知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第17話 国家と法と人と愛情と

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「法、ですか?」

 ジルが首をかしげながら聞き返す。
 ここは俺の執務室。そこでジルとお茶をしながら、考えを披露していた。

 つまりこれからの国家としての運用。マリアを女王として抱くものの、あまり考えたくないけどその後のことを視野に入れてのことだ。

「ああ。法を作って、法の下にマリアや民衆を置く」

「しかし、今も法律はありますが……」

 女王を下に置く、というから不敬なことを言ってるのは分かってる。けどそれをジルは指摘しない。そこに信頼があるように感じて喜ばしい。

「それは民衆同士のいざこざの解決とか、そういった小さいものだ。俺が言いたいのは、国を運用するための法だよ」

 今の専制君主制に問題があるわけじゃない。けど、もしマリアの後、無能な王が出てきたら? 暴虐な王が出現してしまったら?
 誰も抑える者もなく、国は簡単に滅ぶ。歴史はそれを物語っている。

 かといって南群で芽生え始めている共和制にすると、マリアの立場がなくなる。

 となればもはや残された道は1つ。

 立憲君主制だ。

 君主、すなわち王は国のトップとして存在するが、その権力は法によって規制される。
 実際に政治を運用するのは議会や内閣で、王はそこに対する一部任命権や拒否権を持つだけで独断と偏見で政治をすることができない。

 マリアみたいな人の心の機微を察し得る優しい王であれば、人の意見をしっかり聞いて、そうそうに道を踏み出すこともない保障となる。
 後に暴君が出ても法と議会で押さえつけられることができるし、王が無能だとしても国家の運用に支障はなくなる。

「しかし、いきなりそうなどとは……」

「もちろん改革を急ぐ気はないよ。ま、少なくとも俺がいる間には基礎を作るくらいにはできるだろう」

 改革を急ぎすぎて、保守派から猛反発を食らって頓挫とんざした例はいくらでもある。
 呉起ごきしん商鞅しょうおうが有名だろうし、日本の織田信長もその一例とも言えるだろう。

 かといって俺にそこまで時間があるわけじゃないし、そもそも俺は一介の軍師なわけだから政治にそこまで関与できるわけではない。政治力低いし。
 それでも俺がいなくなった後に残せる何かを作る、せめてそれくらいのことはしたかった。

「法があれば、俺がいなくなってもなんとかなるだろうし」

「そんな、ジャンヌ様がいなくなるなんてことは……」

 ジルはジョークだと思ったのだろう。
 けど……うん、ジルには。少しさわりの部分でも話しておくべきだろう。

 これまで、多分一番この世界で長く付き合ってきた相手だし、一番の大人だと思っている。

 一瞬、迷いが胸を締め付ける。
 これを話してしまえば、今まで通り彼とは付き合うことはできなくなるかもしれない。
 それは怖い。

 けど、いつかは皆に話さなければいけない案件。
 きっとジルなら、分かってくれる、受け止めてくれる。
 そう願って俺は覚悟を言葉に出した。

「この国が帝国を倒して大陸を統一した時、きっと俺はこの国に……いや、この世界にはいられないんだ」

「そう、なのですか……?」

「ああ、すまない」

 ジルはすっかり困り果ててしまった様子で、言葉を振り絞る。

「しかし、いられないとは……ジャンヌ様ほどの功臣となれば、そんなことはありえません」

「そういうのじゃないんだ。そういうのじゃ……」

 どうする。言うか。
 サカキには言って、相手にされなかった。
 ジルなら、間違いなく真摯に受け止めるだろう。そして誰かに吹聴することもないだろう。
 けど……その事実を重荷として受け取った場合――いや、間違いなくジルは重荷と受け取る――彼はその重荷に押しつぶされることはないだろうか。
 そう思ってしまうのだ。

 よし、引き延ばそう。

 結局決心がつかず、口を開いて引き延ばしの策を伝えようとした。

「ジャンヌ様」

 だがその前に名前を呼ばれた。
 優しく、穏やかに、すべてを受け止めるような海のような深い響き。

 あぁ、駄目だ。
 そんな風に言われたら。そんな目で見られたら。
 この世界にやってきてから、最初の戦闘の後から今まで。
 ずっと投げかけられてきた、曇りなきこの瞳を前にして。

 俺は、ごまかすことができなくなっていた。

「実は、俺はこの世界の人間じゃない」

 そして喋った。
 別の世界から来たこと。
 転生という状態でこの世界に来たこと。
 元が男だということ。
 大陸を統一したら俺は元の世界に戻ること。

 それをジルは聞いていた。
 口を挟んだりせず、身動きせず。
 じっと、俺だけを見つめて。

「――だから、俺は皆と一緒にこの世界で生きていけない」

 どれくらい時間が経ったか。
 ただひたすらに、俺の心情をこの男にぶつけた気がする。

 すっきりしたとか、せいせいしたとか、そういう感情はない。
 ただ、あぁやっちまった、という後悔があるだけだ。

 けど本当にそうなのか、変化のないジルの表情からはうかがい知れない。
 ただジルは目を閉じ、

「…………」

 何も言わず、小さく息をはきだした。

 心臓が跳ねまわる。
 この間。

 いったい何を言われるのか。
 それがサカキの時より怖い。

 嘘つき。だましたな。よくも女王様を。詐欺師。ペテン師。変態。人でなし。
 多分どれをジルに言われても、俺は再起不能なダメージを受ける。そんな気がする。

 思いつく限りの罵詈雑言が頭の中を巡り、そんなことを言わないでくれと祈り、そして、どれだけ時間がかかったのか、彫像のようになっていたジルの声を発する機関がようやく動いたのを確認した。

「ジャンヌ様」

「はい」

 なんだか緊張して、変な返答になった気がする。
 それでもジルは続ける。言葉を。

「ありがとうございます」

「え?」

 お礼を言われた、とは思わなかった。
 だって、そういう流れじゃ全くなかったから。

 やめてくれと願ったのは確かだが、確実に罵詈雑言が飛んでくると思ったから。

「え、なに……ありがとう? なんで?」

「お礼を言わず、何を言えばいいのでしょう。ジャンヌ様は、右も左も分からないそんな状況にも関わらず、私を、そしてオムカを助けてくださいました。女王様の良き友でいてくれました。そして、最後まで戦ってくれるとおっしゃってくださいました。何より――そんな重大なことを、私に打ち明けてくれたのですから」

「信じる、のか?」

「ジャンヌ様のお言葉。どうして疑いましょうか?」

 なんの疑いもなく、受け入れるという。
 それはそれで困るんだけど……。

「ジャンヌ様がいかなる想いで来られたのかは想像するしかありません。しかし、そのやってきたことは、積み上げてきたものは、紛れもない真実を告げています。ジャンヌ様。貴女はどうであれ、この国を救ったのです。国を、女王様を、皆を、そして、私を」

「ジル……」

 胸からこみあげる熱い想い。
 それが激情となって、目から水があふれだす。

「っ、ごめん」

 感極まってあふれた涙を必死にぬぐう。
 それをもジルは笑って許す。

「別の世界から来た人間だろうと、元が男であろうと、この世界からいなくなろうとも、私は構いません。ジャンヌ・ダルクという存在は、確かにここにいて、確かに私たちとともにあるのですから」

「……うん」

「そして、そんな貴女だからこそ私は好きになったのですから」

「そうか……」

 ジルにも色々気を使われる。
 本当に、彼がいなかったら今の俺はなかっただろう。
 俺がやってきたことは変わらないとか。俺は今ここにいるとか。俺のことを好きだとか。

 ん?

 ちょっと待て。

 今、なんて言った?

 今、俺はなんて言われた!?

 さらっと流したけど、流しちゃいけない言葉を言われたような。

 なんかとても重要で重大で重畳なことを、いともさっぱりすっきりくっきりはっきり言われなかったか!?

「ちょ、ジル。い、今……なんて言った? いや、やっぱ言わなくていい!」

「貴女が好きだと言いました」

「ぎゃー! ちょっと、待て! いや、待て。うん、待て。……ふぅ。よし。いやよくない!」

 うん、いい感じに混乱してる。
 武力1、知力99が混乱中。さぁ一斉攻撃で撃破するのです。うん、やっぱり混乱している。

 てかヤバイ。
 心臓の音がこれでもかというくらいに激しい自己主張してくる。
 胸が張り裂けそうという言葉は誇張表現の優良誤認だと思ったけど、そうでもなかったという発見。
 てかなんか去年も同じ感じで、結局、ジルには相手にされずで。でもやっぱりジルは俺のことを……。それって相思相愛? いや、だから俺は男!

 ヤバいぞ。里奈の時もなんかすっちゃかめっちゃかだった気がするけど。
 俺って意外と感情を処理するのが苦手?
 結構軍師として致命的じゃない?

 落ち着け。落ち着いて1つ1つ確かめよう。
 俺の勘違い、聞き間違いということもありうる。

「それってあれだよな? 友情としての……す、好きってやつ?」

「いえ、男女の愛情としての好きです」

 さっそく撃沈した。

 このジゴロが!
 そんな簡単に真顔でしれっと言うんじゃない!

「え、いや。だから、俺は、その、男で!」

「今のジャンヌ様は女性でいらっしゃる」

「なんか誰かさんたちと同じことを言うなぁ! えっと、その。帰るんだぞ!?」

「はい。しかしまだ時間はあります」

「そ、それに俺は。まだ、その……まだにじゅう……16だぞ?」

「この国では立派に成人です。それに愛に年齢も距離は関係ありますまい」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 ヤバイ。退路がどんどんふさがれていく。
 てかなんか今日のジル、やけに積極的じゃないか?

「申し訳ありませんが、ジャンヌ様がなんと言おうと、この気持ちは変わりません」

 女性が聞いたら泣いて喜びそうなセリフをぽんぽん言うな。
 俺? 不安だよ。不安定だよ。嬉しさと気まずさで。ここまで気持ちを寄せられたのなんて、元の世界ではなかったからな!

「ただ……そうですね。ジャンヌ様には返事をいただくとか、そういうことを求めてはいません。勝手で申し訳ありませんが、どうもジャンヌ様がいなくなられるという現実を直視できず、どうも気持ちが先行してしまいました」

「そ、そうか。まぁ先に言い出したのは俺だしな」

「それに、去年。南群でジャンヌ様からのお話に、実は少し動揺しており。自分の中で整理はつけたつもりでしたが、やはりどうにもいかず……」

 そうだったのか。
 ジルも意外といっぱいいっぱいみたいだった。

「ただ時間はあることは確かです。もう少し、ジャンヌ様のおっしゃられた言葉、そしてこの気持ちと相対して、私なりの気持ちをはっきりさせたいと思います。その時は、また改めて言わせていただきます」

「真面目か!」

「それに――未来は決まっていません」

「あ――」

 ジルの言葉に、急に嫌な予感がした。
 本来なら希望のある、奮い立つような言葉。
 だが、俺には違うように感じた。
 俺はもう元の世界に戻れないんじゃないかという予感。

「どうなされました、ジャンヌ様。私が何か変なことを……」

「い、いや……それは、うん。変だ。えっと、大丈夫。いや、だいじょばない。ああ、ジルは変なことを言った。好きとかなんとか……う、うう……」

「ジャンヌ様……」

 ヤバイ。もうどうにも思考が止まらない。
 あっちいったりこっちいったりそっちいったり。

 いや、考えろ。
 こういうわけも分からなくなった時にどうするか。

 そう、逃げる。
 戦略的撤退だ。
 いや、未来への前進だ。

「と、とりあえず! 法律だから! 色々やるから! 頑張るから! だから……その……また今度!」

「あぁ、ジャンヌ様!」

 ジルの制止を振り切って、俺はその場から逃げ去った。
 なんで俺が自分の執務室から逃げなくちゃいけないんだ、とは5分後に思ったこと。

 中庭の井戸水で顔を洗って、へたりこんだまま止まない動悸に苦しめられる。
 いまだに消えない胸のドキドキは、本当に乙女になってしまったのかと思うほどに純にて情。
 元の世界に戻っても、今までと同じ俺でいられるのか。そんな不安もかすかによぎるほど。

 はぁ……急いては事をし損ずるというのがよくわかった。

 とりあえず次にジルと会った時に、自然体でいられるよう気持ちを整理しよう。

 …………はぁ。



 余談。
 その翌日、王宮でジルとあろうことかサカキが一緒にいるところに出くわした。

「おはようございます、ジャンヌ様。おや、大丈夫ですか? 目の下にくまなどができておりますが」

「お、おう……」

 あまりに自然なジルの挨拶に、俺は少なからず動揺していた。
 なんで普通なの? あれだけのこと言っておいて。
 俺なんて、ほぼ眠れなかったのに。

「ん? なんかジャンヌ変じゃねーか? その挙動がよ。ジーン知ってる?」

「ああ、昨日告白した」

 当然のように言い放ったジルの答え。
 一瞬、ジルが何を言っているかわからなかったのはサカキだけじゃなく、俺もだった。

「は?」

「ジャンヌ様に私の想いを告げた」

「はぁぁぁぁ!?」

「いや、ちょっとジル……」

 お前、どこまでマイペースなの?
 そんなことを他人に――しかもよりによってサカキに告げるなんて。

「ちょ、ジャンヌの反応。マジか!?」

「ふっ、これからは正真正銘のライバルだな、サカキ」

「て、てめぇ……」

「遊びに来ました先輩! そして恋バナの匂いです!」

 闘争心をあらわにする男2人に、どこかから沸いた竜胆の出現を奇貨に、俺は早速知力99の見せどころを得た。

「じゃ、じゃあ! 俺、急ぐから!」

「あ、ジャンヌ様!」「ちょ、ジャンヌ!? なぁマジ!?」「あれ? 先輩顔真っ赤? まさか正義ジャスティス的修羅場!?」

 3人の戸惑いの声を背に、急速に距離を取る。
 そう、戦略的撤退だ!
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