使い潰されかける人間。
「わたくし一人が報酬をいただいても、意味がありません」
クラリスは続けた。
「王宮の仕組みが変わらなければ、次に同じことをする誰かが出ます。若い女官かもしれません。見習い令嬢かもしれません。書記官補佐かもしれません。その人たちが“名誉だから”“家のためだから”“気が利くから”という理由で、また仕事を抱え込むことになります」
オスカーが静かに言った。
「書記官室にも、います」
クラリスは彼を見る。
「夜に残って、正式記録には残らない控えを整えている補佐官が。上司の署名に誤字があれば直し、会議の前に過去資料を机に置き、失敗しなければ誰にも気づかれません」
マルタも言った。
「女官にもおります。夫人方の好みを覚え、花を差し替え、侍女が泣けば代わりに控え室へ入り、後で名前も残らない」
イリスが静かに続けた。
「侍女にもおります。主の体調を整え、失敗しそうな装いを直し、必要な言葉を覚えさせ、失敗しなければ“よくできた令嬢”だけが残ります」
その場にいる全員が、知っていた。
見えない仕事は、クラリスだけの問題ではない。
王宮そのものの問題だ。
「では」
クラリスは羽根ペンを置いた。
「この一覧は、わたくしたちだけのものではありません。王妃陛下へ提出します」
マルタの表情が少し変わった。
「王妃陛下へ」
「はい」
「王妃陛下は、病み上がりです」
「ですから、短く要点をまとめます」
「短く?」
イリスが反応した。
クラリスは少しだけ視線を逸らす。
「……なるべく」
「お嬢様」
「短くします」
オスカーが小さく笑った。
その日の午後、クラリスは王妃エレオノーラの私室へ向かった。
同行したのは、マルタ女官長とイリス。
オスカーは一覧表の写しを作るため、顧問室に残った。
王妃の私室は、東の光が入る静かな部屋だった。
淡い青のカーテン。
白い花。
薬草の香り。
エレオノーラ王妃は、長椅子に身を預けていた。
顔色はまだ白い。
だが、クラリスを見る目は、驚くほど澄んでいる。
「来たわね、クラリス」
「お時間をいただき、ありがとうございます。王妃陛下」
「形式ばった挨拶は短めに。今日は何を持ってきたの?」
昔から、王妃はこういう人だった。
柔らかいようで、核心に早い。
クラリスは書類を差し出した。
「王宮内非公式業務の一覧案です」
王妃はそれを受け取り、ゆっくり目を通した。
部屋の中に、紙をめくる音だけが響く。
クラリスは立ったまま待った。
王妃の目が、時折止まる。
王族発言文危険表現確認。
茶会禁忌一覧作成。
女官時間外対応。
見習い令嬢非公式労働。
神殿寄付金事前調整。
王妃は、最後まで読んでから、目を閉じた。
「よく書いたわね、クラリス」
その声は、思っていたより優しかった。
クラリスは返事に詰まる。
褒められたからではない。
その言葉の中に、別のものが混じっていたからだ。
懐かしさ。
痛み。
そして、少しの後悔。
「陛下」
「私もね」
王妃は、書類を膝の上に置いた。
「若い頃、同じようなことをしていたわ」
マルタが目を伏せる。
知っていたのだろう。
王妃は、窓の外を見た。
「先王妃が厳しい方でね。茶会の花一つ、席次一つ、言葉一つ、失敗すれば家ごと笑われる時代だった。私は失敗したくなくて、誰よりも早く覚えた」
クラリスは黙って聞く。
「覚えれば覚えるほど、仕事は増えたわ。あの子なら気づく。あの子なら直せる。あの子なら黙ってやる。気がつけば、私の周りには“私でなければならない仕事”が山のように積まれていた」
王妃は、少しだけ笑った。
「本当は、私でなくてもよかったのにね」
その言葉は、クラリスの胸に落ちた。
私でなくてもよかった。
けれど、自分しかいないと思い込んでいた。
周りも、そう思わせていた。
「王妃陛下も、そうだったのですか」
「ええ。だから、あなたを見ていると昔の自分を思い出したわ」
「では、なぜ」
言いかけて、クラリスは口を閉じた。
言ってはいけない気がした。
だが、王妃は静かに続きを促す。
「なぜ止めなかったのかしら?」
クラリスは目を伏せた。
「失礼を」
「いいえ。当然の問いよ」
王妃は、少し苦しげに息を吐いた。
「私が病んだことも理由の一つ。でも、それだけではないわ。あなたならできると思った。あなたが支えてくれるなら、王宮はまだ回ると思った。私は、あなたの能力に甘えたの」
部屋の空気が重くなる。
クラリスは何も言わなかった。
王妃は続ける。
「ごめんなさい、クラリス」
その謝罪は、国王の公的な謝罪とは違っていた。
師から弟子へ。
かつて同じ道を歩いた女性から、同じ道に立たせてしまった女性へ。
クラリスは、深く礼をした。
「お言葉、確かに承りました」
許すとは言えなかった。
けれど、受け取ることはできた。
王妃は小さく頷く。
「この一覧は、必要よ」
「では」
「ええ。王妃執務院として進めなさい。私の名を使って構いません」
マルタが深く頭を下げる。
「承知いたしました」
「ただし、気をつけなさい」
王妃の声が少し低くなった。
「王宮で見えない仕事を見えるようにすると、見られたくない者が必ず動きます」
クラリスは、バルツァー財務卿とローゼン侯爵夫人の顔を思い浮かべた。
「すでに動き始めています」
「でしょうね」
王妃はわずかに笑う。
「王宮の古い埃は、陽に当てると舞い上がるものよ」
「では、どうすれば」
「一度に窓を全部開けないこと」
クラリスは目を上げる。
王妃は言った。
「一気に変えようとすれば、抵抗も一気に来る。まず一つ、確実に制度にしなさい。名前をつける。担当を決める。記録に残す。そこからよ」
クラリスはゆっくり頷いた。
「はい」
「それと、あなた自身も一覧に入れなさい」
「わたくし自身?」
「ええ。クラリス・フォン・エルディアが、何を担い、何を担わないか」
王妃は、少しだけ目を細めた。
「あなたは、自分だけ欄外に置きがちだから」
背後でイリスが小さく頷いた気配がした。
クラリスは振り返らない。
「……気をつけます」
「気をつける、では足りないわね」
王妃が言う。
イリスと同じ言い方だった。
クラリスは思わず少しだけ笑った。
「実行いたします」
「よろしい」
王妃も、ほんの少し笑った。
私室を出た後、マルタはしばらく黙っていた。
廊下の途中で、彼女が口を開く。
「クラリス顧問」
「はい」
「王妃陛下があのように謝罪なさったのは、初めて見ました」
「そうなのですか」
「ええ」
マルタは歩きながら言う。
「陛下は、強い方です。ですが、強い方ほど、自分と同じ強さを他人に求めてしまうことがあります」
クラリスは、先ほどの王妃の言葉を思い出す。
私でなくてもよかったのにね。
その一言が、消えない。
「わたくしも、ミレーヌに同じことをしていたのかもしれません」
思わず口にすると、マルタがこちらを見た。
「妹君に?」
「はい。わたくしならできることを、あの子にも同じようにできるはずだと思ったことがあります。逆に、あの子には無理だと決めつけて、先に片付けたことも」
マルタは少し考えた。
「どちらも、相手から学ぶ機会を奪うことがあります」
「はい」
「ですが、気づいたなら変えられます」
マルタの声は厳しい。
けれど、冷たくはなかった。
「妹君は本日、封筒の敬称を二つしか間違えませんでした」
クラリスは足を止めた。
「昨日は十二通だったのに?」
「今日は二つです」
「それは……」
かなりの進歩だ。
そう言いかけて、クラリスは口を閉じた。
今すぐ褒めに行きたくなる。
だが、そこはマルタの役目だ。
マルタは、わずかに目を細めた。
「お伝えするだけです。今すぐ見に行かなくて結構です」
「……はい」
イリスが横で小さく言う。
「王宮中にお嬢様の扱い方が共有されつつありますね」
「それは困るわ」
「良いことです」
顧問室へ戻ると、オスカーが一覧表の清書を進めていた。
机の上には、項目ごとの担当案が並んでいる。
「王妃陛下はいかがでしたか」
「承認をいただきました。王妃執務院として進めます」
オスカーは、ほっとしたように息を吐いた。
「それは大きいですね」
「はい。ただし、一度にすべては変えません」
「では、最初の制度化は何にしますか」
クラリスは、一覧表を見る。
項目は多い。
多すぎるほどだ。
どれも必要。
どれも放置できない。
けれど、最初に選ぶなら。
「招待状と席次に関する確認業務から始めます」
クラリスは言った。
「茶会や式典のたびに発生し、失敗すれば社交と外交に影響します。さらに、見習い令嬢や女官の非公式労働が多い部分です」
オスカーが頷く。
「名前は?」
クラリスは少し考えた。
「儀礼補佐業務」
「担当職は?」
「儀礼補佐官」
その言葉を口にした瞬間、紙の上の何かが形を持った気がした。
儀礼補佐官。
誰かが気を利かせてやる雑用ではない。
役目だ。
名前のある仕事だ。
「記録します」
オスカーが筆を走らせる。
イリスが、そっと新しい札を机に置いた。
名前をつける。
クラリスは、その札を見つめた。
王宮を一日で変えることはできない。
王妃の言う通り、一度に窓を全部開ければ埃が舞い上がる。
でも、一つずつなら。
名前をつけることからなら。
始められる。
その夜、王宮の各部署へ一枚の通知が回った。
王妃執務院内における非公式業務調査の開始。
まずは招待状、席次、茶会事前確認に関わる業務を記録し、担当と所要時間を明確化すること。
通知の末尾には、王妃エレオノーラの承認印と、王宮臨時顧問クラリス・フォン・エルディアの署名があった。
静かな一枚だった。
だが、それを見た者たちの反応はさまざまだった。
若い女官の一人は、小さく息を吐いて笑った。
「これで、夜にこっそり直した分も書いていいのかしら」
書記官補佐の一人は、驚いた顔で隣を見た。
「所要時間って、あの控え写しも入るのか?」
年配の侍従は、渋い顔で呟いた。
「面倒なことを始めたな」
そして、ローゼン侯爵夫人のもとにも、その通知の写しは届いた。
彼女は扇で紙の端を押さえ、しばらく眺めた。
「儀礼補佐官、ですって」
声は甘い。
けれど、目は冷えている。
「名前をつければ、仕事が軽くなるとでも思っているのかしら」
彼女の隣にいた夫人が、小さく尋ねる。
「いかがなさいます?」
ローゼンは、ゆっくり扇を閉じた。
「次の午後茶会で、確かめましょう」
同じ頃、クラリスは顧問室で一覧表の控えをしまっていた。
引き出しに入れる前に、もう一度だけ表題を見る。
王宮内非公式業務一覧案。
まだ案だ。
まだ始まったばかり。
だが、確かに一歩進んだ。
イリスが背後で言う。
「お嬢様」
「何?」
「今日は、もう終業時刻でございます」
「分かっているわ」
「一覧表を眺めながら、追加項目を思いついておられませんか」
「……少しだけ」
「明日でございます」
クラリスは、少しだけ名残惜しそうに紙をしまった。
「明日ね」
「はい。明日です」
扉を閉める。
灯りを消す。
その瞬間、クラリスは少しだけ笑った。
名前のない仕事に、名前をつける。
それは、王宮を変える最初の灯りだった。
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