知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた

閑話22 椎葉達臣(エイン帝国軍師)

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 完全に逃した。
 まさか炎の壁に突っ込むとは。

 せっかくプレイヤーの獲物がかかったというのに。
 しかも敵を誰1人も殺せていない。

 完全に失敗だ。

「タニア、一旦下がって大将軍と合流する」

「はい!」

 タニアが部下をまとめて動く。

 炎が、自分のスキル『罪を清める浄化の炎バーン・マイ・クライム』によって生み出された炎の壁が消えていく。
 その背後から、オムカ軍約6万がこちらに向かって進軍してくる。

 対するこちらは5万弱。

 真正面から勝負するには分が悪い。
 だから大将軍には素直に詫びて、またここは退くことを進言するつもりだ。

「申し訳ない。あちらの動きの方が早かった」

 本隊に合流し、長浜大将軍と尾田さんの前で頭を下げる。

「あー、まぁしょうがねぇんじゃね? こうなったらとりあえず大砲をぶっ壊しておこうぜ。そうすれば城に戻っても安心だろ」

 確かにそれは大きい。やるべきだ。
 さすが尾田さん。状況を理解している。

 だがーー

「いや、このままやるよ」

「え!?」

 耳を疑った。

 けど長浜大将軍は、前を見たまま決然としたまなざしで敵を見据えている。

「相手の意志が乱れてる。壊乱した味方が突っ込んできたからね。だから今襲えば、まだ勝てる」

「しかし……」

「たっつん、僕様は誰か知ってるかい?」

「それは……エイン帝国の大将軍かと」

「そう、大将軍だ。元帥に次ぐ、帝国軍ナンバー2だよ。その僕様が、あのジャンヌ・ダルクに負けに敗けていいわけがない。何より、元帥が敗けたなんてことがこれ以上広がったら、とんでもないことになる」

「それは分かりますが」

 士気という問題は確かにある。
 ある意味、堂島さんは不敗の象徴として兵たちの心のよりどころだった。
 だがそれが今、倒れてまだ意識が戻っていないという。

 そのことがどれだけ兵の心に影を落としているか。
 それを払しょくするためには、堂島さんが復帰するか、堂島さん抜きで勝つしかない。

「あーあー、こうなったらこのおっさんは聞かないぜぇ。俺しーらね」

 尾田さんが匙を投げたように、頭の後ろで手を組む。

「そういうこと。だから悪いけど、相手が混乱している今がチャンス。だからもう行くよ。策があるならすぐ言って」

 言いながら、長浜さんは軍を動かす。
 敵との距離はもはや、ほんの100メートルもない。

 今更軍を返すことなんてできない。
 そうなったら相手はこれ幸いと背中を襲ってくるだろう。そうなったら大敗だ。

 なら、今もう勝つしかない。

「先に自分が出ます。相手を炎でかく乱するので、突っ込んでください」

「ん、お願いね」

 長浜さんが笑う。
 それはもう、完璧に少女で、不覚にもドキッとしてしまった。

 そんな思いを頭を振って振り払い、タニアたち部下の元へ戻った。

「タニア、機動重視で動く!」

「はい、爆雷ですか?」

「そうだ。相手をかく乱する」

「了解しました!」

 そのまますぐに行動に移す。
 相手は待ってくれない。

 敵から鉄砲や矢が飛んでこない。
 もはやそんなことを言う距離ではなくなっている。

 だから馬を走らせ、敵と味方のちょうど間に出た。
 数万の視線。

 ふと、明彦は人前で話すことが苦手だと言ってたのを思い出した。
 あいつは今でもそうなのだろうか。
 こんな数万の軍勢を動かす身で。

 そう思うと、なんだか笑えてくる。
 今から自分はその明彦を殺そうというのだから。

 いや、これは処刑だ。
 明彦じゃなく、ジャンヌ・ダルクという魔女を火あぶりの刑にするのだ。

 そう思うと、少し心が軽くなる。

 敵の鼻先をかするように部隊を走らせる。
 そこで場所を見た。敵がよく集まっている場所。乱れている場所。

 そこに意識を集中して、スキルを発動した。

 敵の中に炎が沸き上がる。

「爆雷、投げっ!」

 タニアの号令で、爆雷が敵に向かって投げられる。
 敵の至るところで爆発が起き、混乱が拡大していく。

「隊長、ここまでです」

 タニアが進言してくる。
 これ以上とどまれば、敵と味方に挟まれて押しつぶされる。
 だからその前に離脱すべきだということ。

「ああ、離脱する!」

「はい!」

 速度を上げて、敵から離脱するように動く。
 背後で、前衛がぶつかった。

 悲鳴と怒号があがる。

 その間に、激突区域から抜け出した。

 だが――

「3時方向、敵の騎馬隊!」

 ハッとして右手を見る。
 確かにこちらに向かって来る、2千ほどの騎馬隊が見えた。

 撤退経路を読まれていた。
 いや、方向としてはこっちに逃げるしかなかった。だからこれは必然。

「どうしますか?」

 タニアが聞いてくる。
 自分の心づもりとしては、今回はかく乱のみで敵と真っ向から戦うことは想定していなかった。

 けど、この敵は味方の左翼を横から突きに来たのかもしれない。
 それならば無視はできない。

「あれを放ってはおけない。けど真っ向から戦いはしない。相手を誘い、いなし、隙を見て騎射で削いでいく!」

「了解!」

 部下たちも敵と正面切って戦う心境にはなれていなかっただろう。
 だからくれぐれも、と釘をさしておく。精神論を言うわけじゃないけど、心構えがないまま戦えば必ず負ける。
 だから今はこれがベスト。

 あとは敵のことをしっかりと見極めて、いかなければならないが……。

「ふははー! 貴様だな、悪の爆弾魔め! ジャンヌ様が許しても我は許さん! このビンゴ王国が特攻隊長、クリッド・グリードが正義の鉄槌を下す!」

 あの巨体。見たことがある。
 あの音声おんじょう。聞いたことがある。

 そうだ。ビンゴ王国での、首都攻略戦の時。
 オムカ王国とビンゴ王国の軍で、元帥目指して突っ込んできた男だ。

 あの時は元帥が斬り落としたと思ったけど、生きてたのか。

「なんですか、あれ」

 タニアが不可思議なものを見るように苦笑いしている。
 自分も正直、同じ気分だ。

「状況が変わった。可能なら、討ち取る」

「同感です」

 振り返って見れば、タニアは満足そうに頷いていた。
 分かってくれてうれしい、と少し思ったもののすぐに気持ちを押し殺す。

 僕みたいな人間と同レベルに扱うなんて失礼だ。
 彼女にはちゃんとしかるべき人について、しかるべき活躍をさせてやりたかったが、状況が状況だけに仕方ないか。

 そんな申し訳なさを感じながらも、敵との距離を保ちながら、つかず離れずを繰り返す。

「むぅ、やる気があるのか! ならばこちらから行くぞ!」

 どうやら攻撃のタイミングを教えてくれる親切設計らしい。
 これは猪武者の類か。
 なら本当に討ち取れるかもしれない。

 そう思ったが、

「速い!」

 相手の突撃は、予想の3割増しで飛んできた。

「くっ!」

 馬を操り、なんとか敵の突撃を避けるコースを取る。
 それに背後の部下たちも続く。

「ぎゃあ!」

 だが最後尾のあたりが避けきれずに、叩き落とされた。
 いや、吹き飛ばされたというのが正しいか。

 なんて無茶苦茶な!

 いや、考え方を変えろ。
 あれは獣の猪突だ。蛮勇だ。

 突進力、破壊力、突破力はあるが、裏を返せばそれだけということ。
 なら獣の狩り方で狩れる。

「タニア、少し指揮を頼む」

「は、はっ!」

「つかず離れず、なんとかいなして時間を稼いでくれ。真正面から受けようと思うな。それで僕が合図をしたら、全力で僕の方に駆けてくること」

「はい!」

 元気よく答えるタニア。
 これが彼女の良いところだ。

 疑問があっても、何も聞かない。ただ命令を遂行することに全力を注ぐ。
 この場にあって独創性や自主性は要らない。
 あとはどう嵌めるか、だ。

 だからタニアから一騎で離れる。
 それを相手は目ざとく見つけてくる。

「むむ! 先頭の指揮官が逃げるか! 追え! 殺――ぐっ、この! 邪魔をするな!」

 2千の騎馬隊が僕を殺しに追いかけてくる。
 そう考えるだけで恐ろしいが、タニアがうまく遮ってくれているようだ。

「ここらへんか」

 メインの戦場から少し離れた場所。
 そこは何もない平原。
 だからこそここがいい。

 これからの罠は、それ相応の広さを必要とするから。

 とりあえず馬を走らせながら、適当なポイントを設定していく。

 作業自体はものの10分で済んだ。
 とはいえ、タニアには厳しい10分だっただろう。

 それを安心させる意味で、合図を送った。
 炎を空中で燃え上がらせたのだ。

 気づいてくれるかと思ったが、しっかり見ていてくれた。
 こちらに馬群が駆けてくる。
 もちろん、敵の騎馬隊も同じ。

 一瞬、何かが引っかかった。
 だが状況はそちらへの思考を許さない。

 部下たちが必死に走ってくる。その後ろ追いつかれるか。いや、大丈夫だ。
 一線を、超えた。

「囲え、『罪を清める浄化の炎バーン・マイ・クライム』」

 途端、地面が爆ぜた。
 味方と敵の間、そこに火の壁ができる。

 それだけではない。
 火の壁は左右に広がり、ぐるっと円柱を描くように動く。
 まるで敵の騎馬隊をすっぽり覆うように。

 これが今回の罠。

 さすがに炎を広域に展開するのは無理だ。
 だからぐるりと囲うように、各所に火種を置いておいた。
 それを中継点として、円柱を成すように、だ。

「隊長、これは……」

「静かに。それと横一列になって弓を構えて。万が一出てきたら撃て」

「はっ」

 何が起きて、何をしようとして、なぜ撃つのか。
 おそらく疑問が頭を支配しているだろうが、タニアは命令に従った。

 その間にも、僕は神経を集中させる。

 炎の円柱。
 そこに囲っただけでは敵は全滅させられない。
 さっきみたいに決死の突破をされたら無意味になる。

 だからこそ、焼き尽くす。
 炎を出現させる。位置は円柱の中だから場所の特定は容易。
 あとはそれだけの出力を出せるか、だが。

 らなければられる。

「『罪を清める浄化の炎バーン・マイ・クライム』・グラウンドゼロ!」

 火の円柱がはじけ、中から竜巻のような炎が沸き上がった。
 天を突くような炎の柱。

 あの中は灼熱地獄。もはや生存者はいないだろう。
 そのことが心を重くしつつ、勝ったという安堵感が胸に広がる。

 だが、

「――――!!」

 何かが出てきた。
 巨大なもの。
 それが炎に包まれた人馬だと知るのに少し時間がかかった。

 それも1つだけじゃない。2つ、3つ……10を超える。

 まさか、焼かれながら突撃してきたのか。

 そのことに驚きを感じつつも、声は冷静に事態を進行させる。

「撃て」

 命令に忠実に弓を構えていた部下たちが、引き絞った弓矢を人馬に集中させる。
 合計1千近くの矢が10人をハリネズミにしていく。

 それでも慣性で進んでいた馬が足を折り、そこから放り出された人間はまだ起き上がろうとして、そのまま倒れた。

「……なんて、生命力でしょう」

 タニアが恐ろしいものを見たように、声を震わせていた。
 部下たちにもそういった思いがあるのだろう、誰もが口をつぐんでいる。

「違う、あれは意地だよ。ただの。武人としての、誇り高い意地だ。最後まで戦うのを諦めない。その心の強さ、尊敬する」

 心の中では本気でそう思った。半分だけ。
 残り半分は、恐怖だ。
 まるでゾンビのように立ち向かって来る相手。そんなのが、ほかにもいるのではないかと。

 けどそんなことを言えば、部下たちはさらに怖気づく。
 だからこそ、相手を褒めたたえ、美化することで戦意を失わないようにしただけだ。

 とにかく勝った。2千もの騎馬隊を失ったのは大きい。
 敵のかく乱も成功したらしく、どうやら戦線は有利に進んでいるらしい。

 長浜さんの勘に従ってよかったのかもしれない。

 そう思った。

 次の瞬間、

「あれは……」

 何かが近づいて来ていた。

 軍勢だ。

 だがどこの軍だ?
 分からない。

 というのも方角がおかしい。
 今、戦っていた戦場の東、それも北北東の方から軍勢が猛進してくる。

 味方?
 そんなわけない。援軍が来たという話はないし、そっちの方向に軍はいない。

 なら敵?
 だがそれこそおかしな話だ。
 それはつまり、帝国領から来たということ。

 仮に敵が回り込んだとして、なぜこんなジャストなタイミングで来る?
 まさか合図があったわけでも……。

「あ――」

 合図。
 そう、合図だ。

 僕が今、タニアに合図をしたように、先ほどの不自然な点。
 逃げ惑う敵が、空へ打ち上げた花火のようなもの。

 あれが「急行せよ」という合図だとしたら――

「まずい! あれを止めるぞ!」

「は、はい!」

 だが相手は1万近くいる。
 2千を割った僕らで止められるのか。

 くそ、これもジャンヌ――いや、明彦の策略か!

 いくら舌打ちしても状況は変わらない。

 だからまずは駆けだそうとして、

「うっ……」

 頭痛がした。
 馬に乗ることすら不可能。とっさに馬の首にしがみついた。

「隊長!?」

 スキルを使いすぎた反動か。
 声が出せない。めまいもしてきた。

「隊長! 隊長! しっかりしてください!」

 甲高いタニアの声も、今では痛みを助長させるだけでしかない、不快な音だ。

 いけない。こうしている間にも敵は勝利への道を突き進んでいる。
 あれを止めないと。負ける。

 だから僕なんかにかまわずに、さっさと行けと言いたい。
 だが声が出ない。

 なんでこんな……。

 そんな僕の想いをあざ笑うように、時間は過ぎ、そして――1万の敵が、優勢に戦いを進めている味方の軍。そのわき腹に突っ込んだ時、勝敗は決した。
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