知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第2章 南郡平定戦

第23話 瑕疵

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「イッガーのやつ。俺が欲しい情報を先回りして集めてきてくれたんだ。これは思わぬ拾い物だったよ」

「そうですか。それはよかったですね」

「ああ。とりあえず諜報機関はイッガーに任せておけば問題なさそうだ。といっても効果が出るのはもう少し先になりそうだけどな……。とりあえず今は戴冠式と出丸だ」

 ここは俺の執務室。
 そこでジルと額を突き合わして、積まれたタスクを消化していっている。

 この部屋、無駄に豪華すぎて落ち着かなかったが、今ではそれも薄れてきている。
 書庫からかっぱらってきた本や、たまった書類があちこちに積まれて、日本での研究室みたいな雰囲気になってきたからだろう。
 最初は書庫でいいと言ったが、アクセスの悪さと、何より軍師兼国政を預かる立場である以上、見合った部屋がないと示しがつかないということで、ここをあてがわれたわけだ。

 元宰相の部屋なんだからカルキュールが使えばいいと言ったが、「今使ってるところがある」と断られた。
 そういえばもともとそこそこの地位にいたんだっけか。あの男もそういったところには無欲なのかもしれない。

 そんな室内は10メートル四方はあってなかなかに広い。今は家具や書類に占拠されて実面積よりは狭いけど。
 一応、色々報告を持ってくる廷臣たちがいるので、広いにこしたことはないのだが。

「それで、出丸はできそう?」

「はい。今、サカキとクロエに対応してもらっていますが、順調のようです。1か月後くらいには完成するでしょう」

「ま、それくらいはしょうがないか。とにかくそれがあるだけで防御力は跳ね上がる。帝国も迂闊には攻めてこないだろうし。できれば東西南北に作りたいけど、取り急ぎは北だけでなんとかするしかない」

「以前聞かされた王都改造計画について……正直、私にはわかりかねるところもあるのですが。そこまで脆弱なのでしょうか」

「これまでと同じ相手ならなんとかなる。でも鉄砲や大砲を使われるとひとたまりもない、ってところかな」

「鉄砲ですか……確かに先日の試射ではその威力に驚きましたが。それでもバーベルの城壁は崩せないかと思います」

「城壁の上にいても届く可能性がある。それだけで防御力は大幅に下がるよ」

「ううん、そうですね……」

「それに大砲。投石機であれだけの被害が出たんだ。大砲ならもっと簡単に壊されてたと思うよ」

「そう、ですね……ですがやはり難しいでしょう。この城壁を変えるとなれば莫大な費用がかかりますし、時間もどれだけ必要か分かりません」

「だからとりあえず出丸で何とかしようって話。それより南郡だよ。完全に出遅れた感はある」

 イッガーの報告はおよそ半月前のものだ。
 俺が王都に戻って来たくらいに、同じくイッガーも戻って来たらしい。

 南郡はオムカから南に150キロほど下った場所にある山に囲まれた地域で、さらに南に行くとジャングルがあり、そのまた向こうは砂漠になっているという。
 そんな閉ざされたいち地方は今、5つの国に分かれている。

 いや、分かれていたと言うべきか。

 北西の国ワーンス。
 ここは5つの国の中で最弱の軍事力だが、地理的に重要な位置を占める。
 北にある山脈に挟まれた細い一本道が、オムカのある平原に通じていて、それはこのワーンス王国が支配しているのだ。
 最弱ならばすぐに他の国に滅ぼされそうだが、一国が制圧するとその国が強くなりすぎるので、他の国が助けて滅ぼさないようにしているという、弱いゆえに生き延びている不思議な国だ。

 北東の国ドスガ。
 ここは5つの国の中で最強の軍事力をほこる国家だ。
 ただ国王が強欲で猜疑心が強いため、上も下も落ち着かずに民心も安定していないという。
 なお、国の北部は山と川に面しており、その川を超えるとオムカとカルゥム城塞の中間地点に出る。

 そして3つ目。
 南西の国トロン。
 この国はさしたる特徴はないが、どうやら南にあるジャングルと砂漠を超えて交易隊が来るらしく、土地がなくても収益は安定しているので、特に外征を行う必要がないことから内政を重視する一番平和な国だという。

 4つ目は南東の国スーン。
 ここもトロンと同様、交易の道を確保しているが、それを軍事に主に回している。
 この国はドスガを制圧することが悲願で、交易で得た商品をオムカやシータの国に流して流通を確保したいらしい。
 だからエイン帝国に制圧される前は、ドスガと数えきれないほどの小競り合いをしてきたという。

 そして最後の国が中央の国、フィルフ。
 他の国と異なり、ここだけ山、というより小高い大地に城がある。
 4つの国と接しながらも生きながらえているのは、その高所の有利と、交通の要所として他の国に取られないように他国がけん制し合ってくれているからだ。

 以上がイッガーが1カ月のうちに調べてきたことらしい。
古の魔導書エンシェントマジックブック』を開けばそこそこの情報は得られるが、やはり実際に見て聞いたことはより情報の密度が高い。

 特に今起きていることなどその最たるものだ。

「俺たちが独立したことで、エイン帝国とのパイプが切れた南郡。そうなるとまた前の通りの不仲に戻った。そして最初に動いたのが南東のスーン国ってことだ」

「長年の怨敵ドスガに攻め入るも、逆襲に遭い、そのまま王都まで攻め込まれて落城、降伏。ですか。よほど優秀な将がいたのでしょうね。普通であればこれほど綺麗には決まらないでしょう」

「あぁ。なんでもドスガには四天王とかってのがいるらしいからな。ははっ、自分で死亡フラグ立てんなよって感じ」

「そんなにおかしい事でしょうか。それほど武勇に自信があるということでしょうし」

「ならジルもやってみるか? ジルとサカキでオムカの双璧。そこにハワードとブリーダを加えて四天王。さらにニーアを追加して五虎将軍。もうちょっと人を増やしてオムカ八虎、オムカ十六神将とかも格好いいんじゃないか?」

 目指せオムカ梁山泊りょうざんぱく百八星!

「…………ちょっと恥ずかしい気がします」

「だろ? あ、でもサカキとかニーアは喜びそうだな」

「ええ、そうですね」

 なんて軽口に言ってみたが、侮っていいわけではない。
 それだけ軍事に重きを置いている国ということだ。注意は必要だった。

「それで、スーンを下したドスガは中央のフィルフを攻めた。フィルフは北西のワーンスと南西のトロンに救援を求めて抵抗するが、戦線は膠着。引き分けかと思いきや、ドスガはなんとワーンスとフィルフと和議を結び、トロンの軍を集中攻撃で撃破。そのままトロンの国に迫って落城させると」

「しかも女子供も関係なく、王族を皆殺しにしたという話でしたね。むごいことをする」

「あぁ。召使も含めて100人以上が死んだらしい」

「ひどいですね。しかし何故そこまでしたのでしょう」

「イッガーが言うには、トロン国は交易権を王族が持っていたから、それを奪うために殺しただとよ」

「そんな分析まで。なかなかの知恵者ですね、そのイッガーは」

「だろう? だから話が早くて助かるんだけど……ちょっとしくじったかなぁと」

「なにがでしょう?」

「南郡の扱いだよ。しばらくにらみ合いで終わると思ったからシータに向かったのに。まさか1国がここまで他を圧倒するようになるとはね」

「やはり南郡を領土に組み込むつもりでしたか」

「さすがにこの王都バーベルの位置を考えるとそうせざるを得ないよ。東はシータと同盟しているし、西は一応停戦中のビンゴがあるからそちらに領土は広げられない。北のエインには局地戦では勝利できるけど、本腰入れられたら今の兵力じゃ勝てない。たとえ勝ったとしても、最前線が変わるだけで、敵の攻撃に常にさらされることになる。そう考えたらもう南に行くしかないんだよ」

「そうですね。基本方針は問題ないかと」

「それがなぁ。これで5国がいがみ合っててくれたら楽だったのに」

古の魔導書エンシェントマジックブック』によると、各国の軍はオムカより小さい。
 北西のワーンスが5千。
 北東のドスガが9千。
 南西のトロンが6千。
 南東のスーンが7千。
 中央のフィルフが6千。
 といった塩梅あんばいだ。

 先の戦闘でここから若干の減少があるだろうが、ともかくドスガがどこかを完全に吸収すればそれはオムカに迫る兵数となる。だからその前にどこかの国、この場合ワーンス一択なのだが、を橋頭保にして各個撃破をするつもりだったのだが。
 少なくとも今年いっぱいは事は起きないと思ったが甘すぎたようだ。

「とりあえず近いうちにイッガーを南郡、特にドスガに送り込もうと思う」

「そうですね。今はとにかく戴冠式を成功させないことには動けないでしょうし」

「それだよ。その戴冠式、そういえば聞く暇がなかったんだけど、なんで今やるの? マリアはもう女王じゃないの?」

 仮の女王だ、とは聞いていたものの、あまりにみんなが女王様女王様と言うものだからもうそういうものだと思っていた。

「あぁ、そうですね。まだジャンヌ様がここに来る前のお話ですし、それに誰も話題にしたくはないので、ご存じないのは無理もないかと」

「話題にしたくない?」

「ええ。オムカがエイン帝国に負けたのは半世紀ほど前ですが、その時は属国扱いとしてまだ国として独立は保っていたのです。それが完全に帝国の支配下に移ったのは先王、つまり女王様の御父上の時代からなのです」

「マリアの、父親?」

「はい。私もそのころは帝国に駆り出されていたので、あまり詳しい事は分からないのですが、色々と話は聞こえてきたのです。先王は英邁えいまいな方でしたが、その分気位が高く、帝国の属国扱いを受けるのは我慢がならなかったのでしょう。廷臣の反対を振り切って、先王は帝国からの真の独立を目論見ましたが、帝国に露見してしまったのです。とはいえ王を死罪にすることはできず、やむなく帝国は先王を帝都に連れていき軟禁してしまったのです」

「それでマリアが女王になるわけか。確か、3歳とかって話だっけか」

「その通りです。それから帝国から宰相と将軍が遣わされて、この国は完全に帝国の支配下になったわけです」

「それがロキンにハカラか。また懐かしい」

 だがちょっと待て。
 まだ先王が生きているのなら、マリアが女王を名乗るのはおかしくないか?

 そのことを聞いてみると、

「そうですね。それがいつからかこんな噂が流れてきたのです。先王は帝都にて病死した、と。事の真偽はわかりません。ロキン宰相に問いただした者もいたようですが、はっきりとした答えが返ってくることはなかったようです。ですがそれに対して誰も異議を唱えませんでした。属国から完全に支配下に置かれる要因となった先王は国民からも人気が低く、それよりは女王様を新たな王とした方が、誰にも都合の良いことになったのです」

 オムカにとっては独立に失敗した先王より、エインにとっては反逆しようとした先王より、まだ子供で操りやすいマリアの方が良いということか。

 生まれを選べない以上、どうしようもないとはいえ、マリアも苦労したんだなぁと心中でひとりごつ。

「なるほど。先王が生きているかどうか分からないけど、オムカは独立した以上、誰かを国王としなければならない。だからここで元服させて女王にしてしまおうってことか」

「乱暴な言い方をすればそうなってしまいますね。ただ、やはりオムカが独立したということを内外に知らしめるには良い機会なのです」

「だからカルキュールのおっさんも張り切ってるわけだ」

「いえ、宰相殿だけではありません。これは私も、オムカに住むすべての人が望んだことです」

 ジルが少し照れたように、そして誇らしげにそう息巻く。

「……そっか。じゃあ成功させなくちゃな」

「ええ」

 俺たちの話が一段落したのを見計らったように、執務室のドアがノックされる。
 答えると入って来たのは、

「ジャンヌー、いるー? いるよねー、知ってまーす」

 はぁ……まためんどくさいのが。
 せっかくいい感じに話が落ち着いたってのに。

「なんだよ、ニーア」

「ん、女王様が一緒にご飯食べようって」

 ニーアはいつも通り、その軽い感じで切り出す。

 マリア、か。
 こないだのこともあるし、心が痛いのも確か。
 けど、かといって公務を投げ出していいわけじゃない。
 俺は心を鬼にしてその申し出を断った。

「悪いけどそんな暇はない。てか豪華すぎて食欲がなくなるからいい」

 だがそんな俺の気を知ってか知らずか(たぶん後者)、ニーアは眉をしかめた様子で、

「ジャンヌ、ちょっと最近女王様に冷たくない? 帰国してもう10日も経つのにシータの思い出語りもまだでしょ?」

「しょうがないだろ、こっちは色々忙しいんだ」

「いつもジャンヌはそうじゃん。忙しい忙しいって言って。家族をほっとくんだもん!」

「誰が家族だ!」

 なんだよそれ。
 なんで俺が仕事にかまけて家庭を顧みない夫みたいになってんだよ。

 勝手に決めつけられたようで、しかもふざけられてるように言われて、なんだかちょっとカチンと来た。

「大体、戴冠式までもう時間がないんだ。マリアのためにやってやってるのに、ぐだぐだ言うなって言っとけ」

 てかそもそも、なんでこんな仕事まで俺に振るんだよ。
 政治力の低さもさりながら、もともと俺は学者肌なんだ。人に指示出すことなんか慣れてないし、戦場とは違って上手く流れが見えない。暗闇の中、どこにあるか分からない岸を目指して泳いでいるような気分なのだ。ひどく疲れる。

 だから若干やけになってしまったのかもしれない。
 それは破滅への一歩だった。

「ジャンヌ、ちょっと調子乗ってない?」

 急にニーアが声を落として言う。聞き捨てならないことを。

「はぁ? なんでそうなるんだよ」

「ふん、仕事人間のジャンヌなんてもう知らないもん。勝手にすれば?」

 そう言い捨てて、肩を怒らせながら回れ右すると問答無用でそのまま出ていってしまった。
 しかもあいつの力で目いっぱい扉を閉めるのだから、爆発するような音がして、ドアがきしんだ。

 その迫力に俺は一瞬息を詰まらせて、

「なんだよ、あいつ……言うだけ言って勝手に出ていきやがった」

「ジャンヌ様、少しくらいは良いのですよ。後は私がやっておきますから」

 ジルが気遣うように言ってくる。
 なんだか恥ずかしい場面を見られたようで、少し座りが悪い。

「いいんだよ。今はこっちの方が大事」

「女王様とてまだ12です。色々と繊細な年頃ですから」

「それなら俺は14だよ」

「それは……そうですが」

「それにマリアにはニーアがいるだろ。俺の出る幕はないよ」

「しかし、それでは……」

「てか最近ちょっと皆たるんでるよな。こないだの帝国との戦いで思った。まだまだオムカは弱い。シータと比べても国力が段違いに低い。いつ滅んでもおかしくないんだよ。なのにどいつもこいつも……楽観的というか、全部俺に丸投げしやがって……あ、いやジルは別だからな」

「ジャンヌ様……申し訳ありません。そこまで思い詰めているとは思わず」

「だからジルが謝る必要ないんだって。とりあえず今日中に戴冠式の警備状況とパレードの進路だけ決めておきたい」

 どうせニーアも明日になれば「ジャンヌー」とか言って抱き着いてくるだろ。
 それにマリアだって、今が一番大事な時だと分かってくれるはずだ。

 だから心配ない。
 だから大丈夫だ。
 だから問題ない。

 そう思った。


 ――――――――――そう思いたかった。
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