406 / 627
第4章 ジャンヌの西進
第79話 林檎スター
しおりを挟む
喜志田が死んで打ちひしがれているビンゴ兵を、俺は容赦なく動かした。
そうしていた方が気がまぎれると思ったわけじゃないけど、まだすべては終わっていないからだ。
雨は上がっていたが、重たい雲は彼らの心情を現しているかのようだ。
そんな中、水浸しになったスィート・スィトンを取り囲み、口々に降伏勧告を叫ばせている。
たまに矢が降ってくるが、さして威力もないものでそれ以外は完全に首都スィート・スィトンは沈黙に閉ざされていた。
オムカとワーンスの兵たちにはそれには参加させていない。
近くの森から木を斬ってきて、それで簡単な筏を造らせているのと、水路の埋め立て、南門の近くにある排水路を拡充して排水させるための段取りを行っているのだ。
本当、最近のうちらは土木工事が得意になってきたなぁ。
かの豊臣秀吉も、墨俣一夜城に先の備中高松城水攻め、賤ヶ岳合戦の築城、小田原征伐の石垣山一夜城と、そういった作事には得意だったと言われるから、それも悪くないのかもしれないけど。
なんてことを想いながら、俺は溢れた水でびしゃびしゃになっている東門の対岸でぼうっと首都スィート・スィトンの様子を見ていた。
そんな時だ。
「泣いてるのかな?」
アヤ――じゃない、林檎が俺の隣に来て聞いてきた。
その後ろにはサールがいる。
なんでここに来たのかはわからないけど、サールが問題ないと判断したなら俺からは何も言わない。
「悲しいことが、あったんだね」
「ああ」
「誰かが、亡くなったって聞いたんだけど」
「ああ」
「とても大切な人だったのかな」
「ああ」
「そうなんだ……」
そして彼女は黙る。
俺ももうそれ以上言葉を継げない。
あるいは泣いてしまいそうだったから。
だから俺は林檎から視線を反らした。
大切、そう、大切だった。
親しい友人、俺のことを分かってくれる友、それを亡くした悲しみは、そう癒えるものじゃない。
辺りにはビンゴ兵たちが口々に叫ぶ降伏勧告の騒々しさだけが残った。
不意に、体を温かいものが包み込んだ。
寒風吹く中、感じる誰かの体温。
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言われ、ようやく何が起きたか気づいた。
林檎が俺を後ろから抱きしめているらしい。
背中に感じる柔らかなもの。
俺の胸元で交差させている腕が押さえつけて離さない。
あまりのことにドギマギしながらも、あるいは俺は心地よい感覚に包まれていた。
音が響く。
歌。優しい歌。
子守歌のような、幼子をあやすような歌が耳元に響く。
ともすれば眠ってしまいそうな心地よさに身を任せていると、心身共に癒されていくような思いだ。
「落ち着きました?」
やがてアヤ――いや、林檎がそう言った。
確かに俺の中にあった悲しみも苦しみも悔いも何もかもが消えるとまではいかないものの、
小さくなっていた。
だから俺はこくりと頷く。
「うふふ……よかったねぇ」
そう言って林檎は俺の頭をなでなでしてくる。
よくよく考えてみれば、この格好。超恥ずかしい。
てゆうかアヤって……いや、林檎か。少なくとも里奈より大きいんじゃないか……ってバカか。何をこんな時に。
「どんな人だったか聞いてもいいかな?」
しばらくして、アヤ――じゃない。林檎がそう言った。
どんな人か。
喜志田のこと。そうだな……。
「いっつもへらへらしてて、猫背で、モジャ男で、だらしなくて、やる気がなくて、めんどくさがりで、すぐ楽したがって、ちょっと目を離すとさぼってて、いたずら好きで、人をおちょくるのが好きで、イラっとさせることを言ってきて、でもたまにはやる気があって、三国志好きで、よく相談相手にはなってくれて、意外と面倒見がよくて、無駄にプライドが高くて、たまに妙なテンションになる変な奴」
「ははぁ、なるほど」
林檎がうんうんと何かを納得するように何度もうなずく。
そして、爆弾発言を口にした。
「分かった。ジャンヌちゃんはその人が好きだったんだね」
「――――はぁ!?」
俺が?
喜志田を?
好き?
いやいやいやいやいやいやいやいや。
ありえない。
天地がさかさまになってもあり得ない。
あんなのを好きになるとか、完全に恋愛の回路がショートしてる変態だ。
あれを好きになるくらいなら、あのくそったれの女神と一緒になった方がマシだ。
てか俺男だし!
「そんな好きだった、憧れだった人がお亡くなりになったのなら、悲しいですよね」
「いや、誰も好きとか、憧れとか……悲しいは悲しいけどさ!」
てかなに?
このぐいぐいくる感じ。
ニーアとも竜胆とも違う。
てか基本、話を聞かない分、あの2人より性質が悪い。
「ちゃんと泣きました? え、ああ、そうですよね。泣くってことは感情を整理するのに必要ですから。なら歌いましょう! その人のことを思って、大熱唱すればいいんです!」
「え、いや。その歌とかは……」
元の世界ではカラオケとかもほとんど行ったことないし、人前で歌うとか考えられない。
いや、それ以前に俺は全然喜志田のことなんとも思ってないからな!
「じゃあ自分に続いてきてください。せーの」
こちらの都合なんてお構いなしに、林檎が大きく息を吸うと、そこから熱が放たれる。
歌という名の、熱の塊。
それは小さな彼女の体から発せられ、大気を震わし広がっていく。
決して大声ではない。
それでも降伏を呼びかけるビンゴ兵の上を通り過ぎ、首都に籠る人たちにも響き、土木作業を続けるオムカの兵たちにも届いているに違いない。
さらに山々さえも超えて、オムカにも聞こえるのではないかと思うほど、声によどみはなかった。
「誰かのためじゃなく、私のためでもなく。ただただ、あなたのために、この歌を届けたい。遠く離れてしまったあなた。私は今も、あなたのためだけに歌うから」
彼女の歌詞が胸に刺さる。
胸に去来するのは2人の人間。
マリア、そして里奈。
遠く離れてしまった彼女たち。
喜志田は死んでしまった。
けど彼女たちはまだこの世界にいる。
その、彼女たちのために何ができるか。
やることは決まっている。
そしてそれは、喜志田の願いとも通じているはず。
堂島帝国元帥。
彼女に勝ち、この大陸を統一する。
それこそがマリアと里奈を守り、喜志田の願いを叶える一手。
それが、俺の進むべき道。
…………はぁ。だからいつまでもうじうじしてられないってか。
ったく。
俺がどこまで行くか見たいって言ったよな。
そっちでしっかり見てろよ。
だから、さよならだ。
俺は、お前の願いを背負って先へ進むから。
眼を閉じる。
その中に浮かんだ喜志田の顔は、いつものやる気なさそうなニヒルな笑顔で俺を迎えてくれた。
そんな気がした。
「ありがとう、もう十分だよ」
彼女の歌のおかげで、少しは心が整理できた気がした。
力の抜けた彼女の拘束から抜け出して振り返る。
そこにはいつか見た、アヤの姿があった。
「というか、本当にそっくりだな」
歌も、姿も。
そう誉め言葉として投げかけたつもりだったが、彼女は唇を尖らせ、
「んもう。だから私は林檎だってー。ぶー、そんなに似てるのかなぁ……」
「あ、ああ。ごめん。その、歌っている感じが似てて。彼女も歌手だったから」
「へぇー、その子。うまかった? 私より?」
「それは……なんとも、だな。比較しようがないし。でも彼女は間違いなく大陸一の歌姫だよ。たた一晩のステージで、彼女はその歌を世界に知らしめたんだ」
「シンデレラストーリーに大陸一の歌姫かー。いいね、その称号。ね、彼女の歌。どこで聞ける?」
「それは――」
彼女に悪気はないのはわかってる。
それでも、無遠慮にアヤのことについて踏み込まれた気がして、少し傷ついた。
いや、彼女は悪くない。
だって、彼女はここに来たばかりで知らないのだから。
「無理なんだ。彼女は、死んでしまったから」
「あっ…………」
林檎は口を手で押さえて絶句した。
「ごめんなさい。そういえば堂島さんも言ってた。彼女の歌はもう聞けないって。そういうことだったの」
堂島。
帝国軍元帥とアヤの関係が結びつかなかったが、そういえば彼女の最後は帝国での活動だ。
どこかで結びついても不思議ではないだろう。
「そっか……そのアヤって人に私は似てると。ふむふむ」
右手の親指と人差し指を顎に当てて何事かを考えていた林檎は、そのまま指をパチンと鳴らし、
「つまりアヤの再来とか言って売り出せば、世に出るチャンス!?」
「お前……」
さすがの俺も呆れた。
その雰囲気を察したのか、林檎は慌てて両手を振り、
「あ、嘘、嘘。そんな亡くなった人をダシに使うほど落ちぶれちゃいないよ。まぁ、以前の私ならそうしたかもしれないけどね。あははー、売れないバンドやってたんで、メジャーの夢が叶うならなんでもやってやるって感じだから」
そういうもの、か。
生憎そういった名声を求める気持ちは特になかったから、彼女に共感はできなかった。
それから彼女の身の上話――自分から元の世界を語るプレイヤーはそう多くないと思ったが彼女は別らしい――というより愚痴に付き合わされた。
音楽用語とかも飛び交ってあまりよくわからなかったが、とにかく歌が好きで色んなバンドを転々。
けれど好きがこうじてトラブルになり、そして命を落としたらしい。
それを辟易としながらも聞いていて得た感想は1つ。
その日の夜にサールと話をしたのだが、
「ジャンヌさん、彼女は問題ないかと」
「ああ、俺もそう思う。景斗にあったような模様もなかったし、彼女に腹芸は無理だろう」
「はい。ですが念のため警戒は続けます」
「ん、よろしく」
ということで林檎の警戒は一段下がったわけで、まぁこの分なら大丈夫だろう。
「そもそもねー。メジャーに媚びるってのも考え物みたいだよ。自分たちのはっきりとした、ちゃんとした音が出せなくなるわけだし。何にもまして売り上げ、売り上げ、売り上げになるって、先にメジャー行った人が言ってた。だから叶うならまたインディーズに戻りたいとか。そんなもんかぁ、ってその時は思ったんだけど。てか、改めて思い出してみたら、それってふざけんなって感じじゃない? こちとら必死にメジャーデビュー目指して頑張ってんのに……なんでそんな心折ること言うかなぁ。それともそれって遠回しに自慢してる? それどう思うかな、ジャンヌちゃん? ねぇ、聞いてる? あ、でも私たちも惜しいところはあったんだよ。それがね――」
あ、ヤバイ。
この愚痴はどこかでバッサリ行かないと永遠に終わらないやつだ。
そう思い、どうやって話題を変えようか悩んでいたところに、ちょうどよく伝令が来た。
「ジャ、ジャンヌ様!」
ビンゴの軍装。しかも小隊長クラスがこちらに駆けてきた。
喜志田もクロスもセンドもいない今、便宜上、俺がこの連合軍の総帥になった。
それは喜志田の遺志でもあるし、ワーンス軍は俺に好意的だし、何よりほかに全軍を指揮できる人間がいなかったのだ。
だからこそ、情報は全部俺に集めるようにしていた。
その一環で、小隊長が直々に俺のところに来たようだ。
「どうした?」
俺の問いに、彼は答える。
この2か月に及ぶ、長く激しい戦いの終幕を伝える言葉を。
「それが、北門に人が現れ、白旗を……」
「なに?」
「開城し降伏する。そう叫んでおります」
彼がそう言ってから。
この戦いも、あと2時間もしないうちに終わることになる。
そうしていた方が気がまぎれると思ったわけじゃないけど、まだすべては終わっていないからだ。
雨は上がっていたが、重たい雲は彼らの心情を現しているかのようだ。
そんな中、水浸しになったスィート・スィトンを取り囲み、口々に降伏勧告を叫ばせている。
たまに矢が降ってくるが、さして威力もないものでそれ以外は完全に首都スィート・スィトンは沈黙に閉ざされていた。
オムカとワーンスの兵たちにはそれには参加させていない。
近くの森から木を斬ってきて、それで簡単な筏を造らせているのと、水路の埋め立て、南門の近くにある排水路を拡充して排水させるための段取りを行っているのだ。
本当、最近のうちらは土木工事が得意になってきたなぁ。
かの豊臣秀吉も、墨俣一夜城に先の備中高松城水攻め、賤ヶ岳合戦の築城、小田原征伐の石垣山一夜城と、そういった作事には得意だったと言われるから、それも悪くないのかもしれないけど。
なんてことを想いながら、俺は溢れた水でびしゃびしゃになっている東門の対岸でぼうっと首都スィート・スィトンの様子を見ていた。
そんな時だ。
「泣いてるのかな?」
アヤ――じゃない、林檎が俺の隣に来て聞いてきた。
その後ろにはサールがいる。
なんでここに来たのかはわからないけど、サールが問題ないと判断したなら俺からは何も言わない。
「悲しいことが、あったんだね」
「ああ」
「誰かが、亡くなったって聞いたんだけど」
「ああ」
「とても大切な人だったのかな」
「ああ」
「そうなんだ……」
そして彼女は黙る。
俺ももうそれ以上言葉を継げない。
あるいは泣いてしまいそうだったから。
だから俺は林檎から視線を反らした。
大切、そう、大切だった。
親しい友人、俺のことを分かってくれる友、それを亡くした悲しみは、そう癒えるものじゃない。
辺りにはビンゴ兵たちが口々に叫ぶ降伏勧告の騒々しさだけが残った。
不意に、体を温かいものが包み込んだ。
寒風吹く中、感じる誰かの体温。
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言われ、ようやく何が起きたか気づいた。
林檎が俺を後ろから抱きしめているらしい。
背中に感じる柔らかなもの。
俺の胸元で交差させている腕が押さえつけて離さない。
あまりのことにドギマギしながらも、あるいは俺は心地よい感覚に包まれていた。
音が響く。
歌。優しい歌。
子守歌のような、幼子をあやすような歌が耳元に響く。
ともすれば眠ってしまいそうな心地よさに身を任せていると、心身共に癒されていくような思いだ。
「落ち着きました?」
やがてアヤ――いや、林檎がそう言った。
確かに俺の中にあった悲しみも苦しみも悔いも何もかもが消えるとまではいかないものの、
小さくなっていた。
だから俺はこくりと頷く。
「うふふ……よかったねぇ」
そう言って林檎は俺の頭をなでなでしてくる。
よくよく考えてみれば、この格好。超恥ずかしい。
てゆうかアヤって……いや、林檎か。少なくとも里奈より大きいんじゃないか……ってバカか。何をこんな時に。
「どんな人だったか聞いてもいいかな?」
しばらくして、アヤ――じゃない。林檎がそう言った。
どんな人か。
喜志田のこと。そうだな……。
「いっつもへらへらしてて、猫背で、モジャ男で、だらしなくて、やる気がなくて、めんどくさがりで、すぐ楽したがって、ちょっと目を離すとさぼってて、いたずら好きで、人をおちょくるのが好きで、イラっとさせることを言ってきて、でもたまにはやる気があって、三国志好きで、よく相談相手にはなってくれて、意外と面倒見がよくて、無駄にプライドが高くて、たまに妙なテンションになる変な奴」
「ははぁ、なるほど」
林檎がうんうんと何かを納得するように何度もうなずく。
そして、爆弾発言を口にした。
「分かった。ジャンヌちゃんはその人が好きだったんだね」
「――――はぁ!?」
俺が?
喜志田を?
好き?
いやいやいやいやいやいやいやいや。
ありえない。
天地がさかさまになってもあり得ない。
あんなのを好きになるとか、完全に恋愛の回路がショートしてる変態だ。
あれを好きになるくらいなら、あのくそったれの女神と一緒になった方がマシだ。
てか俺男だし!
「そんな好きだった、憧れだった人がお亡くなりになったのなら、悲しいですよね」
「いや、誰も好きとか、憧れとか……悲しいは悲しいけどさ!」
てかなに?
このぐいぐいくる感じ。
ニーアとも竜胆とも違う。
てか基本、話を聞かない分、あの2人より性質が悪い。
「ちゃんと泣きました? え、ああ、そうですよね。泣くってことは感情を整理するのに必要ですから。なら歌いましょう! その人のことを思って、大熱唱すればいいんです!」
「え、いや。その歌とかは……」
元の世界ではカラオケとかもほとんど行ったことないし、人前で歌うとか考えられない。
いや、それ以前に俺は全然喜志田のことなんとも思ってないからな!
「じゃあ自分に続いてきてください。せーの」
こちらの都合なんてお構いなしに、林檎が大きく息を吸うと、そこから熱が放たれる。
歌という名の、熱の塊。
それは小さな彼女の体から発せられ、大気を震わし広がっていく。
決して大声ではない。
それでも降伏を呼びかけるビンゴ兵の上を通り過ぎ、首都に籠る人たちにも響き、土木作業を続けるオムカの兵たちにも届いているに違いない。
さらに山々さえも超えて、オムカにも聞こえるのではないかと思うほど、声によどみはなかった。
「誰かのためじゃなく、私のためでもなく。ただただ、あなたのために、この歌を届けたい。遠く離れてしまったあなた。私は今も、あなたのためだけに歌うから」
彼女の歌詞が胸に刺さる。
胸に去来するのは2人の人間。
マリア、そして里奈。
遠く離れてしまった彼女たち。
喜志田は死んでしまった。
けど彼女たちはまだこの世界にいる。
その、彼女たちのために何ができるか。
やることは決まっている。
そしてそれは、喜志田の願いとも通じているはず。
堂島帝国元帥。
彼女に勝ち、この大陸を統一する。
それこそがマリアと里奈を守り、喜志田の願いを叶える一手。
それが、俺の進むべき道。
…………はぁ。だからいつまでもうじうじしてられないってか。
ったく。
俺がどこまで行くか見たいって言ったよな。
そっちでしっかり見てろよ。
だから、さよならだ。
俺は、お前の願いを背負って先へ進むから。
眼を閉じる。
その中に浮かんだ喜志田の顔は、いつものやる気なさそうなニヒルな笑顔で俺を迎えてくれた。
そんな気がした。
「ありがとう、もう十分だよ」
彼女の歌のおかげで、少しは心が整理できた気がした。
力の抜けた彼女の拘束から抜け出して振り返る。
そこにはいつか見た、アヤの姿があった。
「というか、本当にそっくりだな」
歌も、姿も。
そう誉め言葉として投げかけたつもりだったが、彼女は唇を尖らせ、
「んもう。だから私は林檎だってー。ぶー、そんなに似てるのかなぁ……」
「あ、ああ。ごめん。その、歌っている感じが似てて。彼女も歌手だったから」
「へぇー、その子。うまかった? 私より?」
「それは……なんとも、だな。比較しようがないし。でも彼女は間違いなく大陸一の歌姫だよ。たた一晩のステージで、彼女はその歌を世界に知らしめたんだ」
「シンデレラストーリーに大陸一の歌姫かー。いいね、その称号。ね、彼女の歌。どこで聞ける?」
「それは――」
彼女に悪気はないのはわかってる。
それでも、無遠慮にアヤのことについて踏み込まれた気がして、少し傷ついた。
いや、彼女は悪くない。
だって、彼女はここに来たばかりで知らないのだから。
「無理なんだ。彼女は、死んでしまったから」
「あっ…………」
林檎は口を手で押さえて絶句した。
「ごめんなさい。そういえば堂島さんも言ってた。彼女の歌はもう聞けないって。そういうことだったの」
堂島。
帝国軍元帥とアヤの関係が結びつかなかったが、そういえば彼女の最後は帝国での活動だ。
どこかで結びついても不思議ではないだろう。
「そっか……そのアヤって人に私は似てると。ふむふむ」
右手の親指と人差し指を顎に当てて何事かを考えていた林檎は、そのまま指をパチンと鳴らし、
「つまりアヤの再来とか言って売り出せば、世に出るチャンス!?」
「お前……」
さすがの俺も呆れた。
その雰囲気を察したのか、林檎は慌てて両手を振り、
「あ、嘘、嘘。そんな亡くなった人をダシに使うほど落ちぶれちゃいないよ。まぁ、以前の私ならそうしたかもしれないけどね。あははー、売れないバンドやってたんで、メジャーの夢が叶うならなんでもやってやるって感じだから」
そういうもの、か。
生憎そういった名声を求める気持ちは特になかったから、彼女に共感はできなかった。
それから彼女の身の上話――自分から元の世界を語るプレイヤーはそう多くないと思ったが彼女は別らしい――というより愚痴に付き合わされた。
音楽用語とかも飛び交ってあまりよくわからなかったが、とにかく歌が好きで色んなバンドを転々。
けれど好きがこうじてトラブルになり、そして命を落としたらしい。
それを辟易としながらも聞いていて得た感想は1つ。
その日の夜にサールと話をしたのだが、
「ジャンヌさん、彼女は問題ないかと」
「ああ、俺もそう思う。景斗にあったような模様もなかったし、彼女に腹芸は無理だろう」
「はい。ですが念のため警戒は続けます」
「ん、よろしく」
ということで林檎の警戒は一段下がったわけで、まぁこの分なら大丈夫だろう。
「そもそもねー。メジャーに媚びるってのも考え物みたいだよ。自分たちのはっきりとした、ちゃんとした音が出せなくなるわけだし。何にもまして売り上げ、売り上げ、売り上げになるって、先にメジャー行った人が言ってた。だから叶うならまたインディーズに戻りたいとか。そんなもんかぁ、ってその時は思ったんだけど。てか、改めて思い出してみたら、それってふざけんなって感じじゃない? こちとら必死にメジャーデビュー目指して頑張ってんのに……なんでそんな心折ること言うかなぁ。それともそれって遠回しに自慢してる? それどう思うかな、ジャンヌちゃん? ねぇ、聞いてる? あ、でも私たちも惜しいところはあったんだよ。それがね――」
あ、ヤバイ。
この愚痴はどこかでバッサリ行かないと永遠に終わらないやつだ。
そう思い、どうやって話題を変えようか悩んでいたところに、ちょうどよく伝令が来た。
「ジャ、ジャンヌ様!」
ビンゴの軍装。しかも小隊長クラスがこちらに駆けてきた。
喜志田もクロスもセンドもいない今、便宜上、俺がこの連合軍の総帥になった。
それは喜志田の遺志でもあるし、ワーンス軍は俺に好意的だし、何よりほかに全軍を指揮できる人間がいなかったのだ。
だからこそ、情報は全部俺に集めるようにしていた。
その一環で、小隊長が直々に俺のところに来たようだ。
「どうした?」
俺の問いに、彼は答える。
この2か月に及ぶ、長く激しい戦いの終幕を伝える言葉を。
「それが、北門に人が現れ、白旗を……」
「なに?」
「開城し降伏する。そう叫んでおります」
彼がそう言ってから。
この戦いも、あと2時間もしないうちに終わることになる。
0
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる