407 / 627
第4章 ジャンヌの西進
第80話 開城
しおりを挟む
どんより曇った天気の中、俺は水の上を進んでいた。
正直、水の上を行くなんて自殺行為そのものだ。作ったばかりの船――というか筏だ――というのも心を落ち着かせない。落ちたらどうする。
それでも今、渡る必要がある。
だから俺は筏のへりにつかまって、早く渡り終われと心中で念じ続ける。
筏に乗っているのは俺とサール、ついてくると言って聞かないクルレーン。そしてビンゴ軍の部隊長と他数人。
先行したクロエとウィットら200弱はすでに城内に入っているらしい。
さすがにいきなり降伏しますといっても、はいそうですかとはならない。
それが罠で、俺たちが城門に入った途端に襲って皆殺しにするくらいはあり得る。そう言いつのったのは、サカキ、ブリーダ、クルレーン、クロエ、ウィット、マール、ルック、アズ将軍――要は全員だった。
だが俺は真実の降伏だと見た。
というのも『古の魔導書』で首都にいる人間たちの情報を片っ端から読んだ。
そのためにビンゴ兵に知人を聞きまわる羽目になったが。
そして100人近い人間を読むことになり、そこにほぼ共通する想いを見つけて、俺はもう無事だと確信に至った。
いわく『数か月の記憶が曖昧』『今ではアカシに敵意を抱く』『戦争は嫌だ』『帝国軍が逃げて行った。ビンゴ軍の勝ちだ』といった文言がかなりの人数に散見されていたのだ。
丹姉弟の洗脳はその効果を失っているようだ。
その1つの理由らしきものを、白旗を持ってきた兵が教えてくれた。
『歌が聞こえたんです。それでハッとして、何か夢から覚めたみたいで。それからはもう、誰もが戦う気をなくしました』
歌と聞いて思い当たるのは1つしかない。
アヤ――いや、林檎だ。
彼女が歌った鎮魂歌。
それが風に乗って、首都の中にも響いて、それに心を揺り動かされた人たちが正気に戻ったのだ。
……なんて夢物語を頭から信じたわけではない。
そこに合理的な説明があるとすればただ1つ。
スキルだ。
それこそ合理的かどうかは置いておいて、彼女のスキルが、彼らにかかっていた丹姉弟の呪縛を解いたに違いない。
ちなみにその真偽が明されることはなかった。
『あ、すみません。そこらへん、よく分かってなくて。歌手っぽいのを選びました』
当の林檎ですら分かっていなかったからだ。
いや、どちらにせよ結果は結果。
首都にいる人々の洗脳が解けたのは間違いないのだ。
だからやるしかない。
時間を置けば、また洗脳が始まるかもしれない。
それは明日かもしれないし、1時間後かもしれないし、10分後かもしれないのだ。
迷ってはいられない。今、ここで終わらせれば、これ以上、犠牲になる人が減るのだから。
やってみる価値はある。
とはいえ俺だけで城に入るのはあまりにも、ということでまずクロエたちが渡り、そしてサールと、ビンゴ軍からも何人かがついてくことになった。
その間にも、排水および水路の埋め立ては続けられていて、少しは水位は下がっているようだが、まだ1メートルは水に埋まっていた。
だから今、俺は水の上にいる。
その背後から、アヤ――じゃない、林檎の歌が響く。
先ほどと違い、リズムのあるロック調の音楽。
それを誰か気の利いたやつが鉦や太鼓を使って演奏風に味付けする。
首都に乗り込もうとする俺らへの応援歌らしい。
蘭陵王入陣曲かよ。
そんなことを考えているうちに、筏は北門の脇に到着した。
北門は壊れているため開け放たれていて、そこに土嚢が積まれている。
その土嚢は門を固定するためのものであり、これ以上水が城内に入ってくるのを防ぐため。
「隊長殿ー、大丈夫ですかー? そこからジャンプです!」
土嚢の向こう、城内からクロエの声が聞こえる。
その土嚢を飛び越えて中に入れということらしい。
「や、やってみる」
強がっては見るものの、一歩間違えば水にドボンだ。
そう考えると足がすくんで動かない。
距離にすれば30センチもないのだが、それが1メートル以上もある気がしてならない。
いや、これは無理だ。引き返そう。
知力99が言うんだから間違いない。
なんて逡巡していると、
「クロエさん。キャッチお願いします」
「はいはい! いつでもどーぞ!」
「え、お前ら何を言って――ぎゃわっ!」
急に水辺から引き離されて何が起きたかと思うと、視界が通常の倍近く高みに上る。
どうやらサールに抱え上げられたらしい。
「はい、ちょっと失礼しますジャンヌさん」
「え、ちょっと。失礼するって……」
「せーの!」
「おいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
飛んだ。
空を。
視界が回る。
どちらが上か下かもわからない。
そんな間にも頭は無駄に回る。土嚢の高さが1メートル半。そこからサールに抱えられた距離を足し合わせると軽く3メートルは超える。その高さで頭から落ちれば――最悪の場合……。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!」
最悪の結果を想像し、だがジタバタしたところで結果が変わるわけもなく。
まさか最期は護衛に殺されることになるとは。
俺はただ自分の運命を呪いながらも目を閉じた。
衝撃。
だがそれは固い地面にぶつかるわけでも、水面に着水するわけでもなく、ドンッと弾力のある柔らかな何かに当たる感覚で。
「大丈夫ですか、隊長殿?」
クロエの声。
見れば視界を覆い尽くすようにしてクロエの顔が間近にある。
「ふぅぅぅ、あの護衛。無茶をする」
「まーまー、怪我がなくてよかったよー」
「てか隊長、軽っ!? うぅ、やっぱり筋力の重さなのかなぁ……」
左右を見ればウィット、ルック、マールといった面々もある。
どうやら俺を受け止めてくれたらしい。
その中央にいるクロエに、俺はまさに抱きついているような状態らしく、
「はぅぅぅ、隊長殿がこんな近く。さぁ、レッツキッシィンタイム……あだっ!」
「この阿呆が。貴様は何をやってる」
よしウィット。よくやった。
危うく俺のファーストキスが奪われるところだったぞ。
……いや、ファーストじゃないよ!?
そんなもの、日常茶飯事だし!
里奈とだって……ねぇ?
と、横に着地する影が2つ。サール、そしてクルレーンだ。
「よっと、ジャンヌさん、大丈夫ですか?」
「うん、サール。次にこれやったら……川に落とす」
「ご、ごめんなさい……」
「やれやれ、若いってのはいいねぇ」
しゅんとしてしまったサールと、おっさん臭いことを言うクルレーン。
はぁ……ったく。
クロエから離れて地面に降りる。
水の音。まだ水は溜まっているが、俺の膝くらいまでだから城内の水位は下がってきているようだ。
新たな水の侵入をこうやって防いで、あとは生活排水と同様に城外へ出せばそうもなるか。
ビンゴの兵士も中に入ってきたので、10名を残して出発することにした。
万が一の退路の確保のためだが、30万に襲われたらひとたまりもない。
その時はその時だ。
「では行きましょう」
ウィットがそう言って先導する。
中央に俺とサール、そしてビンゴ兵。それを挟むように兵を配置し、俺の前にはウィットとクロエが、最後尾にはマールとルック、そして鉄砲を肩に担いだクルレーンがつく。
おそらく身を挺してでも俺を守るための布陣なのだろう。
その気持ちが痛いほど分かったから俺は何も言わなかった。
それよりそんなことを起こさせないようにするのが俺の使命だと言い聞かせる。
門を抜け、場内に入る。
そこはオムカの王都バーベルと似た雰囲気の街並みだった。
山間部に住むものだからだろうか、石造りよりは木製のものが多いがそれでも所狭しと居住区が並んでいる。
それも今は水浸しなわけだが。
その中で目立つ石造りの建築物がある。
王宮だ。
目指すべきはそこだが、その前に立ちはだかる2つの影が現れた。
豪奢な軍装をした壮年のがっしりした男性と、20代の若い男。
「ようこそ、お待ちしておりました」
若い男の方が丁寧に頭を下げてくる。
その人物は俺がよく知っている男だった。
「センド、無事だったか」
「はい。おかげさまで」
「もしかしてあの城門際の戦術。あれはセンドが?」
「私も少しお手伝いさせてもらいましたが、大半はこちらが」
センドは隣にいた壮年の男性を紹介する。
「こちらはハーバカット将軍。首都の防衛を統括する将軍となります」
「お噂はかねがね。お会いできて光栄です。ジャンヌ・ダルク殿」
「こちらこそ」
右手を差し出してきたので、それに応えて握手を返す。
俺のより2回り以上大きい手。
威圧するようにギュッと握ってくる。
なるほど。デキる人間らしい。
「それでは早速、開城のお話に――」
センドが早速と切り出したのだが、その前に問題が浮上した。
「その前に1つよろしいでしょうか」
共に来たビンゴの部隊長が一歩前に出て言った。
センドとハーバカットは一瞬目を見張り、少し怪訝そうな顔をした。
「ああ。だが君は……」
「王太子直属の第一部隊を預かるイヨル・リヨルと申します。こたびの首都防衛。帝国軍を一歩も城内に入れなかったのは、まさに我が軍としては誇らしいこと。しかし王太子に弓を向けたのは……」
「センド、ハーバカットさん。南門にいたのは帝国軍。そうですね?」
俺は部隊長を遮って2人に水を向けた。
正直、ここらへんを掘り返すとややこしいことになる。ビンゴの民がビンゴの王を殺したとなると、城内にいたものと城外に出ていたものとで確執が生まれる。
操られていた云々は説明しようがないわけだし。
だから事実を都合よく捻じ曲げるのが吉と思っての発言だ。
「え、いや……」
「違いましたか? ここに住むビンゴの方々および兵隊は、同士討ちを恐れて南門には配備されなかった。そのため帝国軍が南門の配備につき、近づく敵を撃退した。そこで不幸が起こった。違いませんか?」
「ああ、そうだ。そうでしたよね、将軍」
センドが援護してくれた。
俺の強引な話の持っていき方に、彼も気づいたのだろう。
「う、うむ……そうだった……かな」
「そういうことです。ですから王太子様の仇のため、帝国軍を討つ。理にはかなっていたかと」
「……分かりました」
俺がそう返すと、部隊長は引き下がった。
もしかしたら気づかれていたかもしれないが、口論する場ではないと思ったのだろう。
その問題はとりあえずそれで収まった。
だが今度は俺が困るような問題が起きた。
それはセンドの発言で、
「ところでキシダ将軍はどうされました? まぁあのお方なら、雑事はすべて貴女に任せていそうですが」
やはりそう来るよな。
だが何故か喜志田を信望しているセンドのことだ。
事実を伝えると倒れてしまうのではと思う。
でもそれを伝えないのは、どこかフェアじゃないし、彼のためにもならない。
そう思い、辛いながらも口を開く。
「それは――」
と、その時だ。
城の奥から喚声が響いた。
敵襲!?
周囲にいたクロエたちも身構える。
やはり罠!?
「ご安心ください。ここではありません」
「左様。無意味な同士討ちやだまし討ちは好むところではありませんので」
センドが、そしてハーバカットがこちらをなだめるように言ってくる。
確かに耳を澄ませば、喚声はこちらではなく遠くにあったまま動かない。
だがこれほどの声。
1千や2千では効かない気がするが。
「あれは国民の声。国民の怒り。国民の叫びです。我らを愚弄し、許されざるべき患賊に対し、立ち上がったのです」
「まさか……」
その方向。
そこにある巨大な建築物。
今、そこにいるのは誰なのか。
そしてその人物は、ビンゴ国民たちに何をしたか。
「はい。王宮に立てこもるユートピアなる逆賊に対し王宮を包囲しています」
正直、水の上を行くなんて自殺行為そのものだ。作ったばかりの船――というか筏だ――というのも心を落ち着かせない。落ちたらどうする。
それでも今、渡る必要がある。
だから俺は筏のへりにつかまって、早く渡り終われと心中で念じ続ける。
筏に乗っているのは俺とサール、ついてくると言って聞かないクルレーン。そしてビンゴ軍の部隊長と他数人。
先行したクロエとウィットら200弱はすでに城内に入っているらしい。
さすがにいきなり降伏しますといっても、はいそうですかとはならない。
それが罠で、俺たちが城門に入った途端に襲って皆殺しにするくらいはあり得る。そう言いつのったのは、サカキ、ブリーダ、クルレーン、クロエ、ウィット、マール、ルック、アズ将軍――要は全員だった。
だが俺は真実の降伏だと見た。
というのも『古の魔導書』で首都にいる人間たちの情報を片っ端から読んだ。
そのためにビンゴ兵に知人を聞きまわる羽目になったが。
そして100人近い人間を読むことになり、そこにほぼ共通する想いを見つけて、俺はもう無事だと確信に至った。
いわく『数か月の記憶が曖昧』『今ではアカシに敵意を抱く』『戦争は嫌だ』『帝国軍が逃げて行った。ビンゴ軍の勝ちだ』といった文言がかなりの人数に散見されていたのだ。
丹姉弟の洗脳はその効果を失っているようだ。
その1つの理由らしきものを、白旗を持ってきた兵が教えてくれた。
『歌が聞こえたんです。それでハッとして、何か夢から覚めたみたいで。それからはもう、誰もが戦う気をなくしました』
歌と聞いて思い当たるのは1つしかない。
アヤ――いや、林檎だ。
彼女が歌った鎮魂歌。
それが風に乗って、首都の中にも響いて、それに心を揺り動かされた人たちが正気に戻ったのだ。
……なんて夢物語を頭から信じたわけではない。
そこに合理的な説明があるとすればただ1つ。
スキルだ。
それこそ合理的かどうかは置いておいて、彼女のスキルが、彼らにかかっていた丹姉弟の呪縛を解いたに違いない。
ちなみにその真偽が明されることはなかった。
『あ、すみません。そこらへん、よく分かってなくて。歌手っぽいのを選びました』
当の林檎ですら分かっていなかったからだ。
いや、どちらにせよ結果は結果。
首都にいる人々の洗脳が解けたのは間違いないのだ。
だからやるしかない。
時間を置けば、また洗脳が始まるかもしれない。
それは明日かもしれないし、1時間後かもしれないし、10分後かもしれないのだ。
迷ってはいられない。今、ここで終わらせれば、これ以上、犠牲になる人が減るのだから。
やってみる価値はある。
とはいえ俺だけで城に入るのはあまりにも、ということでまずクロエたちが渡り、そしてサールと、ビンゴ軍からも何人かがついてくことになった。
その間にも、排水および水路の埋め立ては続けられていて、少しは水位は下がっているようだが、まだ1メートルは水に埋まっていた。
だから今、俺は水の上にいる。
その背後から、アヤ――じゃない、林檎の歌が響く。
先ほどと違い、リズムのあるロック調の音楽。
それを誰か気の利いたやつが鉦や太鼓を使って演奏風に味付けする。
首都に乗り込もうとする俺らへの応援歌らしい。
蘭陵王入陣曲かよ。
そんなことを考えているうちに、筏は北門の脇に到着した。
北門は壊れているため開け放たれていて、そこに土嚢が積まれている。
その土嚢は門を固定するためのものであり、これ以上水が城内に入ってくるのを防ぐため。
「隊長殿ー、大丈夫ですかー? そこからジャンプです!」
土嚢の向こう、城内からクロエの声が聞こえる。
その土嚢を飛び越えて中に入れということらしい。
「や、やってみる」
強がっては見るものの、一歩間違えば水にドボンだ。
そう考えると足がすくんで動かない。
距離にすれば30センチもないのだが、それが1メートル以上もある気がしてならない。
いや、これは無理だ。引き返そう。
知力99が言うんだから間違いない。
なんて逡巡していると、
「クロエさん。キャッチお願いします」
「はいはい! いつでもどーぞ!」
「え、お前ら何を言って――ぎゃわっ!」
急に水辺から引き離されて何が起きたかと思うと、視界が通常の倍近く高みに上る。
どうやらサールに抱え上げられたらしい。
「はい、ちょっと失礼しますジャンヌさん」
「え、ちょっと。失礼するって……」
「せーの!」
「おいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
飛んだ。
空を。
視界が回る。
どちらが上か下かもわからない。
そんな間にも頭は無駄に回る。土嚢の高さが1メートル半。そこからサールに抱えられた距離を足し合わせると軽く3メートルは超える。その高さで頭から落ちれば――最悪の場合……。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!」
最悪の結果を想像し、だがジタバタしたところで結果が変わるわけもなく。
まさか最期は護衛に殺されることになるとは。
俺はただ自分の運命を呪いながらも目を閉じた。
衝撃。
だがそれは固い地面にぶつかるわけでも、水面に着水するわけでもなく、ドンッと弾力のある柔らかな何かに当たる感覚で。
「大丈夫ですか、隊長殿?」
クロエの声。
見れば視界を覆い尽くすようにしてクロエの顔が間近にある。
「ふぅぅぅ、あの護衛。無茶をする」
「まーまー、怪我がなくてよかったよー」
「てか隊長、軽っ!? うぅ、やっぱり筋力の重さなのかなぁ……」
左右を見ればウィット、ルック、マールといった面々もある。
どうやら俺を受け止めてくれたらしい。
その中央にいるクロエに、俺はまさに抱きついているような状態らしく、
「はぅぅぅ、隊長殿がこんな近く。さぁ、レッツキッシィンタイム……あだっ!」
「この阿呆が。貴様は何をやってる」
よしウィット。よくやった。
危うく俺のファーストキスが奪われるところだったぞ。
……いや、ファーストじゃないよ!?
そんなもの、日常茶飯事だし!
里奈とだって……ねぇ?
と、横に着地する影が2つ。サール、そしてクルレーンだ。
「よっと、ジャンヌさん、大丈夫ですか?」
「うん、サール。次にこれやったら……川に落とす」
「ご、ごめんなさい……」
「やれやれ、若いってのはいいねぇ」
しゅんとしてしまったサールと、おっさん臭いことを言うクルレーン。
はぁ……ったく。
クロエから離れて地面に降りる。
水の音。まだ水は溜まっているが、俺の膝くらいまでだから城内の水位は下がってきているようだ。
新たな水の侵入をこうやって防いで、あとは生活排水と同様に城外へ出せばそうもなるか。
ビンゴの兵士も中に入ってきたので、10名を残して出発することにした。
万が一の退路の確保のためだが、30万に襲われたらひとたまりもない。
その時はその時だ。
「では行きましょう」
ウィットがそう言って先導する。
中央に俺とサール、そしてビンゴ兵。それを挟むように兵を配置し、俺の前にはウィットとクロエが、最後尾にはマールとルック、そして鉄砲を肩に担いだクルレーンがつく。
おそらく身を挺してでも俺を守るための布陣なのだろう。
その気持ちが痛いほど分かったから俺は何も言わなかった。
それよりそんなことを起こさせないようにするのが俺の使命だと言い聞かせる。
門を抜け、場内に入る。
そこはオムカの王都バーベルと似た雰囲気の街並みだった。
山間部に住むものだからだろうか、石造りよりは木製のものが多いがそれでも所狭しと居住区が並んでいる。
それも今は水浸しなわけだが。
その中で目立つ石造りの建築物がある。
王宮だ。
目指すべきはそこだが、その前に立ちはだかる2つの影が現れた。
豪奢な軍装をした壮年のがっしりした男性と、20代の若い男。
「ようこそ、お待ちしておりました」
若い男の方が丁寧に頭を下げてくる。
その人物は俺がよく知っている男だった。
「センド、無事だったか」
「はい。おかげさまで」
「もしかしてあの城門際の戦術。あれはセンドが?」
「私も少しお手伝いさせてもらいましたが、大半はこちらが」
センドは隣にいた壮年の男性を紹介する。
「こちらはハーバカット将軍。首都の防衛を統括する将軍となります」
「お噂はかねがね。お会いできて光栄です。ジャンヌ・ダルク殿」
「こちらこそ」
右手を差し出してきたので、それに応えて握手を返す。
俺のより2回り以上大きい手。
威圧するようにギュッと握ってくる。
なるほど。デキる人間らしい。
「それでは早速、開城のお話に――」
センドが早速と切り出したのだが、その前に問題が浮上した。
「その前に1つよろしいでしょうか」
共に来たビンゴの部隊長が一歩前に出て言った。
センドとハーバカットは一瞬目を見張り、少し怪訝そうな顔をした。
「ああ。だが君は……」
「王太子直属の第一部隊を預かるイヨル・リヨルと申します。こたびの首都防衛。帝国軍を一歩も城内に入れなかったのは、まさに我が軍としては誇らしいこと。しかし王太子に弓を向けたのは……」
「センド、ハーバカットさん。南門にいたのは帝国軍。そうですね?」
俺は部隊長を遮って2人に水を向けた。
正直、ここらへんを掘り返すとややこしいことになる。ビンゴの民がビンゴの王を殺したとなると、城内にいたものと城外に出ていたものとで確執が生まれる。
操られていた云々は説明しようがないわけだし。
だから事実を都合よく捻じ曲げるのが吉と思っての発言だ。
「え、いや……」
「違いましたか? ここに住むビンゴの方々および兵隊は、同士討ちを恐れて南門には配備されなかった。そのため帝国軍が南門の配備につき、近づく敵を撃退した。そこで不幸が起こった。違いませんか?」
「ああ、そうだ。そうでしたよね、将軍」
センドが援護してくれた。
俺の強引な話の持っていき方に、彼も気づいたのだろう。
「う、うむ……そうだった……かな」
「そういうことです。ですから王太子様の仇のため、帝国軍を討つ。理にはかなっていたかと」
「……分かりました」
俺がそう返すと、部隊長は引き下がった。
もしかしたら気づかれていたかもしれないが、口論する場ではないと思ったのだろう。
その問題はとりあえずそれで収まった。
だが今度は俺が困るような問題が起きた。
それはセンドの発言で、
「ところでキシダ将軍はどうされました? まぁあのお方なら、雑事はすべて貴女に任せていそうですが」
やはりそう来るよな。
だが何故か喜志田を信望しているセンドのことだ。
事実を伝えると倒れてしまうのではと思う。
でもそれを伝えないのは、どこかフェアじゃないし、彼のためにもならない。
そう思い、辛いながらも口を開く。
「それは――」
と、その時だ。
城の奥から喚声が響いた。
敵襲!?
周囲にいたクロエたちも身構える。
やはり罠!?
「ご安心ください。ここではありません」
「左様。無意味な同士討ちやだまし討ちは好むところではありませんので」
センドが、そしてハーバカットがこちらをなだめるように言ってくる。
確かに耳を澄ませば、喚声はこちらではなく遠くにあったまま動かない。
だがこれほどの声。
1千や2千では効かない気がするが。
「あれは国民の声。国民の怒り。国民の叫びです。我らを愚弄し、許されざるべき患賊に対し、立ち上がったのです」
「まさか……」
その方向。
そこにある巨大な建築物。
今、そこにいるのは誰なのか。
そしてその人物は、ビンゴ国民たちに何をしたか。
「はい。王宮に立てこもるユートピアなる逆賊に対し王宮を包囲しています」
0
あなたにおすすめの小説
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる