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第5章 帝国決戦
第32話 ヨジョー地方防衛戦4日目・チハン平原の戦い
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戦闘が始まった。
おおよそ横に500人規模で広がり、それが約40段。
事前に調査したとおりだ。
敵は急遽できた柵に殺到し、そして鉄砲と弓でひるみ、再び突っ込んでくる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
ライオンの咆哮かと思った。
ここまで聞こえるほどの大音声。
サカキだ。
彼が柵から突出して鉄の棒を振り回している。何十キロもあるというあの棒を軽々と振り回しているのを見て、とんでもない奴だなと思う。
最初に5人ほどが吹き飛び、さらに続いて10人ほどが殴り倒された。
相手にしようにも、圧倒的なリーチの差で踏み込むこともできない。振り切った直後に逆側から切りかかろうとした兵がいたが、サカキはステップを踏んでさらに半回転。逆側から殴打をくらって地面に叩きつけられる羽目となった。
まさに死の暴風。
いつものジャンヌジャンヌ言っている奴と同一人物とは思えない。
だがその分、彼の周囲に敵がいなくなった。
彼が倒したのと、そんな暴風に自ら飛び込みたくないと彼を避けたせいだ。
そうなると、彼はポツンと孤立することになる。
大河に呑まれた浮島となっては、いくらサカキが頑張ったところで、人間であることは変わりない。
いつかは疲労して死ぬことになる。
「馬鹿、早く戻れ……!」
その言葉が聞こえたのかどうか。
サカキは取り残される前に、踵を返して帰り道にいる敵を掃討しながら柵の内側に戻る。
同時に、長槍が柵から出て槍衾を作る。
古代ではファランクスとも呼ばれていた、槍を突き出した密集隊形のことだ。
とはいえ盾も重装もない――柵でそこは補っているが――ので、やはりここは槍衾の方が正しいだろう。
通常、槍が長ければ長いほど、取り回しが難しいし、何より懐に入られた時への対応が困難だ。
だがそれを覆したのが織田信長だ。
彼は「槍は短いと都合が悪い」といって、当時3~4メートルが主流だった槍を5メートル以上に改造し、密集隊形を作らせた。
個人技であった槍での戦闘を、集団戦に特化させたのだ。
こうするとどうなるか。
相手の槍が届く前に攻撃できるし、敵の騎馬隊が突っ込んでくるのを通常より遠くで威嚇できる。
信長の生まれた尾張(愛知県)は肥沃で海上通運にも恵まれ豊かだった分、兵士は弱かった。
雪にもまれ精強な上杉謙信の越後軍や、農耕面積が狭く他国から略奪するしか生きるすべがなかった甲斐の武田信玄らの甲州軍らとは雲泥の差だった。
そこで信長が目をつけたのが武器。
兵は弱くても武器を強くすればよいという発想に至った結果が、長槍での槍衾と、鉄砲というわけだが。
閑話休題。
というわけで現在、長槍の槍衾を使えば当然敵の射程外から攻撃ができることになる。
しかも20万もの大軍だから命令系統がすぐに伝達し得ない。
急に現れたハリネズミのような防御柵。
先頭の兵は危険を感じて止まろうとするが、後から味方がどんどんと前へ前へと進むものだから押し出されてしまう。
小規模の軍なら、すぐに全体が止まれるが、ここまでの人数だと意思疎通が難しく簡単に止まれない。その結果、望まないままに自ら槍に当たりにいってしまうことになり、凄惨な光景が最前線では繰り広げられることになる。
もちろんそれを乗り越えて前に出てくる兵もいるだろうから、それに対しては――2本目が貫く。
長槍を一本でなく何本も持たせていたわけだ。
本来、長槍による槍衾は敵を刺し殺すことを目的としない。
敵をけん制して、隊列を崩したり不利な地形に追い込むためのもの。
なぜなら槍で刺してしまえば、筋肉の収縮により刃を噛んでそうそう簡単に抜けなくなるからだ。
長くなった分、力の伝達は拡散される。
だからそこはもう割り切った。
使い捨てにするのだ。
槍が刺さったらそれを捨て、次の槍を突き出す。
それで第一波を乗り越えた敵をさらに迎撃できるわけで、ここでも長さがものをいう。
本来ならそんな使い方はできない。
次の槍を持ち上げて突き出すまでに、敵は距離を詰めてしまうからだ。
だが5メートルもの長さを持つ槍なら、その距離を詰めるまでの時間が少し伸びる。
そのちょっとの間が第二波を可能にする。
現に2回目の槍衾が敵を貫き、敵がひるんだおかげで3回目まで槍が突き出されたところもあった。
そんな強力な戦法をなぜここまで使わなかったのか。
答えは簡単。槍衾を完全に活かせるのはここでしかなかったからだ。
槍を持って密集する、というこの槍衾。
これは裏を返せば、全員一団とならないと威力を発揮しないということ。
しかも長槍なんて持ち運びに不便するものを持つことから、つまり機動力に欠けるのだ。
だから平地で使っても、敵は横から回り込むだけで簡単にこちらの弱点を突ける。
さらに密集しているということは、鉄砲や大砲に弱いということ。命中精度の低いこの時代の鉄砲でも、密集していれば狙わずに放っても誰かには当たる。
だからこの柵と断層と森に囲まれた限定的な空間で使うことで、効果的な戦法となったわけで。
とはいえこの優勢も最初だけ。
圧倒的な物量で押されれば、いずれは近距離の白兵戦へと移る。
敵が柵に取りつき、激しい白兵戦と化したのを見届けると、俺は馬をひるがえらせてみんなの元へと走る。
ここはジルの本陣から北東へ1キロほど行ったところ。
敵の大軍がいる東にある地割れ、それを乗り越えた先に潜んでいたのだ。
アークら3千の兵と、クロエたち500が集まっているところに戻る。
「戦況は白兵戦に移った。そろそろやるぞ」
アークをはじめ、誰もが無言でうなずく。
その顔には緊張の色が激しい。
これからの自分たちの行動が、この戦いの趨勢を決定づけるのだから当然か。
「緊張しなくても大丈夫だ。見れば分けるけど、あれならどこ撃っても当たるぞ。ま、逆に外せばそれはそれですごいけどな!」
こんなに緊張していて、へまをされても困る。
緊張を和らげるために、なんとか軽いジョークをひねり出した。
だがそれは不評のようで、
「隊長殿、シャレにならないです……」
「逆にプレッシャー与えてどうするんですか」
あれ……駄目なのか?
何がいけなかったんだろう……うぅん、難しいな。
「ま、しょうがないよねー。そんな隊長のために頑張ってあげようよ」
なんだかんだで一番プレッシャーを感じてなさそうなルックがのんびりと言う。
それ、俺へのフォローになってなくないか?
だがそれが逆に彼らの緊張を解いたらしい。
小さく笑いをあげるのもいた。
「じゃあやりますか! すべった隊長のために!」
「ちょっと、隊長をあまり悪いように言わないでよ。まぁ、さっきのはちょっとどうかと思うけど」
「ジャンヌ様も、万能というわけじゃないのですね。安心しました」
「隊長殿! 大丈夫です、そういう残念なところも含めてクロエは愛してます!」
お前ら……なんらフォローになってないんだよ!
と抗議したかったけど、せっかく和らいだ雰囲気を再び硬直させるのは躊躇われた。
もういいや。なんでも。結果オーライだ。
というわけで俺たちは移動を始める。
今もまだ殺し合いが続いているだろう戦場、その東側へ。
側面から見ても20万の人間は圧倒的な数に見えた。
俺が弓を使っても当てられそうなほどの密集度。
それを、以前にウィットが見つけた場所から見下ろす。
少し高台になっていて、彼岸からは容易に近づけない場所だ。
そこに弓隊を並べる。
それほど距離はない。
だから近くの敵兵が何事かこちらを見て気づいた。
「油隊、つがえ……」
片目のアークが手を挙げる。
同時、彼の部下1千500が弓を構える。
矢には小さな陶器があり、そこに油が入っているのだ。
「射よ!」
号令と共に矢が放たれる。
それらは敵を殺傷するより、大きな目的がある。
「て、敵襲!」
敵兵に戸惑い。
最前線から程遠いここらは、戦場にいるものの緊張感に薄かった。戦うことになるのはまだまだ先だと思っていたからだ。
そこをたたく。
とはいえ矢で倒せるのは普通に考えて1人。
3千の兵が1人を倒したとしても、20万の前には微々たるもの。
だからこそ、1人で10人や20人を倒せるような仕掛けが必要なのだ。
そしてそのための方法がこれだ。
「火矢隊! 射よ!」
先ほど放ったのとは別の1千500が、火矢を構え、撃った。
鉄砲用の火縄を各自に持たせ、それを火種として火矢の準備を行っていたのだ。
火矢が宙を飛び、敵に当たるのもあれば、地面に当たるのもある。
それが一気に燃え広がった。
先ほど射た陶器。
それが割れ、中から飛び出た油が兵や草地を濡らし、そこに火がつき燃えあがったのだ。
瞬間的な殺傷力は低いが、燃え盛る火は敵に恐怖心を与えて陣形を崩すのに十分の効果を与えた。
もちろん一か所だけじゃない。
敵からの反撃が来る前に、さらに油と火矢を打ち込み混乱を拡大していく。
途中で通常の矢も打ち込むから、身の隠す場所もない敵にとっては悪夢のような状況だろう。
その火を眺めているが、やはりずっと見ていると色々考えてしまって頭痛がした。
俺を殺した火。
それがまた誰かを殺す。
いや、大丈夫だ。もうあれは昔のこと。もう火も怖くない。そんなことしてたら、笑われるぞ。
そう丹田に力を入れて、目の前の光景をただ受け入れていると、
「では隊長殿、行ってまいります!」
クロエの騎馬隊も行動を開始した。
彼女らは鞍につけたいくつかの陶器を外して、そこに火をつける。
爆雷だ。
南群で使ったのと同じやり方、それを馬上で回転させて、割れ目の向こう側へと放るのだ。
弓隊はこの場所から動かしにくい。
油や火矢の用意を、動きながら射撃するのはなかなか難しいし、何よりここ以外の場所では地割れが狭かったり高低差がなくなるので、敵の反撃がかなり激しくなる危険性があるからだ。
だからクロエたち騎馬隊の機動力で補う。
敵の後方に向かって、地割れに沿って走り、ひたすらに爆雷を投げる。敵が発見して、反撃を整えるところに爆雷が放り込まれ爆発し、反撃しようとしてもすでに騎馬隊は通り過ぎているのだから、これはもう一方的になった。
同時に反対側から火の手が上がる。
森に潜んだ南群の兵たちが同じように油と火矢を射込んだのだ。
あちらはこっちほどの地の利はないが、森に散れるという利点がある。
相手が森に攻めてきたときには、奥に逃げ込んでやればいいのだ。それで敵が見失っているうちに、別のところで集まってまた攻撃してやればいい。
こんな形で左右からの挟撃を受けた状態だが、それでもまだ20万は圧倒的。
まだまだ壊乱するには足りない。
そのためにはまだ手が必要だった。
すなわち、
「柵を破ったぞぉぉぉ!」
左手、帝国軍の喚声。
サカキたちの無事を祈りつつ、それでもこれが必要な1手。
柵が破られてからの時間が長く感じる。
頼む。
来い。
いけ。
勝つ。
そして、左手。
空が赤く染まった。
天を焦がすほどの炎が巻き起こったのだ。
勝った。
そう思った。
そして最後の1手。
柵が破られ、火の手が上がり、そして最後に帝国軍に激震を与える一報。
それが、天に響いた。
「皇帝陛下、討ち死に!」
おおよそ横に500人規模で広がり、それが約40段。
事前に調査したとおりだ。
敵は急遽できた柵に殺到し、そして鉄砲と弓でひるみ、再び突っ込んでくる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
ライオンの咆哮かと思った。
ここまで聞こえるほどの大音声。
サカキだ。
彼が柵から突出して鉄の棒を振り回している。何十キロもあるというあの棒を軽々と振り回しているのを見て、とんでもない奴だなと思う。
最初に5人ほどが吹き飛び、さらに続いて10人ほどが殴り倒された。
相手にしようにも、圧倒的なリーチの差で踏み込むこともできない。振り切った直後に逆側から切りかかろうとした兵がいたが、サカキはステップを踏んでさらに半回転。逆側から殴打をくらって地面に叩きつけられる羽目となった。
まさに死の暴風。
いつものジャンヌジャンヌ言っている奴と同一人物とは思えない。
だがその分、彼の周囲に敵がいなくなった。
彼が倒したのと、そんな暴風に自ら飛び込みたくないと彼を避けたせいだ。
そうなると、彼はポツンと孤立することになる。
大河に呑まれた浮島となっては、いくらサカキが頑張ったところで、人間であることは変わりない。
いつかは疲労して死ぬことになる。
「馬鹿、早く戻れ……!」
その言葉が聞こえたのかどうか。
サカキは取り残される前に、踵を返して帰り道にいる敵を掃討しながら柵の内側に戻る。
同時に、長槍が柵から出て槍衾を作る。
古代ではファランクスとも呼ばれていた、槍を突き出した密集隊形のことだ。
とはいえ盾も重装もない――柵でそこは補っているが――ので、やはりここは槍衾の方が正しいだろう。
通常、槍が長ければ長いほど、取り回しが難しいし、何より懐に入られた時への対応が困難だ。
だがそれを覆したのが織田信長だ。
彼は「槍は短いと都合が悪い」といって、当時3~4メートルが主流だった槍を5メートル以上に改造し、密集隊形を作らせた。
個人技であった槍での戦闘を、集団戦に特化させたのだ。
こうするとどうなるか。
相手の槍が届く前に攻撃できるし、敵の騎馬隊が突っ込んでくるのを通常より遠くで威嚇できる。
信長の生まれた尾張(愛知県)は肥沃で海上通運にも恵まれ豊かだった分、兵士は弱かった。
雪にもまれ精強な上杉謙信の越後軍や、農耕面積が狭く他国から略奪するしか生きるすべがなかった甲斐の武田信玄らの甲州軍らとは雲泥の差だった。
そこで信長が目をつけたのが武器。
兵は弱くても武器を強くすればよいという発想に至った結果が、長槍での槍衾と、鉄砲というわけだが。
閑話休題。
というわけで現在、長槍の槍衾を使えば当然敵の射程外から攻撃ができることになる。
しかも20万もの大軍だから命令系統がすぐに伝達し得ない。
急に現れたハリネズミのような防御柵。
先頭の兵は危険を感じて止まろうとするが、後から味方がどんどんと前へ前へと進むものだから押し出されてしまう。
小規模の軍なら、すぐに全体が止まれるが、ここまでの人数だと意思疎通が難しく簡単に止まれない。その結果、望まないままに自ら槍に当たりにいってしまうことになり、凄惨な光景が最前線では繰り広げられることになる。
もちろんそれを乗り越えて前に出てくる兵もいるだろうから、それに対しては――2本目が貫く。
長槍を一本でなく何本も持たせていたわけだ。
本来、長槍による槍衾は敵を刺し殺すことを目的としない。
敵をけん制して、隊列を崩したり不利な地形に追い込むためのもの。
なぜなら槍で刺してしまえば、筋肉の収縮により刃を噛んでそうそう簡単に抜けなくなるからだ。
長くなった分、力の伝達は拡散される。
だからそこはもう割り切った。
使い捨てにするのだ。
槍が刺さったらそれを捨て、次の槍を突き出す。
それで第一波を乗り越えた敵をさらに迎撃できるわけで、ここでも長さがものをいう。
本来ならそんな使い方はできない。
次の槍を持ち上げて突き出すまでに、敵は距離を詰めてしまうからだ。
だが5メートルもの長さを持つ槍なら、その距離を詰めるまでの時間が少し伸びる。
そのちょっとの間が第二波を可能にする。
現に2回目の槍衾が敵を貫き、敵がひるんだおかげで3回目まで槍が突き出されたところもあった。
そんな強力な戦法をなぜここまで使わなかったのか。
答えは簡単。槍衾を完全に活かせるのはここでしかなかったからだ。
槍を持って密集する、というこの槍衾。
これは裏を返せば、全員一団とならないと威力を発揮しないということ。
しかも長槍なんて持ち運びに不便するものを持つことから、つまり機動力に欠けるのだ。
だから平地で使っても、敵は横から回り込むだけで簡単にこちらの弱点を突ける。
さらに密集しているということは、鉄砲や大砲に弱いということ。命中精度の低いこの時代の鉄砲でも、密集していれば狙わずに放っても誰かには当たる。
だからこの柵と断層と森に囲まれた限定的な空間で使うことで、効果的な戦法となったわけで。
とはいえこの優勢も最初だけ。
圧倒的な物量で押されれば、いずれは近距離の白兵戦へと移る。
敵が柵に取りつき、激しい白兵戦と化したのを見届けると、俺は馬をひるがえらせてみんなの元へと走る。
ここはジルの本陣から北東へ1キロほど行ったところ。
敵の大軍がいる東にある地割れ、それを乗り越えた先に潜んでいたのだ。
アークら3千の兵と、クロエたち500が集まっているところに戻る。
「戦況は白兵戦に移った。そろそろやるぞ」
アークをはじめ、誰もが無言でうなずく。
その顔には緊張の色が激しい。
これからの自分たちの行動が、この戦いの趨勢を決定づけるのだから当然か。
「緊張しなくても大丈夫だ。見れば分けるけど、あれならどこ撃っても当たるぞ。ま、逆に外せばそれはそれですごいけどな!」
こんなに緊張していて、へまをされても困る。
緊張を和らげるために、なんとか軽いジョークをひねり出した。
だがそれは不評のようで、
「隊長殿、シャレにならないです……」
「逆にプレッシャー与えてどうするんですか」
あれ……駄目なのか?
何がいけなかったんだろう……うぅん、難しいな。
「ま、しょうがないよねー。そんな隊長のために頑張ってあげようよ」
なんだかんだで一番プレッシャーを感じてなさそうなルックがのんびりと言う。
それ、俺へのフォローになってなくないか?
だがそれが逆に彼らの緊張を解いたらしい。
小さく笑いをあげるのもいた。
「じゃあやりますか! すべった隊長のために!」
「ちょっと、隊長をあまり悪いように言わないでよ。まぁ、さっきのはちょっとどうかと思うけど」
「ジャンヌ様も、万能というわけじゃないのですね。安心しました」
「隊長殿! 大丈夫です、そういう残念なところも含めてクロエは愛してます!」
お前ら……なんらフォローになってないんだよ!
と抗議したかったけど、せっかく和らいだ雰囲気を再び硬直させるのは躊躇われた。
もういいや。なんでも。結果オーライだ。
というわけで俺たちは移動を始める。
今もまだ殺し合いが続いているだろう戦場、その東側へ。
側面から見ても20万の人間は圧倒的な数に見えた。
俺が弓を使っても当てられそうなほどの密集度。
それを、以前にウィットが見つけた場所から見下ろす。
少し高台になっていて、彼岸からは容易に近づけない場所だ。
そこに弓隊を並べる。
それほど距離はない。
だから近くの敵兵が何事かこちらを見て気づいた。
「油隊、つがえ……」
片目のアークが手を挙げる。
同時、彼の部下1千500が弓を構える。
矢には小さな陶器があり、そこに油が入っているのだ。
「射よ!」
号令と共に矢が放たれる。
それらは敵を殺傷するより、大きな目的がある。
「て、敵襲!」
敵兵に戸惑い。
最前線から程遠いここらは、戦場にいるものの緊張感に薄かった。戦うことになるのはまだまだ先だと思っていたからだ。
そこをたたく。
とはいえ矢で倒せるのは普通に考えて1人。
3千の兵が1人を倒したとしても、20万の前には微々たるもの。
だからこそ、1人で10人や20人を倒せるような仕掛けが必要なのだ。
そしてそのための方法がこれだ。
「火矢隊! 射よ!」
先ほど放ったのとは別の1千500が、火矢を構え、撃った。
鉄砲用の火縄を各自に持たせ、それを火種として火矢の準備を行っていたのだ。
火矢が宙を飛び、敵に当たるのもあれば、地面に当たるのもある。
それが一気に燃え広がった。
先ほど射た陶器。
それが割れ、中から飛び出た油が兵や草地を濡らし、そこに火がつき燃えあがったのだ。
瞬間的な殺傷力は低いが、燃え盛る火は敵に恐怖心を与えて陣形を崩すのに十分の効果を与えた。
もちろん一か所だけじゃない。
敵からの反撃が来る前に、さらに油と火矢を打ち込み混乱を拡大していく。
途中で通常の矢も打ち込むから、身の隠す場所もない敵にとっては悪夢のような状況だろう。
その火を眺めているが、やはりずっと見ていると色々考えてしまって頭痛がした。
俺を殺した火。
それがまた誰かを殺す。
いや、大丈夫だ。もうあれは昔のこと。もう火も怖くない。そんなことしてたら、笑われるぞ。
そう丹田に力を入れて、目の前の光景をただ受け入れていると、
「では隊長殿、行ってまいります!」
クロエの騎馬隊も行動を開始した。
彼女らは鞍につけたいくつかの陶器を外して、そこに火をつける。
爆雷だ。
南群で使ったのと同じやり方、それを馬上で回転させて、割れ目の向こう側へと放るのだ。
弓隊はこの場所から動かしにくい。
油や火矢の用意を、動きながら射撃するのはなかなか難しいし、何よりここ以外の場所では地割れが狭かったり高低差がなくなるので、敵の反撃がかなり激しくなる危険性があるからだ。
だからクロエたち騎馬隊の機動力で補う。
敵の後方に向かって、地割れに沿って走り、ひたすらに爆雷を投げる。敵が発見して、反撃を整えるところに爆雷が放り込まれ爆発し、反撃しようとしてもすでに騎馬隊は通り過ぎているのだから、これはもう一方的になった。
同時に反対側から火の手が上がる。
森に潜んだ南群の兵たちが同じように油と火矢を射込んだのだ。
あちらはこっちほどの地の利はないが、森に散れるという利点がある。
相手が森に攻めてきたときには、奥に逃げ込んでやればいいのだ。それで敵が見失っているうちに、別のところで集まってまた攻撃してやればいい。
こんな形で左右からの挟撃を受けた状態だが、それでもまだ20万は圧倒的。
まだまだ壊乱するには足りない。
そのためにはまだ手が必要だった。
すなわち、
「柵を破ったぞぉぉぉ!」
左手、帝国軍の喚声。
サカキたちの無事を祈りつつ、それでもこれが必要な1手。
柵が破られてからの時間が長く感じる。
頼む。
来い。
いけ。
勝つ。
そして、左手。
空が赤く染まった。
天を焦がすほどの炎が巻き起こったのだ。
勝った。
そう思った。
そして最後の1手。
柵が破られ、火の手が上がり、そして最後に帝国軍に激震を与える一報。
それが、天に響いた。
「皇帝陛下、討ち死に!」
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そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
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10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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