『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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第85話『寒さと膀胱、そして無理』

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 冬の朝。
 太陽は顔を出しているものの、空気は冷たく、校庭には霜がうっすらと降りていた。

「うっ……さ、寒っ……!」

 佐藤ハルカは、ジャージ姿で肩を抱きながら校庭に立っていた。
 クラスはこれから体育の授業、今日は持久走のタイム測定だという。

(持久走って……地獄じゃん……!)

 寒さでかじかむ指先を擦り合わせながら、ハルカは内心で悲鳴を上げた。
 しかし、そんなことより──

「や、やばい……またトイレ行きたくなってきた……!」

 ハルカは自分の下腹部をそっと押さえる。

(朝、家でちゃんとトイレ行ったのに!? なんで!?)

 いつもならもう少し余裕があるのに、今日はやたらと近い。
 しかも、じわじわと痛みのようなものも混ざってきている気がする。

(ま、まだ我慢できる……たぶん……)

 必死に自分に言い聞かせるハルカ。
「今ここでトイレ行きたいなんて言ったら、またクラスのみんなに笑われる!」
 そんなプライドが、彼女を無理に立たせていた。

「よーし! スタート位置についてー!」

 体育教師の号令が響き、クラスメイトたちは次々にスタートラインに並び始めた。

 ハルカも、膀胱を必死に抱えながらその列に加わる。
 隣には、相変わらずマイペースなミキがいた。

「ねーねー、ハルカ、またトイレ我慢してる?」

「し、してないし!」

「絶対してるー! ほら顔真っ赤ー!」

 ミキがニヤニヤと笑いながらスマホを構える。

「今日もパニック動画、撮っとこっかなー? 『冬の膀胱パニック編』ってタイトルで!」

「ミキ、ふざけないでよー!」

 ハルカは慌ててスマホを押しのけたが、
 その拍子に、また膀胱にジンッと嫌な刺激が走った。

「うっ……」

 一瞬、顔をしかめる。

 ──その小さな異変を、誰よりも鋭く見逃さなかったのは、ケントだった。

「……佐藤、顔、青白いぞ」

 持久走のスタート前、ぼそりと声をかけてきたケント。

 ハルカは慌てていつものノリで返す。

「だ、だいじょーぶだもーん☆」

「……お前、絶対どっかおかしいだろ」

 鋭い視線を向けるケント。
 だが、ハルカは引き下がれなかった。

(今ここで弱音吐いたら、恥ずかしい……!)

「いけるいける! 持久走だし、走ればあったまるし!」

 無理やり笑って見せるハルカ。
 その顔は、明らかに無理をしていた。

 ピィィィィ──!

 スタートの笛が鳴った。

 一斉に駆け出すクラスメイトたち。
 ハルカも必死に走り出した。

(がんばれ私! トイレなんて忘れろ!)

 必死に足を前へ運ぶ。
 だが、走るたび、膀胱がジンジンと痛む。

(あれ……やっぱり、なんか、変だ……)

 冷たい冬の風が頬を打つ。
 走りながら、ハルカは心のどこかで、うっすらとした不安を感じ始めていた。

 ──これは、ただの我慢とは、違うかもしれない。

 ***

「佐藤ー! 顔が死んでるぞー!」

 後ろからミキが叫ぶ。
 ハルカは振り返る余裕もなく、ただただ前だけを見つめて走った。

 ──今だけは、絶対、バレたくなかったから。

 その必死な背中を、
 ケントは黙って、じっと見つめていた。

(続く)
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