知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第1章 オムカ王国独立戦記

閑話9 ジーン・ルートロワ(オムカ王国守備軍総大将)

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 まったく、とんでもないことを思いつくお人だ。

 思えば出会った時からそうだった。

 敵軍の動きを完全につかみ切ったうえで自ら囮になり奇襲。
 ハカラ将軍を無理やり戦闘に参加させたうえで挟撃。
 山賊退治では弩と落とし穴を巧妙に使ったというし、カルゥム城塞では敵船への放火や城内におびき寄せて一気に殲滅したと聞く。
 さらにクーデターを起こしたハカラ将軍を手玉にとって討ち取り、7万もの帝国軍に包囲された状況で敵の攻撃を次々と跳ね返していく。

 そして今夜の作戦だ。
 あの人の頭はどうなっているのかと思う。

 敵の油断を誘い、騙し、陥れる。
 戦争なのだ。騙された方が悪い。だがどうしても策謀といったものには陰険なものが付きまとってしまうように思えてしまう。

 その中で、あの人の策はすがすがしいのだ。
 真っ当で陰気なところが感じられない。

 それは彼女が、先頭に立って旗を振るからなのかもしれない。
 自分の命を危険に冒すからこそ、相手の油断を誘えるのだ。
 それはもう相打ち覚悟の玉砕戦法ともいえる。

 危ういのだ。
 だから私が支える。無理難題だろうとやってのけて、あの人を守る。あの時に出会ってから、私はそのことだけを念頭に置いて戦ってきたのだ。
 だから、総大将と言われようが、守護の要と言われようが、この大一番で打って出ないわけにはいかない。

「ジーン、準備が整った」

 サカキが報告に来た。
 あとはこいつらと共に門を出れば敵陣に突っ込むのみ。

「よし、では出よう」

「しっかしよぉ、これで俺とお前が死んだら終わりだな。はっは」

「だから死なないよう戦うんだ。かといって命を惜しむのとは違う」

「ったりめーだ。俺はまだこんなところで死ぬわけにゃーいかねーからな。俺を待つ数多の女たち。そして何よりジャンヌちゃんの愛を受けとるまではな!」

 こいつとは長いが、未だにつかみきれないところがある。
 根っからの遊び人かと思いきや、意外に純情なところがあって一途だったりするから、恋に本気になったことがない。

 哀しい奴だ、と思ったことがある。
 あるいはジャンヌ様ならば、と思うが、それとこれとは話は別だ。

「お前なんぞにジャンヌ様はやらん」

「父親かよ! はん、てめぇこそいつまでも様付けで呼んでると、距離縮まらねーぞ」

「俺と彼女はそういうものではない」

「じゃあなんだってんだよ?」

 心底不思議そうに聞いてくるサカキ。
 お前には分からないだろう。1人の人間に対し、心の底から感動したという思いを。

「さぁな。さ、行くぞ。門を開け!」

「ちぇ、ずるいやつ」

 サカキがぼやく間にも門が開く。そしてその先には跳ね橋があり、それも操作一つで通れるようになる。

 そこを3千と100頭の牛が渡っていく。

 十数分の距離にエイン帝国の陣はある。
 盛大にかがり火をたいて、歩哨ほしょうを等間隔に置いて周囲を警戒している。
 おそらく城門が開いたことなどとうにお見通しだろう。どこから来ても即座に対応できる陣構えだ。

 その奥にある5機の投石機が炎に照らされて見える。
 あれを取り除かない限り、明日は落城の運命しかない。

 失敗したらどのみち死ぬのだ。
 逆に成功すれば明日以降も生きる。
 生きるか死ぬかの二択。

 作戦の成功確率をちまちまと考えるよりよっぽど健全で分かりやすい。
 そしてジャンヌ様が考えた策なら、これまでと同じく必ず成功するに決まっている。

 鳴き声や動作で敵に気づかれないギリギリの場所まで来ると牛を並べた。
 この一戦が、今後の籠城戦を占うカギとなると思うと、さすがに緊張する。
 だが、ジャンヌ様を思えば不思議と力が湧いてくる。

 だから――

「火牛の計、放て!」

 牛の角に括り付けた藁に火がつけられる。それだけで牛は興奮するのに、牛の尻を小さく切りつけるのだから牛からすればたまったものじゃない。
 帝国の陣地に猛然と牛が突進してく。突如の牛の襲来に、敵の陣が遠目から分かるくらいに乱れに乱れた。

「よし、敵が混乱しているうちに突撃! 第1隊は敵を切り抜けつつ油を投石機に。第2隊はそれに火をつけろ!」

 号令と共に兵3千が動き出す。
 最初の1千5百が混乱している敵陣に斬り込み、手にした陶器を投石機に投げつける。
 陶器が割れ、そこから油が飛び散る。任務を果たした第1隊はそのまま更に敵に斬り込み混乱を広げ、第2隊のための道を開く。

 第2隊は手にたいまつを持ち、それを油の染みた投石機に投げつける。
 投石機がみるみるうちに火に包まれていく。

「よし!」

 2つが牛によって壊され、もう2つが油に移った火によって業火に包まれた。

 残り1つ。

 だがそこで異変に気付いた。
 いや、胸をギュッと締め付けられるような感覚。

「サカキ!」

「あぁ、なんか……ヤバい!」

 言った次の瞬間、前を行く牛がぜた。
 それは爆発したとしか言いようのない現象で、数百キロもある牛が空高く舞い、地面に落ちて人を潰した。

 それだけにとどまらない。
 次々と牛がはじけ飛ぶ。
 そこにいたのは1人の兵士だ。
 だが様子がおかしい。鎧を身にまとっておらず、白いロングドレス姿に見える。

 少女? 一般人?
 ジャンヌ様のようにか細い体。なのにどうして牛がああも無残に千切り飛ぶのだ。

 しかも彼女は武器らしきものを持っていない。
 血にまみれた手で、引きちぎったのだ。
 その女性の、見開かれて狂気に満ちた瞳がじろりと周囲をねめつける。周囲は時間が止まったかのように、敵も味方も争いをやめて彼女を見る。

「……収乱斬獲祭ハーヴェスト・カーニバル・カニバリズム

 少女の声。
 地の底に埋められたような低く、どろどろとして怨念をまとった声だ。

「収穫されろ」

 突如、彼女が動いた。
 近くにいた兵士――帝国の兵だ――に瞬時として近寄ると、そのまま右手をオーバースイング。頭をかっさらうとそのまま地面に叩きつけた。
 ぐちゃっと何かがつぶれる音がする。
 そこからが地獄の始まりだった。

 誰もが逃げ惑う。
 敵も味方もない。
 我先に災厄と化した少女の近くから逃げようとする。

 だが少女の動きはそれより早い。
 彼女は腰にさした剣らしきものは使わず、素手で人間を千切り、潰し、貫き、突き破る。
 どれも人間に使ってはいけない表現なのだが、それがとてもしっくり来てしまうほどに異様だった。

 さらに異様な音が響く。

「あはは! あはははははははははっ!!!」

 笑っている。
 この地獄のような場所で、まるで遊びに興じる子供の用に、敵も味方もなく殺して無邪気に笑うその神経が理解できない。

 あれは、いったい何なんだ。
 脳が理解を拒む。
 あるいは夢か。
 いや、そんなわけがない。
 これは現実。
 だが――

「おい、ジーン。今がチャンスだ。逃げるぞ」

「あ、ああ!」

 サカキの言葉に我に返る。
 そして退却の鉦を鳴らさせる。

「退け! 退け!」

 投石機が1機残ったのが心残りだが、今は兵たちの命が大事だ。あんなものに巻き込まれて死ぬ必要はない。

「敵襲!」

 だが秩序を取り戻した一部の敵に見つかってしまった。
 右手から500ほどの歩兵が突っ込んでくる。
 逃げる際中の方向転換は難しい。迎撃など不可能だ。

「迎撃の態勢を取れ!」

 それでも言った。
 駄目だ遅い。

 ここであの敵に捕まれば、次々と新手が来て全滅する可能性が高い。
 ならば自分が残ってでも皆を逃がすべきか。

 そう覚悟を決めた時に馬蹄の響きを聞いた。

 風が通り抜ける。
 横槍を入れてきた敵が500が一撃のもと粉砕された。
 騎馬隊? 誰だ。

「騒ぎがしてると思いきや、これはこれはっすね」

「ブリーダか!」

 騎馬隊の先頭の若者――ブリーダが人懐っこい笑みを浮かべる。
 といっても会ったのは数度だけ、彼らが降伏した時と、帝国軍7万が侵攻した時に3千を連れてやって来た時のことだ。

 だから彼のことはほぼ知らない。
 元は歩兵を率いていたが、彼らのルーツはオムカ王国の騎馬隊だというのだから、採掘した金を使って馬を買い集め、今では300ほどの騎馬隊を率いていると聞く。
 これまでの遊撃的な動き、そして今の働きを見れば、その指揮官の力量としては非凡なものを持っていると認めざるを得ない。

「火をつけた牛をぶつけるなんて、さすがっすね。これもジャンヌさんの策っすか」

「ですがあと1つ残してしまいました」

「なるほど……っす」

 走りながら話す。なかなかに辛い。

「油、残ってます?」

「何をする気ですか」

「まだ敵は混乱してるっす。俺らの騎馬隊なら燃やして逃げればなんとかなるっすよ」

「お前、無理だ! あそこには悪魔がいる。行ったら敵も味方も死ぬだけだ」

 サカキの表現は誇張に聞こえるが、それがそうではないことを知っている。

「そうは言っても、今が瀬戸際なんすよね。ジーンさんとサカキさんが前線にいるってことはそういうことっすよね。なら、迷ってる場合じゃないっす」

「……わかりました。けど一撃です。それで無理ならすぐに退いてください。貴方たちの外の圧力は重要な戦力ですから。油が残っている者は彼らに」

「了解っす。まだ死にたくないんでね」

 ブリーダたちは油を受け取ると馬を転身させ、

「吉報、待ってるっすよ!」

 声と馬蹄が遠ざかる。

 すでに炎ははるか後方。
 追手もいないし、門につけ入りされる心配もなくなると、自然と足が緩む。

「なかなかいいやつだな」

「あぁ、無事でいて欲しいが」

 城門にたどり着くと喚声が迎えてくれた。
 夜闇の中、松明に照らされた城壁の上であの人が旗を持って待っていた。
 はるか頭上で表情は見えなかったけれど、彼女の顔は聖母のように微笑んでいるんだろうと思った。

 背後を見る。
 最後の投石機に火が灯ったのが見えた。

 それはこの籠城戦における、希望の狼煙のように思えた。
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