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6 アドラー王の記憶
しおりを挟むアドラーは、困惑した、
「王、あの男を信用してはなりません。あやつらは、ただ快楽にのみ身を委ねる、人の皮を被った悪魔です。決して彼らを信じてはならない」
「……それは、どういう事だ? ルイ、なぜお前があの者達を知っているんだ?」
「あの男は、信用出来ない。奴は、奴らは悪魔だ……。奴らは、悪人です。王がかかわるべき人間ではない。必ず、なにか裏があります。決して信用しないでください。あの男は、悪魔だ」
仄暗い瞳で憎々し気に、だが淡々と話すルイーサに、強い違和感を覚えた。
ーーーー前から思ってはいたが、大切に育てられた貴族令嬢が、このような憎悪に満ちた目と、辛酸を舐めたかのような雰囲気を纏えるものだろうか?
シャムスヌール帝国のブルービット公爵、スン国のハノイ公爵といった国外の人間について、いち令嬢が知っている筈もない。
また、彼女は『奴ら』と言った。両名を知っているという事だ。
アドラーが見てきたルイ―サは、見た目や所作は貴族令嬢であるが、豪胆で型破りな、つかみどころのないかわった少女だった。
アドラーに向かって、軽口をたたく唯一の女性でもある。
そんなルイ―サを、アドラーは気に入っていた。
平民たちからも信頼を得ている、珍しい人間だ。
どこが似ているという訳ではないが、時々ふと、幼少期に出会ったある女性に似ていると感じる事もあった。
サヘラン地区で出会ったその女性との邂逅が、アドラーの生き方を変えた。
アドラーはこの国の第二王子として生まれた。母は平民出の側妃だったが、実家は裕福な商家だった。
アドラーは母方の祖父によくなついた。来るたびに、異国の珍しい土産物や、おもしろい絵本を差し入れる祖父の事が大好きだった。
しかし、物心がついてくると、祖父との面会が禁止されるようになった。
母が泣くことが増えた。
食事をした後に、苦しくなることが度重なるようになった。
アドラーは自分が国の二番目の王子であり、自分の事が邪魔で殺したいと思う人間が、この王宮にたくさんいるのだという事を理解し始めた。
父である王は、アドラーを毒殺しようとする一派を罰する事はしなかった。
そのかわりに、彼と母を安全な場所に逃がすことにした。
かくしてアドラーは国境にある、隣のスン国のハノイ公爵領に匿われることになった。
祖父とは会えないものの、彼は優秀な家庭教師や貴重な書物を定期的に贈ってきた。
ギルティアスは祖父が選んだ、アドラーの護衛のひとりだった。
彼からの手紙にはいつも『勉強なさい、そしてたくさんの事を経験してください。あなたには王たる資質がおありになる。貴族だけでなく、平民の声も聞き、たくさんの民が幸せに暮らせる国をつくってください。新時代の王となられるアドラー様へ』と書かれていた。
その頃のアドラーは、物事を斜めにとる癖がついていた。
自分は第二王子ではあるが、国を追われ、しかもこんな田舎で暮らしている。
そんな自分が王になる未来など、あり得ないではないか。
王城の使用人達の噂話を聞いてきた彼は、大人たちの醜い権力争いの事情を知っていた。
そして、自身も何度も毒殺されかけた。
たまに会う王妃や他の側妃達の冷たい目つき、そして兄である第一王子から受ける嘲笑。
父である王は、表立って自分を庇ってはくれなかった。
そして、この場所に追い払われた。
見捨てられた自分が、勉強したところで活かす場所などないではないか。
ふさぎ込む母の姿を見るのが嫌で、彼は屋敷からたびたび抜け出すようになる。
サヘラン地区は、自然の豊かな農地が広がる土地だ。
だが、ハノイ公爵の重い納税の取り立てに、領民たちは常に喘いでいた。
農民の子供達と話すようになり、その内のひとりがシュナイゼルだった。彼は、ちいさな商店の息子で、学校に通っている訳でもないのに頭が良く計算に長けていて、アドラーも度々論破されることもあった。
彼らと親交を深めるうちに、アドラーは数々の疑問を抱くようになる。
なぜ、人は身分制度でわけられているのか。
王族、貴族、平民は、同じ人間ではないのか。
なぜ、平民だけが働き、税を納めるのか。
朝から晩まで働いているのに、なぜ平民の暮らしは貧しいのか。
王族、貴族の役割とはなんなのか。
能力が高いにも関わらず、シュナイゼル達は平民というだけで政治に携わる権利を持たない。
もしかすると、今の国の在り方は、不平等で、効率の悪いものではないのだろうか。
『勉強なさい、そしてたくさんの事を経験してください。あなたには王たる資質がおありになる。貴族だけでなく、平民の声も聞き、たくさんの民が幸せに暮らせる国をつくってください』
祖父の言葉も気になりだした。
自分は、もしかしたら、国をかえる力を手にいれる事が可能な地位にいるのかもしれない。
たくさんの民が幸せに暮らせる国とは、いったいどういうものなのか。
自分が王になれば、この貧しい友人たちに、腹いっぱいご飯を食べさせる事ができるのだろうか?
そんな時に、散歩していた川べりで、アドラーはずぶ濡れで横たわっている女性と出会った。
「おねえさん、だいじょうぶ? おひるねしているの?」
声をかけると、彼女はうっすらと目を開いた。
見るからに弱っているその状態とは裏腹の、鋭い眼光にどきりとした。
彼女と言葉をかわし、手を握ってやる。
手は驚く程冷え切っていて、体の震えも大きかった。
アドラーは、この女性が間もなく死ぬ事を理解した。
「おねえさん、名前はなんていうの?」
「私はサラディナーサよ。……あなたは?」
「……アル。僕は、アルってよばれてる」
「素敵な名前ね。……アル」
彼女は、涙を流しながら、力強く最後の言葉を口にした。
「男の子は、家の跡取りになれたり、仕事をする自由があるの。でも女の子は……まるで犬や猫のように、よその家にもらわれるの。そして……ひどい事をされたり……。女の子も、男の子と同じ人間なのに……」
「おんなのこも、おとこのことおなじにんげん……」
「あなたは優しくて勇気がある……とても素晴らしい人だわ。忘れないで。女の人も、男の人も、男であり女でもある人も、女でも男でもない人も……。髪の毛や肌や目の色が、黒くても白色でも青色でも。みんな、同じ人間という生き物なの……アル、ほんとうに、ありがとう。最後にあなたに会えて、良かった……」
みんな、同じ人間。
女の子も男の子も、髪の毛や肌の色にかかわらず、みんな同じ人間である。
死ぬ間際にその女性サラディナーサが残した言葉は、神からの、天啓のように思えた。
これだ!! これこそが自分に課せられた使命だ!!
人々が、もっと平等で平和に暮らせる国をつくる。
自分だからこそできる、自分にしかできない、変革の道。
アドラーは、雷に打たれたように、自身の魂と体が震えたのを感じた。
サラディナーサの瞳が閉じる。人間の命が消えるその瞬間にはじめて立ち会ったアドラーは動揺した。
死んでほしくない、と強く感じた。
彼女の身体を揺さぶっていると、不意に後ろから声がした。
「アドラー様、大勢の不審者がこの周辺を取り囲んでいます。時間がありません。けっして、声を立てないように」
「ギルティアス……」
彼は考える間もなくギルティアスに抱きかかえられ、高い木の上へと移動した。
しばらくすると、猟犬を連れた私兵達が、4.5人女性の元に集まってきた。
「この女か?」
「背中を見てみろ。鞭の跡があれば、ブルービット公爵様の妻で間違いない」
「……ひでえ傷跡だな。よくこんなむごい事ができる」
「……既に息はない。死んでいて良かった。あの公爵様のお怒りようじゃあ、生きていたらより地獄だろう」
「いらぬことを言うな。かわいそうだが、俺達は命令通りに動く犬でしかない」
「そうだな……。場所を知らせよう。おおーーい、ここにいたぞーーー」
兵士の大声により、大勢の人間がやってきた。
「いたか、サラディナーサ。この売女め!! この私に傷を負わせた罪は重いぞ!!」
一人の男が、怒鳴りながらサラディナーサに向かって剣をかざした。
木の上からでよくは見えないが、ザクザク、ザシュっと何度も剣が肉を切り裂く音が聞こえた。
「死体を運べ。ハノイ公爵に死体を焼いて骨だけ回収するよう依頼しろ。くそっ、馬鹿女のせいで、せっかくの休暇が台無しだ」
この日、アドラーはサラディナーサという女性を通して神からの啓示を受け、ブルービット公爵という極悪者の存在と、自身を匿ってくれているハノイ公爵がその片棒を担いでいるらしい事実を知った。
ーーーー約束するよ、サラディナーサ……。女の子も平民も、みんなが幸せに暮らせる国をつくると、あなたに誓うよ。
あの日、あの時、サラディナーサと出会った一連の出来事は、アドラーを大きくかえた。
まさに、運命だったと思う。
おとぎ話のような生まれ変わりが本当にあるとしたら……。あの女性は、ルイのような人間になるのだろうか。
ーーーー何を馬鹿な事を。そんな事よりも、今はなすべきことは……。
目の焦点があわず、どこか遠くを見ているような、尋常でない状態のルイに近づいて、肩に手をおいた。
「ルイ、詳しい事情は、後でゆっくり聞こう。今確認しておきたいのは一つだけだ。ルイ、お前の望みはなんだ? 今、お前は何を望んでいるのだ?」
ルイの目が、ゆっくりとアドラーを見た。
わずかに逡巡し、それから少し落ち着いた声が彼女から発せられた。
「私の望みは……大切な人達を、あの悪魔から守る事です」
「その大切な人のなかに、オレは入っているか?」
「勿論です! 私は、王を、この城を、家族を、友人達を守りたい」
「オレもだ。オレは、この国を、オレの仲間を守りたい。よく聞け、ルイ。心配せずとも、オレはブルービット公爵とハノイ公爵を信用していない。何の思惑があってこの国を巻き込もうとしているのか、それを調べるぞ。とにかく、ルイ、一人で背負うな。オレ達は仲間だ。オレ達は、みんなでお互いを助ける為に団結する。いいか、思う事があるなら、遠慮せずにはっきり言え。お前は、オレの大切な部下だ」
ルイの瞳が大きく見開かれ、大粒の涙が溢れた。
「大切な……部下……」
「ああ、そうだ。ルイ、お前は一人じゃない。オレ達がいることを忘れるな。お前はこのアドラー王の護衛隊の一員なのだぞ」
そう声をかけると、ルイは心から安心したような、幼子のような笑顔を見せた。
そして、彼女の身体からふっと力が抜けた。
くにゃりと倒れこんだルイの身体をアドラーはとっさに受け止める。
「ルイ、おい、ルイ!」
彼女は、意識を失っていた。
ルイを抱きかかえ、部屋の隅のソファーに寝かせる。
ソファーの向きを壁に向ければ、彼女が寝ている事に誰も気づかないだろう。
「ギルティアス、今の話は他言無用だ」
「わかっております。なんにせよ、ブルービット公爵が曲者であるのは確かなようですな」
「まさに。気合をいれて、接待せねばならぬな」
執務室の戸を叩く音がした。
「入れ」
4人の男達が入室する。
図書教育隊隊長のガムラン、外交経済隊隊長のシュナイゼル、城外警防隊隊長のダニエル、食料隊隊長のイザック。
王の生え抜きの側近『鷲の目』のメンバーは5名。ギルティアス以外は、アドラーがハノイ公爵領のサヘラン地区に滞在中に出会った、平民出身だ。
子供時代、彼らとはケンカしながら仲良くなった。アドラーの平等な国をつくるというとんでもない思想に度肝を抜かれ、興味を示し、いつの間にか側近としての実力を身につけた、共に切磋琢磨してきた大切な仲間達だ。
「おいおい、驚いたよな。まさか俺達の元・領主様がいきなりお越しになるとはよ」
「まったくだ。あのクソ公爵は、信用ならねえぜ。きっと胸クソ悪い企みをもってきたんだろうよ」
「アル、まさかあいつらの言ってる事を鵜呑みにしてる訳じゃねえよな」
「悪いが、俺は今すぐにでもアイツを殺してやりたいくらいムカついてんだ。あいつらに手を貸すのは、死んでもイヤだぜ」
「お前たち、言葉遣いがサヘラン時代に戻っているぞ。気をつけろ。ここにいるのは、国王とその側近の鷲の目である私達なのだぞ」
「ギルティアス、この非常時にめんどくせえ事言うなよ。とにかく、あのクソ公爵は信用ならねえぜ」
仲間たちの殺気だった言葉に、アドラーはなだめるようにゆっくりと話す。
「オレもあの地に7年間住んでいたんだ。ハノイ公爵の非道な行いと、民の苦しみを忘れてはいない。そして、皆の言う通り、あの二人は信用できない」
その言葉を聞き、4人はほっとしたようだ。
「だよな、怪しすぎるぜアイツら」
「シュナイゼルから聞いて、すぐに情報屋に連絡した。すぐに、なんらかの情報が届くだろう」
「この俺達を罠に嵌めようとケンカを売ってきやがったんだ。このまま、黙って返すつもりじゃねえよな?」
「あいつ、まさか王の側近の俺達が、昔さんざん苦しめた農民の倅だと想像もしてねえだろうな。マジで、最低の領主だよ、やつは」
「お前達の気持ちはよくわかった。これより鷲の盾は、民の為に作戦を開始する。我々は、悪人達の企みと過去に奴らが犯した罪を白日の下に晒す。久々に、暴れるか」
アドラーの言葉に、男達は目をギラつかせながらニヤリと笑った。
「御意。我ら鷲の目、王の為に全身全霊で任務に取り組む所存です」
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