知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

第18話 政治力39の交渉術

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「どうも。俺が……いや私がビンゴ王国中央方面軍統括の喜志田志木きしだしきです。よろしく」

 正直開いた口が塞がらなかった。

 目の前にいる男が本当に敵の大将なのか、と思うほどその男は薄汚れていた。グレーの髪はぼさぼさで、生気に欠けた顔に眠そうな瞳。年齢は20前後か。つぎはぎの服は汚れていて、しかも猫背なので今の俺とほとんど視線が変わらない。

 将軍というと、ハカラやあまつのようなある意味自信をひたすらじぶん銀行に貯蓄し続けたような者がなるようなものと思ったが、この男はまったくもって違う。

 そして何より――

「どうしました?」

「いえ、1千で5万を破ったとか、1週間で城を10個落としたなどの伝え聞いた武勇とその……」

「あまりに見た目に違いがあると。ん、その通り。まったくもってその通りだと思う。でも私は気にしない。ここでは結果がすべてだから」

 なんとも覇気の無い、気だるい感じの言葉だが、言っていることは間違ってない。

 そして将軍にも色々なタイプがいる。
 実際に剣を振り敵に突っ込むタイプと、本陣に構えて指揮を取るタイプだ。
 前者が上杉謙信うえすぎけんしん、後者が武田信玄たけだしんげんと言えばわかりやすいだろう。

 だから彼が後者のタイプだとしてもそれは間違っていない。
 兵が噂していた程度だが、この男はビンゴ王国の北でかなりの戦果をあげて将軍となったらしい。少なくともエイン帝国に勝てる実力があるのは確かだ。

 だが、そんな見た目以上に俺を驚かせることがある。

 こいつ、プレイヤーだ。

 てかあからさまな日本名。それを名乗るなんてどうかしてる。
 九神だって、格好はあからさまだったが名前はぼかそうとしていた。

 ここに来る前に『古の魔導書エンシェントマジックブック』で確認したところ、詳細が見れなかったので、まさかと思ったら本当にまさかというわけだ。

 さて、それなら俺も本名を名乗るべきか。

 考えるまでもない。
 答えはノーだ。

 プレイヤーということはスキルがあるということ。
 それをわざわざ同盟国でもない相手に見せる必要はない。

 何より、ここにはニーアとブリーダがいる。変な疑いをもたれるのは良くない。少なくとも今は。
 はい、まだバレるのが怖いチキンですが? 何か悪い?

「オムカ王国軍師の立場にありますジャンヌ・ダルクです。こちらは護衛のニーアとブリーダ」

「うん、ジャンヌか。いいね。その名前、好きだよ」

 好き、という単語に反応したニーアが前に出ようとするが、手でそれを制する。
 ったく、だから連れてきたくなかったんだ。

「あ、てかやっぱり君か。こないだ俺……いや私の策を台無しにしたの。クロスから聞いたよ。おかげで面倒な戦いになっちゃったんだよね。ま、『一撃必殺ワンターンキル』でれたから初戦は問題なかったけど」

 喜志田は隣に立つ、俺たちを案内してくれたグロス・クロスに視線を向ける。
 最初、この男が俺たちの前に現れた時はびっくりした。数か月前にあんなやり取りした後だからなぁ。

 てかこいつ。今、変なこと言わなかったか?
 ワンターンキルでやれた?
 文脈的におかしくないか。あるいは……スキル名?

 だとしたらこいつ迂闊すぎるだろ。

「……いえ、こちらとしては賢明な判断をいただき感謝しております」

 俺は動揺をなるだけ押し殺して返答する。

「ふーん。ま、いいけど。俺はね、あ、いや私……うーん、面倒だから俺でいい?」

「はぁ、それは構いませんが」

「あっそ。じゃあそれで。いや、なんか将軍なんだからちゃんとした言葉使いしろってうるさくてさ。でも助かるよ」

 そう言いながらも感情に変化はない。
 ぼりぼりと頭を掻きながら気だるそうにしている。

 なんだ、この男。つかめなさすぎる。

「えっとね。俺はね、面倒なことは嫌いなワケ。だから面倒な話だったらそれまでだけど…………何しに来たの?」

 喜志田の単刀直入な言葉に、ニーアとブリーダが色めく。

「しょ、将軍。さすがに援軍に来ていらっしゃったのですから、それは……」

 さすがにグロス・クロスが、喜志田をたしなめた。
 だが喜志田にそれを改めるつもりはないらしい。眠そうな目で俺から視線を話さない。

 俺は小さく深呼吸して答える。

「何しに、とは意外な。エイン帝国を追い払う、それ以外何がありますか」

「ふーん、別によくない? あっちはもう完全に腰引けちゃってるし、いつか帰るでしょ」

「そのいつかが問題なのです。かれこれ1週間経つのに相手は何もしない。これは何らかの企みがあってのことでしょう。叶うなら先制攻撃に出るべきです」

 本当は先制攻撃するつもりはないけど。
 それでも相手の出方を見るために少し強気な姿勢を見せる。

「ふーん。先制攻撃ねぇ」

「さすがにこのまま何もしなければ兵の士気にかかわります。相手は1週間以上も野営している軍です。しかも遠征軍。士気は低下し、えん戦気分も高まっているでしょう。攻めるなら今です」

「んー………………あぁ、なるほど。つまり君たちも1週間野営して辛いってことかな。それを何とかしてくれって」

 俺は自分の動揺が顔に出ないよう、きつく奥歯を噛みしめた。
 完全に虚を突かれた。いずれはその話に持っていくつもりだったが、まさかエイン帝国の話から一気にこの話まで飛ぶとは思わなかった。

「確かにわが軍も疲弊しています。ですが今ならまだ士気も十分。こちらは3万2千、相手は3万。兵力差は僅か。あとは軍略でどうにかなるレベルです。しかし今を逃すと我が軍も戦闘の継続が不可能になることもあります。今を逃すわけにはいかないのです」

「ふーーーーん……いや、でも無理でしょ。相手、ガッチガチに固めてるよ? 見た? あの陣?」

「陣ならば燃やせば事足ります。さらに夜襲を重ねれば」

「あ、いや。そういうのいいから。だって相手はいつか帰るんだよ。攻めあぐねているからね。こっちが無理に攻める必要もない。そうすれば犠牲も少なくて俺も褒められるし」

 それなりの分析力は持っているらしい。
 だがここまではあくまで想定通り。相手が最低限の知略を心得ている将軍なら、ここは断ってくるのは当然だ。
 俺だってそんな無茶な攻めはしたくない。

 だから次に行く。

「分かりました。こちらから攻めるのは諦めましょう。とはいえ我が軍の士気も、これ以上の野営は厳しいものがあります。それに、そろそろ寒い季節に入ります。そこで雨でも降れば、わが軍は一気に衰弱するでしょう」

「それをなんとかするのが指揮官の仕事じゃない?」

「確かにその通りです。ではこういうのはどうでしょう。わが軍の陣をこの砦に移させてもらえないでしょうか」

 最初はある程度の無理難題をけしかけ、断られた後にすぐ代案となる妥協案を提示する。そうすると相手は1つ目を断った罪悪感で、妥協案が断りにくくなる心境の変化が起こる。
 ドア・イン・ザ・フェイスという交渉術だ。

「それってそっちの軍をこの砦に入れるってこと?」

「その通りです。そうすればある程度、夜露はしのげて、何より脆弱な陣より強固な砦に守られ兵も安心して眠ることができます。さらに貴国と協力して帝国に当たるという連帯感も生むことができます。そうすれば貴国と我が国の友好も深まり、ビンゴ王国、オムカ王国、シータ王国の三国同盟としてエイン帝国という巨悪に立ち向かうことができるのではないでしょうか」

 横で聞いているグロス・クロスが、感心したように頬を上気させている。
 あくまで敵はエイン帝国。それを考慮すると、俺の話は悪くないと思ったのだろう。

「ふーーーーーーーーーーーーーーーーん。なるほどね。確かにそれは良い案かもしれない」

 ぼりぼりとぼさぼさの頭を掻く喜志田。

 ふけとか飛んでこないよな……。

「では」

「うん、でも断る」

「…………何故ですか」

 まさかこうもあっさり断られるとは思っても見なかったので、わずかばかり返答が遅れた。

「んー、だってそれって知らない人たちをこの砦に入れるってことでしょ? それ無理。てか俺が無理。知らない人、怖いし。めんどくさいし」

 子供か!
 と、どなりたい心境を押さえつけてなだめる言葉を探す。

「では少しずつ兵を入れるというのはどうでしょうか。まずはお互いのことを知るために酒宴などを開くのでも」

「あ、それもパス。俺、酒飲めないから」

「な、なら隅の一角でもお貸し願えれば。ここは元はわが軍の砦。4万の兵が入る敷地はあるはず。貴国の兵が2万弱なら空いている場所はあるのでは?」

「うん、それも無理。というか駄目って言ってるんだけど、なんで聞いてくれないかな。てかそんな愚策許すわけないじゃん」

「愚策?」

 なんだ。今度は何を言い始めた?

「あれ、そんなことも分からない? 噂で聞いた独立の英雄ジャンヌ・ダルクだっけ? とは思えない言葉だなぁ」

 こいつ、喧嘩打ってるのか?
 朴訥ぼくとつとした喋りと相まって、苛立ちがハンパない。

「それよりその言葉遣い、ちょっと気持ち悪いからやめてくれる? クロスから聞いたよ。彼女は心に獣を飼ってる、しおらしい乙女のような見た目に騙されてはいけませんと。ははっ、獣を飼ってるか。詩人だね?」

「きょ、恐縮です」

 グロス・クロスが体を硬直させ答える。

 ちっ、そういえばこいつがいたんだっけか。
 ならもういいだろう。

「分かった。なら俺も遠慮なしで話させてもらう」

「お、言葉だけじゃない。目つきも変わったね。面倒がなくなって良い感じだ」

 にへらと喜志田は軽い笑みを浮かべると、少し身を乗り出してくる。

「じゃあさ。さっきの話に戻るけど……えっと、なんだっけ。そうそう、この砦にそっちの兵を入れるだっけ? いやいや無理でしょ。考えてもみてよ。こっちは1万5千と1万7千。相手は3万ちょい。数で互角だから相手が動けないのもあるけど、膠着になってるのは外に君たちの軍がいるからだよ。聡明な君ならそれで分かってくれると思うけど?」

 なるほど。喜志田の言う事は正しい。

 仮にエイン帝国軍が俺たちに向かって2万、ビンゴに向かって1万の兵を振り分けたとする。
 そうした場合、オムカとの戦いは優位に進められるが、ビンゴとの戦いでは数的に劣勢に立たされる。そしてもし、抑えの1万を突破されたら挟み撃ちにされるのだ。
 それを見越して俺たちは、ビンゴの救援を待って守りを固めればいいのだから、勝つのは容易となる。

 だが俺たちが砦に入ってしまうとその有利が消えてしまうというのだ。

「うちとしてはこないだの負け戦で兵が減ってね。これ以上は被害を出したくないんだよね。めんどくさいし」

「敵との距離は数キロあるはず。敵が来る前に我々が外に出ればそれは問題ないのでは?」

「そもそもそこだよ。君たちがこの砦に入るっていうけどさ。砦に入れた途端、俺たちを襲わないって誰が証明できるの? 俺たちこないだまで戦争してた相手だよ?」

「そ、そんなことは……するわけがない」

「ま、立場上はそう言うしかないよね。てか君がそう思っても他の人はどうかな。ここは元はオムカの砦。だまし討ちしてでも取り返したいと思う人間が、1万7千のうちどれだけいるかなぁ」

「……しかし! そもそもこの戦い、もとはビンゴとエインの間で起きたこと。俺たちはその援軍に来た。なのにそっちは砦に籠って俺たちは野営なんて、国同士の義にもとる行為だとは思わないのか?」

「あぁそういう方面から攻めてくるのね。うん、全然思わないね。てゆうか認識違いでしょ」

「認識違い?」

「この戦い、確かに攻められているのは俺たち、攻めてきているのはエイン帝国。でもこの戦いに何でオムカが無関係なのかな? 俺たちは別に砦を放棄しても良いんだよ? なんせ半年前に奪った地域だし、俺が奪ったわけでもない。そっちが独立したこともあって、戦略的価値も今や薄れている。ほら、うちらにはメリットがほとんどない」

 グロス・クロスが何か言いたげな視線を喜志田に送っているが、それに気づいてかいないでか、喜志田は俺から目を離さない。

 こいつ、政略まで読み切ってそれを言っているのか。
 油断できない相手だ。道を借りて草を枯らすなんて策を取ったから大したことないと思ったが、大間違いだった。

「……逆に俺たちオムカにはデメリットしかない。ここを取られたらエイン帝国に包囲される。そういうことか」

「その通り。俺がここを放棄すればエイン帝国はここに兵を置く。そうなったら面倒だろう? こないだは撃退できたみたいだけど、今度はしっかり準備して君らを攻めるよ。俺たちとシータに抑えの兵を置き、包囲なんかせずに一方向から大砲をひたすらに打ち込めばバーベルの城壁はもって数日だろうね。そうなればオムカの滅亡は決定的」

 喜志田の言う通りだ。
 それをやられたらはっきり言って詰みだ。

 結局、俺たちの拠点が1つしかなく、しかもそれが敵国のど真ん中という状況を何とかしない限り、俺たちは常に滅亡の縁に立たされている。
 独立で浮かれるのはいいけど、少し反省すべきだった。

 俺の難しい顔を見て何かを思ったのか、喜志田は少し声のトーンをあげて言ってくる。

「ま、俺たちもそうなったら困るからここにいてやってるんだよ。でも分かっただろ? つまり俺たちはオムカのために戦ってあげていると言っても過言ではないってこと」

「さっさと追い払いたいなら勝手に努力しろ、ということか」

「そう聞こえたなら許して欲しいな。ただこちらには焦る理由はない、そう言いたいだけ」

「随分守備的な考えなんだな。こないだは帝国に攻めたのに」

「楽して勝つ、それがうちの家訓なんでね。ま、家なんてないけど」

 こいつ、どこまで本気だ。

 いや、それよりこの論法。
 いつの間にか救援要請から俺たちのためにビンゴが戦ってあげているという話にすり替えられている。
 ビンゴ王国とエイン帝国の戦いにオムカ王国が関与、ではなく、オムカ王国とエイン帝国の戦いにビンゴ王国が関与という形に。

「ま、うちらとしても楽に勝てるメリットがあるなら戦うけど。たとえばこんな、ね」

 と、ふいに話題を変えた喜志田がボロボロの服から取り出したのは、1通の書状。
 大分上等な紙で、割り印までしてある。

「それは?」

「エイン帝国からの書状」

「っ!」

 その場にいた誰もが息を呑んだ。
 グロス・クロスさえも顔色を変えたのだから、誰にも話していないのだろう。

「内容は、なんと?」

 緊張で声がかすれた。
 あるいはそれはこの状況を決定づけるものであるかもしれないのだから。

「過去の遺恨を流し、共にオムカを攻めようって」

 やはり、か……。
 ハワードが言ったことが現実になりうる内容。
 それが決定されたら即座にオムカは滅亡する。

 だがまだ余地はある。
 こうしてその手紙を見せたのは、喜志田が迷っていることの証。
 だからそれを上回るメリットか、そのデメリットを示せば、きっとこいつもそんな話にはのらないだろう。

「安心しなよ。まだ返事はしていない」

「……安心した」

「ふふっ、君の驚く顔はなかなか面白いね。ああ、でも一応聞いてみようかな。この話、どれだけうちにメリットがある?」

「メリットは……ほぼない。俺がそっちの立場にいたなら絶対受けない。オムカを滅ぼした後、次に狙われるのはビンゴだからだ。ただもし、俺たちオムカと帝国が血みどろの戦いをして、帝国が撃退された直後にビンゴがオムカを攻めて滅ぼすなら、さらに同盟国を滅ぼされるのをシータが静観してくれるなら、オムカを支配することも可能かもな」

「なるほど」

「それ以上にオムカの領土がビンゴの本国から遠いのが最大のデメリットだ。補給線が伸び切ってしまって駐留も容易じゃない。現地調達は期待するなよ。俺たちだってまさに火の車なんだから」

「ははっ、面白いね」

 喜志田が初めて感情を露わにして笑った。
 だがその笑みにはまったく親しみやすさや友好的なものが見えない。

「じゃあさ、こうしよう。君はこの手紙を上回るメリットを持ってくる。そうすればうちらも陣を出てエインと戦うことを約束しよう。面倒じゃなくて簡単で楽に勝てるメリットを」

 戦争を舐めてるのか、と言いたくなる台詞だが、恐らくここが妥協ラインか。
 これ以上の交渉は無意味だ。

「分かった。それでいい」

 肩の力が抜ける。

 負けだ。
 敗北だ。
 惨敗だ。

 だがまだ致命的な敗北ではない。

 その日はそれでお開きになった。
 俺たちはさっさと砦を出て陣へと馬を走らせる。

「あーもう、なんなのあいつ! 超ムカつくんだけど!」

「同感っす。軍師殿。あれ、殺していいっすか?」

「いいわけないだろ。お前、ニーアに似てきたな」

「う……それは困るっす」

「それどういう意味よー」

 一歩外に出れば緊張感のかけらもない。
 だがまぁ、そういうのも悪くないように思えるのだから不思議だ。

 敗北感も少しは薄まるというもの。

 確かに今回は負けた。
 だがそれは政治の世界でのこと。
 ここから挽回ばんかいする。

 俺の得意な戦場、知力の世界で。
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