知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

回想2 メリリン

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 もともと、人間には得手不得手がある。

 足が早い者、遅い者。
 泳げる者、泳げない者。
 歌が上手い者、下手な者。

 例を挙げれば枚挙にいとまがないほど、その種類は多岐にわたる。

 そこで大事なのは、それはその人元来の先天的なものであって、決して後天的ではないということ。
 後天的にももちろん得意になるものもあるだろうけど、先天的なものの方が圧倒的に得意なのは疑いようがない。

 それを人は才能と言う。

 だからどれだけ頑張っても不得意なものは得意以上のものにはならないし、もし大得意になった人がいたとすれば、実はそれこそが先天的な才能であっただけにすぎないのだ。

 まぁここまでぐだぐだとこぼして何が言いたいかっていうと、

「数学わかんねぇ……」

 机に広げたメモ用紙にダイブ。
 もう無理。頭から煙が出てるよ絶対。賭けてもいい。
 言ったじゃん、俺、文学部だって。

 それが何?

 収穫量と税収入の相関関係?
 ――知らねーよ。
 どれだけの田んぼがあって、どれだけ開墾すれば国を運営できる財源が確保できるかだって?
 ――いっぱいだよ。
 外国から資金を借りた場合、利子を含め返却するのに必要な年数?
 ――死ぬまでには返すよ。

 もうわけわかんねー。

 それもこれもカルキュールが、

『お前のその構想。一度書類で持って来い! ちゃんとした数字を添えてな! それができたなら考慮してやる!』

 なんてこと言わなきゃこんな頭を悩ますこともなかったのに。
 だからこうして書庫で昔の財政データとかとにらみっこしてるわけなんだけど。

 あーあ、なんでわかってくれないのかなぁ。
 俺の言う方が絶対良くなるのに。

「これが政治力の壁か……」

「いやいや、言い方の問題っしょ」

「あー、そりゃ苦手……って、うぉ!?」

 ニーアがいた。
 いつもの近衛騎士団の格好ではなく、薄い青色のワンピースを着ている。オフなのだろう。
 黙っていれば可憐な乙女とも言えるのに、残念でならない。

「はろろー。元気? じゃなさそうだけど」

「あぁ、カルキュールからの宿題がね……」

 気が抜けて再び机に突っ伏す。

「あー、そりゃご愁傷様。あたしもあのおじさん嫌い」

「やっぱりニーアもか。分かってるな。あいつ、こまごまとうっさいんだよ」

「お、お、お! ならさならさ、同志の証として揉んでいい?」

「帰れ、失せろ、消えろ」

「うぅー、ジャンヌのツッコミがおざなりだよぅ」

 正直、不得意分野すぎて頭が働かない。
 これが『長篠の戦いにおける、織田氏と武田氏の地理的優位性と経済格差について』みたいな議題だったら、100枚以上のレポートにまとめてやるってのに。やる気が起きねぇ。

「聞いたよー、サカキンから。カルキュールに政治の話で突っかかったって。ダメだよ。一応あの人、宰相だからね。帝国の下ではそれなりに能吏のうりだったし。なんでも王国の生産高と消費量について過去数十年にわたって覚えてるとかで、そっち方面の話ではそうそう勝てる人いないって」

 などと楽しそうに言うニーアに文句を言いたかったが、そんな気すらも起きない。

「ふんふん、なるほどー」

 そんな俺の反応を見たニーアは図々しくも隣に座ると、体をぴったりくっつけたりしながら机に散乱するメモ用紙を観察しはじめた。
 それでも俺は文句を言う気力もなく、ただなされるがままだった。

 メモ用紙を何枚か見ていたニーアだが急に、

「あ、これ計算違うよ」

「嘘!?」

「ほら、この畑の面積の求め方が間違ってる。だから総収穫量とかも違ってきちゃってるし。それに3億の15パーセントがなんで450万なの?」

「……ニーア、お前数学出来たのか」

「スーガク? いや、わかんないけどこれくらい基本じゃない?」

 なんだろう。
 今、俺はすごく色々なものに負けた気がする。

 いいんだよ。もう資料作成とかやる気ねーし。数学ができなきゃ、それに長けた人を使えばいいだけだし。
 ……………悔しくなんかないんだからな!

「うーん、てかこの様子だと資料作成とか無理じゃん? 誰かに手伝ってもらったら?」

「無理だよ。ハワードは屯田の指揮とってるし、ジルとサカキは王都の復興。ブリーダは金山の見回りだし、クロエは志願兵の対応してる」

 あれ、俺って意外と知り合い少なくね?
 少しショックだったりした。

「ちょっと、そこになんであたしの名前がないかなー」

「気にすんなよ。頭遣うのが苦手な奴に助けは求めないよ」

「ぶー、計算ミス言われるまで気づかなかったくせに」

「自分の間違いはえてして見えにくいものなのさ」

 はい嘘です。
 実は超恥ずかしいです。脳筋と思ってたニーアに数学、いや算数? の間違いを指摘されて超恥ずかしいのです。
 だからまだ俺は机に突っ伏したまま続ける。

「あーあ、しかしここまで人手不足になるとはなぁ。ロキンの奴もとんだ置き土産をしてきたもんだ」

「ん、なになに? 何がロキンのせいなのさ?」

 話はこうだ。

 オムカ王国の宰相となっていたロキンは、そもそもがエイン帝国からの出向した人間。
 他国の人間が盤石の基盤を得るには、相応の後ろ盾に加え、優秀な政治家を作らないということが重要だ。

 それで政治が回らなくなろうが関係ない。
 彼らの目的は支配することなのだから。被支配国の人間が飢えようが死のうが関係ないのだ。

 だから優秀な政治家が出てくれば、それはロキンの重要な手駒であると同時に、強大な敵になる可能性がある。
 それをあの他人の足を引っ張ることで優秀なロキンが見過ごすはずがない。
 彼は注意深く、敵となるだろう人物を観察し、そして危険だと感じたら即座に排除してきたのだろう。
 そうなれば自然残るのは凡庸な者か、ロキンにすり寄る者しかいなくなる。

 そんな状態なわけだから、優秀な政治家なんてものが残るはずもなく、カルキュールみたいな奴がトップクラスとしてこの国の宰相に収まることになったのだ。

 ぴんぽんぱんぽーん。
 この説はあくまで個人の意見です。必ずしもすべての人に当てはまる理屈ではないのでご注意ください。
 なんつって。

 だがこの国の今の現状がそれを物語っているのは間違いない事実なのだ。

「ふーん。つまり帝国が悪いってことね!」

 全然違うけど、本質は合ってるからいいか。

 しかしこれは本当に悩みの種だ。
 人はそんなに早く育つものじゃないし、なによりそのお手本がいない。

 シータから派遣してもらえば、と思うがそれは結局ロキンと同じ羽目になる可能性の方が高い。

 前漢の蕭何しょうか、曹魏の荀彧じゅんいく、戦国時代の石田三成いしだみつなりとは言わないまでも、政治力の高い人物が欲しい。
 せめて80台。いや、贅沢言わないから70前後でいいからいないかな。

「どっかに計算できるやつとか落ちてないかなぁ」

 あまりに漠然としたぼやきだったが、ニーアは事もなげに答えてくれた。

「いるよ」

「いんのかよ!? あ、でも分かってる。『あ・た・し』とか言うんだろ。それ却下だからな」

「違うって。そんな風に思われてるの心外だなー」

 いや、お前の今までの行動を思い返してみればそう言いたくもなる。

「じゃあなんだよ。あ、もしかして俺より計算できるやつなんざ腐るほどいるってやつか!?」

「だから違うって! あ、メリリン! ちょうどいいところに!」

 ニーアが立ち上がって、誰かに手を振る。

 そこには本があった。

 いや、本が動いていた。
 何十冊もの本が積み重なったまま移動している。
 そんなわけない。
 人が大量の本を持ち運んでいるだけだ。だがその陰に隠れてしまうほどその人物の背が小さいということでもある。

「わたしは――」

 本が喋った。
 いや、その背後にいる人間が喋ったのだが。

 それでもその人間が少し高揚しているのが分かる。
 そしてそれは腕を伝い、手にした本へと伝わり、

「あっ――」

 ぐらっと揺れた積み上げられた本は、必死のバランス調整にも関わらず重力に逆らうことはできず、背後にいる人物の頭上に無慈悲に降り注ぐ。

「ぐにゃーーー!」

 潰された猫のような悲鳴。
 俺とニーアは慌てて席を立つと、本に埋もれた人物の発掘作業を始める。

「おーい、生きてるか?」

 ようやく現れた小さくか細い腕を見つけると、それを手に取って引っ張る。
 散らばった本からようやく顔を表したのは、俺と同じか少し上くらいの女の子。
 青みがかった髪に眠そうな瞳。眼鏡がずり落ちて、右耳になんとかぶら下がっている状態だ。

「だ、大丈夫か?」

「………………」

 少女は俺を一瞥しただけで答えず、ロングスカートの埃をはたいて眼鏡をかけなおしながら立ち上がった。
 無視された? ちょっとショック。

「相変わらずメリリンはお転婆だね」

 お転婆?
 どっちかっつーとドジっ子という方が合ってるような。

「あのわたしはメルなんですけど」

「ん、メルでしょ、だからメリリンじゃない!」

 少女のか細い抗議の声は、ニーアのよく分からない自信満々の前に何の意味もなさなかった。
 てかお前のネーミングセンスってどうなってるの……?

「何か用でしょうか?」

「メリリンってさ。計算とか得意系だったよね?」

「得意系……? はぁ、まぁ」

「本当か!? それならちょっと見て欲しいものがあるんだけど!」

「…………」

 ニーアへの返答に俺が食いつくと、彼女はうつむいて押し黙ってしまう。

 うっ、また無視か。
 いや、今のは俺がいけない。ちょっと驚かせすぎた。

「あ、ジャンヌ。ダメダメ。メリリン、超がつくほどの人見知りだから。あたしくらいじゃないと喋れないから」

「人見知りって……」

 完全無視なんですけど。
 それ超えてない?

「ニーア、ちょっと……」

 ふと、メルがニーアの袖を引っ張ると、そのまま部屋の隅へと連れて行ってしまった。
 何やらこそこそと2人で話をしている。

 それだけなら別に構わないんだけど、時折こちらに視線が来るのが分かる。

 あぁ、なんかこういう陰口っぽいのってイライラする!
 てかにやにやとこっちを見てくるニーアの視線がムカつく。

 待つこと数分。
 にやにや顔のニーアと、やっぱり視線を合わせてくれないメルの相反した態度の2人が戻って来た。

「いやー、よかったじゃんジャンヌ」

「なにがだよ」

 陰でひそひそ話をされていたようで、俺は今機嫌が悪い。
 だから――

「メリリン、手伝ってくれるって」

「てかお前ら、さっきから俺に隠れてこそこそと。彼女が一体――って、えぇ!? いいの!?」

「うわー、そのノリ、クロクロっぽい。師は弟子に似るってことね」

「うるさいよ。てか本当か!? 手伝ってくれるって、資料作成を!?」

「これくらい楽勝よね、メリリンは。王宮とか王都の商業組合とかの経理やってるもんね」

「…………」

 マジか。それは頼もしい。
 けど、その本人が俺を視界にすら入れてくれないんだけど。口をきいてくれないんだけど。
 若干顔が赤いのは怒ってるからなのか?

「あー、嫌ならいいんだけど」

「ニーア、なんでもいいから早くして。わたし、そんな暇なわけじゃないから」

「え?」

「あー、はいはい。了解了解。あ、というわけでジャンヌ。メリリンにはあたしを通して会話して」

「なにその伝言ゲーム!? 同じ空間にいるんだから直接話せばいいだろ!?」

「だから、この子恥ずかしがり屋なの」

「ニーア、わたしは別に恥ずかしくない。ただ……困るだけ」

 困るって何が。
 てかニーアを経由してる風を装って直接言ってるも同然だよね。なんなんだこの状況。

 俺の隠せない戸惑いを察知したらしく、ニーアがこっそり近づいて耳打ちしてきた。

「この子ね、実はジャンヌのファンなんだって」

「はぁ?」

 俺にファン?
 こんな何のとりえもない大学生にどうして?
 あ、いや違う。彼女がファンだというのは、この世界で旗を持って戦うジャンヌ・ダルクという存在だ。写楽明彦じゃない。

「ふっふ、噂に聞くジャンヌが好きでたまらないんだけど、自分は裏方の仕事だからジャンヌとは接点ができないと思ってたところでこれでしょ? そりゃびっくりして照れもする――ぅぅわわわわ!」

 急に奇声をあげて何かと思えば、メルがニーアの脇をくすぐっていた。

「なにするのかな!」

「わたしは、そんなんじゃ、ない、です。ジャンヌって人が好きなだけで、その人とは、関係、ないから」

 最初はひたすら無視してくる暗い少女と思ってしまったが、その裏を聞けば微笑ましく思う。
 ある種、この不器用さが里奈にも通じるものがあったからだ。

「と、とにかく。ニーア。用があるなら、早くして」

「ほいほい、じゃあジャンヌ。このニーアを通訳にするんだからもっと近寄って。吐息が耳に触れるほど近く――わきゃ!」

 ニーアの耳に思いっきり息を吹きかけてやった。
 ……ったく。

 そんな感じで始まった奇妙な通訳関係わけだが、

「え、あぁ、はい。えっと……100メートル四方の畑から収穫できる値をXとして、そこからの税を3割とするとこれくらいで。それに……はい、国の財政がこれとすると、1年の納税額がこれくらで、こうなるから、え、2年は無税? それは……うん、そうなるとこうなる。少なくとも5億ほどの金の蓄えがないと。現状の人口では無理。分かる、ニーア?」

 俺が数時間もうんうん唸ってどうにもならなかったことを、答えを見ながら解いているかのようにすらすらと書き写していく。ただニーアに対しての教えみたいな形になってるけど。

 というわけであっという間に俺が知りたかった、農地問題とシータからの援助についての問題に答えが出た。

 結論から言うと、現状で税収3割、2年の無税で国の運営は不可能だ。
 またシータからの援助もほぼ無利子でも今後50年での完済は不可能と出た。
 こりゃカルキュールから言語道断と言われても仕方のない内容だ。

 それだけでも俺としては十分な成果だったのだが、

「ちなみにですけど、ジャンヌさんという人がやろうとしている屯田方式は良いと思います。農地を耕作しつつ農民にあてがうのは将来的に有効です。人数さえ確保でき、さらに今の4倍まで広げられれば3年後には余剰ができるほどに潤うでしょう。それまではそうですね、税率は5割、そして1年の無税というのが最大限でしょう。もちろんシータからの援助は必要ですが、最低限の額であれば2年目には返済のめどが立つと思います。むしろ直接的な援助ではなく、商人の仲介や貿易ルートの確立の方が相互共に利益を得られるので良いのではないでしょうか」

 という解決策まで導いてくれたのだから言う事はない。
 むしろ大万歳だ。

「凄い。凄いなメル! まさに我が蕭何しょうかを得たような思いだ! もっと俺の手伝いをしてくれないか!?」

 荀彧じゅんいくを得た曹操そうそうもこんな気持ちだったんだろう。
 あぁ、なんて素晴らしい。人との出会いがこんなに嬉しいものと思ったのは、里奈以来だ。

「あ、あの……ニーア。わ、わたしは……そういうつもりじゃ、ないと……今回だけ。伝えてもらえますか」

「はいはーい。そういうことだって、ジャンヌ」

 聞こえてるって。

 しかしもうちょっと仲良くなっておきたいな。俺の数多くある弱点をここまで克服できる存在なのだから、これからも頼りにすることも多いだろうし。

 いや、待て待て。
 ここで無理強いして逃げられたらそれこそ目も当てられない。
 敵を叩くにはしっかりとおびき寄せた上で、伏兵で横槍を入れるのが戦術の基本だ。
 だから今は焦るべきじゃない。

「分かった。いきなりだなんて言われても困るよな。けど、たまにはお喋りしに来てもいいかな? この案を詰める相談もしたいし」

「に、ニーア……。ジャンヌという、人と一緒とか……無理。わたし、倒れるかも。今日から、ずっと一緒にいて、もらえますか?」

「えー、ずっと? うーん、そっちの方がジャンヌとイチャイチャできそうだけど、やっぱダメー。メリリンもそろそろ独り立ちしてもいいんじゃないかな」

「う、うう……」

 半泣き状態のメル。
 どうも俺が変態の悪役っぽく聞こえるのは何故だろう。

「ご、5メートル離れてくれるなら……」

 それはもはや会話にならないだろ……。

 いや、でもよく考えたら初めてニーアを通してじゃなく喋ってくれたのだ。
 その勇気を笑うなんて失礼だ。

「分かった。それでいい。これからよろしく頼むよ、メル」

「…………は、はぁ…………」

「いやー、やっぱ人は年齢じゃないな。俺と一緒くらいの人がこんな才能持ってるなんて。ふっふっふ、みてろよカルキュールめ。まだオムカも捨てたもんじゃないってこと見せてやる」

 なんて悪役っぽいことを言ってみたが、ふと、空気が気になった。
 白けたというか、どこか冷めた空気。
 その中心はメルで、その横でニーアが口を膨らませて笑おうとするのを堪えている。

「あの、わたし……24歳です」

「え!?」

 ニーアの大笑いが書庫に響き渡った。



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