知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

間章1 尾田張人(フリーター放浪譚1)

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「いやー、今日も暑いねぇ」

 思いっきり伸びをしてみる。
 うーん、見事なまでの夏の日照り。
 マジふざけんなよ。暑いの嫌いだって言ってんじゃん。

 時期は夏も真っ盛りの8月。
 オムカ王国でリーナちゃんを、ジャンヌ・ダルクとかいうあのいけすかないガキに渡してから、俺の放浪の旅は始まった。

 と言っても目的のある旅じゃない。
 帝国も抜けて暇になっちゃったし、ちょっとは心を休めないとね。

 要はバカンス。
 だからとりあえず熱いし避暑ということで、川と海のある水の国シータへ向かうことにした。
 俺、シータとやりあってないから、別にお尋ね者みたいにもならないだろうし。

 道中、金や食べ物には困らなかった。
 スキル『天士無双てんしむそう』で、俺が欲しいといえばなんでもくれるんだから。

 だからシータ王国行きの船にタダで乗らせてもらって、シータ王国領のシソウという街にたどり着いたわけだけど。

 そこで誤算が1つ。

「どちゃくそ暑いんだけど!」

 どこが水の国なわけ!?
 水はあるけど陽光を跳ね返してまぶしいし、いつも水に入っているわけにもいかないし。

 てかそりゃそうだよね。オムカより南にあるんだもんね、あー、くそあちぃ!

 到着して5秒で帰りたくなった。
 つかよく考えたら、シータ王国は俺になんら恨みもないだろうけど、俺からしてみたら因縁ありすぎる相手だった。
 こいつらが援軍として来なきゃ、去年の今頃、オムカ王国を滅ぼしてそりゃもう英雄として何でもできた身分だったのに。

 あんま過去のことをくよくよしない男らしい性格だから忘れてた。

 そう考えると余計むかっ腹が立って、そのままUターンで船乗り場へ向かう。
 だが乗ってきた船は出てしまっていて、しょうがなく別の船を探してそこに乗り込もうとした。

 船を腕組みして見ている若い男に近づく。
 どうやら貨物船らしく、荷物の差配をしている責任者のようだ。
 だからこの人間に話を通せば大丈夫だろうと声をかけた。

「ちょっと乗せてくれる?」

「は? 誰だ、貴様?」

「だから、俺が、その船に、乗りたいんだ」

 はい、スキル『天士無双てんしむそう』発動ー。お前は俺の言いなりってね。

 だが返ってきたのは予想外の反応だった。

「何を言ってる? ふざけてるのか?」

「いや、だから俺が乗りたいの」

「ちょっとお前。こっちにこい。取り調べだ」

 げっ、俺のスキルが効かない。
 ってことはこいつ……プレイヤーか!

 偉そうにしてるから、ただのボンボンの兄ちゃんだと思ったのに。
 まさかここでプレイヤーを引くとは。運がない。

 殺しちゃおっか。
 けど“不幸にも”周囲に人気ひとけがない。

 うーん、もちろん俺っていい子だから暴力なんて振るったことはない。
 だから誰かにお願いしたかったんだけど……。

姉御あねご、不審人物です! よろしくお願いします!」

「姉御はよせって言ってるでしょ」

 そう言って船から姿を見せたのは、1人の女性。
 とりあえず成り行きを見守ったのは、もう1人がプレイヤーじゃなければ色々お願いを聞いてもらおうと思ったから。

 だが――その判断が、俺の運命を決定づける。

「シータ王国が四峰しほう水鏡八重みかがみやえだ。何者だ?」

 現れたのは眼鏡をした青髪の知的美人。
 といってもその鋭利すぎて切り裂かれそうな眼差しを持った女性は、こちらを胡散臭そうな目で見てくる。

 逆に俺もその女性を観察していた。
 南国だから暑いだろうのに、白地に黄色のラインが入った絹の長袖長ズボンをビシッと着こなしている。それでも暑そうな顔色1つ見せないのだから大したものだ。

 ただ、それ以上に俺はその人物を見て、一瞬戸惑った。
 髪の色は違う。けどこの顔。この雰囲気。見覚えがある。というか名乗りを聞けばもう間違いない。

「ミカねえ?」

「…………張人?」

「え? え? 知り合い……です? 姉御?」

 空気が止まった。
 そして俺は思わず聞いていた。

「初めて家族と海水浴にいったのは?」

「勝浦」

「中学校の体育教師のあだ名は?」

「ゴリ中。近所のよく吠える犬を飼っているのは?」

「金松さん。ほんとうざったかったよね」

「お前は変わらないな。死んでも」

 そう言ってミカ姉は――近所に住んでいた幼馴染の女性はくすりと笑い、

「ミカ姉こそ」

 俺は苦い笑みを浮かべた。

 その夜。
 俺はミカ姉に招かれて、港町の食堂で晩飯を共にした。
 大衆酒場のような外見に似ず、個室があるらしい。
 まぁ色々と外に聞かれたくない話もあるからだろう。

「ごめん、大したおもてなしもできず」

「いやいや。奢ってくれるだけで十分」

「お金、ないの?」

「そうだねぇ。これまで“たまたま”親切な人たちが恵んでくれたからなんとかなったよ。ま、俺ほどの人間なら貢いで当然って感じだけど」

「変わらないわね。その自意識の塊みたいな感じ」

「ミカ姉こそ。そのづけづけと入ってくる感じ。変わらないね」

 ミカ姉は俺の1つ上のお姉さん。
 家族ぐるみの付き合いがあって、小さいころから遊んでた仲だ。要は幼馴染。
 お互い、そう裕福じゃなかったから、助け合うようにして生きていたというのが実情だ。

 親が彼女を溺愛していて、高校に上がるとき、得意の水泳をより磨くため、とかいって都会に引っ越してからは特に連絡を取り合わなかったけど…………。

 そっか、ここに来ちゃったのか。

 それからは昔ばなしに花を咲かせつつ、近況の話になった。

「この世界の状況は知ってるわよね?」

「ああ。それなりに」

「今までどこにいたの?」

 っと、そこ切り込んでくるかい。
 問答無用で問い詰める時の顔なんだよなぁ。いやぁ、怖い怖い。

「ま、適当に。ぶらぶらと」

「いつごろここに?」

「んっとー、4月くらいかな?」

 今年じゃないけど。

「あぁ、そうそう。オムカってところでジャンヌ・ダルクって人に会ってね。誘われたんだけどねー。俺ってば気楽な旅が似合ってるから断わってこっち来ちゃってさ」

「彼女に、会ったのね」

 おっと、これは危険か?
 彼女ほどの立場のある人間だ。同盟国の代表と近づいていてもおかしくないか。

「それにしても、ミカ姉は出世したね」

「望んだわけじゃないけどね」

 あぁ、そうだった。
 彼女は名誉とかそういうのには、特に関心を持たなかった。
 あるのは早く自立して親と、弟たちを助けたいという自己犠牲の心だけ。

 本当に、頭が下がるよ。色んな意味で。

 それからも、俺が帝国にいたことには触れず、のらりくらりとはぐらかしながら答えていると、やがてミカ姉はふぅっと深いため息を宙に放る。

「分かった」

「ん、なにが?」

「張人、エイン帝国にいたでしょ」

「っ!?」

「眉がぴくぴく動くの。張人が嘘つく時の癖」

 うわ、ひでぇそんなの卑怯だ。

「よく知ってる……いや、覚えてたね」

「当然でしょ。張人も、弟みたいなものだったから」

 はいはい、さいですかー。
 あー、しくったかなぁ。さっさと逃げればよかった。久しぶりに旧知に会って感傷に殺されるとか、俺もなっちゃいないなぁ。

「一応、理由を聞かせてもらっても?」

 ミカ姉はこくりと頷くと話し始めた。

「先月、王都で騒ぎがあったの。アッキーが帝都に潜入するって連絡があって、そのごたごたでオムカと帝国が争った1件。そしてそれとは別に起きたもう1件。帝都で何かを外に出さないよう、検問が張られたって」

「へぇ、それで?」

「けど検問はすぐに解けた。ただそれが何のためか語られることはついになかった。噂では教皇の大事なものが盗まれて、その盗人を捕まえるためだとか話が出たみたいだけど」

「それが俺だと?」

「確証はないけど。それでも、そんな騒ぎがあったのに内々に処理したということは向こうもあまりおおやけにはしたくない何か――あるいはプレイヤーに関するものだと考えることもできた。そしてその騒ぎの日にちから、オムカを経てここに至るまでの時間。ちょうど張人現れたタイミングを見ると、そう考えられないかと思ったわけ。半分あてずっぽうだけど」

「カマかけられたってこと?」

「そうじゃないけど……張人が嘘を言ってるのは分かったから。あるいはと思っただけ」

「そういうのをカマかけたっていうんだけどね。してやられたってわけか。やれやれ」

「本当に、帝国のプレイヤーなの?」

「ええ、そうですよっと。もうこうなったら全部言っちゃうけど。帝国でプレイヤーやってて、まぁそれなりに色々やって。たけど、なんつーの? 見解の不一致? 音楽性の違い? そんなんで帝国抜けてきましたー」

「相変わらずだね、その感じは。ふむ……張人。そういえば、苗字は尾田だったっけ」

「ん、そうそう。尾田張人。ま、あんま名字で呼ばなかったからね」

「去年、オムカの戴冠式でアッキーに宣戦布告した? あの尾田は張人だったのね」

「なんだいなんだい、ジャンヌ・ダルクはそんなことまで他国の人間に喋ってるのかよ。……え、てかアッキーって?」

「い、いや。ただのあだ名。前の名前がそんなんだと」

「ふーーーーん?」

 なんか違和感ある雰囲気だけど、まぁいいや。

「ということは去年のオムカ包囲の時も張人が?」

「げっ」

「うちも世話になったってことね」

 ぐああああ!
 なにこれ、めっちゃハズイ。

 あの時シータの援軍がなければ勝ってたのに。
 てかミカ姉に負けてたってこと!?

 知らない誰かにやられるより、万倍恥ずかしいんだけど。

「いや、負けてないから。あれはただ補給が途切れて撤退しただけだから」

「それはそれでどうかと思うけど」

「ぐっ……はいはい、分かりましたよ。負けました。で? そんな帝国軍の敵だったわけだけど、どうする? 軍事裁判にでもかける? それとも出陣前の生贄とか?」

 正直、そうなったらさすがに旧知とはいえ手加減はしてられない。
 俺の命を狙うやつは、誰だろうと徹底抗戦だ。
 ミカ姉を傷つけずにこの場から逃げる方法は、それこそ何通りか考えつく。

 だがミカ姉は、ふっとため息をつき肩の力を抜いた。

「そんなことはしないよ。第一、帝国から逃げてきたんでしょう?」

「スパイだと思わないわけ? あるいは暗殺者」

「それほど自分が大物だとは思っていないよ。それに先ほどのやり取り。暗殺するには手際が悪すぎる」

 そりゃどうも。

「それに張人を殺すわけないでしょ。せいぜい帝国の情報を絞り上げて軟禁生活でも送ってもらうくらいね」

 それもそれで結構ひどいこと言ってると思うんだけど。

「ミカ姉、変わったね」

「別れてから随分経つし。この世界に生きてれば、そうもなるわ」

「ごもっとも」

 いやいや。まさかあのミカ姉がシータ王国の将軍とはねぇ。
 世界――というか死後の世界も案外狭いようで。

「はぁ、ってか本当にやりづらいなぁ。この世界には頭の回る女しかいないのかよ。リーナちゃんといい、ジャンヌ・ダルクといい、ミカ姉といい。やりづらいったらあありゃしない」

「アッキーは…………いや、なんでもない」

「なに?」

「いや、知らないならいい」

 くすりと笑みを浮かべるミカ姉。
 なーんかカチンとくるんだけど。
 ま、いっか。とりあえず殺される心配はなくなった。

 それで昔の馴染みでミカ姉に取り入るのもなんだし、少し謙虚に生きていこうか。

「んじゃ、とりあえずしばらく世話になるわー。ところでミカ姉。涼しくて冷たい飲み物が飲めて美味しいものが食べられてゴロゴロしてても怒られないところ、ない?」
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