政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成

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19話 下町のアニキ

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「すまんがちょっと通してくれ」

「お、東の」

 私の宣言にシンとした一瞬を狙ったかのように、1人の男が人ごみをかき分けて前に出て来る。

 ふぅん。なるほど。

 そこにいたのはダウンゼン・ドーン。
 例の下町しもまちでの顔役で皆の兄貴分。
 東っていうのは、彼が東側の地区をまとめているからだろう。

 彼は私を見つめながら来る。
 その瞳。その顔色が全てを物語っていた。

「門を開けなさい」

「し、しかし! 危険です!」

「この程度のことに後れを取る私だと思って? それとも私の命令が聞けない? それはカシュトルゼ家に仕える者として致命的ではなくて?」

「は……ははっ!」

 門番が慌てたように門の施錠を解除していく。

 ギィっと重苦しい音を立てて門が開く。
 それを呆然と見ていた群衆は、ハッとしたように前に出ようとするのをダウンゼンが手を広げて制する。

「俺に任せろ。それに敷地に入ったらさすがにマズい」

「む、むむ……」

 それは群衆に言い聞かせるのと同時、私に対したものでもあった。
 つまり彼らはあくまでデモ隊。一線を越えない限りは実力行使に出ないということ。
 それを私に分からせるのは、彼自身もそれを望んでいないからか。

 私は一歩、前に出る。
 ダウンゼンも一歩出る。

 それが5歩になって、お互いが周囲から孤立した状態になって、初めて私は肩の力を抜いた。

「で、どういうこと?」

「これは申し訳ないと思っている」

「申し訳ないで済んだら警察は要らないわ。誰の差し金?」

「俺とは別のところから話が通って、止められないところまで来てた。ガーヒルの野郎だと思うが証拠はない」

「はぁ。使えないわね」

「面目ない」

 大きな体がしゅんとしぼんでしまったようにして頭を下げるダウンゼン。
 そのギャップがなんだか可愛らしく思える。

「でも、あなたがいたから最悪の事態は免れた。感謝するわ」

「お、おう」

 小さくなった体が元に戻る。
 本当、単純ね。

 前パパいわく、

『どんな人間にもとりえはある。どんな使えないようなぼんくらにもね。僕らの仕事はそれを見出して、おだててヨイショする。人間は都合の悪いことを切り捨てて、一番近しい記憶だけを残す。豚もおだてりゃなんとやら。けなしても最後に持ち上げてやれば、彼らは褒められたと勘違いして気持ちよく仕事するのさ』

 欠点を見つけることは、つまり美点を見つけることでもある。
 つまりこの男にもそれなりの美点があって、それを見抜くのは私には造作もないことってこと。

「それで、要求は?」

 もちろん彼らとて、何もなくここに来たわけがない。
 貴族――というより今パパに対して文句があるから来たのだろう。どうやって来たのか、という点については後で考慮するとして。

「ああそれはだな。まず国王を傀儡として政治を壟断ろうだんする大臣の解任とそれに伴う権益の排除。それから――」

 要約するとこうだ。

 1つ。今パパの退陣。
 1つ。アード伯爵の大臣就任。
 1つ。下町したまち浄化法案の廃止。

 1つ目はまぁそうだろうな、というとこ。
 2つ目のは誰って感じだけど、

「アード伯爵ってのは、要はガーヒル派だ。奴が大臣就任すれば恒久的無税を実現するって言われて皆有頂天だ」

「はぁ。馬鹿らしくて呆れもできないわ。そんなの嘘に決まってるじゃない」

「そういうものか?」

「当然でしょう。貴族の生活が何で成り立っているか分かってる? あなたたち平民の血税よ。その権利を貴族様が放棄するわけないじゃない」

「うっ……」

「しかも公的な文書や発言として出たものじゃない。口約束。就任した後に『私はそんな約束知らない』で終わり。テンプレすぎて知能レベルを疑うわ」

「そ、そうなのか……」

 ここの連中は馬鹿ばっかか。上も下も。
 いや、それがこの時代なんだろう。あの貧困。そしてこの差別階級。まともな教育もないままに搾取されるだけ搾取する。
 そうともなれば平民は貴族の操り人形としてその生涯を支配され続けることになる。

 民衆は殺さず生かさず。

 やれやれ。とんでもない時代ね。

 なんて内心嘆息していると、ダウンゼンが少し笑みを浮かべ、

「こんなこと言うのもなんだが」

「なに?」

「エリは他の貴族とは違うな。なんかこう、良く分からないけど素敵だ」

「……………………なにそれ、馬鹿みたい」

「は、はは。そうだな。何を言ってるんだ、俺は」

 歯を食いしばる。そうしないと自分の表情がどこに行くか分からないから。
 それほどに急に乱れた自分の情緒。その原因が今の何気ない一言だというのは分かっている。
 それでも感情は胸の中で暴れまわって行き場をなくしていた。

 なんてこと言うのよ。こんな場所で。
 一歩間違えれば告白に聞こえかねないこと、平気で言うんだから。

 落ち着きなさい。私。
 こんなこと今までいくらでも……ごめんなさい、嘘ついた。それでも2,3回はあった。
 もちろん、前パパの影響もあってそれに近づきたいという下心がバリバリに見えていたから、その時はイイ感じに振り回して利用して最終的にはフッてやった。

 だから今回も同じようにしてやればいい。もともと、この男も利用するために近づいたんだから。

 なのに何も疑わないような、この純な瞳に魅入られればどうこたえていいか分からない。
 しかもアニキ系だし、歯綺麗だし、小さく鳴ったら可愛らしいし、マッチョだし、胸板すごいし、あの上腕二頭筋にぶらさがったら……あああああ違う! 私はこんなことしてる場合じゃないの! てかバカじゃないの!? なんでこんな時に!

 ほんとバカ!
 バカばっか!

 …………バカ、ばっか。
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