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第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた
第17話 悲しき帰還
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サカキの遺骸を馬に乗せたまま、一人で南下した。
ジル達はすでにデンダ砦まで退いただろう。
だから一刻も早く合流しないといけない。
ここを帝国軍だけじゃなく、賊にでも襲われれば逃げられない。
俺だけでも逃げられないが、今はサカキを無事に連れて帰りたかった。
だがそれは杞憂に終わった。
「……ジル」
元の場所に、ジルが残っていた。
それだけじゃない。
2千ほどの兵、サカキの部下たちだ。それが残っていた。
「……お別れは、済みましたか」
ジルは悲しいような、怒っているような、それでいて無表情に聞いてきた。
最初にそう聞いてきたということは、あるいはそんな予感はしていたのかもしれない。
「…………ああ」
小さくうなずく。
本当はもっとちゃんと送ってやればよかった。
あいつはジルじゃなく、俺を最後の相手と思って誘ったんだ。
変なことを考えずに、もっと答えてやればよかった。話してやればよかった。
「いいんですよ。ジャンヌ様のすぐ傍で死ねたこと。それが、あいつにとっての一番なのですから」
「…………うん」
枯れたはずの涙が再びあふれ出す。
俺より長い月日を共にしたジルだ。
色々話したかっただろうに。
俺に譲ってくれるなんて。そのうえ、慰めてくれるなんて。
「ありがとう、ジル」
「こちらこそ、あいつのために……ありがとうございました」
ジルは、涙は見せなかった。
心の中では滂沱の涙を見せているだろうに。
それを一片たりとも外に見せない。
強いな。
これが、大人の男なのだろうか。
「ジャンヌ様、失礼いたします」
サカキの部下が前に出る。
その手にはオムカの旗があり、それを広げると、馬の背中にもたれるようにしてあるサカキの遺骸に覆いかぶせた。
「隊長のヨジョー城へのご帰還を、お守りいたします」
「そうか。皆に運んでもらった方がいいかな」
「叶うなら、最後までジャンヌ様にお送りいただければ、我らが隊長も喜ぶでしょう」
「分かった」
さらにジルからもう1つの訃報を聞いた。
「グリードが……」
「ええ、あの炎の騎馬隊にやられたそうです」
十数人の生き残りが語ることには、炎で巻かれた後も、それを突破して敵に肉薄するも、矢の集中砲火を受けて絶命したという。
お調子者の普段の彼からすれば、とんでもない壮絶な最期だと言えよう。
「そう、か。ブリーダが悲しむな」
「はい……それとビンゴ王国には、生き残りの部下が遺骸の一部をもって帰ると」
「そう、だな。それも仕方ないな」
ビンゴ王国から援軍として来たグリードの騎馬隊は壊滅し、ビンゴとつながるものは何もなくなった。
グリードの死を俺たちの責任として攻め寄せてくる可能性もあるけど、それは俺たちと帝国の戦が終わってからの話だろう。
今はどうすることもできない。
それから1時間ほどかけて、デンダ砦まで戻った。
そこで、オムカ全軍の出迎えを受けた。
弔旗を掲げ、左右にびしっと整列している。
これでもサカキはオムカ軍のナンバー2の地位にいた男だ。
それにふさわしい、葬列の迎えだ。
シータ王国も、少し離れて整列している。
同盟国に対する礼儀だろうが、あっちもあっちで淡英を亡くして大変だったろうに。
それから休むことなく渡河してヨジョー城へ戻り、そして王都へ送る手配をした。
先に伝令は王都へ向かっているから、1日差でサカキは王都へと帰るだろう。
王都では国葬が行われ、服喪が発せられるはずだ。
だがそれはヨジョー地方では関係ない。
サカキを失ったとはいえ、まだ戦闘は継続中なのだ。
どれだけ苦しくても、どれだけ悲しくても、どれだけ辛くても、気を抜くわけにはいかない。
だからヨジョー城の城主に後のことを頼むと、最後にサカキの姿を一目だけ見て別れを告げた後、すぐにデンダ砦に戻った。
そこではジルを陣頭指揮に、軍の再編と砦の修復が行われていた。
俺に気づいたジルが、寄ってくる。
「ジャンヌ様はお休みください。敵も痛手を受けてすぐには攻めて来ないでしょう」
「俺だけが辛いわけじゃない。みんな辛いんだ。だから俺もやるよ。それに、俺は別に疲れてないし」
俺は実際に戦わない。
だから別に疲れてるわけはない。
それに、休もうと思っても、気持ちが落ち着かないから結局無意味になる。
だから砦の補修作業に加え、砦の外にも迎撃用の罠と防衛施設を建造していく。
誰もが無言で黙々と作業を進める。
まるで失った何かを取り戻そうとするように。
そんな日の夕暮れだ。
「大丈夫なの?」
部屋へ戻ろうとする俺に、水鏡が心配そうに聞いてきた。
その心遣いが嬉しかった。
「だいじょ……ばないな」
「あまり無理しないでよ。あんたに倒れられると、こっちも困るから」
「……ああ」
思えば水鏡も同じような境遇だ。
それだからこそか、弱音を吐くこともハードルが下がっているように感じたのは。
水鏡と別れ、そのまま自分の部屋へ。
「では、私はこれで」
サールは、隣の部屋へと入っていく。
正直、慰めの言葉がないことが助かった。
下手に慰められても、なんて言ったらいいか分からなかったからだ。
だからそのままサールとも別れ、独りで部屋に入る。
そこでは――
「おかえり、明彦くん」
里奈がいた。
もちろん彼女の部屋は別だけど、何を考えてるのか俺の部屋にいた。
いや、何のためかは考えるまでもないか。
部屋の隅から良い匂いがする。
「配給用のお米を炊いてるの。ちょっと待っててね、もう少しでごはん、できるから」
「そう、か」
こんな時でもお腹は空く。
それがとてもさもしいことに思えて、なんだか心苦しい。
俺は着の身着のまま隣室へ向かうと、そのままベッドにダイブする。
疲れた。
もう何もする気が起きない。
そうやってぼうっとしていると、様々なことが頭の中に思い起こされていく。
2年前。ジルと一緒にいたところでサカキと出会った。それから初めての実戦。
あれからジルとサカキとの距離が縮まった。
籠城戦では一緒に苦労したり、南群やヨジョー地方、ビンゴ王国と各地を一緒に転戦した。
楽しいことも多い。一緒に昼飯を食べたり、クリスマスとかバレンタインとか運動会とか川に泳ぎに行ったりとか。
そしてあのビンゴ王国での一幕。
俺の命を救ってくれて、俺の本当の姿を知りながらもその想いは変わらなかった。
皇帝との闘いで大怪我を負った時は、本当に心臓が止まりそうだった。
そして――
『愛してるぜ、ジャンヌ』
そう言って、彼は消えた。
この世界から消えてしまった。
俺たちはそういう戦いをしている。
現に名もなき兵士たちはこれまでに何千、何万と消えていっているのだ。
その中でサカキを特別扱いしていいわけがない。
けど、どうしてもその想いは消せない。
涙は出ない。
もはやそれすら枯れ果てたのか。
ドアの開く音。
気配を感じた。
里奈だ。
無言だが、確かにそこにいる。
「俺は、ひどい奴だ」
独り言のように、けど、たぶん聞いてほしいから、俺は言葉を続ける。
「サカキが傷を負って、まだ完治してないはずなのに。普通に働かせて。無理させて。そして、死なせてしまった。俺が殺したようなもんだ。なのに、誰も俺を責めないんだ。俺が殺したのに」
サカキは戦いに耐えられる体じゃなかった。
けどあいつができると言って、なら、と俺も深く考えずに了承していた。
本当に彼を案じているなら、ベッドに縛り付けてでも連れてこなかったのに。
個人の情より、軍師として優秀な将軍が1人でもいてくれた方が良いという打算が動いた。
「無理やり連れだした。だから、死んでしまった。俺が連れて来なければ、俺が戦えって言わなければ、俺が……」
「明彦くん」
里奈が俺の言葉を遮って呼ばわる。
感情の抑揚がない、端的な呼び方。
「そのサカキさんは、明彦くんになんて言ったの?」
「それは……」
今でも目を閉じれば思い出す。
あいつとの最後の会話を。
耳に残る、彼の声を。
「ありがとう、幸せだった、愛してる……って」
里奈が憮然としたように、鼻を鳴らす。
「なら、明彦くんが気に病む必要はないと思う。サカキさんだって、満足していたんだから」
「里奈に何が分かる!」
「…………」
怒鳴っても仕方ない。
里奈は、そこまでサカキと知り合った仲でもない。
だからこれは八つ当たりだ。
そうは思いつつも止まらない。
「あいつのことを知らないくせに。それなのに、満足!? そんなの、死んじまったら、意味ないだろ!」
不意に、涙があふれてきた。
そうだ。死んだ。サカキは死んだ。
自分で言って、それを改めて深く認識してしまった。
「うん、私は彼のことをあまり知らない。だから、そこまで傷ついていないと思うの。だから聞くよ。明彦くんは何が一番悲しいの? サカキさんが亡くなったこと? それとも、彼を死なせるようなことをしてしまったこと?」
何が。
分からない。
そのどれでもあり、どれでもないような気がした。
けど、その中で共通してある物事が、浮かび上がって形となる。
それは――
「俺は……俺は、あいつに、何もしてやれなかった! いつもなんだかんだ言って来るのを、すげなく返して、本気にしなくて。最後の最後だって、あいつに何も返してやれなかった」
一方的に助けてもらって、一方的に告白されて、一方的に恩義を感じて。
もらうだけもらって、あとは知らん顔。そんな最低の人間になってしまったようで、俺はそれが悲しい。
……あれ?
それってつまり、サカキのことは関係なくないか?
俺はそんな恩知らずの人間だと分かったから悲しいと思ってるのか。
そんな……最低の人間だったのか。
俺は。サカキの死より、俺がどう思われてるか、それが嫌で悲しくて、なんて……最低。
自責の念が頭に渦巻く。
ネガティブの思考がさらにネガティブを呼ぶ。
そのスパイラルがよくないとわかりつつも、思考は止まらない。
俺は、本当に、最低で、馬鹿で、クズで、どうしようもなくて、だから――
「明彦くん」
里奈の声。
それも、かなり近いところからした。
ふと重みを感じた。
そして温かみも。
吐息が首筋にかかる。
それだけで体が硬直したように動かなくなる。
それでも分かる。
里奈が寝転がった俺の背中に体を寄せている。
「り、里奈……」
急激に高鳴る鼓動を感じながら、俺は背中の里奈に問いかける。
だが返ってきた答えはある意味、予想外だった。
「羨ましいな。サカキさんが」
「え……」
羨ましい?
意味が分からない。
「明彦くんにそんなに真剣に想ってもらって。亡くなった後でも、しっかり考えてもらって。ちょっと妬いちゃうくらい」
「いや、俺は……」
俺はサカキのことじゃなく、自分のことでへこんでいるらしいわけで。
そんな最低のことは、さすがに言えるわけがない。
「想うとか、考えるとか、そういうのじゃなくて……その……」
「んー、つまりなんかこう、もやもやしてる感じ?」
そうなんだろうけど、やっぱり上手く表現はできない。
「あのね。私、お葬式ってさ。正直、あまりやる意味分からなかったんだよね」
「え? 葬式……?」
急に話が変わってついていけない。
「そう。だってさ。派手なお葬式なんてされても、亡くなった人にはもうそれは見えないわけで、関係ないわけでしょ? そう考えると、本当に意味が分からなくってね。でも人はお葬式をやるんだよ」
「まぁ……そりゃあな。弔わずに、呪われたらやなんだろ」
「その呪われるってのもさ、だいぶ失礼な話だよね。勝手に亡くなった人を悪霊みたいにしてさ。亡くなった人からすればいい迷惑だよ」
「そう、かもな」
「それでずっとお葬式をやる意味が分からなかったんだけど、それでいつか大学の先生に言われたことがあってね。人がお葬式をするのは、亡くなった人のためじゃない。残された人が、亡くなった人とのお別れを実感して、覚悟を決めて、乗り越えて明日を生きていく行くための儀式なんだって。だからお葬式は暗くて悲しいことなんかじゃない。未来を生きていくための、重要でとても前向きな儀式なんだって」
「前向きな……」
「だからさ。お葬式、ちゃんとやろうよ。忙しいとか、そういうことじゃなく。意外とそれで気持ちの整理がつくかもしれないじゃない?」
「…………」
「それで墓前にちゃんと誓うの。しっかり生きて、生きて、生ききろうって。元の世界に帰るにせよ、この世界で生きるにせよ。サカキさんが救ってくれた命を、精一杯使って、生きるんだって。それであの世なんてあるか分からないけど、いつかサカキさんと会う時があったら。その時は色々話してあげればいいじゃない。それがきっと、サカキさんが一番嬉しいと思うことだと思うから」
俺は、何も答えられなかった。
まだ戦いの最中だからと、敵が来るかもしれないからと言い訳をして、忙しさにかまけて何もしなかった。
勝手に別れたと思い、サカキの遺骸を後方に送って、何もしないを選んだ。
けど、それがダメだと里奈は言う。
しっかりお別れをして、そして誓おう。
未来を生きるために、前向きなお別れ。
少し、体に力が戻った気がした。
やるべきことが見えたからかもしれない。
それにしても、本当に俺ってメンタル弱いよな。
ハワードの爺さんや、喜志田の時もかなり落ち込んで誰かに助けてもらっていた。
成長していないとみるか、人間味があるとみるか。
どちらにせよ、それも俺だ。
「里奈……」
「ん? なに?」
「……ありがとう」
「うふふ、こないだも言われたけど、言われる方としては嬉しいね。ま、姉としては当然だけど。てかしょぼくれた明彦くんも可愛いー! ほらほら、お姉さんが抱き着いちゃうよー!」
「わっ、ちょっとやめろ!」
「やめませんー」
必死に抵抗するが、俺の腕力ではもちろん里奈に敵うはずもなく。
それでも一生懸命に俺のことを考えてくれた里奈が、なんだかとても嬉しくて、俺たちはしばらくその状態で時を過ごした。
ジル達はすでにデンダ砦まで退いただろう。
だから一刻も早く合流しないといけない。
ここを帝国軍だけじゃなく、賊にでも襲われれば逃げられない。
俺だけでも逃げられないが、今はサカキを無事に連れて帰りたかった。
だがそれは杞憂に終わった。
「……ジル」
元の場所に、ジルが残っていた。
それだけじゃない。
2千ほどの兵、サカキの部下たちだ。それが残っていた。
「……お別れは、済みましたか」
ジルは悲しいような、怒っているような、それでいて無表情に聞いてきた。
最初にそう聞いてきたということは、あるいはそんな予感はしていたのかもしれない。
「…………ああ」
小さくうなずく。
本当はもっとちゃんと送ってやればよかった。
あいつはジルじゃなく、俺を最後の相手と思って誘ったんだ。
変なことを考えずに、もっと答えてやればよかった。話してやればよかった。
「いいんですよ。ジャンヌ様のすぐ傍で死ねたこと。それが、あいつにとっての一番なのですから」
「…………うん」
枯れたはずの涙が再びあふれ出す。
俺より長い月日を共にしたジルだ。
色々話したかっただろうに。
俺に譲ってくれるなんて。そのうえ、慰めてくれるなんて。
「ありがとう、ジル」
「こちらこそ、あいつのために……ありがとうございました」
ジルは、涙は見せなかった。
心の中では滂沱の涙を見せているだろうに。
それを一片たりとも外に見せない。
強いな。
これが、大人の男なのだろうか。
「ジャンヌ様、失礼いたします」
サカキの部下が前に出る。
その手にはオムカの旗があり、それを広げると、馬の背中にもたれるようにしてあるサカキの遺骸に覆いかぶせた。
「隊長のヨジョー城へのご帰還を、お守りいたします」
「そうか。皆に運んでもらった方がいいかな」
「叶うなら、最後までジャンヌ様にお送りいただければ、我らが隊長も喜ぶでしょう」
「分かった」
さらにジルからもう1つの訃報を聞いた。
「グリードが……」
「ええ、あの炎の騎馬隊にやられたそうです」
十数人の生き残りが語ることには、炎で巻かれた後も、それを突破して敵に肉薄するも、矢の集中砲火を受けて絶命したという。
お調子者の普段の彼からすれば、とんでもない壮絶な最期だと言えよう。
「そう、か。ブリーダが悲しむな」
「はい……それとビンゴ王国には、生き残りの部下が遺骸の一部をもって帰ると」
「そう、だな。それも仕方ないな」
ビンゴ王国から援軍として来たグリードの騎馬隊は壊滅し、ビンゴとつながるものは何もなくなった。
グリードの死を俺たちの責任として攻め寄せてくる可能性もあるけど、それは俺たちと帝国の戦が終わってからの話だろう。
今はどうすることもできない。
それから1時間ほどかけて、デンダ砦まで戻った。
そこで、オムカ全軍の出迎えを受けた。
弔旗を掲げ、左右にびしっと整列している。
これでもサカキはオムカ軍のナンバー2の地位にいた男だ。
それにふさわしい、葬列の迎えだ。
シータ王国も、少し離れて整列している。
同盟国に対する礼儀だろうが、あっちもあっちで淡英を亡くして大変だったろうに。
それから休むことなく渡河してヨジョー城へ戻り、そして王都へ送る手配をした。
先に伝令は王都へ向かっているから、1日差でサカキは王都へと帰るだろう。
王都では国葬が行われ、服喪が発せられるはずだ。
だがそれはヨジョー地方では関係ない。
サカキを失ったとはいえ、まだ戦闘は継続中なのだ。
どれだけ苦しくても、どれだけ悲しくても、どれだけ辛くても、気を抜くわけにはいかない。
だからヨジョー城の城主に後のことを頼むと、最後にサカキの姿を一目だけ見て別れを告げた後、すぐにデンダ砦に戻った。
そこではジルを陣頭指揮に、軍の再編と砦の修復が行われていた。
俺に気づいたジルが、寄ってくる。
「ジャンヌ様はお休みください。敵も痛手を受けてすぐには攻めて来ないでしょう」
「俺だけが辛いわけじゃない。みんな辛いんだ。だから俺もやるよ。それに、俺は別に疲れてないし」
俺は実際に戦わない。
だから別に疲れてるわけはない。
それに、休もうと思っても、気持ちが落ち着かないから結局無意味になる。
だから砦の補修作業に加え、砦の外にも迎撃用の罠と防衛施設を建造していく。
誰もが無言で黙々と作業を進める。
まるで失った何かを取り戻そうとするように。
そんな日の夕暮れだ。
「大丈夫なの?」
部屋へ戻ろうとする俺に、水鏡が心配そうに聞いてきた。
その心遣いが嬉しかった。
「だいじょ……ばないな」
「あまり無理しないでよ。あんたに倒れられると、こっちも困るから」
「……ああ」
思えば水鏡も同じような境遇だ。
それだからこそか、弱音を吐くこともハードルが下がっているように感じたのは。
水鏡と別れ、そのまま自分の部屋へ。
「では、私はこれで」
サールは、隣の部屋へと入っていく。
正直、慰めの言葉がないことが助かった。
下手に慰められても、なんて言ったらいいか分からなかったからだ。
だからそのままサールとも別れ、独りで部屋に入る。
そこでは――
「おかえり、明彦くん」
里奈がいた。
もちろん彼女の部屋は別だけど、何を考えてるのか俺の部屋にいた。
いや、何のためかは考えるまでもないか。
部屋の隅から良い匂いがする。
「配給用のお米を炊いてるの。ちょっと待っててね、もう少しでごはん、できるから」
「そう、か」
こんな時でもお腹は空く。
それがとてもさもしいことに思えて、なんだか心苦しい。
俺は着の身着のまま隣室へ向かうと、そのままベッドにダイブする。
疲れた。
もう何もする気が起きない。
そうやってぼうっとしていると、様々なことが頭の中に思い起こされていく。
2年前。ジルと一緒にいたところでサカキと出会った。それから初めての実戦。
あれからジルとサカキとの距離が縮まった。
籠城戦では一緒に苦労したり、南群やヨジョー地方、ビンゴ王国と各地を一緒に転戦した。
楽しいことも多い。一緒に昼飯を食べたり、クリスマスとかバレンタインとか運動会とか川に泳ぎに行ったりとか。
そしてあのビンゴ王国での一幕。
俺の命を救ってくれて、俺の本当の姿を知りながらもその想いは変わらなかった。
皇帝との闘いで大怪我を負った時は、本当に心臓が止まりそうだった。
そして――
『愛してるぜ、ジャンヌ』
そう言って、彼は消えた。
この世界から消えてしまった。
俺たちはそういう戦いをしている。
現に名もなき兵士たちはこれまでに何千、何万と消えていっているのだ。
その中でサカキを特別扱いしていいわけがない。
けど、どうしてもその想いは消せない。
涙は出ない。
もはやそれすら枯れ果てたのか。
ドアの開く音。
気配を感じた。
里奈だ。
無言だが、確かにそこにいる。
「俺は、ひどい奴だ」
独り言のように、けど、たぶん聞いてほしいから、俺は言葉を続ける。
「サカキが傷を負って、まだ完治してないはずなのに。普通に働かせて。無理させて。そして、死なせてしまった。俺が殺したようなもんだ。なのに、誰も俺を責めないんだ。俺が殺したのに」
サカキは戦いに耐えられる体じゃなかった。
けどあいつができると言って、なら、と俺も深く考えずに了承していた。
本当に彼を案じているなら、ベッドに縛り付けてでも連れてこなかったのに。
個人の情より、軍師として優秀な将軍が1人でもいてくれた方が良いという打算が動いた。
「無理やり連れだした。だから、死んでしまった。俺が連れて来なければ、俺が戦えって言わなければ、俺が……」
「明彦くん」
里奈が俺の言葉を遮って呼ばわる。
感情の抑揚がない、端的な呼び方。
「そのサカキさんは、明彦くんになんて言ったの?」
「それは……」
今でも目を閉じれば思い出す。
あいつとの最後の会話を。
耳に残る、彼の声を。
「ありがとう、幸せだった、愛してる……って」
里奈が憮然としたように、鼻を鳴らす。
「なら、明彦くんが気に病む必要はないと思う。サカキさんだって、満足していたんだから」
「里奈に何が分かる!」
「…………」
怒鳴っても仕方ない。
里奈は、そこまでサカキと知り合った仲でもない。
だからこれは八つ当たりだ。
そうは思いつつも止まらない。
「あいつのことを知らないくせに。それなのに、満足!? そんなの、死んじまったら、意味ないだろ!」
不意に、涙があふれてきた。
そうだ。死んだ。サカキは死んだ。
自分で言って、それを改めて深く認識してしまった。
「うん、私は彼のことをあまり知らない。だから、そこまで傷ついていないと思うの。だから聞くよ。明彦くんは何が一番悲しいの? サカキさんが亡くなったこと? それとも、彼を死なせるようなことをしてしまったこと?」
何が。
分からない。
そのどれでもあり、どれでもないような気がした。
けど、その中で共通してある物事が、浮かび上がって形となる。
それは――
「俺は……俺は、あいつに、何もしてやれなかった! いつもなんだかんだ言って来るのを、すげなく返して、本気にしなくて。最後の最後だって、あいつに何も返してやれなかった」
一方的に助けてもらって、一方的に告白されて、一方的に恩義を感じて。
もらうだけもらって、あとは知らん顔。そんな最低の人間になってしまったようで、俺はそれが悲しい。
……あれ?
それってつまり、サカキのことは関係なくないか?
俺はそんな恩知らずの人間だと分かったから悲しいと思ってるのか。
そんな……最低の人間だったのか。
俺は。サカキの死より、俺がどう思われてるか、それが嫌で悲しくて、なんて……最低。
自責の念が頭に渦巻く。
ネガティブの思考がさらにネガティブを呼ぶ。
そのスパイラルがよくないとわかりつつも、思考は止まらない。
俺は、本当に、最低で、馬鹿で、クズで、どうしようもなくて、だから――
「明彦くん」
里奈の声。
それも、かなり近いところからした。
ふと重みを感じた。
そして温かみも。
吐息が首筋にかかる。
それだけで体が硬直したように動かなくなる。
それでも分かる。
里奈が寝転がった俺の背中に体を寄せている。
「り、里奈……」
急激に高鳴る鼓動を感じながら、俺は背中の里奈に問いかける。
だが返ってきた答えはある意味、予想外だった。
「羨ましいな。サカキさんが」
「え……」
羨ましい?
意味が分からない。
「明彦くんにそんなに真剣に想ってもらって。亡くなった後でも、しっかり考えてもらって。ちょっと妬いちゃうくらい」
「いや、俺は……」
俺はサカキのことじゃなく、自分のことでへこんでいるらしいわけで。
そんな最低のことは、さすがに言えるわけがない。
「想うとか、考えるとか、そういうのじゃなくて……その……」
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そうなんだろうけど、やっぱり上手く表現はできない。
「あのね。私、お葬式ってさ。正直、あまりやる意味分からなかったんだよね」
「え? 葬式……?」
急に話が変わってついていけない。
「そう。だってさ。派手なお葬式なんてされても、亡くなった人にはもうそれは見えないわけで、関係ないわけでしょ? そう考えると、本当に意味が分からなくってね。でも人はお葬式をやるんだよ」
「まぁ……そりゃあな。弔わずに、呪われたらやなんだろ」
「その呪われるってのもさ、だいぶ失礼な話だよね。勝手に亡くなった人を悪霊みたいにしてさ。亡くなった人からすればいい迷惑だよ」
「そう、かもな」
「それでずっとお葬式をやる意味が分からなかったんだけど、それでいつか大学の先生に言われたことがあってね。人がお葬式をするのは、亡くなった人のためじゃない。残された人が、亡くなった人とのお別れを実感して、覚悟を決めて、乗り越えて明日を生きていく行くための儀式なんだって。だからお葬式は暗くて悲しいことなんかじゃない。未来を生きていくための、重要でとても前向きな儀式なんだって」
「前向きな……」
「だからさ。お葬式、ちゃんとやろうよ。忙しいとか、そういうことじゃなく。意外とそれで気持ちの整理がつくかもしれないじゃない?」
「…………」
「それで墓前にちゃんと誓うの。しっかり生きて、生きて、生ききろうって。元の世界に帰るにせよ、この世界で生きるにせよ。サカキさんが救ってくれた命を、精一杯使って、生きるんだって。それであの世なんてあるか分からないけど、いつかサカキさんと会う時があったら。その時は色々話してあげればいいじゃない。それがきっと、サカキさんが一番嬉しいと思うことだと思うから」
俺は、何も答えられなかった。
まだ戦いの最中だからと、敵が来るかもしれないからと言い訳をして、忙しさにかまけて何もしなかった。
勝手に別れたと思い、サカキの遺骸を後方に送って、何もしないを選んだ。
けど、それがダメだと里奈は言う。
しっかりお別れをして、そして誓おう。
未来を生きるために、前向きなお別れ。
少し、体に力が戻った気がした。
やるべきことが見えたからかもしれない。
それにしても、本当に俺ってメンタル弱いよな。
ハワードの爺さんや、喜志田の時もかなり落ち込んで誰かに助けてもらっていた。
成長していないとみるか、人間味があるとみるか。
どちらにせよ、それも俺だ。
「里奈……」
「ん? なに?」
「……ありがとう」
「うふふ、こないだも言われたけど、言われる方としては嬉しいね。ま、姉としては当然だけど。てかしょぼくれた明彦くんも可愛いー! ほらほら、お姉さんが抱き着いちゃうよー!」
「わっ、ちょっとやめろ!」
「やめませんー」
必死に抵抗するが、俺の腕力ではもちろん里奈に敵うはずもなく。
それでも一生懸命に俺のことを考えてくれた里奈が、なんだかとても嬉しくて、俺たちはしばらくその状態で時を過ごした。
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ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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