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第1章 オムカ王国独立戦記
第16話 着せ替え人形ジャンヌ
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とんでもないものを見てしまった。
この世界に来てから数日。
逃げて、さらに逃げて、そんでもって逃げてきた。
あの老夫婦の家での一時以外、精神を休める時はなかった。
だからこそ。
だからこそ、こうやって自分の体と言うものを隅々まで観察するタイミングがなかったのだ。
だが今、その時を得た。
というか、無理やり得させられた。
今着ているものすべてを引っぺがされて、部屋の隅で震える俺を、マリアとニーアはとっかえひっかえ、あーでもないこーでもないと着せられたり脱がされたりを繰り返す。しまいにはサイズが合わないと見るや、かかりつけらしい仕立て屋に店のものすべて持ってこさせたりしていた。
まさに着せ替え人形になること数時間。
その半分は下着姿で放置されてたので、仕方なく、もうこれはどうしようもなく不可抗力で自分の体を見てしまったのだ。
結論――さすが魅力95。
年齢と身長の割には発達した胸部に、良い感じにくびれた腹部に張りのある腰回り。手も足も折れそうなほど細くて華奢だが、若さゆえの生命力あふれみずみずしい。身長は低いが、この年齢ならあと数年経てば解決するだろう。
唯一の問題点を挙げれば、自分の体だということ。
……って、なに自分の体で考えてるんだ。
そもそも俺には里奈がいるわけだし。
なんて悟りに似た心境を得たところで、俺の服が決定した。
白のブラウスに、空色のビスチェ。どちらも上質な布で作られているらしく、生地もしっかりしている。だがどうもこのビスチェというのはウェストがきつい。しかも何やら鉄板のようなもので覆われているらしく、通気性も抜群に悪いのだから文句を言うと、
『これは貴重な玉虫鋼をふんだんに使った鎧の中での最高傑作。平民には手の届かない一品よ。いい? 腕や足を斬られても止血はできる。でも腹部をやられたらそう簡単に止血はできないし、いざとなったら切り落とせるものでもない。そうやって腹部を傷つけられて死んだ兵は何人もいるわ。戦場に向かうあなたが無事に戻ってほしいという女王様の願い、それは分かるよね?』
などとニーアに言われたら何も言えなくなってしまった。
まぁそこまではいい。
問題は下。膝上のブリーツスカートに、脛あてのついたブーツ。
要は女性兵士が着る服装なのだというが、なにより問題なのが――
『こんな短いの履けるか!』
『ダメダメダメダメ! 短いスカートとハイソックスにブーツはこの国に伝わる三種の神器なんだから!』
『うむ、ニーアの言う通りじゃ。かつてのジャンヌ・ダルクもその姿で戦い兵を鼓舞したと言うぞ…………多分』
わけの分からない理論で押し通された俺って、実は知力99なくない?
うぅ、よくスカートは足がスース―するとか言うけど、それよりなにより恥ずかしい。まるで短パンを履いているような気分だけど、それよりもひらひらして油断もなにもあったものじゃない。てか大人になって短パンを履くのって勇気いるよね。どうでもいいけど。
こんな姿……昔の知り合いには絶対見せられないぞ。
なんて思って廊下を歩いていると、
「あ、ジャンヌ様」
「あれ、ジャンヌって……」
ジルとサカキがいた。
前言撤回! 今の知り合いにも見せたくなかった!
いや、それは無理なのは分かってるけど、もう少し心の準備が……。
「…………」
「…………」
と思ったら何も反応がない。
それはそれでなんだか悲しいな。
「なんか、変かな?」
「はっ、失礼しました。ジャンヌ様。お美しくなられましたな」
「やめて、真顔でそれ言うの!」
ほんとジルは朴訥としてると思ったらいきなり斬り込んでくるんだから困る。このジゴロめ。
対するサカキは、
「やっぱり女の子だったんだな、ジャンヌって」
「なんだと思ってたんだよ!」
「ジャンヌ……いや、ジャンヌちゃん。口説いていい?」
「いいわけあるか! 俺は男だ!」
「え、男!?」
「あ、違った。今は女だけど……いや、やっぱり俺は男だから駄目! 女だけど、俺は男なの!」
「おう、つまり照れ隠しってことだな? じゃあだいじょーぶだいじょーぶ!」
「だから、何がだ!」
「そうですサカキ。ジャンヌ様は我が隊の副官です。引き抜きのようなものは困ります」
「ジル、それは論点が違う……」
マリアたちを相手にするだけで疲れたのに、これ以上心労を増やさないでほしい。
「しっかしよくもまぁ無事だったなぁ、ジャンヌちゃん。ニーアに連れていかれたから大丈夫かな、と思ってたんだけど」
「大丈夫?」
「あぁ、あいつ可愛い女の子が好きだから」
「…………身に染みたよ」
それは彼らの女王様も同じだとは思いもしないだろう。
「ところで、進展はあった?」
これ以上不毛な会話を避けるように、俺から話の路線を変えた。
「ええ。王都バーベルの全ての門は閉鎖。この城は籠城態勢にはいりました。エイン帝国へ救援要請も完了です」
「今、斥候が各地に飛んでるよ。ビンゴの軍の位置はそろそろ戻ってくると思うけど」
「なるほど、その報告次第だな。だが相手が攻城兵器を持ってきていなければ、籠城でも簡単に追っ払える。エイン帝国の援軍が来る前に敵も退くだろうね」
「ふーんなるほど、ジャンヌちゃんもそこそこの戦術眼は持ってるみたいだね」
「サカキ、昨夜の手腕は話したでしょう。ジャンヌ様の戦略眼は千里の空を飛び、万里の地を覆うのです」
ジル、そこまで持ち上げられても困るんだけど。
「貴様ら、そこで何をしている!」
その時、廊下に響く不快なだみ声が耳を打った。
「これはハカラ将軍。いかがしましたか」
ジルとサカキが拝手して答える。俺は気持ち程度に頭を下げただけにした。
「いかがしたではないわ! 出撃だ!」
「しゅ、出撃ですと!?」
「その通り。今、斥候が戻った。その報告によれば、ビンゴの連中はゾーラ平原を移動中とのこと! 今から出撃すれば、平原の出口でやつらを叩ける。あそこは林が点在し大軍の移動に不利な場所! なにより5年前にわしがビンゴとシータの連合軍を撃破した縁起の良い地なのだ!」
縁起の良い土地については「どこの原始人だ。馬鹿か」と思ったが、大軍の移動に不利な場所というのは同意できる。
スキルを発動して地図を見てみると、なるほど、赤い大きな点が障害物1つない平原を移動しているのが見て取れた。
その進行方向はここ王都バーベル。ただその間には草木の生い茂る地形を踏破しなければならない。そこは大軍の利が機能しない狭い場所だ。
平原では数がものを言うが、こういった入り組んだ場所では大軍を展開できない。部隊を背後に回そうにも、小部隊で林をつっきるか、大部隊なら林を迂回するかしなければならないからだ。
何より俺の考える策にこの地形はぴったりと合致していた。
「よって貴様らはそれぞれ兵を率いて先に戦場へ向かうのだ。わしは大軍ゆえ移動に時間がかかるからな」
「し、しかし軍議では籠城と……」
「大将軍たるわしの決定だ。そもそも敵を破らずに何の軍か、ジーン将軍!」
「ぐっ……しかし――」
なおも言い募ろうとするジルの裾を引く。
「出撃しよう。ハカラ将軍の判断には理がある」
「うむ、大将軍の決定に間違いはない。よく分かっているではないか。……ん? お主はもしや先の小僧か?」
ハカラ将軍の目が俺を捉える。
その目が驚きに見開かれ、そして凝らすように目を細め、と思ったらにんまりと気味の悪い笑みを浮かべ、そして舐めるような視線を俺の足元から頭まであますところなく見つめてきた。
視線に感触があったのなら、巨大な舌で文字通り舐められたようなもので、そこはかとない嫌悪感と気持ち悪さと憎悪が俺の心をかき乱す。
てゆうか震えるような視線ってのを始めて知った。
「ふっふっふ、小僧ではなく小娘だったか。度胸もあり器量も良い。うむ、どうだ。わしの妾にならんか?」
うわぁ、ヤバい。マジでキモい。男に言われるだけでも嫌なのに、こんな脂ぎった中年に言われるのはもっと嫌だ。なんとなく女心が分かった気がする。
……いや、俺は男だからな!
「申し訳ありませんが、私の副官ですのでご容赦を」
「ふん、ジーンと言ったか。貴様の副官? ふん、なるほど。お得意の紳士さでその小娘を篭絡したか。それともそっちの小娘が寄って来たのか」
ジルの歯噛みする音が聞こえた。
彼の中の怒気が外らでも見えると錯覚するほど、彼が怒っているのが分かる。
ダメだ、ジル。ここで怒ったら相手の思うつぼだ。
だがここで俺が言葉を挟んでも余計に事がこじれる。どうする。
だからそれを救ったのは全くの第三者だ。
「いやー、すみません。自分たち、出撃の準備をしなきゃいけないんで。大将軍様の命令通りにね。だからこの話はまた今度ってことでいいっすかね」
サカキが軽薄そうな軽口で、だが適格な物言いで弾けそうな険悪な空気を一刀両断した。
へぇ、こういう機転も点もできるのか。ちょっとは見直したかもな。
「……ふん、さっさと出撃しろ。小娘、いつでもわしのところに来てよいからな」
肩を怒らせながらも、最後まで悪寒を感じさせる物言いでハカラは去って行った。
一色触発の危機が回避されたことで、俺とサカキは深くため息をつく。
「お前なー。怒るなら時と場所を考えろ。てか今までもあっただろ、あれほどの嫌がらせは」
「同じではありません。あの男はジャンヌ様を侮辱した」
ジルの答えは俺の想像の斜め上をいったものだったので、ちょっと意外に思いつつ嬉しかった。けど重い、重すぎるんだよ。
「お前……そこまでいかれてんのかよ」
サカキがげんなりとした表情で肩を落とす。
しかしこれはよくない。
俺自身に原因があるとはいえ、ジルがちょっと不安だった。本当にあのハカラという害悪は他人を不幸にするしか能がないのだろうか。
「あいつ、この戦いで戦死しないかな」
「うわぉ、ジャンヌちゃん見た目に寄らず過激ー」
「いえ、ジャンヌ様。あの愚か者に鉄槌を下すのは私の役目。その時は正面から正々堂々と討ち取ってみせます」
「うわぉ、ジーンも過激……って馬鹿! 味方だよ、今は」
そう、今は味方だ。
だがいずれは取り除く必要のある相手であることは間違いない。
「もちろん冗談だ。無能は無能なりに、舞台をひっかきまわしてもらわないと。動くならあいつが暴走して、大義名分という宝物を俺たちが手にしてからでいい」
「さすがジャンヌ様。その時にはこのジルに先鋒を命じください」
「オレ、お前ら、怖い」
なぜかカタコトのサカキががっくりと肩を落とした。
この世界に来てから数日。
逃げて、さらに逃げて、そんでもって逃げてきた。
あの老夫婦の家での一時以外、精神を休める時はなかった。
だからこそ。
だからこそ、こうやって自分の体と言うものを隅々まで観察するタイミングがなかったのだ。
だが今、その時を得た。
というか、無理やり得させられた。
今着ているものすべてを引っぺがされて、部屋の隅で震える俺を、マリアとニーアはとっかえひっかえ、あーでもないこーでもないと着せられたり脱がされたりを繰り返す。しまいにはサイズが合わないと見るや、かかりつけらしい仕立て屋に店のものすべて持ってこさせたりしていた。
まさに着せ替え人形になること数時間。
その半分は下着姿で放置されてたので、仕方なく、もうこれはどうしようもなく不可抗力で自分の体を見てしまったのだ。
結論――さすが魅力95。
年齢と身長の割には発達した胸部に、良い感じにくびれた腹部に張りのある腰回り。手も足も折れそうなほど細くて華奢だが、若さゆえの生命力あふれみずみずしい。身長は低いが、この年齢ならあと数年経てば解決するだろう。
唯一の問題点を挙げれば、自分の体だということ。
……って、なに自分の体で考えてるんだ。
そもそも俺には里奈がいるわけだし。
なんて悟りに似た心境を得たところで、俺の服が決定した。
白のブラウスに、空色のビスチェ。どちらも上質な布で作られているらしく、生地もしっかりしている。だがどうもこのビスチェというのはウェストがきつい。しかも何やら鉄板のようなもので覆われているらしく、通気性も抜群に悪いのだから文句を言うと、
『これは貴重な玉虫鋼をふんだんに使った鎧の中での最高傑作。平民には手の届かない一品よ。いい? 腕や足を斬られても止血はできる。でも腹部をやられたらそう簡単に止血はできないし、いざとなったら切り落とせるものでもない。そうやって腹部を傷つけられて死んだ兵は何人もいるわ。戦場に向かうあなたが無事に戻ってほしいという女王様の願い、それは分かるよね?』
などとニーアに言われたら何も言えなくなってしまった。
まぁそこまではいい。
問題は下。膝上のブリーツスカートに、脛あてのついたブーツ。
要は女性兵士が着る服装なのだというが、なにより問題なのが――
『こんな短いの履けるか!』
『ダメダメダメダメ! 短いスカートとハイソックスにブーツはこの国に伝わる三種の神器なんだから!』
『うむ、ニーアの言う通りじゃ。かつてのジャンヌ・ダルクもその姿で戦い兵を鼓舞したと言うぞ…………多分』
わけの分からない理論で押し通された俺って、実は知力99なくない?
うぅ、よくスカートは足がスース―するとか言うけど、それよりなにより恥ずかしい。まるで短パンを履いているような気分だけど、それよりもひらひらして油断もなにもあったものじゃない。てか大人になって短パンを履くのって勇気いるよね。どうでもいいけど。
こんな姿……昔の知り合いには絶対見せられないぞ。
なんて思って廊下を歩いていると、
「あ、ジャンヌ様」
「あれ、ジャンヌって……」
ジルとサカキがいた。
前言撤回! 今の知り合いにも見せたくなかった!
いや、それは無理なのは分かってるけど、もう少し心の準備が……。
「…………」
「…………」
と思ったら何も反応がない。
それはそれでなんだか悲しいな。
「なんか、変かな?」
「はっ、失礼しました。ジャンヌ様。お美しくなられましたな」
「やめて、真顔でそれ言うの!」
ほんとジルは朴訥としてると思ったらいきなり斬り込んでくるんだから困る。このジゴロめ。
対するサカキは、
「やっぱり女の子だったんだな、ジャンヌって」
「なんだと思ってたんだよ!」
「ジャンヌ……いや、ジャンヌちゃん。口説いていい?」
「いいわけあるか! 俺は男だ!」
「え、男!?」
「あ、違った。今は女だけど……いや、やっぱり俺は男だから駄目! 女だけど、俺は男なの!」
「おう、つまり照れ隠しってことだな? じゃあだいじょーぶだいじょーぶ!」
「だから、何がだ!」
「そうですサカキ。ジャンヌ様は我が隊の副官です。引き抜きのようなものは困ります」
「ジル、それは論点が違う……」
マリアたちを相手にするだけで疲れたのに、これ以上心労を増やさないでほしい。
「しっかしよくもまぁ無事だったなぁ、ジャンヌちゃん。ニーアに連れていかれたから大丈夫かな、と思ってたんだけど」
「大丈夫?」
「あぁ、あいつ可愛い女の子が好きだから」
「…………身に染みたよ」
それは彼らの女王様も同じだとは思いもしないだろう。
「ところで、進展はあった?」
これ以上不毛な会話を避けるように、俺から話の路線を変えた。
「ええ。王都バーベルの全ての門は閉鎖。この城は籠城態勢にはいりました。エイン帝国へ救援要請も完了です」
「今、斥候が各地に飛んでるよ。ビンゴの軍の位置はそろそろ戻ってくると思うけど」
「なるほど、その報告次第だな。だが相手が攻城兵器を持ってきていなければ、籠城でも簡単に追っ払える。エイン帝国の援軍が来る前に敵も退くだろうね」
「ふーんなるほど、ジャンヌちゃんもそこそこの戦術眼は持ってるみたいだね」
「サカキ、昨夜の手腕は話したでしょう。ジャンヌ様の戦略眼は千里の空を飛び、万里の地を覆うのです」
ジル、そこまで持ち上げられても困るんだけど。
「貴様ら、そこで何をしている!」
その時、廊下に響く不快なだみ声が耳を打った。
「これはハカラ将軍。いかがしましたか」
ジルとサカキが拝手して答える。俺は気持ち程度に頭を下げただけにした。
「いかがしたではないわ! 出撃だ!」
「しゅ、出撃ですと!?」
「その通り。今、斥候が戻った。その報告によれば、ビンゴの連中はゾーラ平原を移動中とのこと! 今から出撃すれば、平原の出口でやつらを叩ける。あそこは林が点在し大軍の移動に不利な場所! なにより5年前にわしがビンゴとシータの連合軍を撃破した縁起の良い地なのだ!」
縁起の良い土地については「どこの原始人だ。馬鹿か」と思ったが、大軍の移動に不利な場所というのは同意できる。
スキルを発動して地図を見てみると、なるほど、赤い大きな点が障害物1つない平原を移動しているのが見て取れた。
その進行方向はここ王都バーベル。ただその間には草木の生い茂る地形を踏破しなければならない。そこは大軍の利が機能しない狭い場所だ。
平原では数がものを言うが、こういった入り組んだ場所では大軍を展開できない。部隊を背後に回そうにも、小部隊で林をつっきるか、大部隊なら林を迂回するかしなければならないからだ。
何より俺の考える策にこの地形はぴったりと合致していた。
「よって貴様らはそれぞれ兵を率いて先に戦場へ向かうのだ。わしは大軍ゆえ移動に時間がかかるからな」
「し、しかし軍議では籠城と……」
「大将軍たるわしの決定だ。そもそも敵を破らずに何の軍か、ジーン将軍!」
「ぐっ……しかし――」
なおも言い募ろうとするジルの裾を引く。
「出撃しよう。ハカラ将軍の判断には理がある」
「うむ、大将軍の決定に間違いはない。よく分かっているではないか。……ん? お主はもしや先の小僧か?」
ハカラ将軍の目が俺を捉える。
その目が驚きに見開かれ、そして凝らすように目を細め、と思ったらにんまりと気味の悪い笑みを浮かべ、そして舐めるような視線を俺の足元から頭まであますところなく見つめてきた。
視線に感触があったのなら、巨大な舌で文字通り舐められたようなもので、そこはかとない嫌悪感と気持ち悪さと憎悪が俺の心をかき乱す。
てゆうか震えるような視線ってのを始めて知った。
「ふっふっふ、小僧ではなく小娘だったか。度胸もあり器量も良い。うむ、どうだ。わしの妾にならんか?」
うわぁ、ヤバい。マジでキモい。男に言われるだけでも嫌なのに、こんな脂ぎった中年に言われるのはもっと嫌だ。なんとなく女心が分かった気がする。
……いや、俺は男だからな!
「申し訳ありませんが、私の副官ですのでご容赦を」
「ふん、ジーンと言ったか。貴様の副官? ふん、なるほど。お得意の紳士さでその小娘を篭絡したか。それともそっちの小娘が寄って来たのか」
ジルの歯噛みする音が聞こえた。
彼の中の怒気が外らでも見えると錯覚するほど、彼が怒っているのが分かる。
ダメだ、ジル。ここで怒ったら相手の思うつぼだ。
だがここで俺が言葉を挟んでも余計に事がこじれる。どうする。
だからそれを救ったのは全くの第三者だ。
「いやー、すみません。自分たち、出撃の準備をしなきゃいけないんで。大将軍様の命令通りにね。だからこの話はまた今度ってことでいいっすかね」
サカキが軽薄そうな軽口で、だが適格な物言いで弾けそうな険悪な空気を一刀両断した。
へぇ、こういう機転も点もできるのか。ちょっとは見直したかもな。
「……ふん、さっさと出撃しろ。小娘、いつでもわしのところに来てよいからな」
肩を怒らせながらも、最後まで悪寒を感じさせる物言いでハカラは去って行った。
一色触発の危機が回避されたことで、俺とサカキは深くため息をつく。
「お前なー。怒るなら時と場所を考えろ。てか今までもあっただろ、あれほどの嫌がらせは」
「同じではありません。あの男はジャンヌ様を侮辱した」
ジルの答えは俺の想像の斜め上をいったものだったので、ちょっと意外に思いつつ嬉しかった。けど重い、重すぎるんだよ。
「お前……そこまでいかれてんのかよ」
サカキがげんなりとした表情で肩を落とす。
しかしこれはよくない。
俺自身に原因があるとはいえ、ジルがちょっと不安だった。本当にあのハカラという害悪は他人を不幸にするしか能がないのだろうか。
「あいつ、この戦いで戦死しないかな」
「うわぉ、ジャンヌちゃん見た目に寄らず過激ー」
「いえ、ジャンヌ様。あの愚か者に鉄槌を下すのは私の役目。その時は正面から正々堂々と討ち取ってみせます」
「うわぉ、ジーンも過激……って馬鹿! 味方だよ、今は」
そう、今は味方だ。
だがいずれは取り除く必要のある相手であることは間違いない。
「もちろん冗談だ。無能は無能なりに、舞台をひっかきまわしてもらわないと。動くならあいつが暴走して、大義名分という宝物を俺たちが手にしてからでいい」
「さすがジャンヌ様。その時にはこのジルに先鋒を命じください」
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その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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