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5 前世 ◆
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◆ 今回、前世での辛い場面が続きます。女性にとって不快で悲しいものです。申し訳ございませんが、苦手な方はお読みにならない方がよろしいかと存じます。
ジジル・ド・ブルービット。奴への憎しみが、もう二度とみたくない過去を脳裏に映し出す。
前世の私サラディナーサは、シャムスヌール帝国の下級貴族の家に生まれた。
両親と、兄が二人、姉が二人、そして末っ子の私。
両親は悪人ではなかったのだろう。ただ、彼らは私に全く興味がなかった。
今思い返すと、最低限の教育すら受けさせてもらえなかった。三女の私にまでかける予算がなかったのだ。
女に学は不要だと口癖のように言っていた父の声が、耳に残っている。
それでも、屋敷には小さいながらも図書室があり、兄や姉が買い求めた庶民の物語や他国の冒険者の話など、本だけは比較的潤沢にあった。そして、その本が、私の唯一の救いだった。
本を読んでいる間だけは、私は孤独を忘れ、幸せな気分に浸ることができたのだ。
本の中には、数冊の神の書もあった。
一度も神殿には行くことはなかったが、神という存在は心の支えになった。
それが正しい祈りの作法なのかどうか、サラディナーサには知る術もなかったが、いつの間にか神への祈りが、習慣となった。
兄達が成人し、姉達が結婚し家を出ても、私はかわらず屋敷でひっそりと暮らしていた。
ただ、年々家の資産が減っている事には気づいていた。
屋敷の使用人の数が減り、食事の質が落ち、そうこうしているうちに、私は売られた。
ジジル・ド・ブルービット公爵に。
ブルービット公爵。6回結婚している彼の妻は、いつも不幸な事故で亡くなっていた。有名な話だ。
幼い頃、その噂話をきく度に、なぜそんな怖い人が裁きを受けずに公爵としていられるのか不思議に思ったものだ。
その7人目の花嫁に、私は選ばれた。
使用人達が、この結婚で家門が破格の支援を公爵から得ることや、私が生贄として差し出されて哀れだと話していたのを聞いて、私は恐怖した。
生まれて初めて父に願い事を言った。ブルービット公爵のような怖い人に嫁ぐのは嫌だと泣いて頼んだが、彼は笑顔で言った。
公爵の妻が6回続けて事故死したのは、たまたまだ。お前は何も心配する必要はないのだと。
父にとって、私はもやは娘ではなく、金銭を受け取るための商品なのだと思い知らされた。
ブルービット公爵と結婚し、妻として過ごしたあの1年間は地獄だった。
公爵は、肉体的に男性としての機能を失っていた。そのかわりに、とある事で快楽を得ていた。
彼は、人の苦痛をみるのが何よりも楽しみな人間だった。
私は、妻として扱われたことは一度もない。
奴隷。いや、一般的な奴隷以下だ。
あの屋敷で、私はただの家畜だった。
結婚初夜に、公爵は自分の部下達に命じた。私は公爵の目の前で、複数の部下達に蹂躙された。
公爵は、血が噴き出すほど鞭で私の体を打った。
薄汚い言葉で私を貶め、私が泣いて苦しむ姿を、恍惚とした表情で見つめた。
公爵家の使用人は、皆奴を恐れていて、誰も助けてはくれなかった。
ただ、一人の年老いたメイドだけが、こっそりと私の為に涙を流してくれた。
毎日毎日、神へ祈った。
神よ、どうかお助け下さい。
私を、この地獄からお救い下さい。
なぜ、このような試練を与えられるのですか。
神よ、どうか、どうか……。
半年が過ぎる頃には、私は半分正気をなくしていた。
死にたくて、逃げたくて仕方がなかった。
でも、自殺する気力もなかった。
公爵が旅行で屋敷をあけた時に、唯一味方のメイドが教えてくれた。
ベッド下のカーペットの、めくれている場所をみてみろと。
一見何もなさそうなその場所を探ると、小さな布袋ができてた。
そこには、一冊のノートと、ペーパーナイフ、そしてフォークが入っていた。
過去の妻達の叫びが、記されていた。
『助けて! もう、無理。これ以上耐えられない。あの男は悪魔だ』
『死にたい。早く死んで楽になりたい。誰も助けてくれない』
『小さなナイフを手に入れた。でも使う勇気がない。自分で死ぬ勇気もない。もう疲れた』
『私ももうすぐ殺される。どうか、次のあなたは、逃げて』
『辛い、死にたい。でも、私もナイフを使う勇気はない。誰かあの悪魔を殺して』
私は、何度も何度もそのノートを読んだ。
この屋敷へきて、はじめて同志の存在を感じた。
私と、死んでいった公爵の妻達は、一緒の存在なのだ。
みんな、理不尽な己の運命を耐え難く思っている。
でも、逃げられない。
『どうか、お願い。犠牲者が私で最後になりますように。次のあなたは、逃げて。生きて』
6人目の妻の言葉が、私を強く刺激した。
ーーーーそうよ、私が殺されたら、次にまた新しい犠牲者が増えるだけ。許せない。なぜ、私達がこんな目にあわなくてはならないの? あんな人間に、私達が好き勝手できるこの世界は狂っている!! ……でも、どうすればいいの……? あの悪魔に、私はこのナイフを使う事ができるの?
その時から、私はなんとかこの状況から逃れる為の方法を考えはじめた。
そして、祈ることをやめた。
神など、いない。
いても、私を助けてはくれない。
自分でなんとかするしかない。
誰も、助けてはくれない。
あの悪魔を、倒さなくては……。
奴への憎しみを糧に、私はその後も何とか正気を保った。
そして、あの冬の日。私は公爵について、スン国のハノイ公爵家に連れていかれた。
あの丸眼鏡の団子鼻のハノイ公爵は私を見てこう言ったのだ。
『君の今度の妻は、なかなか素敵だ。嗜虐心をそそられるね。さっそく味見をしたいのだが』
『まあまて、とりあえずまず私が楽しみたい。この近くの川に行って、妻と水遊びをさせてくれ。その後は君が好きにすればいい』
私は、ブルービット公爵に何度も凍りそうに冷たい川に、顔をつけられた。
頭を押さえつけられ、寒さと水で咳込み、苦しみのあまり何度も意識がとんだ。
奴は、それを見て嬉しそうに笑ったのだ。
『ハハハハッ、はやり自然のなかで遊ぶのは楽しいものだな。おいおい、妻よ。まだくたばるには早すぎるぞ。もっと私を楽しませてくれ』
この男は本物の悪魔だ。
震える手で、隠し持っていたペーパーナイフを握った。
『よし、落ち着いたな。では、再開するぞ』
そう言って、近づいてきた奴の顔をめがけ、思い切りナイフを突き立てた。
『っぎゃああああーーーーーー!!』
奴の額の左側から血が溢れ出たのを見て、私は川に飛び込んだ。
『クッ、おのれーーーー。殺してやる……誰か、いないか! あの女を捕らえろーーーー!!』
ジジル・ド・ブルービット公爵の声を聞いたのは、それが最後だった。
私は川に流され、岸にたどり着き、そして天使に出会い、死んだ。
奴に、殺されたのだ。
ルイ―サとして生を受けた今回の人生でも、いつの日にかサラディナーサと殺された彼の6人の妻の無念を晴らしたいと、ずっと思っていた。
だが、それは今ではない。
私はまだ、力を得ていない。
無知で弱かった前世と違い、今の私には知恵と腕力と後ろ盾がある。
だが、復讐できるだけの条件は、まだ揃っていないのだ。
勝てない戦いはするべきでない。
わかってる。
でも、今まで抑えてきた怒りの感情が暴走し、コントロールできない。
憎い、憎い、憎い。
許せない、許せない、許せない。
「奴らは、悪人です。王がかかわるべき人間ではない。必ず、なにか裏があります。決して信用しないでください。あの男は、悪魔だ」
アドラー王をまっすぐに見つめながら、私は王の質問には答えず、ただそう繰り返した。
私の言葉を、王はどう受け止めるだろうか。
ジジル・ド・ブルービット。奴への憎しみが、もう二度とみたくない過去を脳裏に映し出す。
前世の私サラディナーサは、シャムスヌール帝国の下級貴族の家に生まれた。
両親と、兄が二人、姉が二人、そして末っ子の私。
両親は悪人ではなかったのだろう。ただ、彼らは私に全く興味がなかった。
今思い返すと、最低限の教育すら受けさせてもらえなかった。三女の私にまでかける予算がなかったのだ。
女に学は不要だと口癖のように言っていた父の声が、耳に残っている。
それでも、屋敷には小さいながらも図書室があり、兄や姉が買い求めた庶民の物語や他国の冒険者の話など、本だけは比較的潤沢にあった。そして、その本が、私の唯一の救いだった。
本を読んでいる間だけは、私は孤独を忘れ、幸せな気分に浸ることができたのだ。
本の中には、数冊の神の書もあった。
一度も神殿には行くことはなかったが、神という存在は心の支えになった。
それが正しい祈りの作法なのかどうか、サラディナーサには知る術もなかったが、いつの間にか神への祈りが、習慣となった。
兄達が成人し、姉達が結婚し家を出ても、私はかわらず屋敷でひっそりと暮らしていた。
ただ、年々家の資産が減っている事には気づいていた。
屋敷の使用人の数が減り、食事の質が落ち、そうこうしているうちに、私は売られた。
ジジル・ド・ブルービット公爵に。
ブルービット公爵。6回結婚している彼の妻は、いつも不幸な事故で亡くなっていた。有名な話だ。
幼い頃、その噂話をきく度に、なぜそんな怖い人が裁きを受けずに公爵としていられるのか不思議に思ったものだ。
その7人目の花嫁に、私は選ばれた。
使用人達が、この結婚で家門が破格の支援を公爵から得ることや、私が生贄として差し出されて哀れだと話していたのを聞いて、私は恐怖した。
生まれて初めて父に願い事を言った。ブルービット公爵のような怖い人に嫁ぐのは嫌だと泣いて頼んだが、彼は笑顔で言った。
公爵の妻が6回続けて事故死したのは、たまたまだ。お前は何も心配する必要はないのだと。
父にとって、私はもやは娘ではなく、金銭を受け取るための商品なのだと思い知らされた。
ブルービット公爵と結婚し、妻として過ごしたあの1年間は地獄だった。
公爵は、肉体的に男性としての機能を失っていた。そのかわりに、とある事で快楽を得ていた。
彼は、人の苦痛をみるのが何よりも楽しみな人間だった。
私は、妻として扱われたことは一度もない。
奴隷。いや、一般的な奴隷以下だ。
あの屋敷で、私はただの家畜だった。
結婚初夜に、公爵は自分の部下達に命じた。私は公爵の目の前で、複数の部下達に蹂躙された。
公爵は、血が噴き出すほど鞭で私の体を打った。
薄汚い言葉で私を貶め、私が泣いて苦しむ姿を、恍惚とした表情で見つめた。
公爵家の使用人は、皆奴を恐れていて、誰も助けてはくれなかった。
ただ、一人の年老いたメイドだけが、こっそりと私の為に涙を流してくれた。
毎日毎日、神へ祈った。
神よ、どうかお助け下さい。
私を、この地獄からお救い下さい。
なぜ、このような試練を与えられるのですか。
神よ、どうか、どうか……。
半年が過ぎる頃には、私は半分正気をなくしていた。
死にたくて、逃げたくて仕方がなかった。
でも、自殺する気力もなかった。
公爵が旅行で屋敷をあけた時に、唯一味方のメイドが教えてくれた。
ベッド下のカーペットの、めくれている場所をみてみろと。
一見何もなさそうなその場所を探ると、小さな布袋ができてた。
そこには、一冊のノートと、ペーパーナイフ、そしてフォークが入っていた。
過去の妻達の叫びが、記されていた。
『助けて! もう、無理。これ以上耐えられない。あの男は悪魔だ』
『死にたい。早く死んで楽になりたい。誰も助けてくれない』
『小さなナイフを手に入れた。でも使う勇気がない。自分で死ぬ勇気もない。もう疲れた』
『私ももうすぐ殺される。どうか、次のあなたは、逃げて』
『辛い、死にたい。でも、私もナイフを使う勇気はない。誰かあの悪魔を殺して』
私は、何度も何度もそのノートを読んだ。
この屋敷へきて、はじめて同志の存在を感じた。
私と、死んでいった公爵の妻達は、一緒の存在なのだ。
みんな、理不尽な己の運命を耐え難く思っている。
でも、逃げられない。
『どうか、お願い。犠牲者が私で最後になりますように。次のあなたは、逃げて。生きて』
6人目の妻の言葉が、私を強く刺激した。
ーーーーそうよ、私が殺されたら、次にまた新しい犠牲者が増えるだけ。許せない。なぜ、私達がこんな目にあわなくてはならないの? あんな人間に、私達が好き勝手できるこの世界は狂っている!! ……でも、どうすればいいの……? あの悪魔に、私はこのナイフを使う事ができるの?
その時から、私はなんとかこの状況から逃れる為の方法を考えはじめた。
そして、祈ることをやめた。
神など、いない。
いても、私を助けてはくれない。
自分でなんとかするしかない。
誰も、助けてはくれない。
あの悪魔を、倒さなくては……。
奴への憎しみを糧に、私はその後も何とか正気を保った。
そして、あの冬の日。私は公爵について、スン国のハノイ公爵家に連れていかれた。
あの丸眼鏡の団子鼻のハノイ公爵は私を見てこう言ったのだ。
『君の今度の妻は、なかなか素敵だ。嗜虐心をそそられるね。さっそく味見をしたいのだが』
『まあまて、とりあえずまず私が楽しみたい。この近くの川に行って、妻と水遊びをさせてくれ。その後は君が好きにすればいい』
私は、ブルービット公爵に何度も凍りそうに冷たい川に、顔をつけられた。
頭を押さえつけられ、寒さと水で咳込み、苦しみのあまり何度も意識がとんだ。
奴は、それを見て嬉しそうに笑ったのだ。
『ハハハハッ、はやり自然のなかで遊ぶのは楽しいものだな。おいおい、妻よ。まだくたばるには早すぎるぞ。もっと私を楽しませてくれ』
この男は本物の悪魔だ。
震える手で、隠し持っていたペーパーナイフを握った。
『よし、落ち着いたな。では、再開するぞ』
そう言って、近づいてきた奴の顔をめがけ、思い切りナイフを突き立てた。
『っぎゃああああーーーーーー!!』
奴の額の左側から血が溢れ出たのを見て、私は川に飛び込んだ。
『クッ、おのれーーーー。殺してやる……誰か、いないか! あの女を捕らえろーーーー!!』
ジジル・ド・ブルービット公爵の声を聞いたのは、それが最後だった。
私は川に流され、岸にたどり着き、そして天使に出会い、死んだ。
奴に、殺されたのだ。
ルイ―サとして生を受けた今回の人生でも、いつの日にかサラディナーサと殺された彼の6人の妻の無念を晴らしたいと、ずっと思っていた。
だが、それは今ではない。
私はまだ、力を得ていない。
無知で弱かった前世と違い、今の私には知恵と腕力と後ろ盾がある。
だが、復讐できるだけの条件は、まだ揃っていないのだ。
勝てない戦いはするべきでない。
わかってる。
でも、今まで抑えてきた怒りの感情が暴走し、コントロールできない。
憎い、憎い、憎い。
許せない、許せない、許せない。
「奴らは、悪人です。王がかかわるべき人間ではない。必ず、なにか裏があります。決して信用しないでください。あの男は、悪魔だ」
アドラー王をまっすぐに見つめながら、私は王の質問には答えず、ただそう繰り返した。
私の言葉を、王はどう受け止めるだろうか。
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