『闇憑き語り ――五百夜、目を逸らしてはならぬ物語』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『見つめられるだけの部屋』

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ワンルームマンション、風呂トイレ別、駅徒歩五分。敷金・礼金ゼロ。家賃は周辺相場より一万円以上安い。

 いわゆる「事故物件」というやつだった。

 大学進学と同時に親元を離れ、念願の一人暮らしを始めた俺にとって、その条件は魅力的すぎた。正直、いわくつきだろうが、関係ないと思っていた。死んだのは他人で、今生きているのは自分なのだから。

 部屋はごく普通だった。白い壁、木目調の床、天井は低くも高くもない。ただ、初めて内見したとき、ひとつだけ妙な違和感があった。

 天井の、ほんの一点。部屋の中央やや右よりの場所。

 そこだけ、やけに「意識させられる」ような視線を感じたのだ。

 目を向けても何もない。ただの、塗装された白い天井。

 だがそれでも、そこに「何かがいるような気配」は、いつまでも消えなかった。

 最初のうちは気のせいだと思っていた。

 けれど、引っ越して数日も経たないうちに、それは“気のせい”ではなくなっていった。

 夜、ベッドに入って部屋の明かりを落とすと──

 目を閉じていても、そこから“見られている”。

 それは確かに感じる。

 まるで、こちらの呼吸のリズムすら読んでいるように、息を合わせ、まばたきのタイミングすら計ってくるような視線。

 俺が布団の中で寝返りを打つと、その視線も「ついてくる」。

 部屋を出てキッチンに立っても、トイレに入っても、戻ってくると“そこ”から目を逸らせない。

 おかしいのは、それが“一点”なのだ。範囲ではなく、たった「一箇所」からしか感じない。直径にして十円玉よりも小さい。まるで天井に空いた針の穴のように、そこだけがぽっかりと“向こう”と繋がっているように感じられた。

 何がいるのか、ではない。

 誰かが見ているのだ、と確信に変わる。

 ある夜、決心して天井にカメラを向けてみることにした。

 大学のサークルで使っていた監視用の小型カメラが余っていたのを思い出した。天井を映すよう三脚を立て、レンズの角度を数ミリ単位で調整する。録画開始。真下のベッドに横たわりながら、天井を見つめる。

 静寂。

 録画中の赤いLEDが点滅する音だけが、小さく点で響いていた。

 俺は目を閉じた。

 意識の奥が、ふっと暗くなる──その直前だった。

 視線が、カメラに移った。

 それが“わかって”しまったのだ。

 俺を見ていた何かが、レンズの中に“興味を持ち”、ゆっくりと、そちらに目を向けた感覚。

 思わず目を開くと、天井の一点──その“視線の出所”が、カメラと“睨み合って”いるように見えた。

 しかし、そこには何も映っていなかった。やはり白い天井。ただのフラットな壁面。

 ……だが、空気が変わった。

 「見ていたもの」と「見られているもの」の位置が、逆転したような。

 録画は翌朝、恐る恐る再生した。

 最初の数時間、特に何も起きていない。俺がベッドに入って寝返りを打つ様子が、淡々と映されている。

 問題は、深夜二時十七分。

 カメラのフレームに「人間の目」が映った。

 それは、天井の中央右寄り、例の“視線の点”と一致する場所から、じっとレンズを見つめていた。

 血の気が引く。

 明らかに俺の目ではない。寝ている俺が映っているフレームの外から、別の誰かが覗き込むように、レンズの先を見ていた。

 その目は──どこかで、見たことがある気がした。

 目尻の形、まぶたの厚み、まつげの長さ。

 それは──俺の目だった。

 翌日、念のため映像をもう一度見返す。

 だが、同じフレームの時間帯には「目」は映っていなかった。

 代わりにそこには──カメラを見つめる俺の顔があった。

 天井の一点に、俺の顔が浮かび、カメラをじっと見つめている。

 寝ているはずの俺と、カメラ越しに俺を見つめる俺。

 どちらが“本当の俺”なのか、わからなくなった。

 その日からだった。

 目を閉じて眠ると、“天井の俺”が夢に出るようになった。

 夢の中の俺は、俺の姿をしていながら、俺と同じように考えていない。むしろ、**俺の思考を「読む側」**だった。

 「そろそろ、交代しようか?」

 夢の中で、そう言われた。

 翌朝、目を覚ますと、ベッドの枕元に小さなメモが置かれていた。

 「見られることに慣れたら、今度は見る側になる番だ」

 俺の字ではなかった。けれど──どこか、覚えがあった。

 あれから一週間。

 いま、俺は天井を見上げていない。

 ずっと、天井を見下ろしている。

 ベッドの上、天井の一点、あの視線の出所から。

 つまりここが、**“あちら側”**だったということだ。

 俺はカメラを見ている。

 新しい住人がやってきた。

 まだ、気づいていない。

 彼が寝返りを打つたび、俺はまばたきを合わせる。

 彼のまぶたが閉じるタイミングに合わせて、俺の目も開く。

 ──そろそろ、交代してもいい頃かもしれない。
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