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第4章 ジャンヌの西進
間章2 尾田張人(フリーター放浪譚2)
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ミカ姉の元にいたのは1か月ほどだった。
いや、俺は何も悪いことはしていない。
ミカ姉の知り合いだと分かると、そこらにいた連中の態度も手のひらクルーズだった。
最初に操ってやろうと思ったプレイヤーも、渋々ながらも俺に対する態度を改めた。
ただそいつも四峰とかいうシータ王国の将軍に準ずる男だと聞いた。準ずるだから偉いわけじゃないのだが、そのプライドの高そうな様が腹だった。
プレイヤーじゃなかったら、さっさと退場願うところだったよ。
それからミカ姉は、近くの港町で飲めや食えやの宴会でねぎらってくれたし、首都ケイン・ウギまで送って国王にも面会させてくれた。
驚いたのがそれもプレイヤーで、なぜか仕立てのよさそうな黒のスーツ姿だったこと。
『君が帝国から抜けてきたプレイヤーだね。歓迎するよ。色々話を聞かせてもらえるとありがたい』
九神と名乗ったその男は、男でもドキッとするような美男子で、どこか余裕のある態度が気に食わなかった。
あるいは何も考えていないかもしれない。
とはいえ、王宮での生活は快適だった。
暑いといっても昼だけで、王宮内は風通しもよく、水がふんだんにあるから外に出なければ結構過ごしやすい。氷室もあって、そこで涼んだりかき氷を作ったりで楽しめたし、プールは24時間入っても怒られなかった。
これだよ、これ。
これがバカンスってもんでしょ。
まぁ、それほどまでに俺をもてなしたのは、九神が言った通り、俺が帝国の事情に明るいと思われたからだ。
それを毎日の夕食の時に、ミカ姉と一緒に質問される。
単に質問というだけじゃなく、ミカ姉のそれは取り調べと呼べるほどの緊張感を保っていたわけだけど。
とはいえ、俺がそれほど有能な情報ソースかと言われれば自分自身も首をかしげざるを得ない。
国の様子なんて首都以外知らないし、皇帝なんて興味ないし、政治もどうでもいい。煌夜がやってる宗教もどうでもいいし、ほかの軍が何をやっているかも知るわけがない。
だから俺が知っていることと言えば、プレイヤーの情報で、それもそう多いものではないからすぐに話のネタは尽きた。
それでもこうして1か月も自由にさせてくれたのは、あるいは敵にいるよりは飼い殺しにしていた方が得策と思ったのかもしれない。ミカ姉か、あの王様が考えたのかは知らないが、なかなかどうして。
ま、暇を持て余していた俺としては願ったりかなったりなんだけど。
大体、働きすぎだよねぇ、俺。
オムカの独立の機運に対応して名前忘れたけどなんとかって宰相に知恵をあげたり、それでやっぱり独立が本決まりになったらそれを攻めたり、ビンゴとオムカを相手取って戦ったり、馬鹿のおもりをしたり、戴冠式には宣戦布告に行かされたり、おっさん少女に振り回されて戦ったり。
うーん、我ながら頑張った。
だからこれはちょうどいいバカンスってことで。
特に文句も言われないから満喫していたんだけど……。
どこか足りない。
何かが足りない。
そう思えるようになってきた。
どうしたんだろう。
俺ほど平和と平穏と平静を愛する男はいないというのに。
これほど争いを求める人間だったのか?
そう思うと愕然とする。
そんな時だ。
ミカ姉が深刻な表情で俺を訪れたのは。
「ごめん。出ることになった」
「ん、戦い?」
「そう、なるかな」
そう言った時のミカ姉はなんだか気落ちしているように見えた。
その様子を見てか、俺の心の変化からか、余計な言葉が出た。
「なにか、手伝う?」
「いや、いいわ。身内の不始末は、身内がつけるから」
身内?
ふーん、反乱でも起きたかな?
「それで、どうする? 正直帰りは分からないから、そう配慮はできないけど」
「ん、じゃあお暇するよ。宿泊分の対価は支払ったと思うし」
「そうだね。じゃあ、お別れ」
そう言ってミカ姉は右手を差し出してくる。
前にもこういった別れはあった。けどその時は特に何もなく、ただ漫然と見送っただけだった。
いつかは会えるなんて、気やすく考えたのかもしれない。
けど今度は違う。
彼女は戦場に出る。つまり死んでもおかしくない。
二度と会える保証はどこにもない。
それが、相手の手を握り返すという俺らしくもない行動をさせたのかもしれない。
「武運を祈るよ」
「張人も、元気で」
「ミカ姉は誰に物言ってるのかな? 生憎そんな危険なことはもうしないよ」
「だろうね」
それが彼女との別れだった。
翌日、ミカ姉は軍船を率いて上流へ向かった。
それから俺は、九神にいとまを告げてぶらぶらと旅に出た。
はじめは当てもなくぶらぶらと首都の周りを流れるように歩いた。
だが西に向かおうと思ったのは、1つの噂を聞いたからだ。
『おい、聞いたか? 四峰の時雨様が謀反を起こしたんだって!』『おめぇ情報が遅いな。それはもう鎮圧されたぜ。同じ四峰の水鏡様と、あの三女神のジャンヌ・ダルク様が鎮圧したんだとよ!』『な、あの三女神が!?』
なるほど、ミカ姉の出陣はこのせいか。
相手も四峰。ミカ姉も四峰。
ミカ姉は何を思って、元同僚を攻め殺したのか。ふと彼女が気になって俺はその場所へと向かうことにした。
だが俺は彼女に会えなかった。
俺がそのカルゥム城塞とやらに到着した時にはもう、もちろん戦闘は終わっていて、さらに城塞の破却作業も大方終わりを見せていて、軍のトップである彼女は首都に戻っていた。
ちょうど行き違いになった感じだ。
かといって今更またシータ王国に戻るつもりはなかった。
出発するといった手前、わざわざ戻るのはめんどくさいし格好悪い。
それによく考えたら彼女になんて言うつもりだったか。そう考えると、もう戻れなかった。
だからシータに戻るわけにもいかず、かといってオムカの王都バーベルに行くのも気まずい俺は、進路を北西に取った。
そのままオムカの領土を抜けて、帝国のはずれであるヴィー地方いでも足を伸ばそうと思ったからだ。
だからのんびりと馬の背に揺られながら道を行くと、
「あれー、戦争してる?」
大軍が移動していた。
その数、5万を超えるだろう。
左手にある大きな城を目指して、粛々と進むその軍の色は白で、帝国を現すカラーだ。
あぁ、そういえばここ。
懐かしいなぁ。
あのおっさん少女と一緒にオムカと戦ったあたりか。
確かヨジョー城とか言ったっけ。
聞けばジャンヌ・ダルクはすでに西へ向かったという。
ビンゴ王国を滅ぼした元帥に、健気にも立ち向かうのだろう。
ということはこいつらは空き巣か。
なんだかその言葉が気に入らず、かといって帝国に再び身を投じるつもりもなく、そしてなにより――
「ちょっと血が騒ぐっていうのかな?」
というわけでじっくりと進む軍をしり目に、全速でヨジョー城へ向かう。
そのころ、オムカの城ではてんやわんやだった。
上を下への大騒ぎなのが外からも伝わる。
おいおい、こんなで大丈夫かね。
「誰だ!」
誰何する声が聞こえる。
もちろん門は閉じられていて、城門の上から見張りの兵が聞いてきたのだ。
まさかこんなところでプレイヤーはないだろう。
「王都からの援軍だ。城門を開けろ」
その言葉通りになった。
さすが『天士夢想』。
というわけでそんな要領で、その城の防衛の責任者には簡単に会うことができた。
アークと名乗った真面目で面白味もなさそうな青年は、どうやらプレイヤーではないらしい。好都合だった。
「援軍かたじけない。しかし……おひとりですか?」
「悪いかな? これでも俺の頭脳は1万の兵に相当すると自負してるけど」
「ですが……」
「ジャンヌ・ダルクとツーカーな俺を追い出す? 何かあったらジャンヌ・ダルクからきっつーいお仕置きがあるかもよ?」
ま、嘘だけど。
それを信じ込ませる力は俺にはある。
「そ、それでは。よろしくお願いします」
「ん、よろしい」
これでこの戦は俺が支配した。
とりあえずこの場を落ち着かせることが大事だ。だからこのアークという将軍に、声を上げて駆け回らせた。
どうやらこの人物。若いなりに人望があるらしく、城兵たちはすぐに落ち着きを取り戻した。
ま、そうでもなきゃこんな戦略上の要所に主将として置かないか。
さて、あとは5万をどう料理するか。
「大丈夫でしょ。旗が違うからおっさん少女……元帥府の人間じゃないし、そもそもその元帥はビンゴの方にいるはずだし」
アークに聞かれたとき、そう答えた。
それ以外に軍を率いるプレイヤーはいないわけで、であればあとは凡将だろう。
「とりあえず、敵が来る前に兵を隠して旗を伏せて。無人の城みたいに見せるんだ」
敵はすぐそこまで来ている。
俺もすぐに行動を開始した。
無人に見せて、ほいほい近づいてきた相手に矢と鉄砲の雨を降らせる。
バカ以外引っかからなそうな子供だましの策だが、こちらにデメリットはない。
とにかく今日。夜が更けるまで持ちこたえればいい。そんでもって長引かせるつもりもない。
「今日中に全部終わらせるよ」
やがて、敵が来た。
そして――バカだった。
城になんの反応もないこちらを逃げ出したと勘違いして、ほいほい近づいてきた敵に一斉射を加えると、大慌てで退いて距離を保った。
追撃を言いつのってくるやつがいたが、崩れたわけでもないしまだ5万弱はいるので犠牲が大きくなることを理由にアークから退けさせた。
それから徐々に、というか恐る恐る敵が近づいてくる。
もういないふりはしなくていいから、その敵に弓鉄砲をお見舞いして、そして攻城戦が始まった。
敵は一気に北門をつぶすつもりか、軍を分けることを怖がったのか――おそらく後者だろう――愚直に攻めてきた。
こういうのが一番つらい。まぁ城兵には死ぬ気で日没まで守れって言ってあるから、それまでは持つだろう。
そして日没。
敵が1キロほど退いて野営を始める。
盛大なかがり火をたいて、夜襲に万全の備えをしている。
どんだけビビりなんだよ、と思う。
まぁそれが狙いだったわけだけど。
「というわけで出かけてくるよ。後はよろしく」
「し、しかし……」
「大丈夫大丈夫。もし何も起きなければ、俺は死んだものだと思ってここを死守すればいい。それだけさ」
「…………貴君の武略。心より感謝いたします!」
やれやれ、暑苦しいやつだな。
でもまぁ、相手よりは有能だ。
1年前にこんな人材がいたら、オムカは今頃なかったんだろうけどなぁ。
言っても詮無いこと。
というわけで城の裏口から単騎で外に出る。
満月、とはいかないまでも満ちた月が周囲を照らす。
風が涼しい。もう夏も終わり、秋になっている。
俺はこれからどこに行くのだろう。
そんな哲学的なことが頭に浮かんだが、とりあえず今これからだと頭を振って気持ちを切り替える。
何せ5万の大軍の中に1人で向かうのだ。
下手をすれば一瞬でなます切りにされる。
少しの気のゆるみも許されない。
いいね。
こういうギリギリの状況。
どうやら俺はこういったものを好むたちがあるらしい。
思えば王都を包囲した時もそうだった。
ビンゴとオムカの二国を相手にした時もそう。
おっさん少女と一緒にここを攻めた時もそう。
リーナちゃんを奪い、ここまで逃げてくる時もそうだ。
そして今。
はっ、全部にあのジャンヌ・ダルクが絡んでるな。
本当にあの女はいけすかない。けど、どこか魅力的だ。
ここまで俺の性的嗜好に応えてくれるのだから。
ま、だからといってあいつの下につく気はさらさらないし。
リーナちゃんを奪っていったやつに、どうして好意的になれるもんか。
ったく。
そんなことを考えているうちに、盛大にかがり火をともした陣が見えてきた。
「何者だ!」
まだ少し離れているにも関わらず、そんな声が聞こえた。
やれやれ、ここまで見張りを立たせるのか。
用心深いというかチキンというか臆病者というか。
「君たちの隊長に会いに来た」
それだけで、俺は陣の中に入った。
陣の中は5万の人間でごった返し、しかも誰もかれもが緊張しているらしく、すごく息苦しい。
どうやら俺たちが夜襲してくるに違いないと思い込んでいるらしい。
はっ、バカだなぁ。
5万もいるんだから3交代制、悪くとも半分は休ませておくべきだろうに。しかもこんなガッチガチに守りを固めるということは…………中からはひどくもろいということ。
それから、数人の将校に会って話をして、俺は陣の外に出た。
30分後。
陣から火の手があがり、兵たちの喚声が聞こえてきた。
どうやらちゃんと同士討ちを始めてくれたらしい。
『どうやら上層部は明日の朝、初戦の失態を君の責任にして処刑して、全軍の士気を回復するらしい。黙って殺されるなんて不名誉だろう? だったら、先に殺したら?』
俺はそう言ってみただけ。
その結果が、これ。
しかもその混乱に乗じて、ヨジョーの城門から全軍が突撃。
それで勝負は決まった。
誰が敵で誰が味方かもわからない帝国軍は、自分たち以外すべて敵と定めたオムカ軍にさんざんに打ち破られて逃げて行った。
うん、これでここは大丈夫だろう。
今から戻って英雄面するのはめんどくさいし、ここらへんでゆるしてあげよう。
いやいや、なんて謙虚だよ、俺。
そして俺は、進路を北西に取った。
いや、俺は何も悪いことはしていない。
ミカ姉の知り合いだと分かると、そこらにいた連中の態度も手のひらクルーズだった。
最初に操ってやろうと思ったプレイヤーも、渋々ながらも俺に対する態度を改めた。
ただそいつも四峰とかいうシータ王国の将軍に準ずる男だと聞いた。準ずるだから偉いわけじゃないのだが、そのプライドの高そうな様が腹だった。
プレイヤーじゃなかったら、さっさと退場願うところだったよ。
それからミカ姉は、近くの港町で飲めや食えやの宴会でねぎらってくれたし、首都ケイン・ウギまで送って国王にも面会させてくれた。
驚いたのがそれもプレイヤーで、なぜか仕立てのよさそうな黒のスーツ姿だったこと。
『君が帝国から抜けてきたプレイヤーだね。歓迎するよ。色々話を聞かせてもらえるとありがたい』
九神と名乗ったその男は、男でもドキッとするような美男子で、どこか余裕のある態度が気に食わなかった。
あるいは何も考えていないかもしれない。
とはいえ、王宮での生活は快適だった。
暑いといっても昼だけで、王宮内は風通しもよく、水がふんだんにあるから外に出なければ結構過ごしやすい。氷室もあって、そこで涼んだりかき氷を作ったりで楽しめたし、プールは24時間入っても怒られなかった。
これだよ、これ。
これがバカンスってもんでしょ。
まぁ、それほどまでに俺をもてなしたのは、九神が言った通り、俺が帝国の事情に明るいと思われたからだ。
それを毎日の夕食の時に、ミカ姉と一緒に質問される。
単に質問というだけじゃなく、ミカ姉のそれは取り調べと呼べるほどの緊張感を保っていたわけだけど。
とはいえ、俺がそれほど有能な情報ソースかと言われれば自分自身も首をかしげざるを得ない。
国の様子なんて首都以外知らないし、皇帝なんて興味ないし、政治もどうでもいい。煌夜がやってる宗教もどうでもいいし、ほかの軍が何をやっているかも知るわけがない。
だから俺が知っていることと言えば、プレイヤーの情報で、それもそう多いものではないからすぐに話のネタは尽きた。
それでもこうして1か月も自由にさせてくれたのは、あるいは敵にいるよりは飼い殺しにしていた方が得策と思ったのかもしれない。ミカ姉か、あの王様が考えたのかは知らないが、なかなかどうして。
ま、暇を持て余していた俺としては願ったりかなったりなんだけど。
大体、働きすぎだよねぇ、俺。
オムカの独立の機運に対応して名前忘れたけどなんとかって宰相に知恵をあげたり、それでやっぱり独立が本決まりになったらそれを攻めたり、ビンゴとオムカを相手取って戦ったり、馬鹿のおもりをしたり、戴冠式には宣戦布告に行かされたり、おっさん少女に振り回されて戦ったり。
うーん、我ながら頑張った。
だからこれはちょうどいいバカンスってことで。
特に文句も言われないから満喫していたんだけど……。
どこか足りない。
何かが足りない。
そう思えるようになってきた。
どうしたんだろう。
俺ほど平和と平穏と平静を愛する男はいないというのに。
これほど争いを求める人間だったのか?
そう思うと愕然とする。
そんな時だ。
ミカ姉が深刻な表情で俺を訪れたのは。
「ごめん。出ることになった」
「ん、戦い?」
「そう、なるかな」
そう言った時のミカ姉はなんだか気落ちしているように見えた。
その様子を見てか、俺の心の変化からか、余計な言葉が出た。
「なにか、手伝う?」
「いや、いいわ。身内の不始末は、身内がつけるから」
身内?
ふーん、反乱でも起きたかな?
「それで、どうする? 正直帰りは分からないから、そう配慮はできないけど」
「ん、じゃあお暇するよ。宿泊分の対価は支払ったと思うし」
「そうだね。じゃあ、お別れ」
そう言ってミカ姉は右手を差し出してくる。
前にもこういった別れはあった。けどその時は特に何もなく、ただ漫然と見送っただけだった。
いつかは会えるなんて、気やすく考えたのかもしれない。
けど今度は違う。
彼女は戦場に出る。つまり死んでもおかしくない。
二度と会える保証はどこにもない。
それが、相手の手を握り返すという俺らしくもない行動をさせたのかもしれない。
「武運を祈るよ」
「張人も、元気で」
「ミカ姉は誰に物言ってるのかな? 生憎そんな危険なことはもうしないよ」
「だろうね」
それが彼女との別れだった。
翌日、ミカ姉は軍船を率いて上流へ向かった。
それから俺は、九神にいとまを告げてぶらぶらと旅に出た。
はじめは当てもなくぶらぶらと首都の周りを流れるように歩いた。
だが西に向かおうと思ったのは、1つの噂を聞いたからだ。
『おい、聞いたか? 四峰の時雨様が謀反を起こしたんだって!』『おめぇ情報が遅いな。それはもう鎮圧されたぜ。同じ四峰の水鏡様と、あの三女神のジャンヌ・ダルク様が鎮圧したんだとよ!』『な、あの三女神が!?』
なるほど、ミカ姉の出陣はこのせいか。
相手も四峰。ミカ姉も四峰。
ミカ姉は何を思って、元同僚を攻め殺したのか。ふと彼女が気になって俺はその場所へと向かうことにした。
だが俺は彼女に会えなかった。
俺がそのカルゥム城塞とやらに到着した時にはもう、もちろん戦闘は終わっていて、さらに城塞の破却作業も大方終わりを見せていて、軍のトップである彼女は首都に戻っていた。
ちょうど行き違いになった感じだ。
かといって今更またシータ王国に戻るつもりはなかった。
出発するといった手前、わざわざ戻るのはめんどくさいし格好悪い。
それによく考えたら彼女になんて言うつもりだったか。そう考えると、もう戻れなかった。
だからシータに戻るわけにもいかず、かといってオムカの王都バーベルに行くのも気まずい俺は、進路を北西に取った。
そのままオムカの領土を抜けて、帝国のはずれであるヴィー地方いでも足を伸ばそうと思ったからだ。
だからのんびりと馬の背に揺られながら道を行くと、
「あれー、戦争してる?」
大軍が移動していた。
その数、5万を超えるだろう。
左手にある大きな城を目指して、粛々と進むその軍の色は白で、帝国を現すカラーだ。
あぁ、そういえばここ。
懐かしいなぁ。
あのおっさん少女と一緒にオムカと戦ったあたりか。
確かヨジョー城とか言ったっけ。
聞けばジャンヌ・ダルクはすでに西へ向かったという。
ビンゴ王国を滅ぼした元帥に、健気にも立ち向かうのだろう。
ということはこいつらは空き巣か。
なんだかその言葉が気に入らず、かといって帝国に再び身を投じるつもりもなく、そしてなにより――
「ちょっと血が騒ぐっていうのかな?」
というわけでじっくりと進む軍をしり目に、全速でヨジョー城へ向かう。
そのころ、オムカの城ではてんやわんやだった。
上を下への大騒ぎなのが外からも伝わる。
おいおい、こんなで大丈夫かね。
「誰だ!」
誰何する声が聞こえる。
もちろん門は閉じられていて、城門の上から見張りの兵が聞いてきたのだ。
まさかこんなところでプレイヤーはないだろう。
「王都からの援軍だ。城門を開けろ」
その言葉通りになった。
さすが『天士夢想』。
というわけでそんな要領で、その城の防衛の責任者には簡単に会うことができた。
アークと名乗った真面目で面白味もなさそうな青年は、どうやらプレイヤーではないらしい。好都合だった。
「援軍かたじけない。しかし……おひとりですか?」
「悪いかな? これでも俺の頭脳は1万の兵に相当すると自負してるけど」
「ですが……」
「ジャンヌ・ダルクとツーカーな俺を追い出す? 何かあったらジャンヌ・ダルクからきっつーいお仕置きがあるかもよ?」
ま、嘘だけど。
それを信じ込ませる力は俺にはある。
「そ、それでは。よろしくお願いします」
「ん、よろしい」
これでこの戦は俺が支配した。
とりあえずこの場を落ち着かせることが大事だ。だからこのアークという将軍に、声を上げて駆け回らせた。
どうやらこの人物。若いなりに人望があるらしく、城兵たちはすぐに落ち着きを取り戻した。
ま、そうでもなきゃこんな戦略上の要所に主将として置かないか。
さて、あとは5万をどう料理するか。
「大丈夫でしょ。旗が違うからおっさん少女……元帥府の人間じゃないし、そもそもその元帥はビンゴの方にいるはずだし」
アークに聞かれたとき、そう答えた。
それ以外に軍を率いるプレイヤーはいないわけで、であればあとは凡将だろう。
「とりあえず、敵が来る前に兵を隠して旗を伏せて。無人の城みたいに見せるんだ」
敵はすぐそこまで来ている。
俺もすぐに行動を開始した。
無人に見せて、ほいほい近づいてきた相手に矢と鉄砲の雨を降らせる。
バカ以外引っかからなそうな子供だましの策だが、こちらにデメリットはない。
とにかく今日。夜が更けるまで持ちこたえればいい。そんでもって長引かせるつもりもない。
「今日中に全部終わらせるよ」
やがて、敵が来た。
そして――バカだった。
城になんの反応もないこちらを逃げ出したと勘違いして、ほいほい近づいてきた敵に一斉射を加えると、大慌てで退いて距離を保った。
追撃を言いつのってくるやつがいたが、崩れたわけでもないしまだ5万弱はいるので犠牲が大きくなることを理由にアークから退けさせた。
それから徐々に、というか恐る恐る敵が近づいてくる。
もういないふりはしなくていいから、その敵に弓鉄砲をお見舞いして、そして攻城戦が始まった。
敵は一気に北門をつぶすつもりか、軍を分けることを怖がったのか――おそらく後者だろう――愚直に攻めてきた。
こういうのが一番つらい。まぁ城兵には死ぬ気で日没まで守れって言ってあるから、それまでは持つだろう。
そして日没。
敵が1キロほど退いて野営を始める。
盛大なかがり火をたいて、夜襲に万全の備えをしている。
どんだけビビりなんだよ、と思う。
まぁそれが狙いだったわけだけど。
「というわけで出かけてくるよ。後はよろしく」
「し、しかし……」
「大丈夫大丈夫。もし何も起きなければ、俺は死んだものだと思ってここを死守すればいい。それだけさ」
「…………貴君の武略。心より感謝いたします!」
やれやれ、暑苦しいやつだな。
でもまぁ、相手よりは有能だ。
1年前にこんな人材がいたら、オムカは今頃なかったんだろうけどなぁ。
言っても詮無いこと。
というわけで城の裏口から単騎で外に出る。
満月、とはいかないまでも満ちた月が周囲を照らす。
風が涼しい。もう夏も終わり、秋になっている。
俺はこれからどこに行くのだろう。
そんな哲学的なことが頭に浮かんだが、とりあえず今これからだと頭を振って気持ちを切り替える。
何せ5万の大軍の中に1人で向かうのだ。
下手をすれば一瞬でなます切りにされる。
少しの気のゆるみも許されない。
いいね。
こういうギリギリの状況。
どうやら俺はこういったものを好むたちがあるらしい。
思えば王都を包囲した時もそうだった。
ビンゴとオムカの二国を相手にした時もそう。
おっさん少女と一緒にここを攻めた時もそう。
リーナちゃんを奪い、ここまで逃げてくる時もそうだ。
そして今。
はっ、全部にあのジャンヌ・ダルクが絡んでるな。
本当にあの女はいけすかない。けど、どこか魅力的だ。
ここまで俺の性的嗜好に応えてくれるのだから。
ま、だからといってあいつの下につく気はさらさらないし。
リーナちゃんを奪っていったやつに、どうして好意的になれるもんか。
ったく。
そんなことを考えているうちに、盛大にかがり火をともした陣が見えてきた。
「何者だ!」
まだ少し離れているにも関わらず、そんな声が聞こえた。
やれやれ、ここまで見張りを立たせるのか。
用心深いというかチキンというか臆病者というか。
「君たちの隊長に会いに来た」
それだけで、俺は陣の中に入った。
陣の中は5万の人間でごった返し、しかも誰もかれもが緊張しているらしく、すごく息苦しい。
どうやら俺たちが夜襲してくるに違いないと思い込んでいるらしい。
はっ、バカだなぁ。
5万もいるんだから3交代制、悪くとも半分は休ませておくべきだろうに。しかもこんなガッチガチに守りを固めるということは…………中からはひどくもろいということ。
それから、数人の将校に会って話をして、俺は陣の外に出た。
30分後。
陣から火の手があがり、兵たちの喚声が聞こえてきた。
どうやらちゃんと同士討ちを始めてくれたらしい。
『どうやら上層部は明日の朝、初戦の失態を君の責任にして処刑して、全軍の士気を回復するらしい。黙って殺されるなんて不名誉だろう? だったら、先に殺したら?』
俺はそう言ってみただけ。
その結果が、これ。
しかもその混乱に乗じて、ヨジョーの城門から全軍が突撃。
それで勝負は決まった。
誰が敵で誰が味方かもわからない帝国軍は、自分たち以外すべて敵と定めたオムカ軍にさんざんに打ち破られて逃げて行った。
うん、これでここは大丈夫だろう。
今から戻って英雄面するのはめんどくさいし、ここらへんでゆるしてあげよう。
いやいや、なんて謙虚だよ、俺。
そして俺は、進路を北西に取った。
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それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
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普段の、何気ない日常。
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その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
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ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
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偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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