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第4章 ジャンヌの西進
第87話 唇に火の酒、背中に後悔を
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色々落ち着いたのは、すべてが終わった翌日だった。
城内の水を抜き、周囲の水を流し、それから各所で復興が始まった。
正直、水浸しにした張本人としては肩身の狭い思いだったが、人々の顔にあるのは沈鬱としたものではなく、晴れ晴れとした笑顔だったことが救いだった。
センド曰く、
「気にしないでください。あのまま帝国や、訳の分からない新興国に支配されているより、今の方がはるかに喜ばしいのですから」
とのことだった。
まぁ確かに、オムカでもそんな感じだったなぁ。
「それより気にしてほしいのは、将軍のことを黙っていたことですが……」
と、センドには色々小言を言われた。
喜志田、クロス、そして王太子といったオムカの主要人物がことごとく戦死した今、彼とハーバカットくらいしかまともな人材がいない。
そのハーバカットも、首都防衛を主に担っていたため、政治、外交といった分野はほぼ皆無に等しいという。
センドもそこらへんが得意ではないとはいえ、俺というパイプを持っているだけ他よりマシだろう。
というわけではからずともビンゴはセンドの双肩にかかっていると言っても過言ではなく、本人も自覚があるのか、かなり緊張してるようで顔色も悪い。
そこらを考えると、しばらくビンゴは身動き取れないだろう。
少なくとも防衛はできるだろうから、帝国に再び滅ぼされる心配はしなくていいだろう。
そんなわけで、足掛け2か月あまり続いた俺の遠征は、多くの犠牲と悲しみを生み出したものの、少なくとも成功裏に終えることができたと言えるだろう。
そんなわけで宴が始まった。
帝国軍を撃退し、ユートピアを滅ぼしたのだから、首都の王国民、そしてビンゴ軍の完全勝利を祝しての宴だ。
友を、家族を、仲間を失った人も多いだろう。
それでもみんなが酒を飲んで、騒ぎ、笑顔でいる。
こうやって今を生きる喜びをかみしめることも、乱世ならではの処世なのだろう。
死んだ人たちにとっても、いつまでも悲しまずしっかり前を向いて歩いてほしいという思いもあるのだろう。
本当に、こういうところでこの世界の人たちの強さというものを感じさせられる。
俺には真似ができない。
だからこそ、フルーツのジュースを片手に、独りで東門の城壁の上から宴の様子を見ていた。
一番盛り上がっているのは北門の近く。
歌声が聞こえてくるのはアヤ――じゃない、林檎だ。
あっという間に現地の人たちと溶け込むそのコミュ力の高さ(歌を含む)は真似できないものがある。
まぁ彼女なら、とりあえずこの世界でもやっていけるのだろう。なんてったって、あの帝国元帥にべったりついて回ったというのだから。
その次に盛り上がっているのは南門近く。
正直、あまり近寄りたいと思わない。
何せ肌色の占有率が高いのだ。
別に色っぽいとかそういうのじゃない。
逆だ。
「いけいけー! そこだ、ぶちぬけぇ!」「しっかりしてください、師団長! あなたに賭けてるんですから!」「こちとらビンゴ魂見せてやってください、隊長!」「うぉぉぉぉ! 俺様の筋肉とジャンヌへの愛をなめるなぁ!」
所属関係なく、上を脱いで腕相撲に興じる馬鹿ども。
ボディビル選手権の会場みたく、肌色の占有率がかなり高い。
類は友を呼ぶというか、なんというか。
どこにも力こそパワーな奴らはいるんだなぁ……。
ただそこに1つ、良い話というのが合って、
「フハハハハー! スレンダー、いざ尋常に勝負だ!」
「いや、あんた死にかけてたでしょうが」
「ふん! これしきの傷! キシダ将軍とクロス殿を失ったことと比べれば些末なこと! 逆に言えば彼らの遺志を背負った今! 私は負けるわけにはいかんのだ! さぁ勝負だサレンダー!」
「だから自分は、プリンダーでもスレンダーでもサレンダーでもない、ブリーダっす!」
「ノォォォォ! 傷が、傷がぁ!」
「はぁ、これだから苦手っす」
「馬鹿の集まりね」
というわけで無事(?)、グリードが生還したということでビンゴ軍の士気は上がっていた。
口でなんだかんだ言ってるが、ブリーダも少し嬉しそうだ。
それを冷ややかに見る妹の視線が痛々しいが。
そんな彼らを見て、ある意味羨ましいと思う。
彼らみたいにバカ騒ぎする気が起きないが、この勝利の余韻を語り合いたいと思わないことはない。
それで俺の事情を知っていて、軍略に通じていて、歴史のことも話せて、元の世界のことも話せる相手だったら申し分なかったわけで。
それに適合する相手が、あいつが隣にいない。
それがとても寂しくて。
心細かった。
「……けどなぁ」
そんなセンチメンタルなことを考えながらも、俺は頭を抱える。
散っていった友のこと?
大陸の派遣の行く末?
オムカ王国の未来?
ビンゴのこれから?
いやいや、違いますとも。
そう――俺の運命の相手について。
こういうとなんとなく寒々しい気分だけど、思えばこの2か月の間に色んなことが起こりすぎた。
里奈との口づけに始まり、サカキの告白、極めつけはクロエとウィットとのダブルキス祭りで締めたまである。
もう正直、何やってんだって話だ。
しかも女の子相手ならまだしも、男相手というのも……。
いや、今の俺は女子だし?
外見からすればそれは問題ないわけで……いや、正直きついって。
あの女神に言われたことじゃないけど、最近、俺の中で男と女の線引きが曖昧になってきている気がする。
自分がその性質を利用しているところもあるわけで。
それに重傷を負った時に見た夢。
見知らぬけど、明らかに俺自身の夢。
殺された覚えがないのに、明らかに殺された夢。
あの時、俺は間違いなく少女で、あの少女は俺だった。
それが俺の中に何かを考えさせる。
俺は男なのか、それとも女なのか。
気持ちの問題だけでもなく、肉体的な問題だけでもなく、相互に関係しあう複雑なジェンダーな問題。
そんな迷いまくってる俺が、彼ら彼女らに対し、どう接していけばいいのか。
わからないまま、こうして逃げるように独り寂しくジュース片手に黄昏(たそがれ)ているわけだが……。
「あ、先輩探しましたー」
と、やってきたのは竜胆だ。
お祭りだからか、ちょっと大人っぽいロングドレスを着て決めてきている。
「クロエさん、探してましたよー。隊長殿成分が足りない~とか言って」
「うん、しばらく身を隠しておこうかな」
「あははー、それが正義ですね!」
竜胆は陽気に笑い、手元のドリンクをぐいと煽る。
「……なんかいつもよりテンション高くない?」
「ええーー? これくらいが普通ですよー。あひゃ、あひゃひゃひゃ!」
「おい、それ、アルコール入ってないよな!?」
「あるこおる? ……お酒は二十歳になってから! じゃないと正義執行です!」
「えっと、竜胆っていくつだっけ?」
「もちろん二十歳は過ぎてますよー、16ですー」
「ダメじゃん!」
てか本当に酔っぱらってやがる。
誰だ、こいつに飲ませたの!
「えとですねー。サカキさんからもらいましたー。15歳で成人するからお酒はオッケーだって」
「あのバカ親父!」
ったく、あいつ後で説教だな。
ええい、とにかく竜胆を落ち着かせないと。
「お前、それ捨てろ。水飲め」
「やですー。これ美味しいだもんー」
「だもんじゃねぇ!」
なんで強情だよ。
かといって力づくで敵うわけがない。
そうだ。ここはもう、いつもの彼女に訴えかけるんだ。
「いいのか、竜胆。それはお前の正義は許しているのか?」
「ジャ、正義……」
ハッと覚めたような目つきになる竜胆。
よし、効いている。
「いいか、お前のお父さんは立派な警察官なんだろ! そのお父さんが今の娘を見たらなんて思うか!」
「う、うう……お父さん」
「いいか、世界が変わっても正義はそのまま! 異世界でもお酒は二十歳になってから!」
「がーーーーん! うぅ……分かりました。ごめんなさい」
がっくりと肩を落とした竜胆。
とんだ暴論だけど、それで竜胆が改心してくれるならそれでいい。
「じゃあ、ください」
「ん?」
「キスしてください」
「はぁ!?」
意味が分からん。
てかこの手法、あの女神そっくりじゃねぇか!
「だって、クロエさんとウィットさんとしたんですよね」
「な、なんでそんなことを……」
「2人とも得意げに話してました。それはもうペラペラと」
「あの馬鹿ども……」
「というわけで竜胆にもプリーズです」
「意味が分からん!」
「だってー、こんなところまで来て、ありがとうの1つもなしに土木作業ですよ……いくら先輩とはいえ、ご褒美がほしいです!」
「うっ……」
確かにそれを言われると弱い。
手伝ってくれたものの、佳境に入ってたからあまり構ってやれなかったし。
……いやいやいやいや。
それとこれとは話が別だろ。
いくら頑張ってくれたからといってご褒美がキスとか意味が分からん。
「竜胆、知ってるか? 俺とお前は女なんだぜ?」
こういうところで都合よく女理論を使ってるから境界線があいまいになるんだよなぁ……。
「先輩こそ知ってますか? 愛に性別も国境はない、正義なんですよ? 前にクロエさんとサカキさんが言ってました」
あいつらいい加減にしろよ?
と、竜胆はグラスを地面に置くと、そのまま猫のような身のこなしで俺に近づいてきた。
不覚にも、俺は反応できなかった。
そのまま、左右に手を伸ばして俺の逃げ道をなくし、城壁のへりへと迫る。
「ふふふ……どこからやってやりましょうかねー」
「お、おい……よせ。目が座ってるぞ」
左右は竜胆の腕が邪魔で逃げれない。
後ろはもう断崖絶壁。
逃げ場は、ない。
ならほっぺかおでこ。いや、ほっぺだ。
そこでお茶を濁すしかない。
となると右か左か。
「竜胆の正義全開で、先輩のど真ん中をいただいちゃいますよ!」
「まっすぐきたー!」
せめてど真ん中だけは外すよう、顔をそむける。
そして覚悟をするように目をつむり、
「…………ん?」
来ない。
いつまでたっても。
いや、待ちわびたわけではなく。そのあまりの唐突さに不自然を感じるわけで。
目を開いた。
「…………くー…………くー…………」
寝ていた。
俺の胸元にもたれかかるように、竜胆は眠ってしまっていた。
俺は念のため、狸寝入りじゃないかと頬を突いたり、声をかけたりしたが、全く起きる気配がない。
熟睡していた。
「……なんだよ、おどかしやがって」
崩れるように、その場に座り込む。
城壁のへりに背中を預ける。ずれ落ちるように竜胆は俺のひざの上で眠る。
ま、これくらいはいいか。
こいつも色々と頑張ってくれた。
そのご褒美としては仕方ないだろう。
空を見上げる。
夜空に満点の星空が見える。
そろそろ年の瀬だ。
あと2、3日ここでゆっくりしたら、オムカに帰ろう。
もう今年は忙しくなることもないだろう。
堂島帝国元帥が帝都に戻るまで1か月はかかるだろうし、ヨジョー地方でも一度帝国軍を撃退したからには、すぐに南下してくるとは思えない。
もちろんうちらから攻めることはないし、シータとともに攻めるとしてもやはり来年だろう。
だから今年は、あるいは来年の1月いっぱいは平和に暮らせると踏んだ。
帰ったらまずはマリアには謝らないとな。誕生日を祝えなくて。
そんな暢気なことを考えていると、背後――東門の外に響く馬蹄の音に注意を喚起される。
足音からして軍勢ではない。
単騎か、多くて2騎。
それが水の引いた東門の前で止まり、大音声を張り上げる。
「開門! 開門を願う! 私はオムカ王国の使者である! ジャンヌ・ダルク殿はここにおいでか! 至急お伝えしなければならないことがあります!」
「俺はここだ!」
城壁の上から顔を出して叫ぶ。
城門のところにかがり火があるが、顔は見えない。
馬は2頭だが乗り手は1人、つまり替え馬を連れて全力で走ってきたのだろう。
それだけでこの情報の緊急性が垣間見える。
「はっ、ではそちらに参ります」
「いい。ここで伝えてくれ」
「はっ……し、しかし」
「機密は関係ない。ここにいるのは全部味方だ。だから遠慮なくこちらに聞こえるよう言ってくれ」
「は……はっ! では」
そしてその使者は、俺の思惑などぶち壊すほどの情報を大声で伝えてきた。
「そ、それが……来たる12月12日。女王陛下の誕生祭において、ワーンス王国を除く南群の軍が蜂起! 王宮を取り囲みました!」
「…………なんだって!?」
そう、今年の騒乱はまだ終わっていなかったのだ。
城内の水を抜き、周囲の水を流し、それから各所で復興が始まった。
正直、水浸しにした張本人としては肩身の狭い思いだったが、人々の顔にあるのは沈鬱としたものではなく、晴れ晴れとした笑顔だったことが救いだった。
センド曰く、
「気にしないでください。あのまま帝国や、訳の分からない新興国に支配されているより、今の方がはるかに喜ばしいのですから」
とのことだった。
まぁ確かに、オムカでもそんな感じだったなぁ。
「それより気にしてほしいのは、将軍のことを黙っていたことですが……」
と、センドには色々小言を言われた。
喜志田、クロス、そして王太子といったオムカの主要人物がことごとく戦死した今、彼とハーバカットくらいしかまともな人材がいない。
そのハーバカットも、首都防衛を主に担っていたため、政治、外交といった分野はほぼ皆無に等しいという。
センドもそこらへんが得意ではないとはいえ、俺というパイプを持っているだけ他よりマシだろう。
というわけではからずともビンゴはセンドの双肩にかかっていると言っても過言ではなく、本人も自覚があるのか、かなり緊張してるようで顔色も悪い。
そこらを考えると、しばらくビンゴは身動き取れないだろう。
少なくとも防衛はできるだろうから、帝国に再び滅ぼされる心配はしなくていいだろう。
そんなわけで、足掛け2か月あまり続いた俺の遠征は、多くの犠牲と悲しみを生み出したものの、少なくとも成功裏に終えることができたと言えるだろう。
そんなわけで宴が始まった。
帝国軍を撃退し、ユートピアを滅ぼしたのだから、首都の王国民、そしてビンゴ軍の完全勝利を祝しての宴だ。
友を、家族を、仲間を失った人も多いだろう。
それでもみんなが酒を飲んで、騒ぎ、笑顔でいる。
こうやって今を生きる喜びをかみしめることも、乱世ならではの処世なのだろう。
死んだ人たちにとっても、いつまでも悲しまずしっかり前を向いて歩いてほしいという思いもあるのだろう。
本当に、こういうところでこの世界の人たちの強さというものを感じさせられる。
俺には真似ができない。
だからこそ、フルーツのジュースを片手に、独りで東門の城壁の上から宴の様子を見ていた。
一番盛り上がっているのは北門の近く。
歌声が聞こえてくるのはアヤ――じゃない、林檎だ。
あっという間に現地の人たちと溶け込むそのコミュ力の高さ(歌を含む)は真似できないものがある。
まぁ彼女なら、とりあえずこの世界でもやっていけるのだろう。なんてったって、あの帝国元帥にべったりついて回ったというのだから。
その次に盛り上がっているのは南門近く。
正直、あまり近寄りたいと思わない。
何せ肌色の占有率が高いのだ。
別に色っぽいとかそういうのじゃない。
逆だ。
「いけいけー! そこだ、ぶちぬけぇ!」「しっかりしてください、師団長! あなたに賭けてるんですから!」「こちとらビンゴ魂見せてやってください、隊長!」「うぉぉぉぉ! 俺様の筋肉とジャンヌへの愛をなめるなぁ!」
所属関係なく、上を脱いで腕相撲に興じる馬鹿ども。
ボディビル選手権の会場みたく、肌色の占有率がかなり高い。
類は友を呼ぶというか、なんというか。
どこにも力こそパワーな奴らはいるんだなぁ……。
ただそこに1つ、良い話というのが合って、
「フハハハハー! スレンダー、いざ尋常に勝負だ!」
「いや、あんた死にかけてたでしょうが」
「ふん! これしきの傷! キシダ将軍とクロス殿を失ったことと比べれば些末なこと! 逆に言えば彼らの遺志を背負った今! 私は負けるわけにはいかんのだ! さぁ勝負だサレンダー!」
「だから自分は、プリンダーでもスレンダーでもサレンダーでもない、ブリーダっす!」
「ノォォォォ! 傷が、傷がぁ!」
「はぁ、これだから苦手っす」
「馬鹿の集まりね」
というわけで無事(?)、グリードが生還したということでビンゴ軍の士気は上がっていた。
口でなんだかんだ言ってるが、ブリーダも少し嬉しそうだ。
それを冷ややかに見る妹の視線が痛々しいが。
そんな彼らを見て、ある意味羨ましいと思う。
彼らみたいにバカ騒ぎする気が起きないが、この勝利の余韻を語り合いたいと思わないことはない。
それで俺の事情を知っていて、軍略に通じていて、歴史のことも話せて、元の世界のことも話せる相手だったら申し分なかったわけで。
それに適合する相手が、あいつが隣にいない。
それがとても寂しくて。
心細かった。
「……けどなぁ」
そんなセンチメンタルなことを考えながらも、俺は頭を抱える。
散っていった友のこと?
大陸の派遣の行く末?
オムカ王国の未来?
ビンゴのこれから?
いやいや、違いますとも。
そう――俺の運命の相手について。
こういうとなんとなく寒々しい気分だけど、思えばこの2か月の間に色んなことが起こりすぎた。
里奈との口づけに始まり、サカキの告白、極めつけはクロエとウィットとのダブルキス祭りで締めたまである。
もう正直、何やってんだって話だ。
しかも女の子相手ならまだしも、男相手というのも……。
いや、今の俺は女子だし?
外見からすればそれは問題ないわけで……いや、正直きついって。
あの女神に言われたことじゃないけど、最近、俺の中で男と女の線引きが曖昧になってきている気がする。
自分がその性質を利用しているところもあるわけで。
それに重傷を負った時に見た夢。
見知らぬけど、明らかに俺自身の夢。
殺された覚えがないのに、明らかに殺された夢。
あの時、俺は間違いなく少女で、あの少女は俺だった。
それが俺の中に何かを考えさせる。
俺は男なのか、それとも女なのか。
気持ちの問題だけでもなく、肉体的な問題だけでもなく、相互に関係しあう複雑なジェンダーな問題。
そんな迷いまくってる俺が、彼ら彼女らに対し、どう接していけばいいのか。
わからないまま、こうして逃げるように独り寂しくジュース片手に黄昏(たそがれ)ているわけだが……。
「あ、先輩探しましたー」
と、やってきたのは竜胆だ。
お祭りだからか、ちょっと大人っぽいロングドレスを着て決めてきている。
「クロエさん、探してましたよー。隊長殿成分が足りない~とか言って」
「うん、しばらく身を隠しておこうかな」
「あははー、それが正義ですね!」
竜胆は陽気に笑い、手元のドリンクをぐいと煽る。
「……なんかいつもよりテンション高くない?」
「ええーー? これくらいが普通ですよー。あひゃ、あひゃひゃひゃ!」
「おい、それ、アルコール入ってないよな!?」
「あるこおる? ……お酒は二十歳になってから! じゃないと正義執行です!」
「えっと、竜胆っていくつだっけ?」
「もちろん二十歳は過ぎてますよー、16ですー」
「ダメじゃん!」
てか本当に酔っぱらってやがる。
誰だ、こいつに飲ませたの!
「えとですねー。サカキさんからもらいましたー。15歳で成人するからお酒はオッケーだって」
「あのバカ親父!」
ったく、あいつ後で説教だな。
ええい、とにかく竜胆を落ち着かせないと。
「お前、それ捨てろ。水飲め」
「やですー。これ美味しいだもんー」
「だもんじゃねぇ!」
なんで強情だよ。
かといって力づくで敵うわけがない。
そうだ。ここはもう、いつもの彼女に訴えかけるんだ。
「いいのか、竜胆。それはお前の正義は許しているのか?」
「ジャ、正義……」
ハッと覚めたような目つきになる竜胆。
よし、効いている。
「いいか、お前のお父さんは立派な警察官なんだろ! そのお父さんが今の娘を見たらなんて思うか!」
「う、うう……お父さん」
「いいか、世界が変わっても正義はそのまま! 異世界でもお酒は二十歳になってから!」
「がーーーーん! うぅ……分かりました。ごめんなさい」
がっくりと肩を落とした竜胆。
とんだ暴論だけど、それで竜胆が改心してくれるならそれでいい。
「じゃあ、ください」
「ん?」
「キスしてください」
「はぁ!?」
意味が分からん。
てかこの手法、あの女神そっくりじゃねぇか!
「だって、クロエさんとウィットさんとしたんですよね」
「な、なんでそんなことを……」
「2人とも得意げに話してました。それはもうペラペラと」
「あの馬鹿ども……」
「というわけで竜胆にもプリーズです」
「意味が分からん!」
「だってー、こんなところまで来て、ありがとうの1つもなしに土木作業ですよ……いくら先輩とはいえ、ご褒美がほしいです!」
「うっ……」
確かにそれを言われると弱い。
手伝ってくれたものの、佳境に入ってたからあまり構ってやれなかったし。
……いやいやいやいや。
それとこれとは話が別だろ。
いくら頑張ってくれたからといってご褒美がキスとか意味が分からん。
「竜胆、知ってるか? 俺とお前は女なんだぜ?」
こういうところで都合よく女理論を使ってるから境界線があいまいになるんだよなぁ……。
「先輩こそ知ってますか? 愛に性別も国境はない、正義なんですよ? 前にクロエさんとサカキさんが言ってました」
あいつらいい加減にしろよ?
と、竜胆はグラスを地面に置くと、そのまま猫のような身のこなしで俺に近づいてきた。
不覚にも、俺は反応できなかった。
そのまま、左右に手を伸ばして俺の逃げ道をなくし、城壁のへりへと迫る。
「ふふふ……どこからやってやりましょうかねー」
「お、おい……よせ。目が座ってるぞ」
左右は竜胆の腕が邪魔で逃げれない。
後ろはもう断崖絶壁。
逃げ場は、ない。
ならほっぺかおでこ。いや、ほっぺだ。
そこでお茶を濁すしかない。
となると右か左か。
「竜胆の正義全開で、先輩のど真ん中をいただいちゃいますよ!」
「まっすぐきたー!」
せめてど真ん中だけは外すよう、顔をそむける。
そして覚悟をするように目をつむり、
「…………ん?」
来ない。
いつまでたっても。
いや、待ちわびたわけではなく。そのあまりの唐突さに不自然を感じるわけで。
目を開いた。
「…………くー…………くー…………」
寝ていた。
俺の胸元にもたれかかるように、竜胆は眠ってしまっていた。
俺は念のため、狸寝入りじゃないかと頬を突いたり、声をかけたりしたが、全く起きる気配がない。
熟睡していた。
「……なんだよ、おどかしやがって」
崩れるように、その場に座り込む。
城壁のへりに背中を預ける。ずれ落ちるように竜胆は俺のひざの上で眠る。
ま、これくらいはいいか。
こいつも色々と頑張ってくれた。
そのご褒美としては仕方ないだろう。
空を見上げる。
夜空に満点の星空が見える。
そろそろ年の瀬だ。
あと2、3日ここでゆっくりしたら、オムカに帰ろう。
もう今年は忙しくなることもないだろう。
堂島帝国元帥が帝都に戻るまで1か月はかかるだろうし、ヨジョー地方でも一度帝国軍を撃退したからには、すぐに南下してくるとは思えない。
もちろんうちらから攻めることはないし、シータとともに攻めるとしてもやはり来年だろう。
だから今年は、あるいは来年の1月いっぱいは平和に暮らせると踏んだ。
帰ったらまずはマリアには謝らないとな。誕生日を祝えなくて。
そんな暢気なことを考えていると、背後――東門の外に響く馬蹄の音に注意を喚起される。
足音からして軍勢ではない。
単騎か、多くて2騎。
それが水の引いた東門の前で止まり、大音声を張り上げる。
「開門! 開門を願う! 私はオムカ王国の使者である! ジャンヌ・ダルク殿はここにおいでか! 至急お伝えしなければならないことがあります!」
「俺はここだ!」
城壁の上から顔を出して叫ぶ。
城門のところにかがり火があるが、顔は見えない。
馬は2頭だが乗り手は1人、つまり替え馬を連れて全力で走ってきたのだろう。
それだけでこの情報の緊急性が垣間見える。
「はっ、ではそちらに参ります」
「いい。ここで伝えてくれ」
「はっ……し、しかし」
「機密は関係ない。ここにいるのは全部味方だ。だから遠慮なくこちらに聞こえるよう言ってくれ」
「は……はっ! では」
そしてその使者は、俺の思惑などぶち壊すほどの情報を大声で伝えてきた。
「そ、それが……来たる12月12日。女王陛下の誕生祭において、ワーンス王国を除く南群の軍が蜂起! 王宮を取り囲みました!」
「…………なんだって!?」
そう、今年の騒乱はまだ終わっていなかったのだ。
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