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21話 お嬢様の策謀
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「お嬢様、なんて無茶を!」
声に振り向けば、アーニィとワルドゥが駆け寄って来た。
「あ! この男!」
「げっ、なんとかいう小娘」
アーニィが身構え、ダウンゼンが一歩飛びのく。
「2人とも、やめなさい。アーニィ、彼は協力者よ」
「え、そ、そうなのですか?」
初めてダウンゼンと会った時、ダウンゼンとの会話にアーニィは参加させなかったからこの反応もしょうがない。
本当は話しておくべきだったんだけど……うん、忘れてた。それに秘密は知ってる人が少ないほどいいしね。そう言い訳させてもらうわ。
「お嬢様、このような無謀なことは控えていただけなければ」
「私は自分の器量を越えたことをしたとは思ってないわ、ワルドゥ。だから無謀じゃないの」
「ご屁理屈を……」
「それが私の武器です」
微笑んで答えるとワルドゥは何を言っても無駄と諦めてしまった。
「エリ」
と、そこへ今パパがやってきた。
すでに門は閉じられ、群衆もいなくなった段階で出てくる。それを用心と見るか、臆病と見るか。ま、いいけど。
「ご機嫌麗しゅう、お父様」
「エリ、お前はなんという……あんなことをして、エリに何かあればパパは、パパは……」
「問題ありませんわ。私もむざむざ危険な橋を渡るつもりはありませんから」
危ない橋を渡るつもりはなかったというところが半分嘘。
そもそも、先ほどのデモを見ても危機感は感じなかった。だってあっちが手を出したら彼らは終わりだ。貴族に手を出したということで、さらに今パパの力を考えればそれはありえないと言っていい。
そしてその安全はダウンゼンの姿を見つけた時には確信に変わっていた。
だから今のは半分……あら? 全部嘘だったってことじゃない? だって危ない橋を渡るつもりはないけど、そもそもが危なくないんだから。ま、いっか。
「それよりお父様にお聞きしたいことが」
「ち、違うぞエリ! 別にパパは逃げたわけでも隠れたわけでもないぞ! ただわたしの姿を気軽に領民に見せてしまっては、そう、鼎の軽重が問われるのだ!」
「ええ、分かっておりますわお父様。“すべて”分かっておりますとも」
「そ、そうか」
あからさまにホッとした様子の今パパに、内心嘆息を抑えながらも聞く。
「お聞きしたいのはこの中央エリアの警備担当をしているのはどなたでしょう、ということです」
「む? 警備担当? えぇと確か……」
「ジュエリ男爵でございます、エリ様。ガーヒル様の叔父にあたる」
頭を悩ます今パパに代わって、ワルドゥが答えた。
ふぅん。これは良い情報。あのガーヒルの叔父ねぇ。
「おお、そうだ。で、そのジュエリ男爵がどうした?」
「いえ。…………というわけで出かけてまいりますわ、お父様」
「ど、どういうわけかな、エリ!?」
「アーニィ、準備を。それから着替えを手伝ってくださる?」
「え? え? エリお嬢様、どちらへ……?」
「もちろん、そのジュエリ男爵の屋敷へですわ。お土産は……ま、いいでしょう。彼もきっと“食べられる状況じゃなくなる”でしょうし」
「ちょ、ちょっと待った! エリ! お前何を考えている!?」
今パパが血相を変えて私の前に立ちはだかる。
何か嫌な匂いをかぎ取ったみたい。あら、そういう言い方すると私が臭ってるみたいですわね。いえ、私はなにも臭いませんとも。ちゃんとお風呂も入ってますしね。みんなと違って。本当、なんで毎日お風呂入らないのかしら、ここの人たち。
「考える? なにって、もちろんこのカシュトルゼ家のことと、この国、いえ、国王陛下のことですわ」
「こ、国王?」
なんでその名前が出てくるのか、今パパは心底不思議そうだ。
「ええ。ここは国王陛下のおわす中央区でしょう。そこはしっかりと警備がなされていると聞きました。なのに、こうして民衆が大挙して押し寄せるなど言語道断。陛下のお心を惑わすなどもってのほか。しかも通しただけでなく、その後にこうして大臣の屋敷を囲んでいるのに誰も何もしに来ない。これは明らかな職務怠慢でしょう。違いますか?」
「ち、違わない……だがな」
「考えてもみてください。今回はただのデモでしたが、これが敵国の謀略だとしたら。民衆に紛れて工作員や兵をいれていたら。そうなれば、この中央区は火の海となり、至上の冠を頂くお方の身に万が一が起こることも考えられます。そうなった場合の責任は誰が取るのでしょう? 陛下? いえ、国の政務を預かる身であるお父様に行くのですよ? そのためにお父様は、今回の件をもって治安の引き締めを行わなければなりません。そのためまず、現治安維持の責任者の責任を問わなければならない。そういうことですわ」
「…………」
今パパは呆然と私の言葉を聞いていた。
それだけでない。ワルドゥもアーニィも、ダウンゼンも、周囲の門番たちも唖然とした様子で私を無言で眺める。
「エ、エリ……」
ようやく我に返った今パパは、私の名前を呼ぶ。
「何でしょう?」
「お前は……」
だがその後の言葉が出てこない。
きっと何かを計算しているのか。それとも口にすることを恐れているのか。
やがて頭を小さく横に振った今パパは、
「いや、いい。エリのいいようにしなさい。ワルドゥ。エリに便宜を図ってやりなさい」
そう言ってきびすを返すと、そのまま家の中へと戻っていってしまった。
ふぅ。とりあえず言質は取ったってことでいいわよね。
じゃあ好き勝手させてもらいましょうか。
そう心に決めた時だ。
「私も連れて行ってもらえますか?」
「誰だ!!」
突然の声に、ダウンゼンが吼える。
だがそれを気にした様子もなく、1人の男が門の前、そこに佇んでいた。
長身にして細身。天然パーマの白い髪に、フレームのある眼鏡が特徴的なイケメン。
「あなたは……」
「あなたのクロイツェルが参りましたよ、エリーゼ様」
男――クロイツェル・アン・ラスアィンは、そう言って優雅に礼をした。
声に振り向けば、アーニィとワルドゥが駆け寄って来た。
「あ! この男!」
「げっ、なんとかいう小娘」
アーニィが身構え、ダウンゼンが一歩飛びのく。
「2人とも、やめなさい。アーニィ、彼は協力者よ」
「え、そ、そうなのですか?」
初めてダウンゼンと会った時、ダウンゼンとの会話にアーニィは参加させなかったからこの反応もしょうがない。
本当は話しておくべきだったんだけど……うん、忘れてた。それに秘密は知ってる人が少ないほどいいしね。そう言い訳させてもらうわ。
「お嬢様、このような無謀なことは控えていただけなければ」
「私は自分の器量を越えたことをしたとは思ってないわ、ワルドゥ。だから無謀じゃないの」
「ご屁理屈を……」
「それが私の武器です」
微笑んで答えるとワルドゥは何を言っても無駄と諦めてしまった。
「エリ」
と、そこへ今パパがやってきた。
すでに門は閉じられ、群衆もいなくなった段階で出てくる。それを用心と見るか、臆病と見るか。ま、いいけど。
「ご機嫌麗しゅう、お父様」
「エリ、お前はなんという……あんなことをして、エリに何かあればパパは、パパは……」
「問題ありませんわ。私もむざむざ危険な橋を渡るつもりはありませんから」
危ない橋を渡るつもりはなかったというところが半分嘘。
そもそも、先ほどのデモを見ても危機感は感じなかった。だってあっちが手を出したら彼らは終わりだ。貴族に手を出したということで、さらに今パパの力を考えればそれはありえないと言っていい。
そしてその安全はダウンゼンの姿を見つけた時には確信に変わっていた。
だから今のは半分……あら? 全部嘘だったってことじゃない? だって危ない橋を渡るつもりはないけど、そもそもが危なくないんだから。ま、いっか。
「それよりお父様にお聞きしたいことが」
「ち、違うぞエリ! 別にパパは逃げたわけでも隠れたわけでもないぞ! ただわたしの姿を気軽に領民に見せてしまっては、そう、鼎の軽重が問われるのだ!」
「ええ、分かっておりますわお父様。“すべて”分かっておりますとも」
「そ、そうか」
あからさまにホッとした様子の今パパに、内心嘆息を抑えながらも聞く。
「お聞きしたいのはこの中央エリアの警備担当をしているのはどなたでしょう、ということです」
「む? 警備担当? えぇと確か……」
「ジュエリ男爵でございます、エリ様。ガーヒル様の叔父にあたる」
頭を悩ます今パパに代わって、ワルドゥが答えた。
ふぅん。これは良い情報。あのガーヒルの叔父ねぇ。
「おお、そうだ。で、そのジュエリ男爵がどうした?」
「いえ。…………というわけで出かけてまいりますわ、お父様」
「ど、どういうわけかな、エリ!?」
「アーニィ、準備を。それから着替えを手伝ってくださる?」
「え? え? エリお嬢様、どちらへ……?」
「もちろん、そのジュエリ男爵の屋敷へですわ。お土産は……ま、いいでしょう。彼もきっと“食べられる状況じゃなくなる”でしょうし」
「ちょ、ちょっと待った! エリ! お前何を考えている!?」
今パパが血相を変えて私の前に立ちはだかる。
何か嫌な匂いをかぎ取ったみたい。あら、そういう言い方すると私が臭ってるみたいですわね。いえ、私はなにも臭いませんとも。ちゃんとお風呂も入ってますしね。みんなと違って。本当、なんで毎日お風呂入らないのかしら、ここの人たち。
「考える? なにって、もちろんこのカシュトルゼ家のことと、この国、いえ、国王陛下のことですわ」
「こ、国王?」
なんでその名前が出てくるのか、今パパは心底不思議そうだ。
「ええ。ここは国王陛下のおわす中央区でしょう。そこはしっかりと警備がなされていると聞きました。なのに、こうして民衆が大挙して押し寄せるなど言語道断。陛下のお心を惑わすなどもってのほか。しかも通しただけでなく、その後にこうして大臣の屋敷を囲んでいるのに誰も何もしに来ない。これは明らかな職務怠慢でしょう。違いますか?」
「ち、違わない……だがな」
「考えてもみてください。今回はただのデモでしたが、これが敵国の謀略だとしたら。民衆に紛れて工作員や兵をいれていたら。そうなれば、この中央区は火の海となり、至上の冠を頂くお方の身に万が一が起こることも考えられます。そうなった場合の責任は誰が取るのでしょう? 陛下? いえ、国の政務を預かる身であるお父様に行くのですよ? そのためにお父様は、今回の件をもって治安の引き締めを行わなければなりません。そのためまず、現治安維持の責任者の責任を問わなければならない。そういうことですわ」
「…………」
今パパは呆然と私の言葉を聞いていた。
それだけでない。ワルドゥもアーニィも、ダウンゼンも、周囲の門番たちも唖然とした様子で私を無言で眺める。
「エ、エリ……」
ようやく我に返った今パパは、私の名前を呼ぶ。
「何でしょう?」
「お前は……」
だがその後の言葉が出てこない。
きっと何かを計算しているのか。それとも口にすることを恐れているのか。
やがて頭を小さく横に振った今パパは、
「いや、いい。エリのいいようにしなさい。ワルドゥ。エリに便宜を図ってやりなさい」
そう言ってきびすを返すと、そのまま家の中へと戻っていってしまった。
ふぅ。とりあえず言質は取ったってことでいいわよね。
じゃあ好き勝手させてもらいましょうか。
そう心に決めた時だ。
「私も連れて行ってもらえますか?」
「誰だ!!」
突然の声に、ダウンゼンが吼える。
だがそれを気にした様子もなく、1人の男が門の前、そこに佇んでいた。
長身にして細身。天然パーマの白い髪に、フレームのある眼鏡が特徴的なイケメン。
「あなたは……」
「あなたのクロイツェルが参りましたよ、エリーゼ様」
男――クロイツェル・アン・ラスアィンは、そう言って優雅に礼をした。
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