知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話50 ニーア・セインベルク(オムカ王国近衛騎士団長)

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 もはや限界だった。

 大砲を撃ち込まれ、突入してきた敵を撃退したものの、それ以外の場所から敵の侵入を許してしまった。
 こちらの防衛線の後方。
 そこが大砲によって粉砕され、そこから敵が入ってきたのだ。

 そうなればここを前線を死守しても背後から挟み撃ちされる。
 あたしたちは大幅に戦線を縮小しなければならなかった。

 そして一番痛かったのが食堂の放棄だ。
 食料以上に水の手を断たれたのが痛かった。
 これで兵糧攻めが可能になる。
 今や謁見の間に押し込められたあたしたちは、もはや袋のネズミと言っても良い状態だ。

 夜が明けると、謁見の間の扉が壊され敵の姿が現れた。

 それに対し即興のバリケードを張っていたが、敵が本気で攻めてきたら一瞬だろう。
 なにせこちらは500と少ししかいないのだ。
 死んだ者以上に、捕らえられた者も多い。

 それでも無理に攻めてこなかったのは、やはり女王様を生かしたまま捕らえたいからだろう。
 その証拠に、

「オムカ王国第37代女王マリアンヌ・オムルカ様をこちらにお渡し願いたい。そうすればここにいる全員、そして歯向かって捕らえられたものの命は保障する」

 とか何とか言って、結局は殺すんだろうけど。
 こういうやつの手口はさんざん承知だ。

「ニーア……」

 女王様がすがり寄ってくる。
 その不安におびえる少女を抱きしめて落ち着かせる。

「大丈夫です。女王様を逆賊なんぞに渡しません」

 もうこの数日で何回言ったことだろう。
 大丈夫。
 何が大丈夫なのか。自分でもわからない。
 けど、言わずにはいられない。

 この子の不安な顔を見るのが何より苦痛だったから。
 彼女には幸せになってほしい。

 落ちこぼれでどうしようもなかったあたしを、この子が救ってくれた。
 今思えば他愛のないことで悩み、惑い、自暴自棄になっていたと思う。
 それを彼女のほんの一言が救った。

 だから彼女のためならなんだってやる。そう決めた。
 あたしの命だってなんだってくれてやる。
 彼女が幸せになるなら、安いものだ。

 そしてジャンヌ・ダルク。
 彼女が来て、女王様が変わった。
 お飾りの人形から、生き生きとした女の子に変わった。

 女王様の気持ちをないがしろにしたり、大事な時にいつもいないのはイラっと来るけど、やっぱり後事を託すには彼女しかいない。
 また3人で馬鹿みたいにはしゃぐことができないのは寂しいけど、これも運命。

「ニーア、話がある」

 隣にジンジンが来た。
 おそらく同じことを考えていたのだろう。

「ちょうどよかった、ジンジン。決めたわ」

「そうか。本当はもっと早く決断すべきでした」

「敵の方が上手うわてだったわね」

 そう決めたのだ。
 この子だけでも生かすと。あたしとジンジンが決めた。

「女王様を逃がすわ。城外へ通じる隠し通路から」

「ああ。おそらく敵もそれを警戒しているだろう。それに逃げたのを隠すため、時間を稼ぐ」

「なっ、なにを……何を言ってるのじゃ!? 余が逃げる……そ、そうか。みんな一緒にじゃな!?」

 女王様はこの期に及んでなお優しい。
 本当によかった。
 もうあたしがいなくても、きっとたくましく生きていける。

「それはできません。女王様をお守りするためには、ここに残るものが多くなくてはなりませんから」

「いや、ニーア。お前も行くんだ」

 今度はこっちがびっくりする番だった。
 あたしも?

「な……何をジンジン!?」

「いかに優れたお方と言えど、おひとりで外に出られるのは危険だ。護衛がいる」

「それなら近衛兵の中から!」

「駄目だ。お前はこの子の瞳を振り切れるか?」

 瞳。
 女王様を見る。

 怯えるような、すがるような、泣き出しそうな瞳。
 あたしにこれを振り切れるか?
 ここまでいつも一緒にいた仲だ。
 恐れ多くも、妹のように思ったことも何度あったか。何を言いたいのか、それだけで分かった。

「ついでにイッガーも連れて行ってください。あの男の才能は、戦場こんなところよりほかで役立つ」

「でもそうしたらあんたは!」

「本来なら去年、失われた命。あの人がいなければ、私は生きていないし、ここまで戦ってこれなかった」

「ジャンヌ……あのバカ」

「だからあの人も助けてやってくれ。彼女と女王様。2人がいれば、どこでもオムカ王国は再興できる」

「……っ!」

 無理だ。これ以上、この男を止めることはできない。
 そしてあたしはそれに続くこともできない。

「ジーン……」

「お別れです、女王様。どうぞ、おすこやかに」

「ジーン。嫌じゃ。嫌なのじゃ。余もここにおる」

「なりません。あとのことはジャンヌ様に。きっと女王様を私以上にお助けしてくださるでしょう」

「……うぅ」

 最後まで、この男は優しい笑顔を崩さずにいた。

 これが永遠の別離になるだろう。
 けど、涙は見せない。
 それを彼は嫌うだろうし、何より女王様が生きていればそれはジンジンも共にいるということだから。
 そしてこの世の中。あたし自身も女王様を守ってあえなく散るかもしれない。

 だからかける声は1つだ。

「じゃあ、また」

「ああ、また」

 そう言って別れる。
 なおも言いつのろうとする女王様を奥へと連れて行こうと。

「ご返答を願おう! 女王陛下を明け渡すか、それとも愚かにも抗戦するか!」

 最後通牒さいごつうちょうだ。
 だからジンジンがそれに答える前に、女王様をここから逃がさなければ。

 今こそ別れの時。

 だがその時だ。

「ん、なんだ貴様……あ、あなた様は!?」

 何事か騒がしい。
 敵に何か起きたらしい。

 振り向く。
 扉に陣取る敵が割れていくのが見えた。
 そこから現れたのは1人の人物。

「マツナガ宰相……?」

 どこにいたのか。あの男がゆっくりと、一歩一歩こちらにくる。
 動きが緩慢かんまんなのは、左足を怪我しているらしく、それをびっこを引いて歩いているからだ。

 そしてもう1人。
 彼の背後から現れた人物に目が釘付けになる。

「姉さま……」

 女王様がつぶやく。
 女王様のお姉さま。違う。似ているけど、お姉さまはすでに亡くなっている。

 だから来たのは別人だ。
 そしてその人物をあたしたちは知っている。

「リナ、さん……?」

 どうしてここに?
 彼女はジャンヌと一緒にビンゴへ向かっていたはず。
 いや、仮に王都にいたとしても、あの包囲の中、さらにマツナガ宰相を連れてどうしてここまで来れたのか。

「少し痛めつけたら、全部吐いた。全部こいつの陰謀。どうするかはお任せる」

 気だるそうにそう告げる彼女。
 敵はその周囲で槍を突き付けるが、マツナガがいるためか動けない。

 それを承知で彼女はそこにいるのだろう。
 この包囲を突破して、マツナガを生け捕りにした。
 にわかには信じられない。でも、目の前にあるのは現実。

「もうこのバカ騒ぎを治めたいんだけど。あんたたち。さっさと消えてくれない?」

「わしに任せよ。こんな小娘などひとひね――ぃ」

 2メートル近い大男が前に出る。
 出たと思ったら跳んだ。いや、飛んだ。

 腹に一発。
 それだけで大男が吹っ飛んで、壁に激突して動かなくなった。

 それから何人かが前に出たけど、そのことごとくが里奈さんに一撃で吹っ飛ばされた。
 それだけで敵は委縮し、果てにはこちらに背を向けて逃げ出した。

 正直背筋が凍った。
 あたしにすら認識できたかどうかの一撃。至近距離だったらあたしも気づかずやられただろう。

 あの筋肉もなく、おとなしそうな彼女がここまで強かったとは思いもよらず、その異常さに思わず唾をのみ込む。

 そして気づいた。
 彼女の来ている服。
 なんてことはない黒っぽい布地のワンピースだと思っていたが、実はまだら模様で白色がわずかに出ているところがある。
 何で別の色に染まったのか。まさかという思いと、今目の前で起きた現実と、マツナガがここにいる経緯を想像すると、それは納得できてしまった。

 誰もがその様子を唖然として見ていた。
 誰もが視線を離さない。

「まったく、ちゃんと片づけていきなさいよ」

 そうやって仕方なさそうにつぶやく少女が、何よりも恐ろしく――それでいて、頼もしいものに見えたのだから。
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