知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

第8話 大人魚姫

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 抜けるような青空。
 そこに1つ、2つと花が咲いた。
 もちろん空に咲く花はただの花ではない。
 花火だ。

 昼の青空だからそうはっきりと見えるものではないが、空砲のようなものと思えば盛り上げには一役買っているのだろう。

 その花火があがる真下。
 古代ローマのコロッセオに似た円形闘技場には数万という人間が詰めかけて、今や遅しと出し物の開始を待っている。

 円形闘技場の中央には一面の水が張ってあり、そこにぽつんと浮かぶ島がある。15メートル四方ほどの小さな島で、東西に細い道が通っている。おそらくそこが競技の場となるのだろう。

 それを見下ろす位置に俺はいた。

 闘技場が見渡せる客席のまさに中央の最前列。
 なぜかダブルサイズの専用特等席に座らされて。
 なぜかドレスを着飾っていた。しかもちょっと露出高めの。
 さらに椅子に手枷を嵌められて身動きできない状態だった。

 ……えっと、ナニコレ。

 今朝、起きたらこの状態になっていた。
 見知らぬ狭い部屋に拘束されたまま放置されて叫べど誰も来ない。
 しばらくすると4人の屈強な男が現れて身の危険を感じたものの、彼らは黙って俺を椅子ごとお祭りの神輿のように担ぎ上げてここに連れてきたわけで。
 その時にはすでに客席に大勢の観客が詰めていたから、周囲の視線が痛かった。てか超恥ずかしかった。

 思い返せば昨日、今日の打ち合わせを九神としてた時に急に眠くなって。それから一度も起きることなく、目が覚めたらこんな風になっていたわけで。

 あの野郎、盛りやがったな。

 もちろん筋力1の俺ではこんな手枷を引きちぎることなんてできない。
 だから大人しく見てるしかなかった。

「ま、別に俺が損するわけじゃないし。ニーアの頑張りを見学すると思えば……」

 いや、でもやっぱ手枷は邪魔だな。

 どうにか外すことはできないかと試行錯誤をしていると、急にラッパの音が響き渡りびっくりした。

『さぁ、お集りの皆さま、お待たせいたしました! これより第137回シータ王国大記念祭特別試合を開始いたします! わたくし実況の公威こういと申します! 皆様、最後までどうぞお付き合いくださいますようお願い申し上げます!』

 数万の群衆の歓声。耳がおかしくなりそうだ。

 首だけで振り返ってみれば、俺の後ろ1メートルほどの上段に、白い長机が用意されており、そこからメガホンのようなモノを持って身を乗り出す小男が見えた。彼が実況の公威らしい。

『事の始まりは3カ月前、我がシータ王国にとっては青天の霹靂。歴史が動いた瞬間でございます! 皆さまもちろんご存じでしょう。すなわち、オムカ王国の独立、そして我が国との同盟のお話です!』

 歓声が一気にブーイングへと変わる。
 やはりどうやらあまり歓迎されていないらしい。しょうがないけど。

『しかし我らが王は決断された! 帝国より独立したオムカと手を取り、そして共に歩むことこそ、国民すべてにおいて利益を生じさせる好機だと!』

 一転、ブーイングは歓声に早変わり。
 なるほど、九神はこれほど民心を取り入れているのかと感心する。

『そして2日前、オムカ王国の使者を迎えて我らが王との会談に臨んだ時、悲劇が起きました……。すなわち、我らが王の側近にして良き相談役の水鏡様と、オムカ王国からの副使が取っ組み合いの喧嘩を行ったのです!』

 いや、そこまではしてないけど。言葉の取っ組み合いはしたけどね。

『しかしそこで我らが王は見事な裁定を下します! 喧嘩ならば国と国ではなく、個人と個人で行え。そしてそれは衆人環視のもと正々堂々と行うべきであると!』

 再び大歓声。
 もしかしてこれ九神が台本書いてない?

『という経緯により、こうして大記念特別祭が開催されることになりました! 皆さま、今一度、我らが王に万雷の感謝を!』

 歓声と拍手が巻き起こる。数万の拍手は圧倒されるような破壊音を持って俺の鼓膜を揺さぶる。

『さてさて、そんな遺恨のある2人ですが、そもそもの事の発端は何だったのか!? 今回の2人が争うのは、力? プライド? 故国? いやいやいやいや、そんなものではない! 彼女たちが争うその発端は、この賞品のため!』

 そういやあれって結局何が原因なんだ?
 あの怪しい商人のせいか、そもそものニーアのせいか、それとも少し規則に厳格すぎる水鏡のせいか。
 なんて思っていると、思わぬ答えが飛び込んできた。

『大陸に突如現れた小さな野菊! しかし侮るなかれ、その小さな頭脳より溢れだす智謀がこれまで数多の将軍を葬り去り、見事オムカ王国を独立に導いた救世主! まさにオムカに伝わる伝説のごとく、旗を振る者を冠した可憐な戦場の乙女! オムカ王国特使のジャンヌ・ダルク!』

 観客の視線が一気にこちらに向く。

 …………え、賞品って何!?

『今回の挑戦者にお聞きしたところ、事の発端は彼女! そして異口同音に望んだこの賞品! そう、勝者には、彼女を好きにお着がえさせる権利が与えられますー!』

「うおおおおおお!」「いいぞー!」「かわいー!」「俺にもやらせろー!」「キャー! 女の子同士の秘密の恋ね!」

 大歓声の中、1つの罵声が飛んだ。

「ふざけんな!?」

 まぁ俺なんだけど。

 いや当然だろ。なに勝手に人を賞品にしてるんだよ!?

『あ、ちなみにこのことは我が国王、九神様にも許可を得ておりますので変更は不可能です』

「てめぇ実況!」

『さらに今日はコメンテーターとして我らが九神様にも来ていただきました。どうでしょう、九神様。本日の勝負は』

『いや、やはり地形がポイントでしょうね。普通にやればニーア選手の圧勝でしょう。しかしオムカには水軍がありません。今回の戦いの場は我が国仕様の水の上に浮かんだ闘技場。それを水鏡が上手く使えば勝機があると思いますね』

「九神!! しれっと解説してんじゃない!」

『なるほど、素晴らしい解説をありがとうございます。なお、この試合は賭けが行われており、そのオッズは水鏡様に対しニーア選手は5倍! やはり自国人気によるものか!? なお賭けは試合開始の鉦が鳴るまで有効ですのでまだの方はお早めに!』

 うわぁ、国公認の博打かよ。
 日本じゃ考えられないな。

『さぁ、それでは張り切ってまいりましょう! まずは選手の入場です!』

 あー始めるんだ。このまま。
 超逃げたい。でも逃げられない。くそ、そのための手枷かよ!

『さぁ、西門より現れたのは九神様の側近にして刎頚ふんけいの友! 今のシータ王国の隆盛はこのお2人によって築かれたといっても過言ではないでしょう! かつては最高軍事責任者である四峰しほうにも選ばれたものの、めんど――器ではないと断り九神様のそばを離れない彼女のことを、街では噂したものです! その真意は何なのか、何も語らない、何も表情に出さない、ただ口にするのは罵詈雑言の雨嵐! まさに攻めも守りも鉄の乙女、水鏡様が入場だぁーー!』

 ひどい言われようだけど、四峰って確か時雨とか淡英と同じだろ。それと同格ってかなりヤバいんじゃないのか。

 大歓声の中、(顔色は分からないが)平然と中央の闘技場へと歩む水鏡。
 その姿は昨日物議をかもしたスクール水着(胸元に『みかがみ』の名前入り)に裸足。
 ただ試合のためか、腰にベルトを巻いているほかに肩あてと胸あてで防備を固めているが、トレードマークの眼鏡はそのまま。そりゃそうか、コンタクトなんてないだろうし。てかあんな格好させられて恥ずかしくないのかな。

『続いて東門からも来たぞ! この試合に挑む彼女に聞きました。あなたが欲しいものは何ですか? 富? 名誉? 力の証明? いや違う。ジャンヌのおっぱいのためには神をも殺します、と自信満々に答えてくれた新進気鋭のオムカ王国からの刺客! オムカ王国の近衛騎士団長ながらも、かの王都防衛線では一軍を指揮して守り抜いたという剛の女。ニーア・セインベルク選手の入場だぁーーー!』

 歓声半分、ブーイング半分の群衆の中、穂先のない模擬戦用の槍を構えてのんびりと観客に手を振って歩いてくる。
 服はこっちも昨日と同じスクール水着。意味分かってんのか、あいつ。
 ほんと大物だよ。
 後で殴るけど。

『さぁそれではルールを説明します! これは我らが王、九神様が創案したボクシングという制度を取り入れた画期的な試合方法! ご存じない方は今ここで覚えていただけますように!』

 要は1ラウンド5分制で、最大5ラウンドということになる。
 ラウンドごとに1分の休みを入れるのだから最大30分近くにも及ぶ。

 どちらかといえばボクシングというより総合格闘技の方が近いのかもしれない。
 ただルールはそれだけで、あとは殺しさえしなければ何でもあり。金的も噛みつきも目つぶしも武器もなにも制限なし、場外もなしというバーリトゥードなんでもあり以上になんでもありな方法だ。審判もいない。

 ちなみに後になって九神に問い詰めてみたのだが、

『ま、こんな時代だからね。ルールに守られた安全な試合じゃ、誰も喜ばないのさ。もちろんいつもなら水鏡を審判に立たせて、やばくなったら止めてるんだけど。今回はその水鏡が現場にいるから大丈夫だろうってことさ』

 信頼というよりは丸投げといったやり方を聞いて、水鏡に同情したくなった。

『さぁ、ルールは把握できたかな!? それでは第137回シータ王国大記念祭特別試合、5ラウンド一本勝負! 開始のゴングを九神様、お願いします!』

 後ろを見ると、白いテーブルの奥に九神がすっくと立ちあがる。
 その動作だけで、これまで鼓膜を破壊せんとばかり続いた歓声がピタリと止まった。

 九神は左手に鉦、右手にハンマーを持っており、それを衆人に見せるよう掲げる。
 そして、

 カァン!

 鐘が鳴った。
 瞬間、どよめきが走る。

 闘技場に視線を戻すと、端から端に一直線に走る影。
 ニーアだ。

『おっと、これは! 開始のゴングと同時にニーア選手が速攻!』

 両手に持った槍を右の腰に引き、そのまま突き出せば突進の勢いをもって水鏡を吹き飛ばす攻撃になっただろう。

 だがその不意打ちとも言える突進が、闘技場の中央辺りで急に止まった。

「ぐっ!」

 肉を打つ音。
 ニーアの顔が跳ね上がり、ふらりと後ろに倒れそうになる。
 だがそれを堪えた。堪えて、右。槍を縦に構える。そこを何かが打つ。防いだ。いや左。それも打ち払う。また右、そして左。

 変幻自在の何かがニーアに向かって連撃を加える。
 ニーアはそれを捌くので精いっぱいで、完全に攻守が逆転した。

 むちだ。

 水鏡がいつの間にか取り出した鞭を自在に操り、一歩も動かずに5メートル先のニーアをひたすらに打ち据える。
 ニーアはそれを叩き落そうとするが、くねくねと生き物のように動く鞭は簡単に打ち払えずに、何発かはもらってしまう。

『きたきたきたー! これぞ水鏡様の真骨頂、加虐ドエスの鞭! これまで彼女に挑戦した猛者は数知れず、1歩動かすどころか1メートルの距離にも近づいたことのない、まさに攻守を兼ね備えた鉄壁の構え。容赦加減のない圧倒的な打擲ちょうちゃくに、悲鳴をあげるもどこか嬉しそうな挑戦者もいたとかいないとか! あぁ、わたしもお仕置きされたいー! さぁニーア選手はこれを破れるか!?」

 実況の煽りに、観客のボルテージは一気に最高潮に。

 だがそんな観客も目に入らないらしく、水鏡はただ作業のようにニーアに向かって鞭を振るう。
 たまらずニーアが距離を取った。

 それを水鏡は追わない。
 まるで自分の射程に入ったものを撃退する、自動迎撃システムのようだ。

 ニーアが闘技場に唾を吐く。赤いものが混じっていた。

 それから構えを解いてじっと対峙する。
 槍とは言っても2メートルほどの長さしかない。石突を持って突けば3メートルは届くようになるがそんな半端な攻撃では通用しないだろう。
 対して水鏡の鞭はその倍くらい伸びる。圧倒的リーチの差に、もはや手も足もでないのだが。

『さぁどうするニーア選手!? この鉄壁を崩さない限り勝利はないが――あぁ!?』

 ニーアの行動は実況を驚かせるのに十分だった。
 彼女は手にした槍を投げたのだ。
 槍は穂先を向けて一直線に水鏡に飛ぶ。さらにニーアは走り出す。
 槍と自身の同時攻撃だ。鞭で2つ一片を迎撃するのは不可能と踏んでの攻撃。

 だがあくまでも水鏡は冷静だった。
 飛んできた槍を上段からの一撃で弾き飛ばす。
 その先は突っ込んでくるニーア。自分の攻撃が跳ね返ってくるとは思わず、とっさに槍をキャッチしたのはさすがだが速度が落ちた。
 そこを水鏡の鞭が襲う。

『これは凄い! 飛んでくる槍を跳ね返して、ニーア選手を迎撃! 立ち止まったニーア選手に鞭が唸る唸る! たまらずニーア選手はエスケープ!』

 カァン!

『おっと、ここで1ラウンドのゴング! ニーア選手ゴングに救われました!』

 ゴングの音で両者の緊張が解け、水鏡はその場で、ニーアは元の場所に戻って1分間のインターバルに備える。
 その間も観客は興奮冷めやらぬ様子で無遠慮に騒ぎ立てる。

「よっと、どうかな? うちの水鏡ちゃんは」

 解説の仕事は飽きたのだろうか、九神が図々しくも俺のダブルサイズの椅子の隣に腰掛ける。邪魔。狭いんだよ。

「お前、後で覚えとけよ」

「いやいや、しょうがないんだって。やるからには全力で、ってあの2人が言うからさ。断ったら何されるかわかったもんじゃないのはアッキーも分かるだろ?」

 それは分からんでもないけど、悪ノリが過ぎる気がする。

「あれは卑怯じゃないか。まったく近づけない」

「それはあれかな? 君たち風に言えば、戦場の鉄砲がずるいです。刀じゃ勝てないから使わないでくださいってことかな」

「それは……極論だろ」

「極論だろうが論は論だよ。そしてその極論がまかり通るのが戦場だってのは、君が一番よく知ってると思ったんだけど」

「……」

「大丈夫だよ、多分ちょっとは面白い展開になるんだろうなと思ってるし」

 九神の謎めいた言葉を問いただす前に、彼は鉦とハンマーを取り出すと2ラウンド開始のゴングを鳴らした。解説は放棄したがその仕事だけは手放さないらしい。

 だが内容は先ほどと同じ。
 無暗に突っ込んでは迎撃されての繰り返し。

「おい、どこが面白い展開だ。これ以上ニーアが危ないようだったら何としてでも止めるぞ」

「まぁまぁ。そう慌てない。賞品は黙って結果を見守るのが仕事だよ。それに心配より信じてあげようよ。彼女もきっとそれを望んでる」

 3ラウンド目。それもこれまでと同じと思いきや、観客にどよめきが走る。
 ニーアが突っ込み、鞭の迎撃を食らうのは同じ。
 だがその時間が長い。
 もちろん食らいっぱなしというわけではない。
 槍を短く持って右へ左へ振りながら、今度はニーアが鞭を迎撃している。

『な、ななななんとー! ニーア選手、水鏡様の鞭をさばいているー! こんなことが今まであったのか!? さらにニーア選手、距離を詰める!』

 ニーアが水鏡の2メートル範囲に来た。もう少し行く。そこだ。ニーアが槍を繰り出す。
 間一髪、避けに徹した水鏡には届かない。距離が離れる。だがそこをさらにニーアは追う。水鏡の迎撃。間に合わない。

「がっ!」

『クリーンヒットぉぉぉ! なんと我々は夢を見ているのか!? あの水鏡様の鞭の防壁が初めて突破されたぁぁぁぁ!』

 槍をもろに食らって吹き飛んだ水鏡は、俺たちのいる南側の闘技場ギリギリのところに倒れている。
 起き上がらない。鞭も眼鏡も吹っ飛ばされて水に落ちてしまったようだ。
 ニーアのあの槍を受ければそれも仕方ない。だがこれ以上はマズイ。

「おい、あれは危ない。もう終わりでいいだろ」

「さてさて、どうかな? ここで止めたら水鏡に殺されちゃうよ」

「なんだよ、それ」

「あの子はね、負けず嫌いなんだ。水泳の選手、というよりスポーツマンはそういうものだよね」

「だから? 武器もなしにこれ以上続けようってのか?」

「鞭なんてなくても水鏡は戦うよ。だって、俺たちの持ってる武器はそれだけじゃないだろ?」

「どういう意味だ?」

 嫌な予感。
 そして歓声が上がる。
 闘技場の方を見れば、水鏡がふらふらと立ち上がっていた。
 対するニーアは警戒しながらも距離を詰める。

「ニーア!」

 思わず叫ぶ。
 ニーアがこちらを振り向いた気がした。

 もうやめろ。
 こうなったらニーアには敵わない。この世界の奴でもニーアに敵う奴は少ないのだ。なのに俺たちみたいな平和な国の日本から来た人間なんて――あっ!

「そう、僕たちにある力。スキル。それが武器。そして彼女もスキルを持つ。水中にて最強最速、その名も――」

 悲鳴。
 水鏡が水に落ちた。
 そのまま上がってこない。
 ニーアも何が起きたのか、不信と不安の表情を浮かべている。

 だが俺は見た。
 水鏡は水に落ちて、そして移動した。水の中を高速で。
 闘技場を一周するようにぐるりと回って――

「『大人魚姫グランマーメイド』」

「気をつけろ、ニーア!」

 叫んだ次の瞬間、会場を水が埋め尽くした。
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