知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

第79話 林檎スター

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 喜志田が死んで打ちひしがれているビンゴ兵を、俺は容赦なく動かした。
 そうしていた方が気がまぎれると思ったわけじゃないけど、まだすべては終わっていないからだ。

 雨は上がっていたが、重たい雲は彼らの心情を現しているかのようだ。

 そんな中、水浸しになったスィート・スィトンを取り囲み、口々に降伏勧告を叫ばせている。
 たまに矢が降ってくるが、さして威力もないものでそれ以外は完全に首都スィート・スィトンは沈黙に閉ざされていた。

 オムカとワーンスの兵たちにはそれには参加させていない。
 近くの森から木を斬ってきて、それで簡単ないかだを造らせているのと、水路の埋め立て、南門の近くにある排水路を拡充して排水させるための段取りを行っているのだ。

 本当、最近のうちらは土木工事が得意になってきたなぁ。
 かの豊臣秀吉も、墨俣すのまた一夜城に先の備中高松城水攻め、賤ヶ岳しずがたけ合戦の築城、小田原征伐の石垣山一夜城と、そういった作事には得意だったと言われるから、それも悪くないのかもしれないけど。

 なんてことを想いながら、俺は溢れた水でびしゃびしゃになっている東門の対岸でぼうっと首都スィート・スィトンの様子を見ていた。

 そんな時だ。

「泣いてるのかな?」

 アヤ――じゃない、林檎が俺の隣に来て聞いてきた。
 その後ろにはサールがいる。

 なんでここに来たのかはわからないけど、サールが問題ないと判断したなら俺からは何も言わない。

「悲しいことが、あったんだね」

「ああ」

「誰かが、亡くなったって聞いたんだけど」

「ああ」

「とても大切な人だったのかな」

「ああ」

「そうなんだ……」

 そして彼女は黙る。
 俺ももうそれ以上言葉を継げない。

 あるいは泣いてしまいそうだったから。
 だから俺は林檎から視線を反らした。

 大切、そう、大切だった。
 親しい友人、俺のことを分かってくれる友、それを亡くした悲しみは、そう癒えるものじゃない。

 辺りにはビンゴ兵たちが口々に叫ぶ降伏勧告の騒々しさだけが残った。

 不意に、体を温かいものが包み込んだ。
 寒風吹く中、感じる誰かの体温。

「大丈夫。大丈夫だから」

 そう言われ、ようやく何が起きたか気づいた。
 林檎が俺を後ろから抱きしめているらしい。

 背中に感じる柔らかなもの。
 俺の胸元で交差させている腕が押さえつけて離さない。

 あまりのことにドギマギしながらも、あるいは俺は心地よい感覚に包まれていた。

 音が響く。
 歌。優しい歌。
 子守歌のような、幼子おさなごをあやすような歌が耳元に響く。

 ともすれば眠ってしまいそうな心地よさに身を任せていると、心身共に癒されていくような思いだ。

「落ち着きました?」

 やがてアヤ――いや、林檎がそう言った。
 確かに俺の中にあった悲しみも苦しみも悔いも何もかもが消えるとまではいかないものの、
小さくなっていた。

 だから俺はこくりと頷く。

「うふふ……よかったねぇ」

 そう言って林檎は俺の頭をなでなでしてくる。

 よくよく考えてみれば、この格好。超恥ずかしい。
 てゆうかアヤって……いや、林檎か。少なくとも里奈より大きいんじゃないか……ってバカか。何をこんな時に。

「どんな人だったか聞いてもいいかな?」

 しばらくして、アヤ――じゃない。林檎がそう言った。

 どんな人か。
 喜志田のこと。そうだな……。

「いっつもへらへらしてて、猫背で、モジャ男で、だらしなくて、やる気がなくて、めんどくさがりで、すぐ楽したがって、ちょっと目を離すとさぼってて、いたずら好きで、人をおちょくるのが好きで、イラっとさせることを言ってきて、でもたまにはやる気があって、三国志好きで、よく相談相手にはなってくれて、意外と面倒見がよくて、無駄にプライドが高くて、たまに妙なテンションになる変な奴」

「ははぁ、なるほど」

 林檎がうんうんと何かを納得するように何度もうなずく。
 そして、爆弾発言を口にした。

「分かった。ジャンヌちゃんはその人が好きだったんだね」

「――――はぁ!?」

 俺が?
 喜志田を?
 好き?

 いやいやいやいやいやいやいやいや。

 ありえない。
 天地がさかさまになってもあり得ない。
 あんなのを好きになるとか、完全に恋愛の回路がショートしてる変態だ。
 あれを好きになるくらいなら、あのくそったれの女神と一緒になった方がマシだ。

 てか俺男だし!

「そんな好きだった、憧れだった人がお亡くなりになったのなら、悲しいですよね」

「いや、誰も好きとか、憧れとか……悲しいは悲しいけどさ!」

 てかなに?
 このぐいぐいくる感じ。

 ニーアとも竜胆とも違う。
 てか基本、話を聞かない分、あの2人より性質たちが悪い。

「ちゃんと泣きました? え、ああ、そうですよね。泣くってことは感情を整理するのに必要ですから。なら歌いましょう! その人のことを思って、大熱唱すればいいんです!」

「え、いや。その歌とかは……」

 元の世界ではカラオケとかもほとんど行ったことないし、人前で歌うとか考えられない。
 いや、それ以前に俺は全然喜志田のことなんとも思ってないからな!

「じゃあ自分に続いてきてください。せーの」

 こちらの都合なんてお構いなしに、林檎が大きく息を吸うと、そこから熱が放たれる。
 歌という名の、熱の塊。
 それは小さな彼女の体から発せられ、大気を震わし広がっていく。
 決して大声ではない。
 それでも降伏を呼びかけるビンゴ兵の上を通り過ぎ、首都に籠る人たちにも響き、土木作業を続けるオムカの兵たちにも届いているに違いない。
 さらに山々さえも超えて、オムカにも聞こえるのではないかと思うほど、声によどみはなかった。

「誰かのためじゃなく、私のためでもなく。ただただ、あなたのために、この歌を届けたい。遠く離れてしまったあなた。私は今も、あなたのためだけに歌うから」

 彼女の歌詞が胸に刺さる。
 胸に去来するのは2人の人間。

 マリア、そして里奈。
 遠く離れてしまった彼女たち。

 喜志田は死んでしまった。
 けど彼女たちはまだこの世界にいる。

 その、彼女たちのために何ができるか。

 やることは決まっている。

 そしてそれは、喜志田の願いとも通じているはず。

 堂島帝国元帥。

 彼女に勝ち、この大陸を統一する。
 それこそがマリアと里奈を守り、喜志田の願いを叶える一手。

 それが、俺の進むべき道。

 …………はぁ。だからいつまでもうじうじしてられないってか。

 ったく。
 俺がどこまで行くか見たいって言ったよな。
 そっちでしっかり見てろよ。

 だから、さよならだ。
 俺は、お前の願いを背負って先へ進むから。

 眼を閉じる。
 その中に浮かんだ喜志田の顔は、いつものやる気なさそうなニヒルな笑顔で俺を迎えてくれた。
 そんな気がした。

「ありがとう、もう十分だよ」

 彼女の歌のおかげで、少しは心が整理できた気がした。
 力の抜けた彼女の拘束から抜け出して振り返る。

 そこにはいつか見た、アヤの姿があった。

「というか、本当にそっくりだな」

 歌も、姿も。
 そう誉め言葉として投げかけたつもりだったが、彼女は唇を尖らせ、

「んもう。だから私は林檎だってー。ぶー、そんなに似てるのかなぁ……」

「あ、ああ。ごめん。その、歌っている感じが似てて。彼女も歌手だったから」

「へぇー、その子。うまかった? 私より?」

「それは……なんとも、だな。比較しようがないし。でも彼女は間違いなく大陸一の歌姫だよ。たた一晩のステージで、彼女はその歌を世界に知らしめたんだ」

「シンデレラストーリーに大陸一の歌姫かー。いいね、その称号。ね、彼女の歌。どこで聞ける?」

「それは――」

 彼女に悪気はないのはわかってる。
 それでも、無遠慮にアヤのことについて踏み込まれた気がして、少し傷ついた。

 いや、彼女は悪くない。
 だって、彼女はここに来たばかりで知らないのだから。

「無理なんだ。彼女は、死んでしまったから」

「あっ…………」

 林檎は口を手で押さえて絶句した。

「ごめんなさい。そういえば堂島さんも言ってた。彼女の歌はもう聞けないって。そういうことだったの」

 堂島。
 帝国軍元帥とアヤの関係が結びつかなかったが、そういえば彼女の最後は帝国での活動だ。
 どこかで結びついても不思議ではないだろう。

「そっか……そのアヤって人に私は似てると。ふむふむ」

 右手の親指と人差し指を顎に当てて何事かを考えていた林檎は、そのまま指をパチンと鳴らし、

「つまりアヤの再来とか言って売り出せば、世に出るチャンス!?」

「お前……」

 さすがの俺も呆れた。
 その雰囲気を察したのか、林檎は慌てて両手を振り、

「あ、嘘、嘘。そんな亡くなった人をダシに使うほど落ちぶれちゃいないよ。まぁ、以前の私ならそうしたかもしれないけどね。あははー、売れないバンドやってたんで、メジャーの夢が叶うならなんでもやってやるって感じだから」

 そういうもの、か。
 生憎そういった名声を求める気持ちは特になかったから、彼女に共感はできなかった。

 それから彼女の身の上話――自分から元の世界を語るプレイヤーはそう多くないと思ったが彼女は別らしい――というより愚痴に付き合わされた。

 音楽用語とかも飛び交ってあまりよくわからなかったが、とにかく歌が好きで色んなバンドを転々。
 けれど好きがこうじてトラブルになり、そして命を落としたらしい。

 それを辟易へきえきとしながらも聞いていて得た感想は1つ。
 その日の夜にサールと話をしたのだが、

「ジャンヌさん、彼女は問題ないかと」

「ああ、俺もそう思う。景斗にあったような模様もなかったし、彼女に腹芸は無理だろう」

「はい。ですが念のため警戒は続けます」

「ん、よろしく」

 ということで林檎の警戒は一段下がったわけで、まぁこの分なら大丈夫だろう。

「そもそもねー。メジャーに媚びるってのも考え物みたいだよ。自分たちのはっきりとした、ちゃんとした音が出せなくなるわけだし。何にもまして売り上げ、売り上げ、売り上げになるって、先にメジャー行った人が言ってた。だから叶うならまたインディーズに戻りたいとか。そんなもんかぁ、ってその時は思ったんだけど。てか、改めて思い出してみたら、それってふざけんなって感じじゃない? こちとら必死にメジャーデビュー目指して頑張ってんのに……なんでそんな心折ること言うかなぁ。それともそれって遠回しに自慢してる? それどう思うかな、ジャンヌちゃん? ねぇ、聞いてる? あ、でも私たちも惜しいところはあったんだよ。それがね――」

 あ、ヤバイ。
 この愚痴はどこかでバッサリ行かないと永遠に終わらないやつだ。
 そう思い、どうやって話題を変えようか悩んでいたところに、ちょうどよく伝令が来た。

「ジャ、ジャンヌ様!」

 ビンゴの軍装。しかも小隊長クラスがこちらに駆けてきた。

 喜志田もクロスもセンドもいない今、便宜上、俺がこの連合軍の総帥になった。
 それは喜志田の遺志でもあるし、ワーンス軍は俺に好意的だし、何よりほかに全軍を指揮できる人間がいなかったのだ。

 だからこそ、情報は全部俺に集めるようにしていた。
 その一環で、小隊長が直々に俺のところに来たようだ。

「どうした?」

 俺の問いに、彼は答える。
 この2か月に及ぶ、長く激しい戦いの終幕を伝える言葉を。

「それが、北門に人が現れ、白旗を……」

「なに?」

「開城し降伏する。そう叫んでおります」

 彼がそう言ってから。
 この戦いも、あと2時間もしないうちに終わることになる。
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