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第2章 南郡平定戦
第19話 囲魏救趙
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一夜明けて、陣地を見聞した後の昼に、俺は馬を出して噂の丘に登った。
護衛はニーアにサカキ、さらに100名ほどの兵がつく。
ここはまさに敵と接触する最前線。
威力偵察(実際に戦闘を視野に入れた偵察)の意味合いもあったから、こうして兵を率いて出た。
丘はそれほど高くもなく、一番高いところで10メートルくらいしかないだろう。
だが視界を遮るのは確かだし、丘の上から攻撃すればそれは逆落としになる。
「意外と厄介だな……」
丘には敵の姿はない。
だから安心して上に登り、そして見るのは敵陣の様子。
どうやら敵は軍を半分にしたようだ。お互いに数百メートル離れた位置に2カ所の陣を作っている。
しかもその陣、結構作り込まれていて、柵だけでも3重になっているし、遠くを見通せるように櫓もある。
さすがにこの丘を越えてオムカの陣すべてをみることはできなさそうだが、炊飯の煙や陣の気配などは察しえるだろう。
「なるほど。こりゃにらみ合いになるわけだ」
「だよなぁ。いっそ全部燃やせればいいんだけど、さすがに敵も反撃してくるだろうし。そういえばジャンヌちゃん、火薬をいっぱい持ってきたって聞いたけど、それじゃ駄目?」
「駄目じゃないけど、やっぱりどうやって近づくかの話になるんだよなぁ」
「じゃあさ、ジャンヌがやったっていう牛は? ぶっちゃけあたし見れてないんだよねぇ。怪我してたから」
「おお、あれは派手だったなぁ。もういっちょやっとく?」
「どこにそんな牛がいるんだよ。あれだって結局弁償したんだからな。今うちにそんな金はありません」
「そげなー」
とはいえ着眼点は悪くない。
うちも含めて木で作られた陣だから、火攻めしてくれと言わんばかりの作りだ。
問題はどうやって近づくか。
相手から近づいて来てくれれば楽なんだけどなぁ。
「距離は……ここからだと1キロちょいくらいか。ここで見張ってれば襲ってきても対処できるな。丘を回り込んで……は無理か。例の林になってるわけだ」
『古の魔導書』を出して地図と照らし合わせながら地形を見る。
地形篇とジャンルの1つを分けるあたり、孫子も地形の重要性を説き、将軍にとって地形を知ることは最も大事なことの1つだとしている。
だからこうして地形を見る。
実際に見ているものと何かひらめきがあったりするし、地図で違いがあるかと思ったからだ。
だがまぁそうそうないわな。
軍を示す印も、オムカ王国もビンゴ王国もエイン帝国も陣に籠りっぱなしで新しい発見なんて何もない。
ん……なんだ、これ。
そんな時だ。
その点を見つけたのは。
地図の上の方の端っこ。そこに小さな黄色い光点があり、動いている。軍を示す光点だ。
一体どの軍だ? いや、決まってる。
赤がビンゴ王国、青がオムカ王国、そして黄色がエイン帝国。ならこれはエイン帝国だ。
そもそも北で動いているのは帝国軍しかあり得ない。
ただそのルートが気になる。
ここへの増援かと思ったがどうやら違う。
光点は俺たちの背後、いや、もっと東に移動している。
まさかこれは――
「サカキ、今すぐ王都に伝令!」
「え、あぁ……でも何を?」
「敵が王都を突こうとしている! 防備を固めるようにハワードに連絡だ!」
「まさか!」
「時間がない、早く!」
有無を言わさずサカキを説得した俺はその場にあぐらをかいて座り込む。スカートだが文句を言っていられない。
陽に当たってほんのり暖かい草の上に、俺は『古の魔導書』を地面に広げてにらみつける。
くそ、本当に優秀だなこのスキル。
ここで気づけずにいたら詰みだった。
俺の考えに間違いがなければ、それほど状況は切迫している。
囲魏救趙、あるいは中入れの策だ。
囲魏救趙とは中国戦国時代において、大国である魏国の侵攻を受けた趙国が同盟国の斉国に救援を求めた時のこと。
その時、斉にいた孫ビン(2人いると言われる孫子の片方)が援軍として出陣するのだが、孫ビンは直接趙に救援には行かず、魏の首都を目指して進軍した。
それを知った魏軍は慌てて引き返したが、途中で待ち受けていた孫ビンに襲われ大敗したというもの。
中入れは日本の戦国時代において、長久手の戦いとなった策だ。
本能寺の変後、羽柴秀吉と徳川家康の戦いはにらみ合っての膠着となった。それを動かすために献策されたのがこの中入れの策だ。(秀吉が発案という説もある)
内容としては、家康は大軍を率いて長久手に来ているので、家康の本拠地である岡崎が手薄となっている。
そこを別動隊が強襲するのがこの策だ。この策のえげつない部分が、家康が動かなければ本拠地が襲われるし、家康が動けば別動隊と秀吉の本隊で挟撃できるという、秀吉にとって王手飛車角となることだ。
ただしこれは家康の果断な動きにより失敗し、先鋒の将は討ち取られて再び戦線は膠着することになったわけだが。
――と、おさらいをしたところで今回だ。
エイン帝国はビンゴ王国の守るフシン砦に軍を向ける。
単独では敵わないビンゴ王国は、オムカ王国に救援を依頼する。
そしてオムカは主力のほぼ全軍を出した。
昨日話にあったように、フシン砦がエイン帝国に奪われると二方向から攻撃されるため、なんとしてでも阻止しなければならないから、兵力を出し惜しみしてられないのだ。
そのかいもあってか、戦線は膠着したまま今日で8日目となっている。
これが現状の振り返り。
ここまではいい。
それで今だ。
この膠着の間に、別動隊がオムカの王都バーベルを襲ったら?
どれくらいの兵がいるかは分からないが、少なくとも王都にいるのは新兵やらの3千弱。
しかも今回は前のように強襲することが目的ではないから、おそらく砲兵も連れて行っているだろう。
大砲に対して防備のないバーベルは、抵抗のしようがない。
敵が1万いれば容易く王都は落ちる。
では今すぐ取って返すべきか。
それは駄目だ。
ここで俺たちが退けば、待ってましたと言わんばかりにあそこにいる3万が追撃してくるだろう。
更に別動隊がこちらの動きを掴んで俺たちの前に出られたらそれこそ最悪だ。俺たちは林道の中で前後を襲われて壊滅することになる。
つまり動いても動かなくてもも俺たちには破滅しかないのだ。
オッケー、整理できた。
状況は最悪だが絶望するには早い。
「サカキ、もう1つ。ジルと全軍に通達。今日も敵は動かない。3時間ごとの見張り交代以外は今のうちに体を休め、寝れる奴は寝させて。おそらく今夜は寝れなくなる」
「わ、分かった!」
「それからニーア、お前は王都に戻れ」
「え、なんで?」
「マリアが危険だ。王都が敵に襲われるかもしれない」
ニーアは何かを感じたようだが、少し空を見上げ、そして視線を戻して言った。
「ならなおさらジャンヌの傍を離れられないね。言ったでしょ、ジャンヌを守ることが女王様を護ることにつながるって」
「けど――」
「それにあたしはジャンヌの部下じゃなくて女王様の部下だからね、ジャンヌの命令は聞きませーん。てかさ、ジャンヌ、まだ諦めてないでしょ。きっとジャンヌなら女王様も国も軍もみんな救ってくれると思ってる。だからジャンヌを護るの」
「…………勝手にしろよ」
吐き捨てて再び地図に視線を落とす。
ヤバい、こんな時なのににやにやが止まらない。
ニーアに言われた言葉がそんなに嬉しかったのか。過度な信頼は身の破滅だと思っていたのに、こうも頼られるのはそう……悪い事じゃない。
そうだ。俺はまだ諦めちゃいない。
マリアも国も軍もみんな、俺が救う。
強欲にもほどがある。
けど俺はそうなろうと決めたんだ。
だから考える。
シンクシンクシンク。考えろ。まだ希望はある。はず。いや。ある。その前提で考える。
戦場は煮詰まっているが、まだゲームオーバーじゃない。
現に長久手の戦いだって、家康は別動隊を討って勝利している。
なら家康に倣って別動隊を叩くか? いや、駄目だ。距離が遠すぎる。
別動隊の距離は地図上で分からないが、ここから王都までの距離を基準に考えると20キロは離れている。1日の行軍でたどり着く計算だ。
逆に4万のエイン軍主力は目と鼻の先にある。別動隊に追いつく前に、エイン軍主力に噛みつかれる方が早い。
なら主力を先に叩くか。
それも無理だろう。
兵は俺たちの倍あるし、こちらから攻めるならあの重厚な陣を突破しないといけない。
それが難しいのは、さっき話していたとおりだ。
しかも片方の陣を攻めている間にもう片方が側面に回り込んで来たら、こちらが挟撃を食らって全滅コースだ。
せめてビンゴ軍が動いてくれたら、とは思うが昨日の会話を聞く限り難しそうだ。
昨日話したように、相手が攻めてくれば各個撃破ができる可能性があるけど……。
いや、エイン帝国の主力は状況が有利と判別するまで動かないだろう。そしてそれは別に遠い未来の話ではない。
つまり俺たちが勝つための条件は2つ。
1つはエイン帝国の主力を叩ける状況に置くこと。
2つはビンゴ軍の協力を得ること。
よし、問題点は2つに絞れた。
いや待て。
これ実質は1つだ。
エイン帝国の主力を叩ける状況を作ることができれば、それをメリットとしてあの喜志田を説得できる。
だからどうやってエイン帝国を叩くかを考えればいい。
その一点に限って思考を費やせばいいなら、後は考えるだけだ。
こっちから攻め込むのはさっき考えたとおり無理。
なら敵をおびき寄せるしかない。
おびき寄せるためには餌が必要だ。
その餌は考えるまでもない。俺たちオムカ軍が撤退するときこそ、エイン帝国の主力が出撃する時なのだ。
なら俺たちは撤退する、ようにみせかける。
そうすれば敵は出てくる。
それをどこで迎え撃つ?
これまで2度、ビンゴ軍を撃退したあの林道か。
それは悪くな――いや駄目だ。
これまでと状況が違う。
俺たちの背後には敵の別動隊がいるのだ。林道の出入り口を塞がれたら、俺たちは袋の鼠。全滅だ。林に逃げるにしても、再び軍としての態勢を取り戻す前に王都が落とされる。
つまり林道での戦いは不可能ということ。
そもそも贅沢を言えるなら、別動隊との戦いがある以上、こちらの戦力はなるだけ温存したままでいたい。
そんな都合よくいくかと思うが、そうでもしないと勝てないのだ。
そうなると奇策をもって敵を撃退するしかない。
奇襲、夜襲、火責め、水攻め、逆落とし、包囲殲滅、鉄砲による制圧射撃。
意外と選択肢はないな。
水攻めと鉄砲はそれ自体がないから無理。
包囲殲滅作戦を実行するほどの練度も機動力もないから無理だし、大博打すぎる。
逆落としで勝てるほどの地形も、この丘以外ない。
なら奇襲。さっきの林道での奇襲くらいしか思いつかない。
なら夜襲。敵が追って来たら夜もくそもないだろう。
なら火攻め。林でも燃やすか? いや、意外といいかもしれない。木を倒して道を塞いで火を放てば敵の追撃は防げる。
いや、駄目だ。
木を切り倒す時間もないし、何より敵の兵力は減らないわけだがから一時しのぎにしかならないわけで、取って返されてフシン砦を総攻撃されたらそれでも負けだ。
ふぅ…………ここがポイントなのに考えが行き詰まる。
くそ、知力100って言ってもここまでかよ。
もしかして知力100でも覆せない状況か? 本当の詰みなのか?
いや、そんなわけがない。ここで終わりなわけがない。
「ジャンヌちゃん、もしかしてヤバい?」
煮詰まった俺を、サカキが心配そうな顔で覗き込んで聞いてきた。
「……いや、ヤバくは、ない。けどとりあえず撤退する」
「そうか。じゃあ残った物資とかを輸送する手配をしなきゃな」
あぁそうだ。そういうこともしなくちゃいけないか。
さすがにそこまで気が回らなかった。
「しかしここまで作ったのにもったいねーな。エインでなくともビンゴに使われるのもなんか業腹だぞ」
「お、いいねサカキン! なら盛大に燃やしちゃわない? いやー、シータで見たんだけど、火が盛大に燃えるのってなんか凄くってねー。もう一度見たいなー」
「お前、いつそんな火遊びを覚えたんだよ……」
その時だ。
俺の頭の中に走るものがあった。
燃やす。それなら。なんとか。時間。間に合う。あとはどれだけ呼べるか。いや、そうだ手紙だ。あれを使おう。だから喜志田と会って。ビンゴの救援もそれでなんとかなる。撤退は夜。準備はそれまでに……。いけるか。いや、行く。これしかない。
決まった。
だから勢いよく立ち上がり、そして言った。
「よし、その策、採用だ」
護衛はニーアにサカキ、さらに100名ほどの兵がつく。
ここはまさに敵と接触する最前線。
威力偵察(実際に戦闘を視野に入れた偵察)の意味合いもあったから、こうして兵を率いて出た。
丘はそれほど高くもなく、一番高いところで10メートルくらいしかないだろう。
だが視界を遮るのは確かだし、丘の上から攻撃すればそれは逆落としになる。
「意外と厄介だな……」
丘には敵の姿はない。
だから安心して上に登り、そして見るのは敵陣の様子。
どうやら敵は軍を半分にしたようだ。お互いに数百メートル離れた位置に2カ所の陣を作っている。
しかもその陣、結構作り込まれていて、柵だけでも3重になっているし、遠くを見通せるように櫓もある。
さすがにこの丘を越えてオムカの陣すべてをみることはできなさそうだが、炊飯の煙や陣の気配などは察しえるだろう。
「なるほど。こりゃにらみ合いになるわけだ」
「だよなぁ。いっそ全部燃やせればいいんだけど、さすがに敵も反撃してくるだろうし。そういえばジャンヌちゃん、火薬をいっぱい持ってきたって聞いたけど、それじゃ駄目?」
「駄目じゃないけど、やっぱりどうやって近づくかの話になるんだよなぁ」
「じゃあさ、ジャンヌがやったっていう牛は? ぶっちゃけあたし見れてないんだよねぇ。怪我してたから」
「おお、あれは派手だったなぁ。もういっちょやっとく?」
「どこにそんな牛がいるんだよ。あれだって結局弁償したんだからな。今うちにそんな金はありません」
「そげなー」
とはいえ着眼点は悪くない。
うちも含めて木で作られた陣だから、火攻めしてくれと言わんばかりの作りだ。
問題はどうやって近づくか。
相手から近づいて来てくれれば楽なんだけどなぁ。
「距離は……ここからだと1キロちょいくらいか。ここで見張ってれば襲ってきても対処できるな。丘を回り込んで……は無理か。例の林になってるわけだ」
『古の魔導書』を出して地図と照らし合わせながら地形を見る。
地形篇とジャンルの1つを分けるあたり、孫子も地形の重要性を説き、将軍にとって地形を知ることは最も大事なことの1つだとしている。
だからこうして地形を見る。
実際に見ているものと何かひらめきがあったりするし、地図で違いがあるかと思ったからだ。
だがまぁそうそうないわな。
軍を示す印も、オムカ王国もビンゴ王国もエイン帝国も陣に籠りっぱなしで新しい発見なんて何もない。
ん……なんだ、これ。
そんな時だ。
その点を見つけたのは。
地図の上の方の端っこ。そこに小さな黄色い光点があり、動いている。軍を示す光点だ。
一体どの軍だ? いや、決まってる。
赤がビンゴ王国、青がオムカ王国、そして黄色がエイン帝国。ならこれはエイン帝国だ。
そもそも北で動いているのは帝国軍しかあり得ない。
ただそのルートが気になる。
ここへの増援かと思ったがどうやら違う。
光点は俺たちの背後、いや、もっと東に移動している。
まさかこれは――
「サカキ、今すぐ王都に伝令!」
「え、あぁ……でも何を?」
「敵が王都を突こうとしている! 防備を固めるようにハワードに連絡だ!」
「まさか!」
「時間がない、早く!」
有無を言わさずサカキを説得した俺はその場にあぐらをかいて座り込む。スカートだが文句を言っていられない。
陽に当たってほんのり暖かい草の上に、俺は『古の魔導書』を地面に広げてにらみつける。
くそ、本当に優秀だなこのスキル。
ここで気づけずにいたら詰みだった。
俺の考えに間違いがなければ、それほど状況は切迫している。
囲魏救趙、あるいは中入れの策だ。
囲魏救趙とは中国戦国時代において、大国である魏国の侵攻を受けた趙国が同盟国の斉国に救援を求めた時のこと。
その時、斉にいた孫ビン(2人いると言われる孫子の片方)が援軍として出陣するのだが、孫ビンは直接趙に救援には行かず、魏の首都を目指して進軍した。
それを知った魏軍は慌てて引き返したが、途中で待ち受けていた孫ビンに襲われ大敗したというもの。
中入れは日本の戦国時代において、長久手の戦いとなった策だ。
本能寺の変後、羽柴秀吉と徳川家康の戦いはにらみ合っての膠着となった。それを動かすために献策されたのがこの中入れの策だ。(秀吉が発案という説もある)
内容としては、家康は大軍を率いて長久手に来ているので、家康の本拠地である岡崎が手薄となっている。
そこを別動隊が強襲するのがこの策だ。この策のえげつない部分が、家康が動かなければ本拠地が襲われるし、家康が動けば別動隊と秀吉の本隊で挟撃できるという、秀吉にとって王手飛車角となることだ。
ただしこれは家康の果断な動きにより失敗し、先鋒の将は討ち取られて再び戦線は膠着することになったわけだが。
――と、おさらいをしたところで今回だ。
エイン帝国はビンゴ王国の守るフシン砦に軍を向ける。
単独では敵わないビンゴ王国は、オムカ王国に救援を依頼する。
そしてオムカは主力のほぼ全軍を出した。
昨日話にあったように、フシン砦がエイン帝国に奪われると二方向から攻撃されるため、なんとしてでも阻止しなければならないから、兵力を出し惜しみしてられないのだ。
そのかいもあってか、戦線は膠着したまま今日で8日目となっている。
これが現状の振り返り。
ここまではいい。
それで今だ。
この膠着の間に、別動隊がオムカの王都バーベルを襲ったら?
どれくらいの兵がいるかは分からないが、少なくとも王都にいるのは新兵やらの3千弱。
しかも今回は前のように強襲することが目的ではないから、おそらく砲兵も連れて行っているだろう。
大砲に対して防備のないバーベルは、抵抗のしようがない。
敵が1万いれば容易く王都は落ちる。
では今すぐ取って返すべきか。
それは駄目だ。
ここで俺たちが退けば、待ってましたと言わんばかりにあそこにいる3万が追撃してくるだろう。
更に別動隊がこちらの動きを掴んで俺たちの前に出られたらそれこそ最悪だ。俺たちは林道の中で前後を襲われて壊滅することになる。
つまり動いても動かなくてもも俺たちには破滅しかないのだ。
オッケー、整理できた。
状況は最悪だが絶望するには早い。
「サカキ、もう1つ。ジルと全軍に通達。今日も敵は動かない。3時間ごとの見張り交代以外は今のうちに体を休め、寝れる奴は寝させて。おそらく今夜は寝れなくなる」
「わ、分かった!」
「それからニーア、お前は王都に戻れ」
「え、なんで?」
「マリアが危険だ。王都が敵に襲われるかもしれない」
ニーアは何かを感じたようだが、少し空を見上げ、そして視線を戻して言った。
「ならなおさらジャンヌの傍を離れられないね。言ったでしょ、ジャンヌを守ることが女王様を護ることにつながるって」
「けど――」
「それにあたしはジャンヌの部下じゃなくて女王様の部下だからね、ジャンヌの命令は聞きませーん。てかさ、ジャンヌ、まだ諦めてないでしょ。きっとジャンヌなら女王様も国も軍もみんな救ってくれると思ってる。だからジャンヌを護るの」
「…………勝手にしろよ」
吐き捨てて再び地図に視線を落とす。
ヤバい、こんな時なのににやにやが止まらない。
ニーアに言われた言葉がそんなに嬉しかったのか。過度な信頼は身の破滅だと思っていたのに、こうも頼られるのはそう……悪い事じゃない。
そうだ。俺はまだ諦めちゃいない。
マリアも国も軍もみんな、俺が救う。
強欲にもほどがある。
けど俺はそうなろうと決めたんだ。
だから考える。
シンクシンクシンク。考えろ。まだ希望はある。はず。いや。ある。その前提で考える。
戦場は煮詰まっているが、まだゲームオーバーじゃない。
現に長久手の戦いだって、家康は別動隊を討って勝利している。
なら家康に倣って別動隊を叩くか? いや、駄目だ。距離が遠すぎる。
別動隊の距離は地図上で分からないが、ここから王都までの距離を基準に考えると20キロは離れている。1日の行軍でたどり着く計算だ。
逆に4万のエイン軍主力は目と鼻の先にある。別動隊に追いつく前に、エイン軍主力に噛みつかれる方が早い。
なら主力を先に叩くか。
それも無理だろう。
兵は俺たちの倍あるし、こちらから攻めるならあの重厚な陣を突破しないといけない。
それが難しいのは、さっき話していたとおりだ。
しかも片方の陣を攻めている間にもう片方が側面に回り込んで来たら、こちらが挟撃を食らって全滅コースだ。
せめてビンゴ軍が動いてくれたら、とは思うが昨日の会話を聞く限り難しそうだ。
昨日話したように、相手が攻めてくれば各個撃破ができる可能性があるけど……。
いや、エイン帝国の主力は状況が有利と判別するまで動かないだろう。そしてそれは別に遠い未来の話ではない。
つまり俺たちが勝つための条件は2つ。
1つはエイン帝国の主力を叩ける状況に置くこと。
2つはビンゴ軍の協力を得ること。
よし、問題点は2つに絞れた。
いや待て。
これ実質は1つだ。
エイン帝国の主力を叩ける状況を作ることができれば、それをメリットとしてあの喜志田を説得できる。
だからどうやってエイン帝国を叩くかを考えればいい。
その一点に限って思考を費やせばいいなら、後は考えるだけだ。
こっちから攻め込むのはさっき考えたとおり無理。
なら敵をおびき寄せるしかない。
おびき寄せるためには餌が必要だ。
その餌は考えるまでもない。俺たちオムカ軍が撤退するときこそ、エイン帝国の主力が出撃する時なのだ。
なら俺たちは撤退する、ようにみせかける。
そうすれば敵は出てくる。
それをどこで迎え撃つ?
これまで2度、ビンゴ軍を撃退したあの林道か。
それは悪くな――いや駄目だ。
これまでと状況が違う。
俺たちの背後には敵の別動隊がいるのだ。林道の出入り口を塞がれたら、俺たちは袋の鼠。全滅だ。林に逃げるにしても、再び軍としての態勢を取り戻す前に王都が落とされる。
つまり林道での戦いは不可能ということ。
そもそも贅沢を言えるなら、別動隊との戦いがある以上、こちらの戦力はなるだけ温存したままでいたい。
そんな都合よくいくかと思うが、そうでもしないと勝てないのだ。
そうなると奇策をもって敵を撃退するしかない。
奇襲、夜襲、火責め、水攻め、逆落とし、包囲殲滅、鉄砲による制圧射撃。
意外と選択肢はないな。
水攻めと鉄砲はそれ自体がないから無理。
包囲殲滅作戦を実行するほどの練度も機動力もないから無理だし、大博打すぎる。
逆落としで勝てるほどの地形も、この丘以外ない。
なら奇襲。さっきの林道での奇襲くらいしか思いつかない。
なら夜襲。敵が追って来たら夜もくそもないだろう。
なら火攻め。林でも燃やすか? いや、意外といいかもしれない。木を倒して道を塞いで火を放てば敵の追撃は防げる。
いや、駄目だ。
木を切り倒す時間もないし、何より敵の兵力は減らないわけだがから一時しのぎにしかならないわけで、取って返されてフシン砦を総攻撃されたらそれでも負けだ。
ふぅ…………ここがポイントなのに考えが行き詰まる。
くそ、知力100って言ってもここまでかよ。
もしかして知力100でも覆せない状況か? 本当の詰みなのか?
いや、そんなわけがない。ここで終わりなわけがない。
「ジャンヌちゃん、もしかしてヤバい?」
煮詰まった俺を、サカキが心配そうな顔で覗き込んで聞いてきた。
「……いや、ヤバくは、ない。けどとりあえず撤退する」
「そうか。じゃあ残った物資とかを輸送する手配をしなきゃな」
あぁそうだ。そういうこともしなくちゃいけないか。
さすがにそこまで気が回らなかった。
「しかしここまで作ったのにもったいねーな。エインでなくともビンゴに使われるのもなんか業腹だぞ」
「お、いいねサカキン! なら盛大に燃やしちゃわない? いやー、シータで見たんだけど、火が盛大に燃えるのってなんか凄くってねー。もう一度見たいなー」
「お前、いつそんな火遊びを覚えたんだよ……」
その時だ。
俺の頭の中に走るものがあった。
燃やす。それなら。なんとか。時間。間に合う。あとはどれだけ呼べるか。いや、そうだ手紙だ。あれを使おう。だから喜志田と会って。ビンゴの救援もそれでなんとかなる。撤退は夜。準備はそれまでに……。いけるか。いや、行く。これしかない。
決まった。
だから勢いよく立ち上がり、そして言った。
「よし、その策、採用だ」
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初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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