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64第一章 エピローグ
しおりを挟むヨーロピアン国内にあるナルニエント公国領では、今日から祝祭が三日間催される。小さなナルニエント城の城下には、常店舗だけでなく、臨時の屋台が建ち並び、お祝いムードの人々が楽しそうに集っている。
軽食と酒をふるまうメシ屋は、何時にもまして、賑わいをみせていた。
若い男性店員の、威勢のよい声が聞こえる。
「はいよ、ソーセージとビールお待ち――! お代は九ヨルだ」
「おお、うまそうだ。九ヨルだな。これで頼む」
「毎度あり」
「ところで、祭が開催中のようだが、何の祝いなんだ?」
「ん、お客さん、他国の人だね。今日から三日間、この地域の公爵令嬢、ジェシカ様の成人祝いの祭が催されるのさ。このお嬢さんってのは、昔に神鳥の神託を受けてから女だてらに剣の修業を積み、めっぽう強くなったって話だ。しかも、国王様にも認められてさ。しばらくの間、公爵のかわりに公国の仕事も任されてるそうだ。おもしろいだろ話だろ?」
「それはまた……、すごい話だな。女性が公爵代理をされているとは……」
顔を髭で覆われた男は、年齢不詳だが、話し方から気品が感じられる。
「そうだろ? この話をすると、他国の人は皆驚くよね。まあ、ここはヨーロピアン国のなかでも芸術的な色合いが濃い地域だしさ。ナルニエントの公爵様も俺達住民も、よそより自由というか、物事にこだわらない気質なのかもね。まあ、条例がかわるとか、民に負担が増える訳でもなく、以前とかわらないし。今んとこ、俺達にお嬢さんに対して不満はないんだ」
「ほお、なるほど。……その噂の公爵令嬢、ぜひ一目見てみたいものだな」
「そうでしょそうでしょ! 明後日の午後、城のバルコニーでお披露目があるから、見て行きなよ。うちは隣に宿もあるよ。残室僅かだから、早めに予約した方がいいなあ」
「そうか……。では今日、明日と宿を頼む」
「毎度あり! んじゃ、すぐ宿の帳面をもってきますよ。あ、部屋は一人部屋が百ヨル、二人部屋が二百五十ヨルですが、どっちにします?」
「なかなかの値だな」
「すいません。ほら、なんせ今は、祭価格なもので、いつもよりちょっと高めなんですよ」
「なるほど。それでは、仕方ないな。一人部屋で頼む」
「ありがとございます――! は――い、宿のご予約入りました!」
男性店員は大声で、宿の予約を他の店員に知らせる。
「ロン! 部屋の手配が終わったら、表のテーブルを片しておくれ」
「あいよ――! あ、ビー姉さん」
「なんだい?」
忙しく厨房内で動き回る女性店員に、彼はすれ違い際に小声で囁いた。
「問題ないと思うけど、多分彼は他国の貴族だろう。血の臭いはしないから、工作員や戦士ではないと思う」
「わかったよ」
宿の台帳を取りに行きながら、ロンはジェシカことチカと、ライガの事を考えた。
(いやあ、公爵代理の仕事までしちゃうお嬢様と、北の一族、あ、元・北の一族か。公爵令嬢とド平民のライガが恋人同士だと知ったら、皆ショックで卒倒しちゃうだろうな)
ライガが初めてチカをこの店に連れてきた時は、まだあどけない子供だった。少女は数年であっという間にいっぱしの剣士に成長し、また美しい大人の女性へと変貌を遂げつつある。
(まさか、チカが俺より強くなるなんて夢にも思わなかったし。マジ、おとぎ話だよな。あり得ない程に身分差のある二人が、本当に結婚できるのか……。心配だけど、でも、ライガは本当にいいやつだし、二人には幸せになってほしい。まあ、でも、ガチで障害多すぎだけどな……)
ロンが机を離れている間、異国の男はビールをゆっくりと味わいながら、周りの男達の話に耳を傾ける。皆、だいぶ出来上がっているようだ。
「いやあ、だからよオ。俺はあの日、現場に立ち会ったんだよ。広場に神鳥が舞い降りてな、ジェシカお嬢さんは神鳥を撫でたんだよ」
「お、俺もあの時見てたよ。嘘じゃねえんだ、あの神鳥の唸り声に、俺はチビリそうになったぜ。そのでけえ神鳥をさ、ジェシカお嬢は犬っころを触るみてえに、ガシガシ撫でたんだよ。そりゃ驚いたさ」
「あれからだよな。残念な令嬢だったナルニエント公爵様の末っ子が、かわったのは」
「そうよ、わがまま放題だった娘っ子が、修業を積み、今じゃ国王様に認められる程の剣の腕前だそうだ!」
「ここは神鳥の加護がある、自由で安全な地域だからな。悪い事するやつがいれば、お嬢に退治されちまうぞ」
「違いねえ! よおし、乾杯だーー! ヨーロピアンとナルニエントとジェシカお嬢に!」
「ヨーロピアンとナルニエントとジェシカお嬢に!」
「乾杯ーー!!」
男達の掛け声につられて、あちこちで乾杯の声とグラスの音が響きだす。
「なるほど、神鳥の神託を受けた少女は、噂でなく実在するのだな。興味深い」
異国の男の呟きは、乾杯の音頭に掻き消される。
ナルニエント公国の公爵代理を務める、ジェシカ・デイム・ドゥズィエムナルニエント嬢の成人の祝祭は、まだ始まったばかりだ。
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