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第5章 帝国決戦
第33話 ヨジョー地方防衛戦4日目・心を攻める
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左手に火の手が上がった。
天を突かんばかりに沸き上がった巨大な火炎。
それで、ああサカキがやったんだな、そう思った。
一応落とし穴に油をまいて、それで降伏に追い込むつもりだったが……。
さすがにむしが良すぎたか。
同じ手法でブリーダたちは降伏したのは、あくまでも同じオムカ王国の人間だからだ。
敵対国である帝国軍がそう簡単に降伏するわけでもないし、仮に降伏されても万近くの人間を捕虜としておいておくのも難しい。サカキたち、帝国に支配されていた時間が長い人たちからすれば、帝国に対する恨みも少なくないだろうし。
この結末は仕方のないことだったのかもしれない。
また俺の背負う十字架が増えたわけだけど、ここで止まるわけにはいかない。
勝ちを確実なものにするため、次の手が放たれる。
「皇帝陛下、討ち死に!」
その報告。
厳密には帝国兵が言っているわけではない。
俺からすれば聞き覚えのある声。
イッガーの声だ。
イッガーが帝国軍の中で騒いでいて、さらに彼の部下も別の場所で別の噂をばらまいている。
いわく、皇帝は捕まった、皇帝は逃げた、敵の増援が来た、などなど。
内容は違っても、そのあとに続く言葉は全て同じ。
「この戦いは負けだ、逃げろ!」
前方に見える巨大な炎を見て、先鋒が壊滅したことや、左右から間断なく火矢と爆雷が投下されているのも手伝い、帝国兵としても多くが劣勢を感じているだろう。
歩兵のほとんどが、忠誠心の低い奴隷や農民ということも大きい。
だからとどめというか、ダメだしというか、あとは俺の仕事。
いや、しかし20万か。
これまでの中で最大じゃないか?
ここまでの人数ともなると、逆に現実味がなくて気にするのも馬鹿らしくなる。
だから、大きく息を吸い、
「我が名はジャンヌ・ダルク! オムカのジャンヌ・ダルクが帝国兵に告ぐ!」
混乱した大軍の耳目が一斉にこちらに向く。
俺の前ではサールが盾を持って警護してくれている。
だが俺が危険になる前にすべて終わる。
終わらせる。
だから言う。
「すでに先鋒は壊滅し、勝敗は決した! お前たちを抑圧していた領主も死んだ!それなのに、これ以上何に義理立てするつもりだ!」
告げるのは敵全体ではない。
だが敵の大部分を構成する相手。
20万の7割以上を構成する歩兵。
そのほとんどが奴隷か農民。
彼らの来歴を見る限り、領主である貴族様たちに忠誠を誓っているわけでもない。
自分のため、家族のため、わざわざこんな遠くのところまで連れてこられただけだ。
その領主が死んだのなら、どこまでもそれに付き合う必要はない。
そう教えてやったわけだ。
お前らは今から自由だ、と。
もちろん、いきなり自由だと言われてもどうすればいいか分からないだろう。
だから示してやる。
「今すぐ逃げろ! こんなばからしい戦いで死ぬことはない! 逃げて、家族を安心させてやれ! だから逃げろ! 我々は追撃は行わない! 歯向かう者以外は殺さない!」
とりあえず逃げろと。
自分たちの身の振り方とか、将来のこととか、そんなことは今は考えず、帰って家族の元に戻って、それから考えろと。
俺が1つの方向を示唆してやるのだ。
それでもまだ、と考える者はいるだろう。
だがその意志もへし折る。
「そしてすでに皇帝も我らが手中にある! ここで死ぬのは死に損だぞ!」
まぁ厳密にはまだ皇帝の身柄は押さえていないけど。
それでもこの状況で逃すことはない。
将来的には必ずそうなるから、嘘は言っていない。
「嘘をつくな! 皇帝陛下はまだ健在だ!」
「ならばなぜ皇帝の声がしない!? 皇帝陛下が健在なら、今頃、指揮を執っているはずだろう! それがないのは、すでに我らの虜となっていることになんで気づかない!」
答えは分かってる。
泥酔してるからだ。
『古の魔導書』で知った。
戦闘の最中に、総大将が深酒とは……。
本当になんというか。
よって当然、反論はない。
まず種をまいた。
あとはそれを育てればいい。
そして育てるには、敵である俺の言葉よりも、仲間である身内の方が育てやすいことは言うまでもない。
「に、逃げろ! 俺は死にたくない!」「後ろが空いてるぞ!」「ヨジョー城、いや、帝国領まで逃げるんだ!」「シータの援軍が来てる! ヨジョー城に籠ると逃げ場がなくなるぞ!」「そうだ、川を渡れ!」
シータの援軍が来るとは聞いたけど、それがいつかは知らない。
けどそんなこと、末端の人間は知らない。知る由もない。
ここで大軍の、そして帝国軍の弱点が出た。
奴隷や農民の戦意はそもそも乏しい。
勝ち戦ならまだしも、今は先鋒が壊滅して負け戦になるかもしれない状況で、踏みとどまって戦う者はいない。だからこそこうして少し背中を押せば簡単に崩れる。
人間の心理とは不思議なもので、100人の中の1割である10人が逃げても崩れないが、1万人の1割である1000人が逃げ出せば崩れる。
同じ1割であるにもかかわらず、母数の多い、それだけ大勢の人間が逃げるのだから、何かが起こったと勘違いするのだ。
そして働きアリの法則。
どれだけ優秀な集団でも、よく働くのは2割、たまにサボるが普通に働くのは6割、常にサボってるのが2割という理論だ。
つまり戦意旺盛な部隊――騎馬隊を率いる貴族の部隊が2割だとして、あとの8割はたまにサボるか常にサボってる集団。
よく働く2割を壊滅させてしまえば後は戦意に乏しい軍団。もちろん時間を置けば残りの8割のうち2割がまたよく働く部類になるのだが、そこまではさせない。
だから戦意の少ないサボってる2割を動かせば、1万で2000人、20万なら4万だ。
つまりそれだけの人数が逃げ出せば……。
「に、逃げろー!」
悲鳴をあげて後方の部隊が逃げ出す。
そうなれば止まらない。
雪崩を打ったように、敵が、20万の大軍が北へと走り出す。
「えーい! 戦え! 逃げるな!」
先ほど反論してきたらしき馬上の男が督戦するが、1人の人間に20万の勢いを止めることはできない。
どれだけ声をからしても無駄だと悟った馬上の男は、この場において最低の愚策を取った。
「戦え! このっ!」
血が舞った。
馬上の男が逃げる歩兵を斬ったのだ。
あぁ、やっちまった。
「うわっ! 斬った! 味方を斬ったぞ!」「くそ! こんな奴の下で戦うなんてまっぴらごめんだ! 俺はオムカに亡命する!」「そうだそうだ! オムカの女王様は農民に優しいと聞くぞ!」「税も安いし、何より公平だ!」「女王様に俺たちの領土を収めてもらうのだ!」「そうだ! 俺たちを力で縛る連中なんていらない!」「それ、やっちまえ!」
なんでそんな内部事情に詳しいんだ、と思ったけど、イッガーの声が交じってるのに気づく。
アドリブとか……あいつ、意外とノリノリだな。
「ぐっ、ええい、邪魔をするな、貴様ら! うぉ! く、この……ぐああああ!」
馬上の男たちを引きずりおろし、袋叩きにする。
そんな凄惨な光景が各所で見られた。
焚き付けたのが自分とはいえ、若干心が痛む。
それでもこれほどの人間を殺し尽くすよりははるかにマシだ。
そう言い訳して俺は気を取り直す。
逃げ出した人々の群れは、一直線に北へと向かっていく。
こうなってはもう止まらない。
そしてニーアたち別動隊も、首尾よく皇帝の身柄を抑えたようだ。
「ふぅぅぅぅぅぅ」
盛大にため息をつく。
勝った。
少なくとも今、オムカ王都が蹂躙される危険は去った。
何よりこれで帝国に対し一歩優位に立ったのは間違いない。
戦勝に沸く味方の声を聴きながら、俺は空に向かってもう1つ、大きく嘆息した。
天を突かんばかりに沸き上がった巨大な火炎。
それで、ああサカキがやったんだな、そう思った。
一応落とし穴に油をまいて、それで降伏に追い込むつもりだったが……。
さすがにむしが良すぎたか。
同じ手法でブリーダたちは降伏したのは、あくまでも同じオムカ王国の人間だからだ。
敵対国である帝国軍がそう簡単に降伏するわけでもないし、仮に降伏されても万近くの人間を捕虜としておいておくのも難しい。サカキたち、帝国に支配されていた時間が長い人たちからすれば、帝国に対する恨みも少なくないだろうし。
この結末は仕方のないことだったのかもしれない。
また俺の背負う十字架が増えたわけだけど、ここで止まるわけにはいかない。
勝ちを確実なものにするため、次の手が放たれる。
「皇帝陛下、討ち死に!」
その報告。
厳密には帝国兵が言っているわけではない。
俺からすれば聞き覚えのある声。
イッガーの声だ。
イッガーが帝国軍の中で騒いでいて、さらに彼の部下も別の場所で別の噂をばらまいている。
いわく、皇帝は捕まった、皇帝は逃げた、敵の増援が来た、などなど。
内容は違っても、そのあとに続く言葉は全て同じ。
「この戦いは負けだ、逃げろ!」
前方に見える巨大な炎を見て、先鋒が壊滅したことや、左右から間断なく火矢と爆雷が投下されているのも手伝い、帝国兵としても多くが劣勢を感じているだろう。
歩兵のほとんどが、忠誠心の低い奴隷や農民ということも大きい。
だからとどめというか、ダメだしというか、あとは俺の仕事。
いや、しかし20万か。
これまでの中で最大じゃないか?
ここまでの人数ともなると、逆に現実味がなくて気にするのも馬鹿らしくなる。
だから、大きく息を吸い、
「我が名はジャンヌ・ダルク! オムカのジャンヌ・ダルクが帝国兵に告ぐ!」
混乱した大軍の耳目が一斉にこちらに向く。
俺の前ではサールが盾を持って警護してくれている。
だが俺が危険になる前にすべて終わる。
終わらせる。
だから言う。
「すでに先鋒は壊滅し、勝敗は決した! お前たちを抑圧していた領主も死んだ!それなのに、これ以上何に義理立てするつもりだ!」
告げるのは敵全体ではない。
だが敵の大部分を構成する相手。
20万の7割以上を構成する歩兵。
そのほとんどが奴隷か農民。
彼らの来歴を見る限り、領主である貴族様たちに忠誠を誓っているわけでもない。
自分のため、家族のため、わざわざこんな遠くのところまで連れてこられただけだ。
その領主が死んだのなら、どこまでもそれに付き合う必要はない。
そう教えてやったわけだ。
お前らは今から自由だ、と。
もちろん、いきなり自由だと言われてもどうすればいいか分からないだろう。
だから示してやる。
「今すぐ逃げろ! こんなばからしい戦いで死ぬことはない! 逃げて、家族を安心させてやれ! だから逃げろ! 我々は追撃は行わない! 歯向かう者以外は殺さない!」
とりあえず逃げろと。
自分たちの身の振り方とか、将来のこととか、そんなことは今は考えず、帰って家族の元に戻って、それから考えろと。
俺が1つの方向を示唆してやるのだ。
それでもまだ、と考える者はいるだろう。
だがその意志もへし折る。
「そしてすでに皇帝も我らが手中にある! ここで死ぬのは死に損だぞ!」
まぁ厳密にはまだ皇帝の身柄は押さえていないけど。
それでもこの状況で逃すことはない。
将来的には必ずそうなるから、嘘は言っていない。
「嘘をつくな! 皇帝陛下はまだ健在だ!」
「ならばなぜ皇帝の声がしない!? 皇帝陛下が健在なら、今頃、指揮を執っているはずだろう! それがないのは、すでに我らの虜となっていることになんで気づかない!」
答えは分かってる。
泥酔してるからだ。
『古の魔導書』で知った。
戦闘の最中に、総大将が深酒とは……。
本当になんというか。
よって当然、反論はない。
まず種をまいた。
あとはそれを育てればいい。
そして育てるには、敵である俺の言葉よりも、仲間である身内の方が育てやすいことは言うまでもない。
「に、逃げろ! 俺は死にたくない!」「後ろが空いてるぞ!」「ヨジョー城、いや、帝国領まで逃げるんだ!」「シータの援軍が来てる! ヨジョー城に籠ると逃げ場がなくなるぞ!」「そうだ、川を渡れ!」
シータの援軍が来るとは聞いたけど、それがいつかは知らない。
けどそんなこと、末端の人間は知らない。知る由もない。
ここで大軍の、そして帝国軍の弱点が出た。
奴隷や農民の戦意はそもそも乏しい。
勝ち戦ならまだしも、今は先鋒が壊滅して負け戦になるかもしれない状況で、踏みとどまって戦う者はいない。だからこそこうして少し背中を押せば簡単に崩れる。
人間の心理とは不思議なもので、100人の中の1割である10人が逃げても崩れないが、1万人の1割である1000人が逃げ出せば崩れる。
同じ1割であるにもかかわらず、母数の多い、それだけ大勢の人間が逃げるのだから、何かが起こったと勘違いするのだ。
そして働きアリの法則。
どれだけ優秀な集団でも、よく働くのは2割、たまにサボるが普通に働くのは6割、常にサボってるのが2割という理論だ。
つまり戦意旺盛な部隊――騎馬隊を率いる貴族の部隊が2割だとして、あとの8割はたまにサボるか常にサボってる集団。
よく働く2割を壊滅させてしまえば後は戦意に乏しい軍団。もちろん時間を置けば残りの8割のうち2割がまたよく働く部類になるのだが、そこまではさせない。
だから戦意の少ないサボってる2割を動かせば、1万で2000人、20万なら4万だ。
つまりそれだけの人数が逃げ出せば……。
「に、逃げろー!」
悲鳴をあげて後方の部隊が逃げ出す。
そうなれば止まらない。
雪崩を打ったように、敵が、20万の大軍が北へと走り出す。
「えーい! 戦え! 逃げるな!」
先ほど反論してきたらしき馬上の男が督戦するが、1人の人間に20万の勢いを止めることはできない。
どれだけ声をからしても無駄だと悟った馬上の男は、この場において最低の愚策を取った。
「戦え! このっ!」
血が舞った。
馬上の男が逃げる歩兵を斬ったのだ。
あぁ、やっちまった。
「うわっ! 斬った! 味方を斬ったぞ!」「くそ! こんな奴の下で戦うなんてまっぴらごめんだ! 俺はオムカに亡命する!」「そうだそうだ! オムカの女王様は農民に優しいと聞くぞ!」「税も安いし、何より公平だ!」「女王様に俺たちの領土を収めてもらうのだ!」「そうだ! 俺たちを力で縛る連中なんていらない!」「それ、やっちまえ!」
なんでそんな内部事情に詳しいんだ、と思ったけど、イッガーの声が交じってるのに気づく。
アドリブとか……あいつ、意外とノリノリだな。
「ぐっ、ええい、邪魔をするな、貴様ら! うぉ! く、この……ぐああああ!」
馬上の男たちを引きずりおろし、袋叩きにする。
そんな凄惨な光景が各所で見られた。
焚き付けたのが自分とはいえ、若干心が痛む。
それでもこれほどの人間を殺し尽くすよりははるかにマシだ。
そう言い訳して俺は気を取り直す。
逃げ出した人々の群れは、一直線に北へと向かっていく。
こうなってはもう止まらない。
そしてニーアたち別動隊も、首尾よく皇帝の身柄を抑えたようだ。
「ふぅぅぅぅぅぅ」
盛大にため息をつく。
勝った。
少なくとも今、オムカ王都が蹂躙される危険は去った。
何よりこれで帝国に対し一歩優位に立ったのは間違いない。
戦勝に沸く味方の声を聴きながら、俺は空に向かってもう1つ、大きく嘆息した。
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