知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第38話 軍師の帰還

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 ヨジョー城はジル達に任せて、俺は一度王都に戻ることにした。

 といっても出発までに3日かかった。
 それまで各軍の調整と、敵の動向の偵察、元住民たちの迎え入れで離れることができなかったのだ。

 何より大変だったのが、死者の埋葬だ。
 数万の戦死者が原野に放置されたままだと、今はまだそこまで暑くないがそれでもすぐに酷いことになるだろうから、それは急務だった。

 その中、朗報もあった。

 マールの容体が峠を越して何とか持ちこたえてくれたということだ。
 ただ出血もあり当分安静ということで、復帰するには時間がかかるとのこと。サカキも含め離脱が痛いが、生きてくれて本当に何よりだった。

 そしてもう1つ。

「来たわよ。……けど無駄足だったかしら?」

 ウォンリバーを遡上してシータの援軍が来たのだ。
 それを率いる水鏡――あと確か雫だっけか――らが挨拶にヨジョー城へ入る。

「いや、正直助かる。この後の交渉次第で、ここはかなり鉄火場になるからいてくれると正直安心する」

「そ、そう。じゃあ別にいてもいいけど」

 なんだか水鏡が顔を赤らめたりしたけどなんだったのか。
 相変わらず雫は無感情にそっぽを向いている。

 というわけでシータ軍5万が合流し、総兵力が10万ちかくになったので、色々大わらわになった。
 ヨジョー城は帝国軍30万を一時的に受け入れるほどの大きさはあったが、住民がいない状態で詰め込んだ形になっただろうから、数日の滞在は不可能なレベルだろう。
 今も、もともとの住民10万人以上に加えて、そこに俺たち10万来たのだからもういっぱいいっぱいという感じ。
 それを放置しておけば、住民と軍人で軋轢あつれきが生まれ、最悪の場合、傷害沙汰になる可能性もある。

 それ以上に問題なのが食料だ。

 シータ軍は船いっぱいに兵を運んできた以上、食料はそんなにない。
 ちなみに船は管理に困るから、兵をおろして下流に2日ほど下ったところにある兵站基地に停船すると言っていた。

 そもそも援軍というていだから、こっちが世話するのが当然というものだろう。
 当面は備蓄に頼ることになるが、今後のことを考えるとミストとの話し合いも必要となってきて、そのためにも、王都からの援助が必要になる。
 というわけでごたごたしつつ問題も抱えながらも、ヨジョー城を出発したのだ。

 クロエの隊500にニーアを含めた一団で王都へ向かう。
 その表情に、いつもの陽気さはなく、黙々と馬を走らせる。

 思えば減ったものだ。
 一昨年、南群視察の際に同行した隊長格の人数は9人。
 リュース、ヨハン、グライス、ロウ、ザインが死に、マールは重傷。残りは3人だ。

 さすがに3人の部隊長では今後の部隊の運用に不都合が生じると思い、補充が必要かと一度だけ聞いてみた。
 けど返ってきた答えは、

「お気遣いなく。残った我々でも運用はできます。いえ、やってみせます」

「もうだいぶ慣れたしねー。もう、やるしかないというか」

 男2人の頼もしい言葉だった。

 同時に、少し危うさも感じる。
 意気込みすぎると、それはそれで無茶をされかねないと思ったからだ。

「隊長殿に任命されたのを不幸だと思った人は1人もいませんよ。彼らは隊長殿が好きで、そうしたわけですから」

 クロエにはそう言われた。
 同情かと思ったが、それはクロエに失礼な感想だと思いなおす。

 だから俺は彼女らの気持ちを汲んでそれ以上は追及しなかった。
 というわけでクロエ隊の編成は変わらずに、王都へと向かったのだ。

 王都では戦勝に沸いていた。
 開け放たれた城門からは、笛の音や太鼓の音が鳴り響き、肉を焼いた良い匂いが漂ってくる。

 そして俺たちが場内に入ると、騒ぎが顕著になった。

「ありがとうございます、ジャンヌ様ー!」「帝国の魔手から我らを守った英雄だ……!」「オムカ王国万歳! 女王様万歳!」「ありがたやー、ありがたやー」

 歓呼の声で迎えられつつも、内心は複雑だ。

 この人たちを守れたという素直に喜びたい自分と、彼ら彼女らの親子供を死なせたという引け目を感じる自分がいる。

 それが表情に現れていたのか、

「つまらなそうな顔してるわね」

 ニーアが馬を寄せてきて言った。
 こいつは表情1つで俺の心を読む技術でもあるのだろうか。

「まぁ、な」

「あんたのことだから、色々考えてるんだろうけど、あまり変な風に考えない方がいいわよ。こういうのは物事の表面だけ受け取っておけばいいのよ」

「生憎、うがった見方をして生きてるもんでね」

「へそ曲がりってこと?」

「軍師ってことだよ」

「ああ、そういう」

 どこまで理解したのか分からないけど、ニーアは笑って頷いた。
 俺は、笑わなかった。

「ま、それでも味方は、守るべき人たちは疑わないでおきなさい。そうしないと、持たないわよ?」

「それは軍人としてのアドバイス?」

「いいえ、先輩としてよ。人生の、ね」

「……努力するよ」

「じゃあまずは手を振って応えてあげなさい。あんたは、その義務があるわ」

 そういうのもある、か。
 宣伝工作というか、情報操作というか。

 いや、正直恥ずかしいんだけどね。
 道行く人たちのキラキラした視線を向けられて、パレードのごとく練り歩く。なんの公開処刑だよ、とも思う。

 というわけで心を無にして、多分笑顔を浮かべて群衆に手を振っていると、

「ジャンヌお姉ちゃん!」

 懐かしい声がした。

 道を埋めつくす人垣をかき分けて、リンが最前列に躍り出て、そのまま駆け寄ってくる。
 俺は彼女を馬上から抱え上げようとして――

「うぉ、落ち、落ちる……」

 リンの体すらも持ち上げられないらしい。
 もうこの貧弱さ、嫌になる。

「ったく、あんた力ないんだから」

「うぅ、申し訳ない」

 というわけでニーアに助けられて、俺の馬の前にリンが乗った。

「リン、元気だったか?」

「うん!」

 振り返ったリンの笑顔はこれまでにないくらい輝いている。
 肌のツヤもいいし、少し肉付きも良くなったから嘘ではないだろう。

「あのね、リンね。おはなのなまえ、いっぱいおぼえたよ!」

「そうか、偉いなー」

「こないだね、おばさんにほめられたの!」

「そうか、良かったな!」

「うん!」

 満面の笑みを浮かべるリンに対し、ニーアが舌なめずりするように、

「本当にリンちゃんっていい子よねー。食べちゃいたいくらい」

「お前の毒牙からリンを守るための策、10個くらい考えたんだけど、聞くか?」

「遠慮しとくわー」

 こいつにかかわると、リンが変な道を進みそうで怖いぞ。

「これ、ジャンヌお姉ちゃんのためのおまつり?」

「えっと……」

 答えにくいな。
 けど、そうだな。これを一言でいうなら……。

「これはね、平和になって皆が幸せになるためのお祭りだよ」

「へーわ……? しあわせって、ごはんがいっぱいたべれる?」

 そうか、彼女の幸せの基準ってそういうものか。
 これまで食うや食わずの生活をしていたのだから、今のこの状況がいつまでも続くことが幸せ。

「そうだな。そうなると、いいな」

「うん! みんなしあわせ!」

 そう言ってほほ笑むリンを見て思う。

 この世界がリンの考えるように、純真だったらいいのに。
 打算、保身、確執、妄執、独裁、憎悪、殺意といった醜いものがはびこる世の中で、誰もがリンのように考えられたら、争いも悲しみもなく、平和な世の中になるんじゃないか。

 いや、分かってる。
 そんなことはあり得ないと。

 誰かが幸せになるということは、誰かがその分の損をするということ。
 この世の中で、全員が満足する食料を供給できることはできない。必ずどこかで不足が起こり、そこでは必ず不平等が現れる。
 大体満足の度合いなんて人それぞれなのだから、例にすらならない不毛な定義ですらあるのだが。

 自分の幸せは他者の不幸せ。

 みんな、損をしたくないんだ。
 だから他人の幸せのために自分が不幸せになることは許せない。

 俺だって、そういった一面がある。

 けどそれはある意味、最も人間らしいとも思える。
 でなければ、これまでの人間の歴史は何の変哲もない、ただの人生の積み重ねにしかならないだろう。

 だからありえないんだ。

 リンの言うような世界。
 不幸も苦しみも悲しみもない世界。
 それはつまり、発展も進化もない世界。

 そんな世界を俺は昔、ディストピアだと考えたことがある。

 ある人が言った。
 進化の対義語は退化ではなく停滞だと。

 だからそんな世界は何ら変化のないつまらないディストピアだと、俺は結論付けていた。
 人の歴史は不幸と戦う歴史と言ってもいい。不幸をなくすために、人は傷つき、悩み、努力し、進化し続けてきたんだ。

 けど、この世界に来て。
 人が争い、傷つき、苦しみ、死んでいく様を見て。
 リンの望む世界が本当に良いものだと考えてしまうのだ。

 たとえそれが夢想でも、ありえない夢物語だとしても、非現実的なそれこそディストピアになるものだとしても。
 やろうとしなければ。
 一歩を踏み出さなければ何も起こらない。
 何も、変わらない。

 そのための一歩が、この和睦。

 同時にそれは、元の世界に戻れなくなることを意味する。

 けど、いいんじゃないか。
 もう元の世界に戻る必要はない。
 無理に新たな悲しみを生む必要はない。

「どうしたの、お姉ちゃん? かなしそうなかおしてる」

「いや、なんでもないよ、リン」

 この世界で生きよう。

 それが、この世界で俺を助けてくれた、マリアやリンに報いる方法。
 そう思えたのだから。
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