知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第27話 ヨジョー地方防衛戦1日目・戦場のプロポーズ

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 結局、夜襲はなかった。
 いや、ないと分かったので、兵は最低限の見張りを除いて休ませた。

 それも『古の魔導書エンシェントマジックブック』のおかげで、敵をさぐったところ、

『ワキニス・エインフィード。35歳。もう超眠いので寝ます。続きは明日! 勝手に抜け駆けして俺様を起こしたらそいつの家を断絶させる! これ以上は情報が足りません』

 ……なんともコメントのしづらいところだった。

 てか日記?
 日記なのか?
 それも本だけれども!

 いや、確かに大軍をようしている以上、焦る必要はない。
 暗闇での渡河は無謀極まりないわけだし、予想外の出来事が起きることも考えればそれが最善。

 けどなんだろう、このしっくりしない感じ。

 本当にそうしっかり考えての結論なのか、あるいは何も考えていないのか。

 とはいえ『古の魔導書エンシェントマジックブック』で探った以上、これは彼の本心だろう。
 そしてその他の貴族の将軍も当然のごとく皇帝に従っているようだ。

 ただ1つの懸念として、例の長浜杏というプレイヤーがいるが、どうやらこの軍では冷遇されているらしく、部隊も後方――ゴードンへの警戒に回されているという。

 以上のことから夜襲はないと判断して、全軍に通達した。

 一部からは疑問――というか懸念と恐怖から質問が上がってきたが、そこは適当にごまかした。
 偵察からの情報、敵が陣を築いたこと、城の防備、見張りの徹底、ゴードンの夜襲などなどをあげつらって、納得してもらったのだ。

 というわけで、一時の平穏が訪れた。

 敵と味方。
 数時間前には殺し合った者同士が、川を隔てて無防備に眠っている。
 そう考えると、この状況。なんとも変な感じもしないでもない。

 そんなことを考えていると、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。

 そして夢を見た。
 暗闇の中、少女が泣いている。

 金髪の少女は、どこかで見たことがあるような、俺の中の記憶野を刺激したが誰かは判別しない。
 俺はその子に聞く。
 なんで泣いているの、と。

 少女は答える。

『ここ、どこ? おかあさん、おかあさん』

 少女の声を聴いて思い出した。
 あの子だ。
 夢の中でたまに出てくる、異国の少女。

 はじめは少女が殺された時。
 つぎは少女の誕生日の時。
 そして今日。

 いったい彼女は誰なのだろう。
 なぜ俺の夢にたまに出てくるのだろう。

 だから聞いてみる。
 コミュニケーションが取れる気がして、問いかける。
 君はだれ、と。

『わたし? わたしはアニサ』

 アニサ。
 やはり聞いたことがない。
 そんな外人の知り合いがいるわけでもない。

 少女が泣き顔のまま、ふと顔をあげる。
 えくぼのある可愛らしい少女。

 違う。この顔は――

 俺だ。
 そこには俺がいた。

 元の世界の俺じゃない。
 この世界での俺。
 女性としての俺が、そこにいた。

 驚愕が身を包む。
 ここ数年。鏡で見る俺とまったく瓜二つの顔。その少女。
 なぜ彼女が? いや、彼女は誰だ? なぜ俺と同じ顔がいる?

 問い詰めたかった。
 けど動かない。
 体が動かない、というよりない。あの女神の時と同じ。
 ただ画面が固定されてしまっているように、少女から目が離せない。

 相手も、目を離さない。
 そこにあるのは若干の恐怖と嫌悪、そして戸惑いの色。

『あなたはだぁれ? なんでここにいるの? なんでわたしのなかにいるの?』

 中にいる?
 意味が分からない。

 いったい彼女は誰なのか。
 いったい彼女は何なのか。

 まったく分からない。

 だって俺は俺だ。
 ジャンヌ・ダルクという名前を名乗っているが、本質は変わらない。

 写楽明彦だ。

『だれ? しらないひと』

 少女が美しい顔をさらに顔を険しくする。
 それでも俺は違うと言いつのる。
 だがそれは少女には逆効果でしかなかった。

『でてって!』

 少女に、拒絶された。

『こわいのはでていって!』

 違う。怖くない。
 俺は、俺は――

『でていって、ひとごろし!』

「違う!」

 とび起きた。
 心臓がバクバクいって呼吸が荒い。
 頭から水をかぶったように、汗がとめどなく流れている。

 夢、か。
 そりゃそうだ。
 夢だ。あの少女の夢。

 なんだったんだ。あれは。
 俺と同じ顔を持つ少女。

『ひとごろし!』

 耳に残る少女の言葉。
 あるいは俺の深層心理か何かが警鐘を鳴らしているのか。
 大一番を前にして、プレッシャーを感じているのかもしれない。

 周囲を見回す。

 真っ暗な部屋。
 見覚えがない。
 ここは……どこだ?

「ジャンヌさん? 大丈夫ですか?」

 サールの声と共に、ドアが開く。
 ろうそくの光が入ってきて、周囲を照らす。

 そこで周囲の様子が見て取れた。

 小さな部屋。
 そこに2人が寝ている。
 ニーアとクロエだ。

 そうだ、ここはヨジョー城の接収した民家の一室だ。
 そこで3人で寝て……隣室はサールとマールだったはず。

「ジャンヌさん?」

 サールの声に不安の色がにじむ。
 いつまでも返事のない俺を心配したようだ。

「いや、ごめん。なんでもない……」

「しかし、今のは」

「ちょっと、変な夢を見ただけだよ」

「…………そうですか」

「あぁ、だから……問題ない」

「水、飲まれますか?」

 サールの隣にもう1つの影、マールも起きていた。

「あぁ、ありがとう」

 コップに注がれた水が体に染みわたる。
 手近にあったタオルで顔を拭いた。

「ちょっと、外で汗を冷やしてくるよ」

 そう言って、外に出ようとするのを2人は反対した。
 この状況、味方の中とはいえど、どこに危険があるか分からない。
 暗殺の可能性もあるというのだ。

 せめてついていく、というが、無理に起こしてしまったわけだし、それは気が咎めた。
 けどそれには別の方向から異議が来た。

「ジャンヌ、サールの意見は聞いておきなさい」

 見ればニーアも起きていた。
 頭に両手をまわしながら、こちらを見る2つの真剣な瞳。

「起きてたのか」

「起こされたのよ。そりゃあんな大声出されたら起きるわ。ま、ここに鈍感が1名いるけど」

 そしてクロエを指さすニーア。

「隊長どのぉ……ケーキ……おいしいでしゅう……ぐふふふ……」

 いったいどんな夢を見ているのやら。
 頭を抱えたくなる。

 問答してもしょうがないので、結局、サールの護衛付きということで外に出た。

 漆黒に包まれた夜闇の中。
 ところどころにかがり火がたかれ、闇が支配する領域を追い払おうとしている。

 見上げれば満天の星空。
 ふと思えばここが戦場だということを忘れてしまう。

 人通りは少ない。
 住民たちは一時的に王都や近くの町、山に避難してもらっているからだ。

 それでもここに居残る、協力する、という申し出はあったがそれも排除した。
 万が一、敵のスパイがいて、門を開けられたり火を放たれたりと内部かく乱されると困るからだ。
 それ以上に、自分の住んでいる場所を戦場にされて快く思う人はいないだろうから、その視線が辛いというのもある。

 というわけで兵しかいない今のヨジョー城は、歩哨ほしょうがかわす合図の声と、かがり火が爆ぜる音以外は何もない。
 数万の人間がいるにもかかわらず人気ひとけがないように思えるのはどこか不思議な感じだった。

 俺はそんな中を歩き、北門の城壁へと登る。
 そこが一番見張りとしては厳重で、何度か誰何すいか(身元をあらためる質問)をされたが、俺だと分かると、誰もが背筋を伸ばして敬礼してくれた。

 北門に立ち、城外を見渡す。
 普段なら何もない川と平原が広がるはずが、今や30万の人間の居住区画を構成するかがり火が遠く1キロほど先に見える。それはまるで火の絨毯ができたようで、そこにいる人たちの敵意を感じるようだ。

 何より川のこちら側と彼岸に左右にずらっと並ぶかがり火が、今行われている戦いの壮大さを物語っているようだ。

「あ、これは!」

 見回りの兵の緊張した声が響く。
 何が、と思って振り向くと、先に声が来た。

「よぉ、ジャンヌ」

 サカキだ。
 デカい体を揺らして、階段を登ってくる。

 そのままサカキは無遠慮に俺の横に立った。
 背後にいたサールは、一礼して少し離れた位置――サカキとは反対側の場所で警戒を始める。彼女なりに気を使ったのだろう。

「眠れなかったのか?」

 俺と一緒に対岸に視線を向けながら、サカキがそう聞いてくる。

「いや、寝た。けどどうも目が覚めて」

「怖い夢でも見たか?」

「っ……」

 図星だった。
 それですぐに反論しようとしたが、

「かっか! ジャンヌも女の子してるみたいで何よりだ!」

 からから笑うサカキに、俺は小声で抗議した。

「言っただろ、俺は男だって」

「いいや、俺から見たら女の子だ」

「あのなぁ……」

「ま、いいのさ。俺は。ジャンヌが男でも女でも。それで想いは変わるわけでもないしな」

 そういうことを言われると、褒められているのか無関心に思われてるのかすごい微妙だ。

「…………」

 沈黙が下りる。
 見張りのあげる声が遠く聞こえる。

 明日はあの対岸にいる30万がこちらに殺到してくる。
 そう思うと、今のこの静けさが嘘なんじゃないかと思えてしまうのだ。

「なぁ、ジャンヌ」

 やがてサカキが口を開いた。

「なんだ?」

「…………この戦い、どこまでやる?」

 俺はその問いに、辺りを見回した。
 見回りの兵は近くにいない。サールも少し離れているから、今のボリュームでは聞こえなかっただろう。

 あるいはサカキはそれを見越して小声で言ったのかもしれないが。

「どこまでって、そりゃあ……」

 決まってる。

 決まってないことが決まってる。

 正直。まだ決めかねているのだった。

 それは俺の心の問題でもあり、同時に現状の兵力と経済力で本当に帝国を滅ぼすことができるのかという問題でもある。
 そうなれば和睦の道を探るのも間違いではない。

 ただ、その答えを出す前に、この侵略が行われたというわけで。

「とりあえずあの帝国軍を撃退する。すべてはそれからだろ」

「……そうだな、その通りだよな」

 サカキにしては珍しく歯切れが悪い。
 どうしたのか。

「あのよ、ジャンヌ」

 サカキが何やらしどろもどろになっている様子がおかしい。
 けどどことなく真に迫っているようなものを感じて、彼の意見がまとまるのを待った。

 何を言われるのか、重大な事案か、そう緊張しながら続きを待つ。

 やがてこちらにまっすぐと視線を向け、

「この戦いが終わったら……結婚してくれ」

 ずっこけた。
 城壁から落ちそうになった。

 ちょっと待て。今、なんて言われた?
 いや、大丈夫。
 さすがにこう何度かあれば慣れてきた。いや慣れるわけねぇ。

 なにこれ。つまりこれってあれか?
 プロポーズってやつか?

 今?
 この場で?

 もうちょっとロマンティックにしてくれ、みたいな女性側の意見はありつつ。

「冗談、だよな?」

「俺は冗談も嘘も言うが、ジャンヌに対する想いについて言ったことはないぞ」

 いたって真面目に返答するサカキ。

 困るんだけどなぁ、こういうの。
 てかこれってあれだよな?

「あのな、サカキ? それフラグ立ててるぞ」

フラッグ? いっつも俺の中にジャンヌのフラッグは立ってるぜ?」

 あぁ、そうか。通じないんだ。
 にしてもこのタイミングでそんな、縁起でもない。

「ふーん、んなこと考えるのか」

 フラグについて説明すると、どうでもいい顔をされた。

「はっ、そんなこと言って死ぬんだったら、俺はもう何回も死んでるぞ」

 あ、そりゃそうか。
 これまでもことあるごとに好きだなんだ言われたもんな。

「それに俺を殺せるのは、俺以外には――ジーンにニーアにハワードの爺さんに……いや、いない! 全然いないぞ!」

 中途半端な自慢だなぁ。
 まぁ撃たれた俺を背負って、傷を負いながらも何キロも逃亡した時のことを思い出せば、不死身かと思ったわけで。確かにちょっとやそっとじゃ死にそうにないな。

 とはいえフラグはフラグ。
 へし折っておこう。

「それは無事に帰ってからな。無事じゃなかったら嫌うぞ。怒るからな!」

 我ながらなんて知性のかけらもない言葉だろうと思う。
 けど、なんだか普通に言葉を返すのは違うと感じた。

「へへっ、ジャンヌのその言葉。千人力だぜ」

 不敵に笑うサカキ。
 この男を先頭にしたとき、負けるわけがない。
 その思いが強くなる。

 プロポーズに対する想いは一旦保留にしておく。
 ただ、その頼もしさが、明日も明後日もずっとずっと続くよう祈らずにはいられなかった。

 そして、夜が明ける。
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