10 / 79
⑩困りましたね
しおりを挟む困った。まあまあ、困ってる。困った事態だよね、うん。
私は例のゴージャスな自室で、歴史の教師、モハード先生の熱い語りを聞きながら、困っている。
「つまりですね、そのような誤解がございまして、北から移住してきた民族、通称、放浪の民と呼ばれる人々への差別が今もなお残っている訳です。ああ、罪なき者が、無情な蔑み・屈辱にあうこの残念な現状を、私は心から遺憾に思うのです」
もう齢60は過ぎていると思うけど、モハード先生は元気なシニアだ。こちらの方にしては珍しく自分のこだわりを持った方だ。私の知ってる範囲内でだけど。
ちょっと、いやだいぶ演技がかった話し方で、悲劇のヒロイン要素が多分に入っているけれど、偏見をよしとしない中立なものの見方・考え方をしていると思う。
あの選抜会の日から、2週間。
公爵夫妻と兄姉に直接何があったのかを報告させられたり、ヨーロピアン国王へ神鳥からの神託について報告書を書かされたり(実際に書いたのはお兄様だけど)、父公爵からライガへ改めて娘の専任剣士として認める儀式があったり、私に歴史、文学、音楽、ダンスの教師がつけられ、毎日日替わりで授業が始まったり、と目まぐるしく過ぎた。
色々学べる事になったのは有難いし、特にこの先生に会えた事は、本当にラッキーだ。
彼は、歴史だけでなく、医療や哲学にも造詣が深くて、そしてセリフ回しがなんだか舞台を観ているようで面白い。
「先生、お伺いしてもよろしいですか?」
「どうぞ、レディ・ジェシカ」
「歴史的にみても、放浪の民がヨーロピアン国を侵略しようとした事は、誤解だとわかっているのでしょう? そもそも、どう考えても50人足らずで一国を制するなんて、冗談としか思えません。なのに、なぜ人々は今も誤解したままなのかしら?」
「いいところに気が付かれましたね、レディ。おっしゃる通り。心威力の強い者がメンバーにいたとしても、国を奪うというのはそう簡単ではありません。しかし、人間とは、事実より、自分がみたいと望む景色を、真実だと思いたい生き物なのですよ」
「事実より、みたいと望む景色を真実だと思いたい生き物……」
「さよう、多くの人々は、心威力を持つ放浪の民に劣等感を持っています。また、一方で、額や頭に突き出たコブを持つ彼らを、嫌悪しています。私達とは違う種類の生き物だ、多少特殊能力があっても、コブを持つ醜い種別、ましてや、彼らは昔に祖国を侵略しようとした悪人の子孫だ。彼らは、下賤な民で自分達とは違う、差別されて当然の存在だ、と思いたいのでしょう。罪悪感を抱かず、放浪の民を見下すのには、誤解は誤解のままでないと困るのですよ。良い、言い訳になりますしね」
「そんな……」
(やっぱりどこの世界でも、不条理で人々を分断させる「差別」は存在するのね……)
モハード先生は、少しの間、天井を見上げた。そして、今度は低く静かな声でこう続けた。
「気をつけなさい、レディ。放浪の民だけでなく、あなたにも同じことは起こり得るのです。突如として、スターになったあなたを快く思わない人々もでてくるでしょう。彼らには、事実は意味を持たない。彼らの好む物語を進めるために、強引な手法を使う輩もあらわれるやもしれません」
「モハード先生……」
この先生の言葉は信用できると思った。
10歳の小娘の私に、真剣に人生の教訓を、なるべくトラブルを回避できるようにヒントを与えてくれている。もしかしたら、自身の立場が不利になるかもしれないのに。
「だからと言って、人間は恐い、汚いものだとは思わないで下さい。レディ・ジェシカ、人間は多面な自己を持つ存在です。一面だけをみて彼の人を良い人だ、悪人だとは判断しきれない。また、人の考えや感情は天気のようにかわりうるもので、快青の日もあれば、雨や嵐の日もある。人間とは誠に興味深い。
学問をなさい、レディ。学問は人生という大海原を航海するあなたの船を、前進させる原動力となり、行先を照らす光となり、あなたの意思で船を停める為の錨となる」
「先生、有難いアドバイス、心より御礼申し上げますわ。私は一生、今いただいた先生のお言葉を胸に刻んでまいります。」
私は心から感動し、彼に感謝した。
「ですから、これからも私をお導き下さいますよう、宜しくお願いいたします」
私は立ち上がり、頭を下げた。
モハード先生も嬉しそうに笑いながら、返礼してくれた。
「レディ、私は久しぶりに楽しみな弟子をとることができたようです。教師として、これ程喜ばしいことはない」
「私も人生の師と巡り会えた事を、とても嬉しく存じます。もう一つお伺いしたいのですが、先生は、私の専任剣士となったライガが放浪の民だと思われますか?」
「そうですね、額のコブから、彼が北の一族の出身者であることは間違いないと思いますよ」
「では、彼も心威力をもっているのかしら」
「それはわかりません。多少の力は持っていたとしても、突出した心威力を持つものはごくわずかだと聞きますから。私の若い時分は、10年に1人の割合で、素晴らしい心威力を持った者が現れたと話題になったものですが、それもここ20年ほどは聞いていませんね」
「そうなのですね。ライガがそうだといいなと思ったもので」
「おや、まだそのあたりは話されていないのですか?」
「……ええ、なかなか機会がなくて……」
そうなのだ。あの日以降、ライガとは話せていない。
正確に言うと、同席したり、すれ違ったりする事はあるのだが、2人きりで話せる機会が全くないのだ。
専任剣士にしたものの、鍛錬どころか、話もできないなんて。
しかも、お互いに色々話をして打合せをしなくちゃならない事だらけなのに、全然話せなくて、さすがの私も困りきっているのだ。
と、そこへコンコンとドアを叩く音が聞こえた。
「どなたかな?」
「ジェシカお嬢様の専任剣士、ライガでございます」
「おお、噂をすれば……例の彼ですな」
私は頷きながら急いで声をかけた
「ライガ、お入りなさい」
(グッドタイミングじゃない! しかも、今一緒なのは、話のわかるモハード先生だし。うまくいけば、2人きりにしてもらえるかもしれない。このチャンス、逃さないわよ!!!)
私はドアに駆け寄ってライガを引っ張りこみたい気持ちを、精神力で抑え込みながら、穏やかな笑顔をはりつけて、彼の入室を待った。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる