知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第40話 御前会議再び

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 翌日、再び行われた御前会議では、意見が百出した。
 昨日よりはっきりと講和を図ろうとする和平派と、対決あるのみを主張する決戦派が対立したのだ。
 とはいえどれも決定打に欠ける意見ばかりで、議論をまとめるようなものではなかった。

 やがてマリアが咳払いをすると、辺りは水を打ったように静まり返る。
 誰もがマリアに注目し、その次の言葉を待つ。

「皆の意見は分かった。ジャンヌ・ダルクよ。お主の意見を聞きたい」

 廷臣の視線が俺に向く。
 その視線に耐えながらも、俺は小さく深呼吸して言葉をつないだ。

「ではまず、現状の分析から参りましょう。我がオムカ王国。大陸の中央に位置し、北にエイン帝国、東にシータ王国、西にビンゴ王国、南に5つの国家に囲まれた小国です。そして今、北のエイン帝国と敵対しつつ、東のシータ王国と西のビンゴ王国とは攻守同盟を結んでおります。さらに南群の5カ国は我らにほぼ従属しているといっても良いでしょう」

 何をいまさら、という感じの視線を感じる。
 だが物事には順序がある。
 結論を先に言うのがビジネス上では効果的な弁論だが、ここはそうではない。
 ここは全員の意識を統一するための場所だ。
 しっかり理論を順序だてて説明することで、認識の相違をなくす必要がある。

 だから誰もが知っているだろうことを、順序だてて述べていく。

「さて、まさに構図としては北のエイン帝国に対し、南にある8カ国が対峙している形となっておりますが、ここで注目してほしいのが、現状で国力が釣り合っている状態ということです。そう、帝国1国に対し、我々は8つの国が集まって、ようやく対抗できるということ。ここで帝国の国力を100としてみましょう。我らオムカは独立以来、ヨジョー地方とビンゴ王国の一部を得てその版図を広げてきましたが、残念ながら国力で言えば20かそこらでしょう」

 一番うちらの陣営で国力が高いのはシータ王国だろう。
 帝国にはない水軍という強みを完全に発揮して50ほど。

 西のビンゴ王国は……一度滅んだころもあり、残念ながら今は戦力になるかどうか。
 今では俺たちより低く、10くらいが関の山だろう。

 そして南群の5カ国。
 ワーンス王国は協力的とはいえ、一昨年の内乱のせいで著しく国力が落ちており、全部合わせて20……いや、多くて15くらいだろう。

「お分かりですか。我ら8カ国が協力してようやく帝国1国と釣り合うレベルの国力比なのです。さらに悪いことに、我々の戦力は分散していると言ってよい。ビンゴ王国はもはや動けない。南群の諸国も直接は帝国の脅威にさらされていないため、いまいち士気が上がらない。唯一頼りになるシータ王国も、水戦は得意とはいえ、野戦や攻城戦は苦手だということは、帝国領に攻め入っては追い散らされるのを見れば一目瞭然」

 それに対し、帝国はもはや死に体のビンゴ王国は無視して、俺たちオムカに全力を注げばよいのだ。
 100とは言わないまでも半分の力でも、俺たちと南群を合わせた数より断然多い。
 シータの援軍が来たとしても、戦力になるのはヨジョー城への渡河戦くらいだろう。失礼だけど事実だ。

 正直、話にならない戦力差になっている。

「だがそれでもジャンヌ殿は勝ったではないか!」

 抗戦派の筆頭の男が鼻息荒く吐き捨てる。

「あれは帝国の一番弱いところと当たったのです。数だけ多くて戦術もへったくれもなかった。いくら大軍に兵法なしと言えども、何も考えずに来ればどうとでもできます」

 まぁ鉄砲や大砲といった近代戦闘においては兵の数よりも火力が重視される。
 相手は大軍とはいえ火力面で劣っていたから、先日の勝利は当然といえば当然なのだが、それを言っても栓のないことなので黙っておいた。

「なら次来ても追い返せるのではないか?」

「追い返すだけでは勝つ事はできませんよ。いずれは数の暴力ですりつぶされるのがオチです」

「ぐっ、むぅ……」

「それに次来るとしたら、帝国最強のあの元帥が動くはず。そうなれば、兵が羊でも、狼が率いれば最強の部隊になります。ひと月支えられるかどうかでしょう」

「ジャンヌ殿。貴女は敗北主義者か? 戦う前から勝つ事を諦めてどうする!?」

「それくらいに圧倒的な差があるってことですよ、数でも、質でも!」

 この発言はかなりギリギリのものだったが、相手は気づかなかったようだ。

「となると、ジャンヌ殿。貴女はどうしたいのですか?」

 弱腰の廷臣――講和派だろう――が、探るように聞いてくる。
 それを見て、ようやく結論を言える準備が整ったと感じた。

 だから言う。

「私は講和が最上の選択と考えています」

 室内にざわめきが走る。
 抗戦派は俺の弱腰をなじり、講和派は水を得たように反論をまくしたてる。

「宰相、お主はどうじゃ?」

 再びマリアの発言により、ざわめきが小さくなっていく。

 宰相――マツナガは一礼して、一歩前に出る。

 彼とは昨日話し合ったばかりだ。
 彼もこれ以上の戦いは不利になるだけだとして、講和に賛成している。
 軍部の代表として来た俺と、政治の代表のマツナガが講和に賛成することで、マリアは講和の結論を出す。
 それが昨日決めた、今日の流れだった。

 ――のだが。

「私は徹底抗戦を行うべきだと考えております」

 その言葉で、謁見の間が再びヒートアップした。

 ちょっと待て!
 あいつ、何を言い出した!?

 ここは講和に一票入れて決定の流れだっただろうに!
 そのことを忘れた……なんてわけはないだろうから、確信犯だろう。

 かといってそれを言い立てることはできない。
 ただマツナガを射殺さんばかりににらみつけてやったが、当の本人はどこ吹く風のごとく平然としている。

 そして優雅に、だが力強く咳払いをすると、再び沈黙が下りる。

「まずは私の話を聞いて欲しいのですがね」

 よし、聞こう。
 そのうえでどうでもいい理由だったら、後でとっちめてやる。

「では、私が徹底抗戦を唱える理由を挙げましょう」

 そしてマツナガが挙げたのは、ある意味当然というか、だがそれゆえに否定しづらい内容だ。

 1つ、皇帝を捕虜としていること。
 1つ、皇帝救出をせずに新皇帝を擁立しようとする動きがあること。
 1つ、それにより帝国を皇帝派と新皇帝派で内乱を起こさせることが可能であること。
 1つ、仮に再び30万の軍が来たとして、その補給はいかに帝国といえどそう長くは持たないこと。
 1つ、ゆえに30万で来た場合は、今度こそ守りを固めていれば敵は干上がるということ。
 1つ、今度はシータ王国の水軍の協力も得られるので渡河ははなはだ難しくなること。
 1つ、元帥の軍が出てくるというが、兵数では互角で勝機があること。

 などなど。

 政略的な話から、戦術的な話まで。
 よくもまぁ、マツナガにしては幅広く持ってきた。

 もちろんそれに対して、俺としては反論せざるを得ない。

 皇帝を捕虜としても、すぐに新皇帝が擁立されるわけでもなく、内乱には時間がかかること。
 守りを固めるといっても、前の戦いを見る限り防ぐのは不可能に近いこと。
 むしろこっちの補給が間に合わず干からびる可能性があること。
 シータの援軍もいつまでもこっちにいられるわけでもなく、船で海上封鎖するにもそう長くはできないこと。

 それらを並べ立ててマツナガに対抗する。
 だが対するマツナガは屁理屈にも聞こえる抗弁を行い、それに俺が反論し、いつまでも続くだろう問答は、いつしか感情論も混ざり、ヒートアップしていく。

 そして、しまいには、

「なら、お前も戦場に出てみろ!」

 ほぼ八つ当たりのような言葉が俺から出た。
 だが、ある意味俺は真実だと思っている言葉。

 自分は安全なところにいて誰かに死ねと命ずる。
 それほど非人道的で、情けないことはない。
 だが、それがまかり通ってきたのが人間の歴史というもの。

 かつて俺はそれをしたことがあるが、本当に申し訳なさと悔しさで胸が張り裂けそうだった。

 だから俺はそれを相手に突き付けてやったのだ。
 文句があるなら最前線で聞いてやる。そのつもりで。

 だがその時。
 マツナガが笑った。いや、哂った。

 まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに、快心の笑みを浮かべたのだ。

「ええ、分かりました」

「なっ!」

 その答えにはこちらがうろたえてしまうほど。
 どうせ駄々をこねて返答しないと思ってたのに。どういうつもりだ。

「ただ、私だけが行くのは若干物足りない。というか不平等ですね……」

 などと、周囲の混乱もなんのその呑気に言いやがった。
 あごに指をあてて何事か考えるポーズをした後、パチンと指を鳴らす。
 その芝居がかった行動は、どこか人の悪い笑みが付属していて、

「そうです。先ほどから抗戦を唱えている彼らにもご一緒してもらいましょう」

「えっ!」

 その言葉に驚いたのは、まさに名指しされた決戦派の連中。
 まさか自分たちに飛び火するとは思ってもみなかったのだろう。

「そ、それはどういう意味でしょうか、宰相?」

「どういう意味もなにも、あなたたちも最前線に出るのですよ」

「なっ、そ、それは……」

 顔を真っ青にして黙り込む決戦派筆頭の男。
 もちろん男は軍人ではなく文官で、戦いの経験などあろうはずがない。

 俺は不審に思い、スキルを使ってその男を調べた。
 すると男は武具を扱う業者と癒着していて多額の献金を受けている貴族階級の男。そしてその取り巻きの決戦派も似たり寄ったりの人間だった。
 なるほど。戦闘が長引くほど彼らは潤うから徹底抗戦の構えなのだ。

「なに、心配はありませんよ。そこは貴女が心棒するジャンヌ殿が必勝の策でもって指揮してくれますとも。まぁ、とはいえ死者がゼロになるわけでもないですから……万が一があったら仕方ありませんけどね」

「い、いや……」

「おや、おかしいですね。それほど徹底抗戦を唱えるのであれば、自分が死ぬことも、それもまた国家のためではありませんか? それともそれができない理由があるとでも? あぁ、もしかして貴方が指揮を執るつもりですね。ジャンヌ殿なんかもう雑魚でしょぼくてどうしようもない用兵はやってられないと。付き合ってられないと! これは素晴らしい! 我々には新たな軍師を得たということですね! ええ、もう早速前線で指揮を執っていただきたい!」

「あ、いや……その……」

 さりげなく俺へのディスりを入れつつ、男たちを追い込んでいくマツナガ。
 なんだろう。すごい生き生きしてるな、こういう時のこいつ。

 と、いつまでも続きそうなマツナガの講演会に辟易をしていたところ、マリアが割って入った。

「もういい。双方の言い分は分かったのじゃ」

「これは女王様。失礼いたしました」

 すっと身を引くマツナガ。
 ここら辺の呼吸はさすがだな。

「双方の意見を聞いて余は決めたのじゃ。いや、前からもう決まっていたことなのかもしれん。余は、戦争が嫌いじゃ。戦争が、嫌いなのじゃ。戦争が大っ嫌いなのじゃ」

 それは、マリアの本心だろう。
 思えば、最初に彼女に王としての道を聞いた時、彼女ははっきりと言った。

 戦争が嫌いだと。

 そして、皆仲良くが一番だと。

 なのに、俺ときたら年がら年中誰かと戦い、誰かの命を奪って、誰かの命を奪われた。
 マリアを守るために、彼女の望みと正反対のことをしてきたのは、なんたる皮肉か。

「命が消えてくのが嫌いじゃ。誰かの悲しい顔を見るのも嫌いじゃ。誰かの涙を見るのも嫌いなのじゃ! 土地が増えても、お金が増えても、それ以上に失ったものは二度と戻ってこないから……本当に本当に大嫌いなのじゃ!」

 苦しそうに、悲しそうにマリアは自分の想いを吐露する。
 思えば、彼女の周りからも戦争によって人が消えていったのだ。

「もし、亡くなった人たちが、戦争なんてなく今も生きていたら。どれだけの可能性が生まれたか分からないのじゃ。それを奪う戦争が嫌いじゃ」

 人間を生産者という社会システムの単位に落とし込んだ時、戦争による被害を数値化する試みがある。

 サラリーマンの生涯年収を約3億としよう。
 つまり1人の人間が定年まで働いた場合、3億の価値を生み出すことになる。
 だが戦争が起こったがためにその1人が死ぬと、すなわち3億もの損失になる、というものだ。

 ある意味、人を数値でしか見ない、あまり気持ちよくない考え方だが、戦争を数値でしか見ていない人間にとっては、一番効果的な反論方法であることは間違いない。

 もちろんマリアはそれを知らないだろう。
 だが感覚として、あるいは本能として、またあるいは経験として、それを感じ取ったのだろう。
 帝国の傀儡から独立して女王になり、今や帝国に対抗しうる国の王となった彼女ならではの思考の果てということか。

「余はもう死んでほしくない。今も前線にいる皆も、ここにいるみなもじゃ。戦争なぞせず、国を豊かにすることに力を入れれば、今は救えなかった命が、少しでも救えるようになるのなら、それはとても素敵なことだと思うのじゃ」

「女王様……」

 誰かがぽつりと漏らす。
 その言葉は若干湿っていたような気がする。

 マリアはその声にハッとしたようになり、話がずれていることに気づいて慌てて、自らの感情を取り繕うようにして、顔を上げ、断言する。

「だから、余は。帝国と講和することにする」

 もう、誰も反論をしなかった。
 ここにいる廷臣の誰よりも幼いマリアが、言葉を尽くして考えた結果を否定する者は誰もいない。

 もちろん俺から指摘することもない。
 それよりマリアの王としての心構えが急速に高まっているのを感じて、感無量といったところだ。
 それを引きだしたのがあの男だというのが、若干気に食わないが。

「分かりました。女王陛下の御心のままに。帝国と講和を行うことで進めていきます。よろしいか、各々がた?」

 マツナガがそうくぎを刺して、会議は終わった。

 そして散会となった後、俺はマツナガを捕まえて問いただした。

 先ほどの発言。
 あれは明らかに反対の立場でありながら、その実、俺を擁護してくれていた。

 とはいえそんなアドリブをかまされたら、何も知らされていないこっちとしては一言文句でも言ってやりたくなった。

「ああいうのはですね、自分たちが正しいと思っているから、真っ向から否定しても聞かないんですよ。なんてったって、自分たちが正しいんですから。そういう奴らは一度燃え上がらせて、水をかけてやるのが一番良い」

「もしかして使ったのか、スキルを?」

「ええ、ちょびっと。ですがそこまで影響はありませんよ。ちょっと強気になるくらいの毒をひとたらし。それで十分です」

 そのひとたたし、というのが怖いんだが。

「私もね。それなりに美学はあります。言った言葉は飲み込まない。発言には責任を持つと。その私から見て、彼らは醜悪すぎます。許せませんね」

「だから一芝居うったってことか。マリアの言葉も引き出しやすいように」

「はて? 私は単純に筋書きを無視されて困惑する貴女を見たかっただけですよ?」

「……やっぱり、お前。最低だな」

「至高の誉め言葉をどうも」

 ともあれ、これで国の方針は決定した。
 あとは進むだけだ。
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