知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第35話 会談

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 帝国元帥と会ったのは去年の末。
 ビンゴ王国の首都近郊の教会みたいなところで話をした。

 堂島と名乗ったその女性は、どこか浮世離れしていて果断で容赦なく、謎の多い人物だった。

 そして今。
 長浜杏と名乗った元帥府の大将軍。要はその堂島元帥に次ぐ帝国軍のトップとも呼べる人物が、コンタクトを取ってきた。

 おそらく堂島元帥に劣らず、怜悧で偏屈で果断で、それでいて去年の戦いを見る感じ激しやすい印象を抱いていたが……。

「やぁやぁ、直接こうやって話すのは初めてかな、ジャンヌ・ダルク?」

 会談の場所。
 俺たちの軍がいる場所から1キロメートルほど離れた草原に、陣幕を張って机と椅子を並べただけの簡単な会議場にオムカと帝国の代表が集まった。

 こちらは俺とニーア。
 交渉はほぼ俺。ニーアは護衛だ。

 相手は3人。
 おそらく両脇の2人は護衛だろう。
 中央の少女が問題の人物。

 子供だった。
 いや、俺も人のこと言えないけど。

 その視線を感じたのか、長浜杏は口を尖らせてこう言い放った。

「む、その目。子どもじゃんとか思ってるでしょ? 残念でした、これでも僕様はにじゅう――じゃない、17歳! 僕様は永遠の17歳だからね! てか子供っていうならそっちもじゃんかー!」

 …………子供っぽい?
 いや、でも今『にじゅう』とか言ってなかったか?

 もしかして俺と同じ、実年齢と外見がマッチしないタイプ?
 あの女神に勝手に決められたか?

 それにしても、どっかで会った覚えがあるようなないような。けど帝国に知り合いなんて、里奈とあの尾田くらいしかいないはずだぞ。

「ねぇ、あれが本当に大将軍?」

 俺の隣に立つニーアが耳打ちしてくる。

 それは俺だって聞きたいよ。

「あぁ、君があのニーアだね。噂はかねがね聞いているよ。女王様の忠実な犬だって」

「悪かったわね。でもあんたの喉を噛みちぎるほどの牙は持ってるけど?」

「おっと、怖い怖い。ごめんね、噂の元がもとだからさ」

 てかそんな噂ってどこから入ってくるんだよ。
 しかも内容的にニーアに敵意を持っている人物。
 それでこの男の耳に入るのだから、近しい人物、例えばプレイヤーとか――あ。

「ノーネームとかいうやつ、か」

「はい正解ーはくしゅー」

 さほど熱心でなく拍手を送ってくれる長浜杏。

 だが同時、ただならぬ気配を横から感じた。
 ニーアだ。

 ニーアが特に何か言ったわけでも行動したわけでもない。
 ただそこに立ち尽くしている。無言で。

 だがそれが逆に怖い。
 沈黙が噴火の前兆に思えてならない。

 しまった。あの暗殺者はニーアにとってタブーだった。
 俺にとっても辛い思いだが、まだ耐えられる。

 とはいえなんとか抑えないと、この会談がご破算になる。
 けどどうしろと。
 何かきっかけがあれば、爆発してしまいそうなほど、ニーアは張り詰めている。

「ニーア、よせ」

「…………」

 反応がない。それが怖い。

「へぇ、もしかして怒ってる? それでどうするのかな? 殊勝にも武器も外して丸腰になった僕様たちを、白旗をあげて軍使としてわざわざやってきた僕様を、まさか斬るとか思ってないよね?」

「ちょっと黙っててくれ! ニーアを刺激するな!」

「あらあら、こりゃ失礼」

 どこかわざとらしいんだよな。
 つか、これを俺が処理しなくちゃいけないのかよ!

「ジャンヌ、あたしは別に怒ってないわ」

「そ、そうか」

「殺したいと思ってるだけよ」

 そっちの方が問題だっての!

 だがその言葉を言う前に、ニーアが行動を起こした。

 腰に手をやってからの神速の抜き打ち。
 何が起こったのかを理解したのは、すべてが終わった後だった。

 ニーアが抜いて振り下ろした剣は、会議のために用意された机を両断し、さらには長浜杏を両断――していなかった。

 長浜杏は一歩横にずれた状態で、ニーアの斬撃を回避。
 さらにその状態で自分の右手を、手刀にして首筋に当てている。

「…………」

 ニーアもようやく事態が飲み込めたのか、ごくり、と唾を飲み込んだ。

「惜しかったね、ニーアちゃん? けど僕様の前では一撃必殺の剣撃なんて無意味。だって、僕様には相手の“起こり”が見えるんだから」

 起こり。
 剣術におけるそれは、剣を引く、振り上げる、突く、そいったものすべての初動だ。どんなに熟達した剣術家であろうとも、それをまったくなしに行動することはできない。
 もちろん達人の“起こり”は最小限で、常人からすればないに等しいわけだが。

 だがもし、その微小の“起こり”を感知することができたら。
 相手の行動より先に攻撃することができたら。

 それはもはや、無敗の剣術家といっても過言ではないだろう。

 そしてそれを体現したのが、あの宮本武蔵みやもとむさしと言われる。
 これが『せんせん』。
 相手に攻撃を出させてそれを受けたうえで返り討ちにする『せん(いわばカウンター)』の逆となる、兵法の極意だ。

 もちろん長浜杏自体は、そんな修行も積んでいないだろう。

 だからこれはスキルだ。

 スキルでニーアの“起こり”を察知し、斬撃より先に回避したんだ。

「それで、どうするかな、ジャンヌ・ダルク?」

 長浜杏が微笑みながら聞いてくる。
 この状況でこの笑み。
 なるほど、あの堂島の部下なわけだ。

「ニーア、剣を引いてくれ。それとそっちも。下手な挑発はやめて欲しい」

「やれやれ、これでも精一杯だったんだけどね」

「…………」

「ニーア、頼む」

「…………わかったわ」

 ニーアが剣を引き、鞘に収める。
 すると、相手も満足したかのようにニーアから離れてどかりと椅子に座った。

「それで? わざわざ自分のスキルと強さを示して何が目的だ?」

「あは、さすが。そこまでちゃんと読んでくれたね」

 長浜杏は破顔しながら、移動すると元の椅子に座る。

「考えてる通りだよ。僕様の手札は公開した。後はそっちがどう受け取るか、だよ」

 彼女はわざわざ自分のスキルを教えた。
 そして自分の強さを見せつけた。

 それは本来不要なことだ。
 なのにそれをわざわざ見せたということは、彼女自身、俺たちと争うことは望んでいないということか。

 だが不審に思う。
 なんのために、そうしたのか。

 帝国側からすれば、皇帝をさっさと返して欲しいはずだけど、帝国としての威信を考えると俺たちにそう下手に来るとは到底思えない。
 だから話がある程度はこじれるだろうと思ったが。

 どうも違うらしい。

「うーん、どうやら疑ってるみたいだね。でもね、帝国としても正直、色々厳しいんだ。毎年どっかと戦ってるし、財政もあまり芳しくない。どっかの皇帝様が浪費するしね。何より若い兵が減ってるのは良くないことだと思うんだよね」

 それはそうだ。
 若い兵がいなくなれば、補充を一般人から求める。そうなると、ほかのところから若い人間がいなくなる。
 社会に必要なエッセンシャルワーカーや、インフラが弱体化するのだ。

 そうなった社会は悲惨だ。
 さらに若い世代を仕事に刈りだすか、年寄りにそれをやらせるか。
 その立て直しのために時間がかかり、その間は治安も生活水準も下落の一方で、国家としては弱体化するしかないのだ。

「だからオムカと相互不可侵条約を結んで、そのあとにそっちの仲介でシータ王国とも条約を結びたい。ビンゴ王国は……ま、あとでいっかな。そうすれば、皆幸せ。平和な世の中が来るよね」

「……本気か?」

「本気も本気。だって皇帝陛下を握られちゃってるからね」

「それは帝国の上層部と話した結果か?」

「もちろん。僕様にそんな権限はないよ」

 嘘だ。
 権限がないことじゃなく、上層部と話をしたということ。

 戦いが終わってから、まだ日も変わっていないのだ。
 どうしてここから往復で1週間以上かかる帝都で上層部の会議が持たれるものか。

 だが――

 なぜそんな簡単にバレる嘘をつく?
 その嘘を暴いて交渉決裂としてしまうべきなのか?

 だがここで突っぱねてしまえば、交渉といったものが永久にできなくなってしまう。

 どうする?
 考えろ。

 だがこれはどちらかといえば政治寄りの話。
 戦術より戦略の話。
 俺よりマツナガの方が得意なもの。

 だがここにあいつはいないし、それを持ち帰る暇もない。

 いや、違う。
 これは戦術の話だ。
 戦術の話にするんだ。
 戦略の話を、戦術レベルまで落とし込む。

 つまり今、相手は形勢不利になって退却しようとしている。
 対する俺たちは優勢で、それを追撃できる立場と考えればどうだ。

 追撃すれば多数の敵を討ち取れるかもしれない。
 だが罠かもしれない。

 追撃しなければ罠を回避できるかもしれない。
 だが態勢を立て直すチャンスを与えるかもしれない。

 どっちだ。
 分からない。

 ……いや、本当は分かっている。

 ここは押すべきだ。
 こっちには皇帝という最強のジョーカーがある。だからかなりの妥協案を引き出し、こちらに有利な条件での和睦という形も道理だろう。

 だが1つ分からないのは、皇帝の価値。
 彼らが本当に皇帝を取り返したいと思っているのか、それとも時間をかせいでその間に手を打とうと考えているのか。

 たとえば皇帝の血縁から適当なのを見繕って、新皇帝を擁立するくらいのことはできる。
 今捕まっている旧皇帝は殺されたことにすれば、世論から反対はでないだろう。

 あるいは――あの煌夜がここで出てこないとも限らないわけで。

 そうなった場合、皇帝の価値はほとんどないのだから、こちらの要求など鼻で笑われるだけだろう。

 いや、それを含めての、探りか。
 ここはまず一石投じるところから始めるべきなのか。

 戦場なら、敵が本当に潰走しているのか罠を張っているのか、それを探るための一隊をぶつける。
 それと似ていることをする。

「まずはヨジョー城を返してもらう。それからウォンリバー対岸の砦まではオムカのものだ。つまり川岸から3キロまでのところを正式な国境とするなら、こちらも受ける準備はある」

「そりゃまた……」

「あと皇帝の保釈金で、3億コル用意してもらおう」

「そんな大金あると思う?」

「こっちは皇帝がいるんだ。その身柄に比べたら安いものだろう? というか、領土をよこせと言ってるわけじゃない。1か月前の状態に戻そうって言ってるだけだが?」

「もし断れば?」

「しょうがない。エイン帝国の神聖なる皇帝陛下には、地下牢のくさい飯を食べてもらうしかないな」

 ここが切所せっしょだ。
 これで皇帝なんかいらない、と言われて力づくで来られたら俺たちは終わりだ。

 もうあんな罠はないし、この長浜杏に率いられた20万に攻撃されたら、なすすべがない。
 シータの援軍があっても無駄だろう。

「ふぅー」

 やがて、長浜杏は空を見上げ、大きく息を吐く。
 そして――

「そっちの要求は了解したよ」

 一気に力が抜けた。
 いや、ここで安心を見抜かれるわけにはいかない。あくまで強気で。

「こっちとしてはどっちでもいいんだけどな」

「まぁまぁ、そんないきり立たないでよ。とはいえ、そこまでのことだと僕様の手には負えない。だから一度戻って協議の上、再度停戦交渉を行わせてもらおうかな」

 しらじらしい。
 元から相談なんかしてないだろうに。

「ああ、それも問題ない。こちらも一応、女王には話を通しておきたい」

「じゃあ手付金として、ヨジョー城は返そうかな」

「……いいのか?」

 急に気前が良くなった分、警戒してしまう。
 しかもこいつの独断なのは明確。

「ま、僕様が奪ったようなものだからね。その代わり皇帝陛下はそこで寝泊りすること。間違っても王都になんか護送しないでよね。この目付け役をつけるから」

 そう言って彼女は左に立つ若い男を指す。
 なるほど、それを含めての護衛か。

「それに、シータのお友達も来るんだろう? 彼らと挟み撃ちなんて勘弁してほしいからね」

 気づかれていたのか。
 やはりそつがない。この相手、油断できないな。

「分かった。ならありがたく返してもらおう。それで会議の場所だけど――」

「あの燃え残った砦はどうかな?」

 デンダ砦だ。
 確かにあそこは燃やす前に撤退したから無事だった。

「いいだろう。ただしお互い軍は離すこと。オムカはヨジョー城に、そっちは前に作った城にとどめておく。こっちは川に船を置かないよう、調べてもらって構わない」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「交渉は代表と副代表の2人と護衛に百人、それだけだ」

「オッケー。それでいこう。あとは日程だけど」

「1か月後の今日はどうだ? 時間は正午」

「分かった。伝えよう」

「それじゃあ」

「また1か月後」

 ひとまず話はまとまった。
 どこまでが相手の計算通りだったかは分からないが、今思い返しても、そこまで悪い状況にはなっていないはずだ。

 ……うん、多分。

 やっぱり戦術レベルに落とし込んだといっても、圧倒的な戦略の部分が多く、判断が付きかねるところが多かった。

 あぁ、疲れた。
 やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。

 ともかく、王都に帰ろう。
 その前にやることがいっぱいあるけど。
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