知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

閑話22 水鏡八重(シータ王国四峰)

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 私はどうするべきなのだろう。

 その問いは、ここ十数日。
 私の心を悩ませ続けていた。

 アッキーから援軍の要請を得て、川を遡ってたどり着いて見れば、私は究極の選択を突き付けられることになった。

 講和か、徹底抗戦か。

 その判断のためアッキーが国に戻ると聞いて、私も、部隊は雫に任せて明のいる首都まで戻った。
 アッキーより先に戻れたのは、船での移動だったからと、今後の方針について議論が全くなかったからだ。

『判断は八重、君に任せるよ。君の判断なら、僕は何も言わない』

 思い出すと、怒りと安堵を覚える。
 丸投げされたことに怒りを、自分の意思を尊重してくれたことに安堵を。

 あまつ淡英たんえいにも会って話を聞いたけど、講和でも決戦でもどちらでも、という感じだった。
 正直、帝国との戦いは攻めあぐねているのもあり、残念なことながらシータ王国一国では帝国に抗いきれないという話もあった。

 それを自らの力不足と素直に認める天は、公平で視野が広いのだと思う。

 だからシータ王国の行先は、私の判断に任された形になる。
 いや、そう見える。

 けど違うのは自分がよくわかっている。
 明も天も淡英も分かってて言い出さないだけだろう。

 この講和について、私に決定権はない。
 あるのはアッキーだ。

 彼女が戦うとなれば、自分たちも戦わなければ帝国には勝てない。
 彼女が戦わないとなれば、自分たちだけでは勝てない。

 あまりに人任せだが、それが現実。

 だから一度アッキーと話し合って決めると言った時、明も天も淡英も何も言わずに送り出した。
 その間も考え続けた。

 アッキーの判断に従うか否か。
 問題はそれだ。

 先に考えた通り、オムカが協力しなければ帝国には勝てない。
 帝国に勝てなければ元の世界には戻れない。

 ならアッキーに徹底抗戦を説くべきなのだろう。
 だけどそれが叶うかは難しいところだ。

 彼女が即座に講和の話を蹴らなかった以上、国に戻った以上、講和は濃厚だとみている。

 そうなれば皆は元の世界に戻れない。
 いや、言いつくろっても仕方がない。

 私が、戻れない。
 家族の元へ。
 再び夢を見られない。

 それは、嫌だった。

 けどどうする?
 アッキーに講和はやめてと訴えるの?

 自分ひとりの願いのために、欲望のために。
 数多の人間を犠牲にして、私の願いを叶えるの?

 おそらくアッキーは、それが嫌だったんだろう。
 彼女は、なんだかんだで責任感が強く、優しい人間だ。だからこの世界の生きる人のために、自分を捨てて戦いをやめるくらいのことはする。
 だからたとえ私が訴えても、粛然としてそれを受け入れてなお意志は変えないだろう。
 彼女はあれで頑固だから。

 なら私はどうする?
 そんなアッキーをどう変える?
 それとも、私自身があきらめるのか。

 それでも、アッキーが戻ってくる段階になって、未だに答えはでない。

「ねぇ、雫はどうしたい?」

「……ん」

 一度、アッキーが来る前に雫と2人きりになって聞いたことがある。
 その時は、何を考えてるか分からない瞳を宙に投げて、しばらくしてから、

「戻りたい」

「! そうなの」

「この世界は、悲しい記憶が多いから」

 言われ、気づいた。
 彼女はまだ時雨のことを忘れられていないということに。そしてそれを考えずに指摘してしまった自分の迂闊さに。

「でも、この世界には優しい人が多いから、戻れなくても、いい」

「……そう、ごめんね」

「なんでミカが謝る?」

「……自分も、分からないわ」

 その時はそうやって彼女の追求から逃げるしかなかった。

 そして今。

「講和についてだけど」

 アッキーに連れられ、城の端にある一室に迎え入れられた。
 私とアッキー、それと雫だけの空間。アッキーの護衛とかいうサールと名乗った子は、部屋の外で見張りをしている。

 そこでアッキーがその思いを語る。

「俺は、いや、オムカは講和を受けることになる」

「理由を聞いていい?」

 私は努めて感情を外に出さないよう心掛けて、それは成功したと思う。
 逆に、感情のこもらない、平坦な声になったと思うけど。

「……言えない」

 アッキーがそう言った途端、椅子が激しく倒れる音がした。
 私じゃない。
 私はかろうじて制御した。

 だからその相手を呼ぶ。
 制止の意味を含めて。

「雫!」

「でも」

「いいから」

「…………」

 雫は不満そうな顔で、再び椅子に腰を下ろした。

「すまない」

「謝るの?」

「いや、雫を止めてくれたことにだよ。講和については、俺は謝るつもりはない」

「そう。それでいいわ。謝ってたら私がぶっとばしてた」

「…………」

 それでもしゅんと肩を落とすアッキー。
 はぁ、本当にまじめで頑固だわ。

 きっと言えない理由も、その生真面目さに根付いたものだろうから。
 だからなんとなく、アッキーのことも許せる自分がいた。

「そんな顔しないの。もともと、アッキーとは別の国の、本来は争う人同士なんだから」

「でも……」

 あぁ、もう。
 そんな顔しないでよ。

 決意が、鈍る。
 戻れなくてもいいと、言えなくなる。

 だから私は目を閉じ、一瞬アッキーの姿を視界から消す。
 そして落ち着きを取り戻して、そしてできるだけアッキーを視界に入れないようにして、言うことにした。

「私はすぐに戻れなくてもいい。家族は、きっとたくましく生活してるだろうし。少し遅れたところで、大丈夫だから」

「…………すま……いや、ありがとう」

 はにかむように笑うアッキー。
 あぁもう。お持ち帰りしたい。独占したい。

 けどもう無理しなくていいのかもしれない。
 アッキーとはしばらくこの世界で一緒にやっていくことになるのだから。

 だから……。

「じゃあ、私は先に戻るわね」

「ああ。明日、講和について詰めるから、人をやるよ」

「ん」

 それ以上は無理だった。

 駆け去るように部屋を出ると、そのまま走り出す。

 視界が歪んだ。
 なぜか目から水があふれて止まらない。

 視界がないから、何人かに当たって舌打ちされた。
 けどそれも見えないからどうでもいい。

 会えない。
 両親に。東馬とうま美玖みくに。

 アッキーには大丈夫と言った。
 けど、何年先になる? その時に本当に勝てる? それまでに自分が死ぬことだってあり得る。
 今、この時こそ元の世界に戻るチャンスなんじゃないか?

 そう思い始めたら止まらない。
 けど、アッキーの想いを邪魔するのも嫌。

 本当に、どうしようもなくわがままだ、私。
 その事実に今更ながら気づかされて、なんだか恥ずかしくなる。

「ミカ!」

 背後から雫の慌てた声が聞こえるけど、足は止まらない。
 この顔も、姿も、雫には見せたくなかった。

 だからその声から逃げるように、ただ猛然と走る。
 そして、

「あ、姐さん。どこに――っ!」

 見知った声が聞こえた。
 それが分かると、前も見ないまま突進して、そのままぶつかった。

「あ、あ、あああ、姐さん!?」

 もういい。
 アッキーの前でやらなかっただけ十分。
 こいつの前では、きっと大丈夫。

 だから私は、うろたえる良介の胸に思いっきりの泣き声をぶつけた。
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