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第2章 南郡平定戦
閑話3 ニーア・セインベルク(オムカ王国近衛騎士団長)
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あー、痛い。
てかあの鞭、卑怯じゃない? まったく近づけないっての。
でもやってるうちに慣れた。
軌道は最終的には私の頭部に集まる。
さっさと終わらせたいのか、頭を殴りゃ終わりと思っているのか。
こいつ、戦場に出たことないな、っていうのがあたしの感想。
戦場じゃ、そんな行儀の良い攻撃なんて誰も受けてくれない。狙うなら体。だってそれが一番大きいし、当たりやすいし。頭とか小さな的を狙うのは相手が弱ってとどめを刺すときだけ。
そもそも鞭ってのがいただけない。
だって鞭なら体に当たっても致命傷にはなりづらい。我慢できる。
だから頭だけガードしていればいい。
そうしたらほら、分かる。見える。捌ける。
あたしが鞭を弾くと、相手の苛立ちが伝わる。速くなるが荒くなる。
槍を短く持てばそれに対処できないことはない。
そうやって少しずつ近づきながら距離を詰める。
幸い、というか馬鹿なことに水鏡って女は水を背にしている。
後ろに下がって距離を取りながら攻撃されると厄介だったけど、後ろには下がれないからゆっくり着実に行けばいい。
1、2、はいそこ!
避けられた。
けど、遅い。
そんな反応速度でよく生きてこれたね。あ、戦場には出てないんだっけか。
ま、いいや。
避けられたけど、もう槍が届く範囲。
だから撃った。腰をひねって、右手で槍を飛ばすように突き出す。
肉をえぐる感触――はしないけど、胸あてをぶち抜いて肉を打った感触は得た。
相手は闘技場を滑るように転がり、がけっぷちで止まった。
あぁ、惜しい。そのまま落ちちゃえば勝ち……じゃないんだっけ。でもぶちのめしたから勝ちなのかな?
なんて思ってると相手が起き上がった。
明らかに重傷だ。足はがくがく、上体はふらふら。眼鏡はどっかいっちゃったし見えるのかな? てかこれ以上続行しようものなら殺しちゃいそうなんだけど。
「ニーア!」
む、ジャンヌの声。
見つけた。大きな椅子に座って赤いドレスを着たジャンヌは可愛いなぁ。お人形さんみたいで。って、横にいるの誰!? 許せん。後で問い詰めてやる。
そこへ――
水が爆発した。
違う。水柱が上がった。
それも闘技場を囲むように、観客席の最上部より高くまで水柱が上がる。
見れば水鏡の姿がない。ちょっと目を離しただけなのに、素早い奴。
だが考える前に体が動いた。
水のそばにいるのはヤバい。そう思った体が闘技場の中心へ向かって走らせた。
直後、今までいた場所を大量の水が打った。水柱が集中してそこを怒涛の如く流したのだ。
あのままあそこにいれば、水に押しつぶされてそのまま底に連れていかれただろう。それでも流れる水が足場を攫う。槍の石突で闘技場を砕き、それを支えとしてなんとか耐えた。
水の収まった闘技場にはあたし以外誰もいない。
槍を構える。
けどどうする。さすがに水を相手に槍一本では敵わない。
なら相手を見つけるだけだ。
闘技場にいないなら、水の中にいるのか。
でも不用意に水辺には近づかない。何が起きるか分からないから。
だから闘技場の中心で神経を研ぎ澄まし、待つ。
そしてそれは長い時間ではなかった。
反射的に背後へ槍を振るう。手ごたえあり。いや、水!?
砕いたのは水の塊。線のように細い水。
いや、鞭だ。水の鞭が襲って来たのだ。
水が意思をもって襲ってくる。そんなことがあり得るのか。まるでおとぎ話に出てくる魔法みたいだ。
いや、あり得ている。だからこれは現実として対処する。
「さすがはオムカの近衛騎士団長サマ」
声。左だ。水鏡がいた。あろうことか、水の上に浮いている。なんだそりゃ。めちゃくちゃだ。
「あの眼鏡、気に入ってたのに。弁償して」
「ジャンヌにつけといて」
「減らず口……。でもこれはどうしようもない。水を操る。これがわたしのスキル『大人魚姫』」
スキル? 何を言ってるんだろう、こいつは。頭を打ったつもりはないんだけど。
でも何かが起きていることは事実。
再び水の鞭が来た。砕く。けど水だ。砕いたところで次が来る。
「もう3ラウンドも時間がない。だからこれで終わらせる。降参するなら今だけど?」
「はっ、あいにくそんな言葉はこれまで口にしたことがない、なっ!」
水をはじく。
マズイなー。このままだとジリ貧だ。
「そう……じゃあ消えて。お馬鹿さん」
水鏡が右手を挙げる。
するとそこに彼女の周囲から水が吸い上げられるようにして登っていく。それは巨大な水の球を作り出し、重力に反して空中にたゆたっている。
「……ナニソレ」
もうここまで来ると笑うしかない。
どうするつもりか。投げるのか。回避、は無理。なら迎撃? できるのか?
だが起きたのは想像に反したことだった。
「雨だれ大地を穿つ」
ぽんっと、水鏡がその水の球を軽く押し上げる。
するとその水球は空が下であるかのように、高速で空へと落下していき――消えた。
なんなんだ……。
呆気に取られていたあたしの頭上に、影が落ちる。
それは闘技場全体を覆うほど巨大なもの。
まさか――
「そこ、危ないから」
全力で走る。どこでもいい。とにかくこの場から逃げる。
この闘技場の足場から。
跳躍。破壊音。衝撃が来た。水も来た。巨大な水の塊が高速で空から落ちてきたのだ。
水が暴れるようにあたしの体を攫う。だけど負けない。観客席の手すりにつかまり、必死に耐える。腕が引きちぎれそうな圧力。それでも離さないのは、そうした途端に死ぬから。
何よりジャンヌがあの女のものになるなんて、死んでも許されないこと。
やがて水の圧力が消え、振り返り見る。
見れば闘技場は粉々に砕け散っていた。足場はもはや水面にたゆたう破片となっている。
「よかった、生きてて」
水鏡の声。だがそれは生還を祝福しているのではなく、自らの手で勝利をあげるための祝福。
「生憎、諦めは悪い方でね」
「で、どうする? 足場はない。今はそんなところに引っかかってるけど、いつまでそうしてるつもり?」
「無論、お前に勝つまで」
「…………あんたって、本当に嫌い」
「奇遇だね、あたしもだよ」
鞭が来る。その前に飛び降りた。
破片。着地。沈む。その前に飛ぶ。
行ける。槍は落としていた。だから鞭は食らうしかない。水だ。死ぬことはない。だから我慢できないことはない。あれ、さっきも言ったっけ?
態勢を崩した。
いや、あと2メートルもない。
跳ぶ。
「しぶとい!」
「しぶとくて上等! ジャンヌはあたしのもんだ!」
そのまま水鏡に飛びつき、そのまま水に落ちた。
逃がさない。
水鏡の水着に手を絡ませ、そしてそのまま抱きしめるようにしてしがみつく。
さぁここから我慢比べだ。どっちが先に息が切れるか。
だがあたしは見てしまった。
水鏡がこちらを見て、嘲笑の笑みを浮かべていることを。
何を――と思う前に水圧が来た。いや、自分の体が動いているのだ。水中で、高速に。
何故、と思うが、答えはすぐそこにあった。水鏡が下半身で蹴る。そのたびに水をかき分け速度が増していく。
嘘でしょ。どんな脚力だよ。
自分がそこまで重いとは思わないけど、人間一人を乗せた状態でこの速度。化け物だ。
このまま速度を上げていけばいずれは振り落とされる。そうなれば勝機はない。
そうなるとこの女にジャンヌを好き勝手される。
それは絶対に許されない。
女王様にも顔向けができない。
だって、ジャンヌはあたしたちがいじってこそのジャンヌだから!
だから負けられない。
その思いが体を動かす。
振り落とされないよう、手を伸ばし肩を掴む。そして体を上に。
そしてたどり着いた。水鏡の背後。
水鏡の顔が苛立ちで歪む。
ざまぁ見ろ。やっとこれで我慢比べの再開だ。
あたしは全力を込めてしがみつきながら、彼女の首に手を回す。
油断していたのか、完全に決まった。相手もこちらの意図を察したのか、暴れるように体を動かし、更に速度が上がる。
へへっ、こっちが落ちるのが先か、あんたが落ちるのが先か。
これ以上なく分かりやすくていい。
さぁ、勝負だ。
てかあの鞭、卑怯じゃない? まったく近づけないっての。
でもやってるうちに慣れた。
軌道は最終的には私の頭部に集まる。
さっさと終わらせたいのか、頭を殴りゃ終わりと思っているのか。
こいつ、戦場に出たことないな、っていうのがあたしの感想。
戦場じゃ、そんな行儀の良い攻撃なんて誰も受けてくれない。狙うなら体。だってそれが一番大きいし、当たりやすいし。頭とか小さな的を狙うのは相手が弱ってとどめを刺すときだけ。
そもそも鞭ってのがいただけない。
だって鞭なら体に当たっても致命傷にはなりづらい。我慢できる。
だから頭だけガードしていればいい。
そうしたらほら、分かる。見える。捌ける。
あたしが鞭を弾くと、相手の苛立ちが伝わる。速くなるが荒くなる。
槍を短く持てばそれに対処できないことはない。
そうやって少しずつ近づきながら距離を詰める。
幸い、というか馬鹿なことに水鏡って女は水を背にしている。
後ろに下がって距離を取りながら攻撃されると厄介だったけど、後ろには下がれないからゆっくり着実に行けばいい。
1、2、はいそこ!
避けられた。
けど、遅い。
そんな反応速度でよく生きてこれたね。あ、戦場には出てないんだっけか。
ま、いいや。
避けられたけど、もう槍が届く範囲。
だから撃った。腰をひねって、右手で槍を飛ばすように突き出す。
肉をえぐる感触――はしないけど、胸あてをぶち抜いて肉を打った感触は得た。
相手は闘技場を滑るように転がり、がけっぷちで止まった。
あぁ、惜しい。そのまま落ちちゃえば勝ち……じゃないんだっけ。でもぶちのめしたから勝ちなのかな?
なんて思ってると相手が起き上がった。
明らかに重傷だ。足はがくがく、上体はふらふら。眼鏡はどっかいっちゃったし見えるのかな? てかこれ以上続行しようものなら殺しちゃいそうなんだけど。
「ニーア!」
む、ジャンヌの声。
見つけた。大きな椅子に座って赤いドレスを着たジャンヌは可愛いなぁ。お人形さんみたいで。って、横にいるの誰!? 許せん。後で問い詰めてやる。
そこへ――
水が爆発した。
違う。水柱が上がった。
それも闘技場を囲むように、観客席の最上部より高くまで水柱が上がる。
見れば水鏡の姿がない。ちょっと目を離しただけなのに、素早い奴。
だが考える前に体が動いた。
水のそばにいるのはヤバい。そう思った体が闘技場の中心へ向かって走らせた。
直後、今までいた場所を大量の水が打った。水柱が集中してそこを怒涛の如く流したのだ。
あのままあそこにいれば、水に押しつぶされてそのまま底に連れていかれただろう。それでも流れる水が足場を攫う。槍の石突で闘技場を砕き、それを支えとしてなんとか耐えた。
水の収まった闘技場にはあたし以外誰もいない。
槍を構える。
けどどうする。さすがに水を相手に槍一本では敵わない。
なら相手を見つけるだけだ。
闘技場にいないなら、水の中にいるのか。
でも不用意に水辺には近づかない。何が起きるか分からないから。
だから闘技場の中心で神経を研ぎ澄まし、待つ。
そしてそれは長い時間ではなかった。
反射的に背後へ槍を振るう。手ごたえあり。いや、水!?
砕いたのは水の塊。線のように細い水。
いや、鞭だ。水の鞭が襲って来たのだ。
水が意思をもって襲ってくる。そんなことがあり得るのか。まるでおとぎ話に出てくる魔法みたいだ。
いや、あり得ている。だからこれは現実として対処する。
「さすがはオムカの近衛騎士団長サマ」
声。左だ。水鏡がいた。あろうことか、水の上に浮いている。なんだそりゃ。めちゃくちゃだ。
「あの眼鏡、気に入ってたのに。弁償して」
「ジャンヌにつけといて」
「減らず口……。でもこれはどうしようもない。水を操る。これがわたしのスキル『大人魚姫』」
スキル? 何を言ってるんだろう、こいつは。頭を打ったつもりはないんだけど。
でも何かが起きていることは事実。
再び水の鞭が来た。砕く。けど水だ。砕いたところで次が来る。
「もう3ラウンドも時間がない。だからこれで終わらせる。降参するなら今だけど?」
「はっ、あいにくそんな言葉はこれまで口にしたことがない、なっ!」
水をはじく。
マズイなー。このままだとジリ貧だ。
「そう……じゃあ消えて。お馬鹿さん」
水鏡が右手を挙げる。
するとそこに彼女の周囲から水が吸い上げられるようにして登っていく。それは巨大な水の球を作り出し、重力に反して空中にたゆたっている。
「……ナニソレ」
もうここまで来ると笑うしかない。
どうするつもりか。投げるのか。回避、は無理。なら迎撃? できるのか?
だが起きたのは想像に反したことだった。
「雨だれ大地を穿つ」
ぽんっと、水鏡がその水の球を軽く押し上げる。
するとその水球は空が下であるかのように、高速で空へと落下していき――消えた。
なんなんだ……。
呆気に取られていたあたしの頭上に、影が落ちる。
それは闘技場全体を覆うほど巨大なもの。
まさか――
「そこ、危ないから」
全力で走る。どこでもいい。とにかくこの場から逃げる。
この闘技場の足場から。
跳躍。破壊音。衝撃が来た。水も来た。巨大な水の塊が高速で空から落ちてきたのだ。
水が暴れるようにあたしの体を攫う。だけど負けない。観客席の手すりにつかまり、必死に耐える。腕が引きちぎれそうな圧力。それでも離さないのは、そうした途端に死ぬから。
何よりジャンヌがあの女のものになるなんて、死んでも許されないこと。
やがて水の圧力が消え、振り返り見る。
見れば闘技場は粉々に砕け散っていた。足場はもはや水面にたゆたう破片となっている。
「よかった、生きてて」
水鏡の声。だがそれは生還を祝福しているのではなく、自らの手で勝利をあげるための祝福。
「生憎、諦めは悪い方でね」
「で、どうする? 足場はない。今はそんなところに引っかかってるけど、いつまでそうしてるつもり?」
「無論、お前に勝つまで」
「…………あんたって、本当に嫌い」
「奇遇だね、あたしもだよ」
鞭が来る。その前に飛び降りた。
破片。着地。沈む。その前に飛ぶ。
行ける。槍は落としていた。だから鞭は食らうしかない。水だ。死ぬことはない。だから我慢できないことはない。あれ、さっきも言ったっけ?
態勢を崩した。
いや、あと2メートルもない。
跳ぶ。
「しぶとい!」
「しぶとくて上等! ジャンヌはあたしのもんだ!」
そのまま水鏡に飛びつき、そのまま水に落ちた。
逃がさない。
水鏡の水着に手を絡ませ、そしてそのまま抱きしめるようにしてしがみつく。
さぁここから我慢比べだ。どっちが先に息が切れるか。
だがあたしは見てしまった。
水鏡がこちらを見て、嘲笑の笑みを浮かべていることを。
何を――と思う前に水圧が来た。いや、自分の体が動いているのだ。水中で、高速に。
何故、と思うが、答えはすぐそこにあった。水鏡が下半身で蹴る。そのたびに水をかき分け速度が増していく。
嘘でしょ。どんな脚力だよ。
自分がそこまで重いとは思わないけど、人間一人を乗せた状態でこの速度。化け物だ。
このまま速度を上げていけばいずれは振り落とされる。そうなれば勝機はない。
そうなるとこの女にジャンヌを好き勝手される。
それは絶対に許されない。
女王様にも顔向けができない。
だって、ジャンヌはあたしたちがいじってこそのジャンヌだから!
だから負けられない。
その思いが体を動かす。
振り落とされないよう、手を伸ばし肩を掴む。そして体を上に。
そしてたどり着いた。水鏡の背後。
水鏡の顔が苛立ちで歪む。
ざまぁ見ろ。やっとこれで我慢比べの再開だ。
あたしは全力を込めてしがみつきながら、彼女の首に手を回す。
油断していたのか、完全に決まった。相手もこちらの意図を察したのか、暴れるように体を動かし、更に速度が上がる。
へへっ、こっちが落ちるのが先か、あんたが落ちるのが先か。
これ以上なく分かりやすくていい。
さぁ、勝負だ。
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