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第2章 南郡平定戦
回想1 ジャンヌVS宰相
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独立の宴が終わり、シータ軍も帰国してまずは王都の復興を始めようとなったころ、俺は独りでマリアの元を訪れた。
王宮の中にいる人の数は少ない。官民総出で王都の復興を行っているのだ。
謁見の間でのマリアの横には仮が取れて晴れて宰相となった大叔父のカルキュールがおり、背後には近衛騎士団長のニーアがいる。
俺は跪いてマリアに向かって口舌を垂れた。
「女王様、オムカ王国はようやく独立を果たしました。しかしまだ累卵の危機にあることは続いております。我らの独立に影響を受けてエイン帝国の各地で反乱が起きているとはいえ、やがて鎮圧されれば再び我が国に牙を向けるでしょう。もしかしたらビンゴ王国が先かもしれません。シータは同盟したとはいえ、こちらが滅亡の危機となれば他に取られるよりはと、同盟を破棄してカルゥム城塞から一直線に侵略しに来る可能性もあります」
「う、うむ。そうなのか」
「そこで女王様には国の方針を定めていただきたい」
「方針とな?」
「これよりオムカが1つの国として生き延びるためにどうしたら良いかというものです。まず1つが、女王様が手本となり国を導くことです。公平さを何より大事とし、好悪や損得といった依怙贔屓で賞罰を決めてはいけません。感情をすぐに表に表してもいけません。そうすれば国としての面目を施すだけでなく様々な人材が女王様の徳を頼って集まるでしょう」
「うぅ……よくわからんのじゃ」
「では周辺地域を武力で制圧していき、国を巨大にすれば早急に滅ぼされることもないでしょう。かつてのオムカ王国の領土を獲得できれば、エイン、ビンゴ、シータに匹敵する巨大国家となることも可能です」
「戦争は嫌じゃのぅ。こないだも怖い思いをしたばかりじゃ」
「ならば国民を手厚く保護し、農業や商業を奨励し、ビンゴやシータと同盟を組めば、じっくりと国の力を蓄えながら生き延びる道を探すのはどうでしょう」
「うん、それなら良いぞ。みんな仲良くが一番じゃからな!」
これでこの国の方針は決まった。
中国戦国時代の商鞅は、秦の君主に帝の道、王の道を説いたが、全く相手にされなかった。
しかし覇の道を説くとすぐに気に入られ、最古とも言える法治国家の礎を作った人物となった。後にそれを受けて中華大陸全土を統一したのが始皇帝なのだ。
それに倣ってマリアの進むべき道を聞いてみたのだが、これはまぁ正直これは出来レースと言ってもいいくらい、回答は分かり切ったものだった。
最初の帝の道は、幼いマリアにはまだ分からないことが多すぎる。
続く覇の道は、マリアの性格と合わないだろうことは一目瞭然だ。
ならば王道――民を慰撫し、国力を蓄え、ちょっとやそっとじゃ負けない国を作る――こそが、彼女にとって分かりやすく性質としても合っているから最後に聞いてみたわけだが、その通りだった。
俺的にもそちらの方がやりやすいから、そうであってほしかったわけで。
ともあれこれで独立したオムカの方針は決まったのでめでたしめでたし。
あとは動くだけなんだが……。
「金がない!」
ところ変わって王宮にある会議室として使われる部屋にカルキュールの声が響く。
国の運営方針について会議を開くとカルキュールに言われて集まったわけだが、その第一声がこれだった。
「とにもかくにも金がない! お前たち軍が勝手に行動を起こした結果がこれだ! もっと時をかけて富を蓄えてから行動に移すべきだったのだ! 金もなしにオムカ王国を維持できると思ってるのか!?」
前まではザ貴族と言わんばかりの口調だったが、俺に怒鳴られて以来、見栄を張るのをやめたらしい。
口うるさい教頭先生みたいな感じになっていた。
「しかしのぅ、あのタイミングでなければジリ貧じゃぞ? それに蓄えると言っても帝国の奴らに接収させられただろうしの」
オムカ王国軍総司令となったハワードが、大きな体をゆすりながら答える。
「金がないならよぉ、あるところからかっぱらって来ればいいだろ。というわけで攻めようぜ。とりあえずこないだ奪われたばっかの西のビンゴだな」
「攻めるための資金がないと言っているのですよ、サカキ。兵の武装、食料、さらに遺族への慰問金。戦争はとかく金がかかるのです」
オムカ王国軍第1師団長となったジルと、第2師団長となったサカキは相変わらずだ。
「まだ金や銀の採掘量は微々たるものっすからねー。そこを当てにするのはもうちょっと待って欲しいっす」
怪我から復帰し、新設されたオムカ王国遊撃部隊長となったブリーダが、管轄としている各地の金山銀山の状況を報告する。
「関税を撤廃したものの、情勢不安定と見て流入してくる商人も少ないしのぅ。幸い帝国の連中がため込んでいた金でなんとか持っておるが、早々に収入の道を考えなければ財政は破綻するぞい」
ハワードの言う帝国の金というのは、ロキン宰相がため込み、ハカラが押収した隠し財産のことだ。
ハカラを討ったタイミングでそれらを押収したが、個人で持つには圧倒的に多い金額だった。とはいえ個人で持つには多いが、国を運営するには全然足りないという額なのだ。
「だからどうするかを決めるために集まってもらったのだ! もっとちゃんとした考えを出さんか!」
「んなこと言われてもなぁ」
カルキュールの怒声に対しサカキがぼやくのも分からないでもない。
ハワード、ジル、サカキ、ブリーダ。彼らは優秀な軍人だが政治家ではない。国の運営など分かる道理もないのだ。
そういう時にこそ俺がなんとかしなくちゃいけないわけだが、なんせ俺の政治力は39。
それにそもそもが文系とはいえ文学部出身なのだから政治経済のことなど畑違いなのだ。
「はぁ……戦うことしか能のないこいつらを呼んだのが間違いだった。おい、女王陛下にこの国の方針を説いたお前は何もないのか、ジャンヌ・ダルク?」
諸葛亮孔明は、実際は戦争の現場で策を練る戦術家ではなく、天下三分の計といった政略を練る政治家であった側面が強い。
それが蜀びいきの三国志演義にて戦術も戦略も出来るパーフェクト軍師になってしまったわけだが。
そんな諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)を謳うくらいだから、俺自身もそれくらいやってのけろと思うが、できないものはできない。
とはいえ偉そうにマリアに国を説いておきながら尻尾を巻くのも業腹だ。
「とりあえず現状進められている金山銀山の開発と関所の撤廃はそのまま進めておくべきだと思う。あと何よりも最優先でやらなければならないのは王都の防御を元に戻すことかな。でなければ民心も安定しないし、人も流れてこない」
「ふん、お前に言われなくともわかっとる。押収した資金はそこに当てている。お前たちも軍事行動はできなくて暇だろう。しばらくは土木作業を中心に鍛錬でもしてるがいい」
暇扱いされてジルとサカキ、ブリーダは色を成したようだが、
「そうじゃのぅ。しばらくはそうせざるをえまい」
というハワードの言葉で押し黙ってしまった。
「それに並行して力を入れるべきが2点ある。1つが農業。国の資本は農だ。食べるものがなければ敵に攻められる前に国が亡ぶ」
俺の案にカルキュールが黙って頷く。
それを見て俺は話を続ける。
「まずは荒廃した農地を復興させるところからだろう。そこにも兵を使いたい。ハワードの爺さんのカルゥム城塞でやっていた屯田をここでもやるべきじゃないかな」
「それはわしも構わん。わしの連れてきた兵はそこら辺の知識もあるからの。だがそれをいつまでも続けるわけにはいくまい?」
ハワードが快く頷いてくれる。
予想通りだがありがたいことだ。
「それはもちろん。だから兵が行うのは開墾まで。それ以降は民に土地を明け渡す。そうしたら兵は次の土地を耕す。それを繰り返せば農地は各段に広がる」
「ふん、どこにそんな人がいる。奴隷市場からでも買ってくるとでも言うのか?」
カルキュールが皮肉な口調で聞いてくる。
さぁ、ここからが問題だ。
「この土地に住むほうが得だと思わせればいいんでしょ。まず税率は一律3割。さらに2年間は無税にする。そうすれば噂を聞いて人が集まってくるんじゃない?」
「はっ、税がたったの3割!? しかも2年も無税!? それは民も喜ぶだろうな! だが、そんな金がどこにある!」
カルキュールがお話にならないと言わんばかりにダメ出しをしてくる。当然そうなるのは見越していたものの、ここで負けるわけにはいかない。
「国の根底にあるのは人だろう。人がきちんと生きてこそ、国が成立するんじゃないのかな」
「理想論を語るな! まずは国としてきちんと運営できなければ民を守ることはできん! そんな税率にしたら国が立ち行かなくなるわ!」
「上がギリギリまで切り詰めるからこそ、その国に暮らす人たちも頑張ろうってなる! そのためには我慢することだって必要だ」
「国の中心が立派だからこそ、皆もそれを守ろうと頑張るのだ! 建物の柱がなくなったらその家は潰れるのだぞ!」
「そもそもの土台が崩れたら柱もクソもないだろ! そのために下から搾り取ればいいって、それは本末転倒だ! そんな考えだから、この国は衰退したんだ!」
「貴様、我が国を侮辱する気か!」
まずいとは思いつつも、口が止まらない。
やっぱりこの男とは合わない。思考も、性格も、方向性も。完全にヒートアップした状態で、どんな失言が飛び出すかと思ったその時、
「ちょっとよろしいでしょうか、お二方」
ジルだ。
いつも冷静なこの男が、白熱した議論に水をかけてきた。
俺とカルキュールの視線を受けながらも、ジルは淡々と口を開く。
「ジャンヌ様のおっしゃっていることはこの上なく素晴らしい。民を労わり、官民一体となって国を富ませようとするのは、女王陛下のなさろうとする方針とも合致しているでしょう」
ジルが肩を持ってくれた。そう思うと嬉しくなる。
だが、その後に続くのはそればかりではなかった。
「しかし机上の空論であることも否めないと思います。そのやり方では国は立ち行かないし、国が倒れてしまっては逆に民を不幸にしてしまうことになりかねません。それに対して宰相の考え方を見ると、現実的で正しい。エイン帝国やビンゴ王国の圧力を受けている現状、すぐに国力を元に戻す、いやそれ以上に高めなければならない現状としては少し無理をすることも必要でしょう」
カルキュールがにんまり顔で頷くのが気にくわない。
てかジルがこいつの肩を持つのがもっと気にくわない。
そんな俺の視線を受けてもジルはひるむことなく言葉を続ける。
「ですが、そんな正しさもうまくいくとは限りません。正しさだけで人は生きているわけではないのですから。不満や不安といった感情があることの難しさは、先日の籠城戦でも体験済みでしょう。ですから一度、お互いの意見をよく聞き、不満の種というものを取り除いて言ってみてはいかがでしょう」
ジルがそう締めくくって、数秒。会議室に沈黙が訪れる。
ジルの言う事も分かる。
分かるのだが、そんなそもそも根本的に考え方が違うのだ。それがこんな場所で埋まるのか?
そう思ってしまったために出遅れた。先に動いたのはカルキュールだった。
「失礼した。少し感情的になっていたようだ」
まさかカルキュールの方から折れてくるとは思わず、目を見開いてしまった。
宰相に、しかもはるか年上の方から謝罪されてなお争うつもりはない。俺も姿勢を正して頭を下げる。
「こちらこそ。申し訳ない、です」
「これで仲直りですね。女王陛下の方針を有言実行するその精神に感服いたします。ところで、ジャンヌ様。先ほど力を入れるとおっしゃられた点は2点でしたね。1つが農業ではあと1つは何でしょう?」
ジルが穏やかな笑みを浮かべて言う。
どうもジルに上手く裁かれたような気がして、ちょっと反省。これが政治力の差、年齢の差、いや、器の差か。
ま、今悩んでもしょうがないから、とりあえずジルに乗せられることにして話を続けよう。
「もう1つ。そう、これが農を支える柱となる施策だ」
とはいえなぁ。これを言うとまた言い争いが再燃しそうなんだよなぁ。
けどハワードはにやにや顔で見て来るし、ジルは相変わらず微笑み、サカキは何が楽しいのか俺から視線を離さないし、ブリーダは目をキラキラさせて俺の意見を楽しみにしていて、カルキュールはうさんくさげな眼で見てくる。
はぁ、ここまで来たら言うしかないか。
だからはっきりと結論から言った。
「シータに金を借りる」
そう言い放った次の瞬間、会議室に再び論争が勃発した。
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読んでいただきありがとうございます。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
王宮の中にいる人の数は少ない。官民総出で王都の復興を行っているのだ。
謁見の間でのマリアの横には仮が取れて晴れて宰相となった大叔父のカルキュールがおり、背後には近衛騎士団長のニーアがいる。
俺は跪いてマリアに向かって口舌を垂れた。
「女王様、オムカ王国はようやく独立を果たしました。しかしまだ累卵の危機にあることは続いております。我らの独立に影響を受けてエイン帝国の各地で反乱が起きているとはいえ、やがて鎮圧されれば再び我が国に牙を向けるでしょう。もしかしたらビンゴ王国が先かもしれません。シータは同盟したとはいえ、こちらが滅亡の危機となれば他に取られるよりはと、同盟を破棄してカルゥム城塞から一直線に侵略しに来る可能性もあります」
「う、うむ。そうなのか」
「そこで女王様には国の方針を定めていただきたい」
「方針とな?」
「これよりオムカが1つの国として生き延びるためにどうしたら良いかというものです。まず1つが、女王様が手本となり国を導くことです。公平さを何より大事とし、好悪や損得といった依怙贔屓で賞罰を決めてはいけません。感情をすぐに表に表してもいけません。そうすれば国としての面目を施すだけでなく様々な人材が女王様の徳を頼って集まるでしょう」
「うぅ……よくわからんのじゃ」
「では周辺地域を武力で制圧していき、国を巨大にすれば早急に滅ぼされることもないでしょう。かつてのオムカ王国の領土を獲得できれば、エイン、ビンゴ、シータに匹敵する巨大国家となることも可能です」
「戦争は嫌じゃのぅ。こないだも怖い思いをしたばかりじゃ」
「ならば国民を手厚く保護し、農業や商業を奨励し、ビンゴやシータと同盟を組めば、じっくりと国の力を蓄えながら生き延びる道を探すのはどうでしょう」
「うん、それなら良いぞ。みんな仲良くが一番じゃからな!」
これでこの国の方針は決まった。
中国戦国時代の商鞅は、秦の君主に帝の道、王の道を説いたが、全く相手にされなかった。
しかし覇の道を説くとすぐに気に入られ、最古とも言える法治国家の礎を作った人物となった。後にそれを受けて中華大陸全土を統一したのが始皇帝なのだ。
それに倣ってマリアの進むべき道を聞いてみたのだが、これはまぁ正直これは出来レースと言ってもいいくらい、回答は分かり切ったものだった。
最初の帝の道は、幼いマリアにはまだ分からないことが多すぎる。
続く覇の道は、マリアの性格と合わないだろうことは一目瞭然だ。
ならば王道――民を慰撫し、国力を蓄え、ちょっとやそっとじゃ負けない国を作る――こそが、彼女にとって分かりやすく性質としても合っているから最後に聞いてみたわけだが、その通りだった。
俺的にもそちらの方がやりやすいから、そうであってほしかったわけで。
ともあれこれで独立したオムカの方針は決まったのでめでたしめでたし。
あとは動くだけなんだが……。
「金がない!」
ところ変わって王宮にある会議室として使われる部屋にカルキュールの声が響く。
国の運営方針について会議を開くとカルキュールに言われて集まったわけだが、その第一声がこれだった。
「とにもかくにも金がない! お前たち軍が勝手に行動を起こした結果がこれだ! もっと時をかけて富を蓄えてから行動に移すべきだったのだ! 金もなしにオムカ王国を維持できると思ってるのか!?」
前まではザ貴族と言わんばかりの口調だったが、俺に怒鳴られて以来、見栄を張るのをやめたらしい。
口うるさい教頭先生みたいな感じになっていた。
「しかしのぅ、あのタイミングでなければジリ貧じゃぞ? それに蓄えると言っても帝国の奴らに接収させられただろうしの」
オムカ王国軍総司令となったハワードが、大きな体をゆすりながら答える。
「金がないならよぉ、あるところからかっぱらって来ればいいだろ。というわけで攻めようぜ。とりあえずこないだ奪われたばっかの西のビンゴだな」
「攻めるための資金がないと言っているのですよ、サカキ。兵の武装、食料、さらに遺族への慰問金。戦争はとかく金がかかるのです」
オムカ王国軍第1師団長となったジルと、第2師団長となったサカキは相変わらずだ。
「まだ金や銀の採掘量は微々たるものっすからねー。そこを当てにするのはもうちょっと待って欲しいっす」
怪我から復帰し、新設されたオムカ王国遊撃部隊長となったブリーダが、管轄としている各地の金山銀山の状況を報告する。
「関税を撤廃したものの、情勢不安定と見て流入してくる商人も少ないしのぅ。幸い帝国の連中がため込んでいた金でなんとか持っておるが、早々に収入の道を考えなければ財政は破綻するぞい」
ハワードの言う帝国の金というのは、ロキン宰相がため込み、ハカラが押収した隠し財産のことだ。
ハカラを討ったタイミングでそれらを押収したが、個人で持つには圧倒的に多い金額だった。とはいえ個人で持つには多いが、国を運営するには全然足りないという額なのだ。
「だからどうするかを決めるために集まってもらったのだ! もっとちゃんとした考えを出さんか!」
「んなこと言われてもなぁ」
カルキュールの怒声に対しサカキがぼやくのも分からないでもない。
ハワード、ジル、サカキ、ブリーダ。彼らは優秀な軍人だが政治家ではない。国の運営など分かる道理もないのだ。
そういう時にこそ俺がなんとかしなくちゃいけないわけだが、なんせ俺の政治力は39。
それにそもそもが文系とはいえ文学部出身なのだから政治経済のことなど畑違いなのだ。
「はぁ……戦うことしか能のないこいつらを呼んだのが間違いだった。おい、女王陛下にこの国の方針を説いたお前は何もないのか、ジャンヌ・ダルク?」
諸葛亮孔明は、実際は戦争の現場で策を練る戦術家ではなく、天下三分の計といった政略を練る政治家であった側面が強い。
それが蜀びいきの三国志演義にて戦術も戦略も出来るパーフェクト軍師になってしまったわけだが。
そんな諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)を謳うくらいだから、俺自身もそれくらいやってのけろと思うが、できないものはできない。
とはいえ偉そうにマリアに国を説いておきながら尻尾を巻くのも業腹だ。
「とりあえず現状進められている金山銀山の開発と関所の撤廃はそのまま進めておくべきだと思う。あと何よりも最優先でやらなければならないのは王都の防御を元に戻すことかな。でなければ民心も安定しないし、人も流れてこない」
「ふん、お前に言われなくともわかっとる。押収した資金はそこに当てている。お前たちも軍事行動はできなくて暇だろう。しばらくは土木作業を中心に鍛錬でもしてるがいい」
暇扱いされてジルとサカキ、ブリーダは色を成したようだが、
「そうじゃのぅ。しばらくはそうせざるをえまい」
というハワードの言葉で押し黙ってしまった。
「それに並行して力を入れるべきが2点ある。1つが農業。国の資本は農だ。食べるものがなければ敵に攻められる前に国が亡ぶ」
俺の案にカルキュールが黙って頷く。
それを見て俺は話を続ける。
「まずは荒廃した農地を復興させるところからだろう。そこにも兵を使いたい。ハワードの爺さんのカルゥム城塞でやっていた屯田をここでもやるべきじゃないかな」
「それはわしも構わん。わしの連れてきた兵はそこら辺の知識もあるからの。だがそれをいつまでも続けるわけにはいくまい?」
ハワードが快く頷いてくれる。
予想通りだがありがたいことだ。
「それはもちろん。だから兵が行うのは開墾まで。それ以降は民に土地を明け渡す。そうしたら兵は次の土地を耕す。それを繰り返せば農地は各段に広がる」
「ふん、どこにそんな人がいる。奴隷市場からでも買ってくるとでも言うのか?」
カルキュールが皮肉な口調で聞いてくる。
さぁ、ここからが問題だ。
「この土地に住むほうが得だと思わせればいいんでしょ。まず税率は一律3割。さらに2年間は無税にする。そうすれば噂を聞いて人が集まってくるんじゃない?」
「はっ、税がたったの3割!? しかも2年も無税!? それは民も喜ぶだろうな! だが、そんな金がどこにある!」
カルキュールがお話にならないと言わんばかりにダメ出しをしてくる。当然そうなるのは見越していたものの、ここで負けるわけにはいかない。
「国の根底にあるのは人だろう。人がきちんと生きてこそ、国が成立するんじゃないのかな」
「理想論を語るな! まずは国としてきちんと運営できなければ民を守ることはできん! そんな税率にしたら国が立ち行かなくなるわ!」
「上がギリギリまで切り詰めるからこそ、その国に暮らす人たちも頑張ろうってなる! そのためには我慢することだって必要だ」
「国の中心が立派だからこそ、皆もそれを守ろうと頑張るのだ! 建物の柱がなくなったらその家は潰れるのだぞ!」
「そもそもの土台が崩れたら柱もクソもないだろ! そのために下から搾り取ればいいって、それは本末転倒だ! そんな考えだから、この国は衰退したんだ!」
「貴様、我が国を侮辱する気か!」
まずいとは思いつつも、口が止まらない。
やっぱりこの男とは合わない。思考も、性格も、方向性も。完全にヒートアップした状態で、どんな失言が飛び出すかと思ったその時、
「ちょっとよろしいでしょうか、お二方」
ジルだ。
いつも冷静なこの男が、白熱した議論に水をかけてきた。
俺とカルキュールの視線を受けながらも、ジルは淡々と口を開く。
「ジャンヌ様のおっしゃっていることはこの上なく素晴らしい。民を労わり、官民一体となって国を富ませようとするのは、女王陛下のなさろうとする方針とも合致しているでしょう」
ジルが肩を持ってくれた。そう思うと嬉しくなる。
だが、その後に続くのはそればかりではなかった。
「しかし机上の空論であることも否めないと思います。そのやり方では国は立ち行かないし、国が倒れてしまっては逆に民を不幸にしてしまうことになりかねません。それに対して宰相の考え方を見ると、現実的で正しい。エイン帝国やビンゴ王国の圧力を受けている現状、すぐに国力を元に戻す、いやそれ以上に高めなければならない現状としては少し無理をすることも必要でしょう」
カルキュールがにんまり顔で頷くのが気にくわない。
てかジルがこいつの肩を持つのがもっと気にくわない。
そんな俺の視線を受けてもジルはひるむことなく言葉を続ける。
「ですが、そんな正しさもうまくいくとは限りません。正しさだけで人は生きているわけではないのですから。不満や不安といった感情があることの難しさは、先日の籠城戦でも体験済みでしょう。ですから一度、お互いの意見をよく聞き、不満の種というものを取り除いて言ってみてはいかがでしょう」
ジルがそう締めくくって、数秒。会議室に沈黙が訪れる。
ジルの言う事も分かる。
分かるのだが、そんなそもそも根本的に考え方が違うのだ。それがこんな場所で埋まるのか?
そう思ってしまったために出遅れた。先に動いたのはカルキュールだった。
「失礼した。少し感情的になっていたようだ」
まさかカルキュールの方から折れてくるとは思わず、目を見開いてしまった。
宰相に、しかもはるか年上の方から謝罪されてなお争うつもりはない。俺も姿勢を正して頭を下げる。
「こちらこそ。申し訳ない、です」
「これで仲直りですね。女王陛下の方針を有言実行するその精神に感服いたします。ところで、ジャンヌ様。先ほど力を入れるとおっしゃられた点は2点でしたね。1つが農業ではあと1つは何でしょう?」
ジルが穏やかな笑みを浮かべて言う。
どうもジルに上手く裁かれたような気がして、ちょっと反省。これが政治力の差、年齢の差、いや、器の差か。
ま、今悩んでもしょうがないから、とりあえずジルに乗せられることにして話を続けよう。
「もう1つ。そう、これが農を支える柱となる施策だ」
とはいえなぁ。これを言うとまた言い争いが再燃しそうなんだよなぁ。
けどハワードはにやにや顔で見て来るし、ジルは相変わらず微笑み、サカキは何が楽しいのか俺から視線を離さないし、ブリーダは目をキラキラさせて俺の意見を楽しみにしていて、カルキュールはうさんくさげな眼で見てくる。
はぁ、ここまで来たら言うしかないか。
だからはっきりと結論から言った。
「シータに金を借りる」
そう言い放った次の瞬間、会議室に再び論争が勃発した。
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現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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