知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第48話 女王と皇帝と

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 夜も更け、俺はマリアに従って城内にある建物へと向かった。

 高級ホテルとして運用される建物の一部屋。その扉を開けると同時、強烈な酒のにおいが漂ってくる。そこそこに広く、高そうな絨毯やデスク、ダブルサイズのベッドなど、なるほど高級ホテルにふさわしい内装だ。

 だが今はそこかしこに酒樽が乱雑に置かれており――もちろん中身は空だ――さらには料理やフルーツを盛る皿も無造作に捨てられている。ホテルの人が見たら、弁償ものだろう。

 ここにきてまだ1週間足らずだというのに、どうしてここまで汚せるのか。
 いや、俺も大学時代は似たようなものだけど、ここまでひどくはなかった。

「おーう! これはこれは、ジャンヌではないか!」

 その部屋の主。
 中央のソファに寝転がって、右手に酒の入った盃を掲げた男がそう言って嬉しそうに笑う。

 この大陸の半分以上を支配するエイン帝国の皇帝陛下ワキニス・エインフィードだ。

「うむ、ようやく戻ってきてくれて何よりだ。この歓待、料理と酒は申し分ないのだが、いかんせん、女子おなごがいないのではな! うむ、くるしゅうないぞ! こちらに来ておぬしも飲むがいい」

 捕虜となって軟禁状態だというのに、自分の立場が分かってないかのような態度。
 分かってて言ってるなら大物だな。
 いや、実際大物か。

 つかこの人、苦手なんだよなぁ。
 前みたいな感じにぐいぐいこられると。

 というか俺みたいな人間にとって、不合理とか計算に合わない動きをされるとそれだけで困るというか。
 いや、先日はその隙に乗じさせてもらったわけだけど、その隙がいつこちらに向くかわかったものじゃない。
 敵か味方に災いをもたらす時限爆弾、ロシアンルーレットみたいなものだ。

「さ、そんなところに突っ立っていないで、ここに来て俺様のために酒を注いでくれ」

 てか本当にこの男は立場を分かってるのかな?
 交渉次第では、それこそ士気高揚のために殺されることだってありうるのに。

「のぅ、この男が……」

 俺の後ろに隠れていたマリアが小さく聞いてくる。
 いきなり対面させるのも色々刺激が強すぎるから後ろに回したわけだが。

 マリアがそう聞きたいのもやむなし。
 それくらいの酒のにおいと頭の悪い発言だったわけで。

「むむ! 美女レーダーに反応! そこの女子おなご! 名は何と申す!? ええい、顔を見せんか!」

「ひっ!」

 この男は……マリアが怖がってるじゃないか。

 その感覚を機敏に感じ取ったのか、マリアの後から部屋に入ってきたニーアが叫ぶ。

「おなごとは何か! オムカ王国第37代女王マリアンヌ・オムルカであるぞ!」

「俺様は第44代皇帝ワキニス・エインフィードだぞ!」

 なんの張り合いだよ、と思うが、まぁ国力では向こうの方が上なんだよなぁ。
 ちなみにオムカ王国の方が先にできてるのに帝国の方が代を重ねているのは、在位が短い人もいただろうが、元の大陸の覇者オムカ王国より上だという見栄えを得るため、無理やり短期間での即位と退位を繰り返して代を重ねた時の権力者がいたため、と言われている。

「むむ、そちらは前にも見たな! うむうむ! 美女が3人俺様にかしずくか! よいぞよいぞ」

「ジャンヌ、首刎ねて良い?」

「いいわけないだろ」

 はぁ、こいつらに任せてたらいつまで経っても始まらない。

 俺はマリアに視線を向ける。
 怖がっているようだったが、マリアは俺の視線の意味に気づくと、おずおずと頷いて見せた。

「皇帝陛下」

「ん、なんだジャンヌ? 大陸の覇者たる俺様に会いに来てくれたのは分かるぞ」

「我らが王、マリアンヌ様が貴殿と話し合いをしたいと望んでおられます。お受けくださいますね?」

「んん?」

 億劫そうに体をソファから起こし、それでも盃は手放さなかったが、前のめりになってじっとこちら――俺の後ろに隠れるマリアをねめつける。

「なるほどなるほど。うむ、まぁいいだろう。合格ラインだ。俺様と話しをする権利を与えよう」

 さっきは美女とか言ってたくせに。
 まぁ、マリアにがっつくとか犯罪に近いけどな。35歳と数え16歳だし。

 とはいえ、今のは考えてみれば大層な侮辱だ。
 美女でなければ話さないと言わんばかりの態度。つまりマリアを国王とみなしていない、立場を省みないということだから。
 現にニーアは俺にも分かるほどに殺気をみなぎらせて、腰の剣に手をかけてまでいた。

 だがそれを制したのはマリアだ。
 ニーアの行動を手で制すると、おずおずと、だがしっかりした足取りで俺の前に出る。

「御意を得るのじゃ。余がマリアンヌ・オムルカじゃ」

「うむ。ではなんだ? 話とは? 俺様の側室となりたいと言うのか?」

 ソファに反り返り、盃を離さないその尊大な態度に怒鳴りたいところだが、ニーアもぐっと怒りをこらえているから何も言えない。

「皇帝陛下と今後の未来についてお話をさせていただきたいのじゃ」

「未来……? なるほどなるほど俺様とジャンヌの結婚後の話だな! うむ、まず式は国を挙げて大々的に行い、それから毎晩宴会だな。そうだな、子供は11人は欲しいぞ」

「なっ!?」

 マリアとニーアが顔を真っ赤にして息をのむ。
 マリアは驚きと恥じらいの、ニーアは怒りの色だったが。

「皇帝陛下! お戯たわむれはおよしください。その話は断ったはずです」

 ニーアの怒りがこちらに向く前に、俺は相手をたしなめる。
 こいつ、皇帝と何を約束したこの裏切者、とか言って斬りつけかねないからな。

「俺様はまだ諦めてないがな」

「諦めてください。さ、女王様。続きをどうぞ」

「う、うむ! こほん! それで今後の話なのじゃ。オムカとエインが講和したのち、どうやって国を収めていくのか。それを話したいのじゃ」

「講和? そんな話になってるのか?」

 そこからかよ……。

「陛下、以前にお話ししたと思いますが?」

「うんうん、ジャンヌの声はハープのように美しいかなでよ。だが講和…………あぁ思い出した」

「思い出されましたか?」

「もちろんだ。だが――講和などせんぞ?」

「は?」

 これにはまさに目が点になる。
 マリアもニーアも同様で、開いた口がふさがらない。

「当然だろう。我らを裏切ったオムカなどという小国が、この大帝国と講和などあり得ん。滅亡か、隷属かの二択だな」

 この男は……本気でそう思ってるのか?
 やっぱり今の状況分かってないじゃないか!

「えっとですね、皇帝陛下」

「おお、ジャンヌよ。そんなかしこまらないでくれ。お前にはもっと、そうワッキーとでも気軽に呼んでもらいたいのだ!」

「わ、ワッキー!?」

 えっと、確かワキニスとか言ってたから……ワッキーなのか。
 てか軽すぎだろ。

「うむうむ、よいぞそれでこそ夫婦というもの」

「全力でお断りします!」

「俺様は構わんのに……」

 本日何度目か分からないほどの怒りを我慢した声で、俺はもう話を進める。

「皇帝陛下……あなたは今の状況をお分かりでないのでしょうか?」

「分かっているとも。美女3人が俺を接待してくれているのだな!」

「違います。殴りますよ……っと、本音が漏れました。あなたは今、その小国に囚われているのです」

「うむ……? …………………………………………はっは! ジャンヌは冗談が上手くないな。この俺様がオムカなどに囚われるなどありえん!」

 ここまではっきり言いきられると、本当にそうじゃないかと……は思わないな。
 この男の妄言の方がありえん。

 だからなんとなく、その自信満々で尊大で愚かな男に対して少しいじわるしたくなるのが、多分俺の悪いところだろう。

「分かりました。それではこれまでが賓客への対応とさせていただきましたが、相応の対応とさせていただきましょう。ニーア、地下にある牢獄って空いてるよな?」

「ん……ああ、もちろん。最高級のお部屋を用意するから」

 ニーアも乗ってくれた。
 こいつも腹に据えかねているからな。

「さ、最高級……?」

「ええ、石畳の床に冷房のみ完備、ベッドも最高級のゴザにトイレは部屋の隅の穴という超高級ルームです。もちろん一日三食つきますよ。最高級に古びた固いパンに、最高級の泥水とデザートに最高級の腐ったオレンジを――」

「もういい! 分かった! 頼むからそんな最高級はいらない!」

 どうやら本気で嫌がっているようで、尊大な顔が青ざめて必死の顔になった。ざまぁみろ。

「ふぅむ、しかし俺様はいつの間にオムカに捕まっていたのだ……?」

 あごに手を当て、首をかしげる皇帝陛下。
 多分、本気でこう思ってるんだから性質たちが悪いよな。

「まったく、この俺様が捕まっているのなら、なぜ臣下どもは助けに来ないのか」

「そのための和平交渉ですよ、陛下」

「うん? …………あれ、まさか、もしかしてその和平交渉の結果次第では……」

「はい、交渉決裂となれば陛下は敵国の大将。おとなしく最高級の牢獄で暮らしていただくか…………あるいは軍神への生贄となっていただくほかありませんね」

「分かった! 約束する! 和平交渉が成立するよう全力で国の奴らを説き伏せる! だから俺様を殺さないで!」

 もはや恥も外見も盃さえもほっぽり出して、床にひざまずいて必死の懇願。

 人間、追い詰められればなんでもするというけど……ここまで見苦しくはなりたくないなぁという見本だった。
 マリアもニーアも若干引いてるし。

「では、和平はすると?」

「するする! なんでもする! そうだ、オムカ女王よ。和平するとなれば、今後の話を詰めなければならないな! 特に俺様の命の今後を!」

「そ、そうじゃの」

「いやー、しかし驚かされたぞ。まさかこんなことになっているとは。ん? まさかオムカ女王よ。このことを俺様に教えに来てくれたのか?」

 あまりに盛大な勘違いに、マリアがどう返答したものかと俺に困ったような視線を向けてきた。
 だから俺は頷いてやる。盛大に脅してやればいいと。

 だが、それが間違いの始まりだった。

「そうじゃ。余とジャンヌにお主は踊らされたのじゃ。陛下を捕らえたのもジャンヌの智謀とそこなニーアの力によるもの」

「おお……」

 皇帝陛下は少しひるんだようだ。
 それにしても、こうも剛柔そろえた言い方ができるようになったんだな、とマリアを素直に感心する。

 だがエイン帝国の皇帝陛下は、俺の想像のさらに斜め上を行く。

「決めたぞ、オムカ女王よ」

「ん?」

「俺様と結婚してくれ」

「へ!?」

 おいおいおいおいおい! 何言いだすの、この皇帝陛下!

「正直に言おう、オムカ女王よ。お主に惚れた! 最初はただのちんちくりんだと思ったが、なかなかどうして。ジャンヌとそこなニーアと申す者を従え使う器量! 俺様に対し一歩も引かぬ度胸! いやいや、素晴らしい。今では王者としての覇気も備えている完璧な美人だと言えよう!」

 どんだけ手のひらクルーズだよ。
 つか、だから結婚? 色々飛ばしすぎじゃね!?

「いや、それこそが我らとオムカの進むべき道ではないか!? 両国の婚姻により、両国が栄える! 何より俺様は美女3人を妻にする! 大団円ではないか!」

「えっと……えっと……」

 マリアが顔を真っ赤にしてうろたえた様子でこちらを見てくる。

 だがそんなマリアの請願をよそに、俺の思考は回る。

 これはある意味、妙手じゃないかと。

 古来より洋の東西にかかわらず、婚姻は和睦の重要な一手だ。

 とはいえ、それは言ってしまえば姫を人質に出すということ。
 マリアを帝国に連れていかれればそれは、オムカ王国は必然的に国主不在であり、さらに女王を帝国に人質にされているということになる。
 それは問題だが、それによって得られる効果も馬鹿にはできない。
 この馬鹿皇帝なら、マリアの器量と俺の知恵次第では操り人形に――

「ちょっと待って」

 と、ニーアの声が盛り上がる皇帝陛下とおろおろするマリア、そして思考にふける俺の注意を一身に集めた。

「さっきおっしゃったところで1つ疑問がありまして」

「おお、いいぞ。ニーア。そなたの話す声。天上高く舞うパルルカ様の化身のごとく美しいぞ」

「…………先ほど陛下はこうおっしゃいました。妻になさると」

「おお、言ったとも」

「それも、美女3人を」

 ん? 3人?
 言ってた、か?
 いや、言ったな。
 美女3人を妻にする、と。

 あれ? それってもしかして……。

「おお、言ったとも! まずはオムカ女王」

 そう言って皇帝はマリアを指す。

「そしてニーア、お主だ」

 指を指され、ニーアは嫌悪に顔をしかめる。
 そして最後に――

「最後に、もちろん忘れておらぬぞ、ジャンヌ」

 パチリとウィンクする皇帝陛下。

 ぞぞぞ、と悪寒が全身を包む。
 うわ、ヤバイ。駄目だ。キモい。

 だからなんで俺がこうも男に言い寄られなきゃいけないんだ!

「ふざけるなー!!」

 ひたすらに辛抱した我慢が限界を振り切って、ついには俺の魂の叫びとなり夜空にこだました。

 というわけでマリアの皇帝との話し合いは、あまり実りがあることなく終わった。
 いや、一応和睦に前向きであることや、今後の話し合いの足掛かりは作れたから、まずまずの成果ではあった、のだが。

 いろんな意味で疲れた……。
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