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第2章 南郡平定戦
第24話 ミスト
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「あ、隊長殿! 奇遇ですね、今上がりですか!?」
時刻は夕方の5時過ぎ。
ひたすら会議、会議、会議。さらに南郡の対応と戴冠式に向けての準備に迫られ、連日泊まり込みというブラック企業さながらの業務を終え、俺は久しぶりに王宮を後にした。
昼のニーアの件もあり精神的にも疲労困憊の状態で王宮を出た俺を待ってたのはクロエだった。
ただクロエは王都北門に出丸を築く責任者になっていたはずだ。
だから奇遇も何も、ここで会うことはありえないはずだが……。
「? どうしましたか隊長殿?」
首をかしげるクロエ。
だが赤のワンピース姿という、色はともかくいつもより女の子らしい格好に着替えている以上、これは確信犯の待ち伏せだろう。
ただすでに頭もうまく働かず、理由を問い詰めるのもめんどくさかったので黙っていた。
「あぁ、帰るか」
「はい!」
元気よく答えたクロエがすり寄ってくる。
それを跳ねのける力もなく、なすがままに家路を行く。
馬車を使えば数分で着くのだが、夕暮れ時の活気ある大通りを通るのが帰宅できる時の習慣になっている。
こうして人の暮らしに触れるのは大事だし、夕涼みをしながら歩くと色々考えがまとまったりするのだ。
「隊長殿、今日はどうかしましたか? どこか不機嫌というか」
クロエがかなり鋭いところを突いてきた。
「ちょっとね。色々仕事が溜まって疲れたんだよ」
「そうですよね。隊長殿は仕事を抱えすぎです。今日だって家に帰るの3日ぶりじゃないですか?」
「あぁ、もうそんなになるのか……ほとんど部屋から出なかったから分からなかった」
「私がいないからって、不摂生しちゃだめですよ。お着がえも届けますので、ちゃんとお風呂に入ってくださいね!」
「はいはい、ありがとう」
口うるさい母親か。
けどまぁ、その心配はありがたい。
大学にいた頃、1週間部屋にこもりきりで3食カップラーメンという生活をしたことがあったが、さすがにその後体調を崩した。
そう考えるとセルフマネジメントも出来ない分、こうして管理してくれるのはとても助かったりする。
「ところで隊長殿。なーんかいつもと違ったりしませんか?」
「ん?」
クロエに問われて振り向こうとする。
だがその前に、
「あ、ジャンヌ様!」「お疲れ様です! お夜食にうちの野菜、持ってってください!」「ジャンヌ様! どうですか、お疲れに一献」「馬鹿、ジャンヌ様は未成年だよ!」「ジャンヌ様ー、戴冠式は盛り上がりますよね!」
こうして大通りを歩くと、店の人たちや買い物客に声をかけられる。
正直、大勢の他人と付き合うのはかなり精神に負担がかかるが、最近、こういうのも悪くないと思う。
見知らぬ人が、俺に対し好意をもって笑顔で接してくれる。それだけでも俺の頑張りが認められたみたいで、それが充足感となってくるのだ。
正直、疲労困憊だが、そんな顔も見せられない。
俺は笑顔で彼らに手を振り、答えてやった。
そんな感じで色々な人に声をかけられ、家まであと少しになってようやく解放された時だ。
「あ、あのですね隊長殿! いつもと違う何かが――」
「どや、キモイやろ? これがタコっちゅー海の生き物や」
今まで口をとがらせていたクロエが、俺に何かを訴えかけてきたのと、どこか耳に障る男の声が聞こえたのは同時。
何故かはわからない。
特別響くわけでもないし、かき入れ時の大通りには数百人もの人間が集まって声を交わしているのだ。
だが、その男の声だけが、何故か鮮明に、そして俺の注意を引く。
「でもなぁ、このタコちゃん、ちっちゃく切りよって、ちょいちょいっとこの粉ん中に入れてほいほいっとすると……ほれ、見事に隠れてもうたやん! そんでじゅーじゅーと焼いてみりゃ……ほいっ! 見てみぃ、美味そうやろ。これにソースかけて食うんが美味いんやで」
分かった。関西弁だ。
しかも絶妙に変な関西弁だから俺の琴線に触れたのだ。
立ち止まって声の方を見る。
建物の間のスペースに出店がある。
ただ他にある出店のような、商品を並べただけの簡易的なものではない。
長方形のテーブルの上に、複数の穴があるプレートを並べ、その横には数々の調味料が並んでいる。幕や幟も作っており、そこには『たこやき』のひらがなが。
まさしく日本の縁日で見るような、そんな出店だった。
「なんでしょう。たこ、やき? 新しい食べ物でしょうか? 知ってますか、隊長……殿?」
「…………」
「……? 隊長殿?」
「ん、何か言った?」
「いえ、なんかすごい目で見てらしたので……。もしかしてご存じです?」
ご存じも何も。
この世界には多分あってはならない食べ物だろう。
その食べ物がここにあるという事実。
日本ではお馴染みの屋台。
そして違和感ありまくりの関西弁。
あえて俺の家の近くで屋台を出していること。
まさか、な。
「あ、隊長殿」
人混みをかき分けて、屋台の前に出る。
誰も怪しんで買おうとしない。
そりゃそうだ。いくら美味しそうとはいえ、海鮮料理もまともにないこのオムカ王国でこんなものが売れるはずがない。
「あ、ジャンヌ様だ」「お買い物かな?」「まさかこの変なものを買うのか?」「いや、きっとこの怪しげな商人を取り締まる気に違いない」「そうだ、あの商人はきっと他国のスパイなんだ!」
俺の存在に気づいた野次馬のひそひそ話が聞こえる。
「そこのお嬢さん、どや。そんじょそこらじゃ買えへんたこちゃん! 今なら大安売りやで!」
男は俺に気づかず、通りすがりの女性に声をかけている。
年齢は30代、いや、40代か。白のタンクトップ型のシャツに上着を肩にかけ、下はズボンとサンダルといった格好。細い目と膨らんだ頬、小太りの体を震わせる様は、恵比寿様を思い起こすが、もうぱっと見、怪しすぎる。
だが、あるいはと思って声をかけた。
「1つもらおうか」
「へい……んん? なんや、えらいかわい子がきたなぁ!」
「たこ焼きをくれ」
「へい、まいど! いくついりやす?」
「あるだけ全部」
男の目が一瞬見開かれる。
だがすぐに元の細い目の笑みに戻る。
「全部て、困りますなぁ、お客さん。うちはみんなにこの味を知ってもらいたいんや。せやのに独り占めはあかんて」
「俺が買ってそれを皆に分けてあげればそれは叶うだろう? そちらは完売御礼、みんなは新しい味を楽しめてウィンウィンじゃないのか?」
「んん、ウィンウィンでっか。ええどすな、その言葉。好きでっせ」
「じゃあ商談成立だな。あいにくまとまった金は持っていないから、そこの家に取りに来てくれ。俺はジャンヌ・ダルクという」
「おお、もしかしてオムカ国の軍師のジャンヌ様? そんならしゃあない! ホンマは後払いなんてしませんからね、特別や。ちなみに、踏み倒そうなんてしたら地の果てまで追いかけまっせ」
「約束を破る気はないよ。じゃあ、店じまいしたらうちに来てくれ」
「それはもう。ところで1パックどうでっか? サービスしますさかい」
「俺に毒見をさせて食べる抵抗をなくそうってのか?」
「いやいや、単なる好意ですわ」
笑みに隠れた真意は読めない。
毒殺。九神たちに言った言葉が頭をかすめる。
「まぁいいか。いただこう」
俺は手渡されたたこ焼きのパックを手に取る。ソースに青のり、ノーマルなたこ焼きだ。芸の細かいことに、つまようじもついていた。よくやる。
俺は早速パックを開けた。
ふわっと湯気と共に懐かしのたこ焼きの臭いが鼻腔をくすぐる。
俺はつまようじについたたこ焼きを早速いただこうとするところに、
「た、隊長殿! そんな気味の悪いもの、いけません!」
「ん、なんだよ、美味しそうなのに。……そうだな。俺だけ食べてもしょうがないか。じゃあクロエも食べればいいな」
「え……」
「ほれ、あーん」
「う……こ、これは隊長殿からのあーんという最高のご褒美! しかしあんな得体のしれないものを食べるのか!? でもここを逃したらもう二度と隊長殿のあーんはないかもしれないとなるとやっぱりここは我慢してでも食べるべきかでも気持ち悪い物体をそうしてまで食べるいや食べる意味があるのは間違いないのだけれど――」
「ぐだぐだ言ってないで食べろ!」
俺はたこ焼きをクロエの口に突っ込んだ。
アツアツのたこ焼き。良い子は真似しないように。
「ぐっ……ぐもも……!」
クロエは一瞬吐き出しそうになったが、さすがにそれを耐えると今度は上を向いて口から湯気を何度も吐き出した。
あぁ、出来立てだから熱いよなぁ。悪いことした。火山みたいになってる。
クロエは熱さに耐えながら、それでも食べるか食べないかのせめぎ合いをすること数秒。
ようやく覚悟を決めたのか、たこ焼きの匂いと風味に当てられたのか、ゆっくり口を動かすとそのまま飲み込んだ。
「どうだ、クロエ?」
「お、美味しい、です」
「ん、そうだろ」
そこでようやく俺自身もたこ焼きを頬張る。
うん……外はカリカリ、中もしっかりと火が通ってタコも弾力のある良いものだ。
この男、うさんウサさとともに腕もプロ級だ。
そんな俺たちを見てか、野次馬の連中はみなよだれを垂らしているかのように、呆然としている。
そこへ屋台のおじさんが口上を述べる。
「さぁさ、よってらっしゃい! かのジャンヌ様も認めたタコ印のたこ焼き、いまならなんとタダでご提供や! それもこれもジャンヌ様が全部こうてくれたおかげや! さぁ、どんどん持ってき! せやけど明日からはちゃんと代金いただくさかい、ちゃんと働いてきぃや!」
それを合図に我も我もとたこ焼きのパックを奪っていく。
男は焼きながらもそれを次々と独りで捌いていくのだから大したものだ。
「んじゃ、帰るか」
「んん……んま。はい、隊長殿……もぐもぐ」
ちゃっかりクロエも自分の分をキープしてもぐもぐ食べている。
こいつの変わり身としたたかさは大したもんだと思うよ。
たこ焼き屋を離れて家まであと数分というところで、たこ焼きを平らげたクロエが口を開いた。
「てゆうか隊長殿、あるもの全部って太っ腹ですね。さすが軍師となるともらっているお給金がすごいんですね!」
「ないよ」
「え?」
「そんな金あるわけないだろ。今、この国は金欠だぞ? それなのにあんなの払える給料もらってたら、国民に袋叩きにされるよ」
「え、え? いや、でもさっきの……なんか地の果てまで追ってくとか言ってましたよ?」
「そこらへんはなんとでもなるさ。というかあそこで俺が買わなきゃ、彼の商売は大失敗してたんだ。それを俺が買って、クロエが美味しいと言ってくれたから他の皆も買おうって気になったわけだ。明日からは大繁盛だよ。だから未来への投資だと思ってもらうしかないね」
「はぁ、そういうものなんですか。……今、隊長殿をあくどいと思ってしまった自分が許せないです」
「いいんだよ。あいつには多分、借りがあるし」
「お知り合いなんですか?」
「いや、直接じゃない。てか知り合いでもない」
怪しい。
商人。
プレイヤー。
そんな人間を最近聞いた覚えがある。
伝聞だからその人物の顔も名前も知らない。だが、こうしてあからさまに和風の屋台なんて作って商売しているところを見ると、向こうからコンタクトを取って来たということだろう。
何の用かは分からない。
だがそれもすぐに判明するだろう。
家に戻ると、部屋着に着替えて居間に座る。
調理場から聞こえるクロエが料理する音をBGMにただ待つ。
だが陽が落ちても男は現れなかった。
仕方なくクロエの作った肉と野菜を炒めたものとスープに舌鼓(したづつみ)を打つ。最近、俺に影響されてかクロエもお米を食べるようになった。ただやはり白米が欲しいところ。なんとかして手に入らないものか。
食事中に来られたら嫌だな、とか思いながらも時間が過ぎ、食事が終わったころにドアをノックする音が響いた。
まるで計ったようなタイミングに、少し驚きながらも玄関のドアを開ける。
「どもども、代金を受け取りに来ました」
男がいた。
たこ焼き屋の男が、愛想笑いを浮かべて立っている。
「ずいぶん遅かったな」
「いやいや、これがまた偉い大繁盛でしてな! 追加注文の対応してたらこんなんなってしまいましたわ。いやー初日からこんな売れるとは、笑いが止まりませんわ。ほんまおおきに!」
「役に立てたようでなによりだ」
「それはもう。ほんで早速やけどこっちの話させてもろても構わんでっか? ほれ、これ請求書です」
男が懐から一枚の紙を取り出し渡してくる。
それは『請求書』と書かれた小さな紙きれで、その下は明細となっていて、
「商品名、ミストたこ焼き200個、それと衣装代。えっと、合計いちじゅーひゃくせんまん……100万!?」
ゼロの個数を見誤ったかと二度見、三度見した。
けど結果は変わらなかった。
「ひゃ、100万って……そんな大金、お城が買えますよ!?」
いつの間にか調理場から出てきたクロエが、俺の肩越しに請求書を見て目を見開く。
いや、さすがに城は買えんだろ……。
たこ焼きの代金としては破格すぎるけど。
「これまかんない?」
「まかりませんなー。こっちも商売ですんで」
だろうな。
こっちももともと踏み倒すつもりだったから、そこは問題ではない。
というよりちょっと気になるのがこっちだ。
「ところでこのミストたこ焼きって?」
霧のたこ焼き?
そんなじめっとしたもの、美味しそうじゃないけど。
「ああ、そこでっか」
男は得心したように、何度も頷き、そして言った。
「自分の名前、ミスト言います。今後どもごひいきに」
時刻は夕方の5時過ぎ。
ひたすら会議、会議、会議。さらに南郡の対応と戴冠式に向けての準備に迫られ、連日泊まり込みというブラック企業さながらの業務を終え、俺は久しぶりに王宮を後にした。
昼のニーアの件もあり精神的にも疲労困憊の状態で王宮を出た俺を待ってたのはクロエだった。
ただクロエは王都北門に出丸を築く責任者になっていたはずだ。
だから奇遇も何も、ここで会うことはありえないはずだが……。
「? どうしましたか隊長殿?」
首をかしげるクロエ。
だが赤のワンピース姿という、色はともかくいつもより女の子らしい格好に着替えている以上、これは確信犯の待ち伏せだろう。
ただすでに頭もうまく働かず、理由を問い詰めるのもめんどくさかったので黙っていた。
「あぁ、帰るか」
「はい!」
元気よく答えたクロエがすり寄ってくる。
それを跳ねのける力もなく、なすがままに家路を行く。
馬車を使えば数分で着くのだが、夕暮れ時の活気ある大通りを通るのが帰宅できる時の習慣になっている。
こうして人の暮らしに触れるのは大事だし、夕涼みをしながら歩くと色々考えがまとまったりするのだ。
「隊長殿、今日はどうかしましたか? どこか不機嫌というか」
クロエがかなり鋭いところを突いてきた。
「ちょっとね。色々仕事が溜まって疲れたんだよ」
「そうですよね。隊長殿は仕事を抱えすぎです。今日だって家に帰るの3日ぶりじゃないですか?」
「あぁ、もうそんなになるのか……ほとんど部屋から出なかったから分からなかった」
「私がいないからって、不摂生しちゃだめですよ。お着がえも届けますので、ちゃんとお風呂に入ってくださいね!」
「はいはい、ありがとう」
口うるさい母親か。
けどまぁ、その心配はありがたい。
大学にいた頃、1週間部屋にこもりきりで3食カップラーメンという生活をしたことがあったが、さすがにその後体調を崩した。
そう考えるとセルフマネジメントも出来ない分、こうして管理してくれるのはとても助かったりする。
「ところで隊長殿。なーんかいつもと違ったりしませんか?」
「ん?」
クロエに問われて振り向こうとする。
だがその前に、
「あ、ジャンヌ様!」「お疲れ様です! お夜食にうちの野菜、持ってってください!」「ジャンヌ様! どうですか、お疲れに一献」「馬鹿、ジャンヌ様は未成年だよ!」「ジャンヌ様ー、戴冠式は盛り上がりますよね!」
こうして大通りを歩くと、店の人たちや買い物客に声をかけられる。
正直、大勢の他人と付き合うのはかなり精神に負担がかかるが、最近、こういうのも悪くないと思う。
見知らぬ人が、俺に対し好意をもって笑顔で接してくれる。それだけでも俺の頑張りが認められたみたいで、それが充足感となってくるのだ。
正直、疲労困憊だが、そんな顔も見せられない。
俺は笑顔で彼らに手を振り、答えてやった。
そんな感じで色々な人に声をかけられ、家まであと少しになってようやく解放された時だ。
「あ、あのですね隊長殿! いつもと違う何かが――」
「どや、キモイやろ? これがタコっちゅー海の生き物や」
今まで口をとがらせていたクロエが、俺に何かを訴えかけてきたのと、どこか耳に障る男の声が聞こえたのは同時。
何故かはわからない。
特別響くわけでもないし、かき入れ時の大通りには数百人もの人間が集まって声を交わしているのだ。
だが、その男の声だけが、何故か鮮明に、そして俺の注意を引く。
「でもなぁ、このタコちゃん、ちっちゃく切りよって、ちょいちょいっとこの粉ん中に入れてほいほいっとすると……ほれ、見事に隠れてもうたやん! そんでじゅーじゅーと焼いてみりゃ……ほいっ! 見てみぃ、美味そうやろ。これにソースかけて食うんが美味いんやで」
分かった。関西弁だ。
しかも絶妙に変な関西弁だから俺の琴線に触れたのだ。
立ち止まって声の方を見る。
建物の間のスペースに出店がある。
ただ他にある出店のような、商品を並べただけの簡易的なものではない。
長方形のテーブルの上に、複数の穴があるプレートを並べ、その横には数々の調味料が並んでいる。幕や幟も作っており、そこには『たこやき』のひらがなが。
まさしく日本の縁日で見るような、そんな出店だった。
「なんでしょう。たこ、やき? 新しい食べ物でしょうか? 知ってますか、隊長……殿?」
「…………」
「……? 隊長殿?」
「ん、何か言った?」
「いえ、なんかすごい目で見てらしたので……。もしかしてご存じです?」
ご存じも何も。
この世界には多分あってはならない食べ物だろう。
その食べ物がここにあるという事実。
日本ではお馴染みの屋台。
そして違和感ありまくりの関西弁。
あえて俺の家の近くで屋台を出していること。
まさか、な。
「あ、隊長殿」
人混みをかき分けて、屋台の前に出る。
誰も怪しんで買おうとしない。
そりゃそうだ。いくら美味しそうとはいえ、海鮮料理もまともにないこのオムカ王国でこんなものが売れるはずがない。
「あ、ジャンヌ様だ」「お買い物かな?」「まさかこの変なものを買うのか?」「いや、きっとこの怪しげな商人を取り締まる気に違いない」「そうだ、あの商人はきっと他国のスパイなんだ!」
俺の存在に気づいた野次馬のひそひそ話が聞こえる。
「そこのお嬢さん、どや。そんじょそこらじゃ買えへんたこちゃん! 今なら大安売りやで!」
男は俺に気づかず、通りすがりの女性に声をかけている。
年齢は30代、いや、40代か。白のタンクトップ型のシャツに上着を肩にかけ、下はズボンとサンダルといった格好。細い目と膨らんだ頬、小太りの体を震わせる様は、恵比寿様を思い起こすが、もうぱっと見、怪しすぎる。
だが、あるいはと思って声をかけた。
「1つもらおうか」
「へい……んん? なんや、えらいかわい子がきたなぁ!」
「たこ焼きをくれ」
「へい、まいど! いくついりやす?」
「あるだけ全部」
男の目が一瞬見開かれる。
だがすぐに元の細い目の笑みに戻る。
「全部て、困りますなぁ、お客さん。うちはみんなにこの味を知ってもらいたいんや。せやのに独り占めはあかんて」
「俺が買ってそれを皆に分けてあげればそれは叶うだろう? そちらは完売御礼、みんなは新しい味を楽しめてウィンウィンじゃないのか?」
「んん、ウィンウィンでっか。ええどすな、その言葉。好きでっせ」
「じゃあ商談成立だな。あいにくまとまった金は持っていないから、そこの家に取りに来てくれ。俺はジャンヌ・ダルクという」
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「俺に毒見をさせて食べる抵抗をなくそうってのか?」
「いやいや、単なる好意ですわ」
笑みに隠れた真意は読めない。
毒殺。九神たちに言った言葉が頭をかすめる。
「まぁいいか。いただこう」
俺は手渡されたたこ焼きのパックを手に取る。ソースに青のり、ノーマルなたこ焼きだ。芸の細かいことに、つまようじもついていた。よくやる。
俺は早速パックを開けた。
ふわっと湯気と共に懐かしのたこ焼きの臭いが鼻腔をくすぐる。
俺はつまようじについたたこ焼きを早速いただこうとするところに、
「た、隊長殿! そんな気味の悪いもの、いけません!」
「ん、なんだよ、美味しそうなのに。……そうだな。俺だけ食べてもしょうがないか。じゃあクロエも食べればいいな」
「え……」
「ほれ、あーん」
「う……こ、これは隊長殿からのあーんという最高のご褒美! しかしあんな得体のしれないものを食べるのか!? でもここを逃したらもう二度と隊長殿のあーんはないかもしれないとなるとやっぱりここは我慢してでも食べるべきかでも気持ち悪い物体をそうしてまで食べるいや食べる意味があるのは間違いないのだけれど――」
「ぐだぐだ言ってないで食べろ!」
俺はたこ焼きをクロエの口に突っ込んだ。
アツアツのたこ焼き。良い子は真似しないように。
「ぐっ……ぐもも……!」
クロエは一瞬吐き出しそうになったが、さすがにそれを耐えると今度は上を向いて口から湯気を何度も吐き出した。
あぁ、出来立てだから熱いよなぁ。悪いことした。火山みたいになってる。
クロエは熱さに耐えながら、それでも食べるか食べないかのせめぎ合いをすること数秒。
ようやく覚悟を決めたのか、たこ焼きの匂いと風味に当てられたのか、ゆっくり口を動かすとそのまま飲み込んだ。
「どうだ、クロエ?」
「お、美味しい、です」
「ん、そうだろ」
そこでようやく俺自身もたこ焼きを頬張る。
うん……外はカリカリ、中もしっかりと火が通ってタコも弾力のある良いものだ。
この男、うさんウサさとともに腕もプロ級だ。
そんな俺たちを見てか、野次馬の連中はみなよだれを垂らしているかのように、呆然としている。
そこへ屋台のおじさんが口上を述べる。
「さぁさ、よってらっしゃい! かのジャンヌ様も認めたタコ印のたこ焼き、いまならなんとタダでご提供や! それもこれもジャンヌ様が全部こうてくれたおかげや! さぁ、どんどん持ってき! せやけど明日からはちゃんと代金いただくさかい、ちゃんと働いてきぃや!」
それを合図に我も我もとたこ焼きのパックを奪っていく。
男は焼きながらもそれを次々と独りで捌いていくのだから大したものだ。
「んじゃ、帰るか」
「んん……んま。はい、隊長殿……もぐもぐ」
ちゃっかりクロエも自分の分をキープしてもぐもぐ食べている。
こいつの変わり身としたたかさは大したもんだと思うよ。
たこ焼き屋を離れて家まであと数分というところで、たこ焼きを平らげたクロエが口を開いた。
「てゆうか隊長殿、あるもの全部って太っ腹ですね。さすが軍師となるともらっているお給金がすごいんですね!」
「ないよ」
「え?」
「そんな金あるわけないだろ。今、この国は金欠だぞ? それなのにあんなの払える給料もらってたら、国民に袋叩きにされるよ」
「え、え? いや、でもさっきの……なんか地の果てまで追ってくとか言ってましたよ?」
「そこらへんはなんとでもなるさ。というかあそこで俺が買わなきゃ、彼の商売は大失敗してたんだ。それを俺が買って、クロエが美味しいと言ってくれたから他の皆も買おうって気になったわけだ。明日からは大繁盛だよ。だから未来への投資だと思ってもらうしかないね」
「はぁ、そういうものなんですか。……今、隊長殿をあくどいと思ってしまった自分が許せないです」
「いいんだよ。あいつには多分、借りがあるし」
「お知り合いなんですか?」
「いや、直接じゃない。てか知り合いでもない」
怪しい。
商人。
プレイヤー。
そんな人間を最近聞いた覚えがある。
伝聞だからその人物の顔も名前も知らない。だが、こうしてあからさまに和風の屋台なんて作って商売しているところを見ると、向こうからコンタクトを取って来たということだろう。
何の用かは分からない。
だがそれもすぐに判明するだろう。
家に戻ると、部屋着に着替えて居間に座る。
調理場から聞こえるクロエが料理する音をBGMにただ待つ。
だが陽が落ちても男は現れなかった。
仕方なくクロエの作った肉と野菜を炒めたものとスープに舌鼓(したづつみ)を打つ。最近、俺に影響されてかクロエもお米を食べるようになった。ただやはり白米が欲しいところ。なんとかして手に入らないものか。
食事中に来られたら嫌だな、とか思いながらも時間が過ぎ、食事が終わったころにドアをノックする音が響いた。
まるで計ったようなタイミングに、少し驚きながらも玄関のドアを開ける。
「どもども、代金を受け取りに来ました」
男がいた。
たこ焼き屋の男が、愛想笑いを浮かべて立っている。
「ずいぶん遅かったな」
「いやいや、これがまた偉い大繁盛でしてな! 追加注文の対応してたらこんなんなってしまいましたわ。いやー初日からこんな売れるとは、笑いが止まりませんわ。ほんまおおきに!」
「役に立てたようでなによりだ」
「それはもう。ほんで早速やけどこっちの話させてもろても構わんでっか? ほれ、これ請求書です」
男が懐から一枚の紙を取り出し渡してくる。
それは『請求書』と書かれた小さな紙きれで、その下は明細となっていて、
「商品名、ミストたこ焼き200個、それと衣装代。えっと、合計いちじゅーひゃくせんまん……100万!?」
ゼロの個数を見誤ったかと二度見、三度見した。
けど結果は変わらなかった。
「ひゃ、100万って……そんな大金、お城が買えますよ!?」
いつの間にか調理場から出てきたクロエが、俺の肩越しに請求書を見て目を見開く。
いや、さすがに城は買えんだろ……。
たこ焼きの代金としては破格すぎるけど。
「これまかんない?」
「まかりませんなー。こっちも商売ですんで」
だろうな。
こっちももともと踏み倒すつもりだったから、そこは問題ではない。
というよりちょっと気になるのがこっちだ。
「ところでこのミストたこ焼きって?」
霧のたこ焼き?
そんなじめっとしたもの、美味しそうじゃないけど。
「ああ、そこでっか」
男は得心したように、何度も頷き、そして言った。
「自分の名前、ミスト言います。今後どもごひいきに」
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ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
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