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第2章 南郡平定戦
第27話 南郡救援1日目・関所
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『ジャンヌ、早く帰って……いや、どれだけかかってもよい。無事に帰って来てほしいのじゃ』
出発の直前。
マリアに呼び出されたと思ったら、そう言葉をかけられた。
彼女なりに俺のことを心配してくれる、その心遣いが嬉しかった。
『さっさと終わらせて戻ってくる。だから大人しく待っててくれ』
そう言って俺は彼女の頭を撫でる。
それを気持ちよさそうに受け入れるマリアは、まるで猫みたいだった。
退室しようとするところで、ニーアに呼び止められた。
『今回あたしは残るから。誰かさんが女王様をおざなりにするからね』
『…………何もないと思うけど、マリアを頼む』
『当然』
正直、ニーアには色々言いたいことがあったが、今はそんなことをしている場合ではなかった。
だからその場はそれ以上言わずに王宮を出た。
そして今。
1万の兵を率いて王都から南下していく。
率いるのは主将がジル、副将にサカキ。
軍師はもちろん俺で、ジャンヌ隊もいるためそれをクロエが率いている。
ブリーダは別の任務のために王都に残ってもらった。
予定行軍距離は150キロ。
およそ東京から静岡くらいまでの距離で、7日間はかかる計算になる。
軍の規模や天候、輜重隊(兵糧などを運ぶ部隊)の速度を考えるとそれくらいかかってしまうのだ。
ブリーダが反抗していたワストー山よりもっと南に寄った位置に南郡の入り口があり、山あいの道を抜けるとワーンス王国となる。
ただ正直、突然の出撃で準備も何もなかったが、
『このルートを行けば早くはないですが楽にはいけると思います。比較的街の近くを通るので、早馬で部隊の到着を伝えておけば補給隊の動きも楽になるかと。そうジャンヌという人に伝えておいてもらえますか』
メルが俺の執務室に突然現れて、それだけ告げてきた。
彼女が持ってきたのは地図で、ワーンス王国に向かうためのルートが示されていた。
『あ、ありがとうメル。凄いな、こんなことも分かるのか』
『……これは独り言ですが、ただ理想的なルートを計算で出しただけで、ちょっと計算ができる人ならどうってことないです』
『いや、俺にとっては大したことだ。さすがだよ、助かった。急な出撃でどうしようかと思ってたところだ。うん、メルがいてくれて本当に良かった』
『…………』
急にメルは押し黙り、笑ったような怒ったような泣いているような複雑な表情を見せたかと思うと、ふいに回れ右してダッシュで部屋を出て行ってしまった。
あれは結局なんだったんだろうか。
ともあれ、そんな後方支援と行く先の街の人々の協力、ジルたちの見事な統率があり、厳しい行軍にもかかわらず、脱落者なしで6日目にはオムカ王国とワーンス王国の国境とも言える山のふもとまでやって来れた。
「山あいの道を半日ほど行けば、そこにワーンス王国の関所があるとのことです。ひとまずそこを目指しましょう」
昼食を食べている時に、ジルが地図を広げてそう言った。
「もう昼だぞ。今から進んだら夜になるんじゃないのか?」
「いえ、サカキ。ここは無理してでも進んでおきたい。関所に行けば南郡の情報も手に入りやすいし、臨機に動ける。そうですね、ジャンヌ様」
「うん、ジルの言う通り。疲れているのは分かるけど、今は何よりスピードが大事。ここは強行軍で行く」
街に寄ると言っても、そこに泊まり込むような悠長なことはしていない。
正直、3日も風呂にも入っていないので、大分臭うし頭もかゆい。馬に揺られすぎて足もお尻も痛い。それでもここで弱音を吐いてはいられない。
「分かった。じゃあ俺らが先に行く。万が一もあるだろうしな」
サカキの言う万が一とは、すでにワーンス王国が落とされた場合や、敵軍が一部の軍をこちらに回して待ち伏せした時のことを考えてのことだ。
地図によれば、ここから先は左右を山に囲まれ谷間になった一本道。
左右の山に兵を伏せられたらどうしようもない。
それだけならまだ良い。
兵をさらに分けて、退路を断たれれば間違いなく全滅する。てゆうか俺ならそうする。
敵に少しでも戦術をわきまえる人間がいれば、間違いなくそれは現実のものとなるのだ。
だからサカキは先陣を買って出て、あわよくば自分たちが囮になると示したのだ。
そんな覚悟をした男に、俺もジルもかける言葉はこれしかない。
「頼む」
「おう、頼まれた」
軽く請け負ったサカキは、硬そうなパンを口に突っ込むと立ち上がり、そのまま手をひらひら振って歩き去っていく。
「では、サカキが出た後に我々も出ましょう」
「分かった」
間を空ける意味もあって、俺たちは30分ほど十分に休息を取って出発した。
激しい傾斜を持つ山が高くそびえ立っている。
左右は切り立った壁のようだ。常緑樹なのか、この時期でも緑に生い茂り、自然豊かな大地を感じさせる。
だがそれは言い換えれば兵が潜むには格好の場所ということ。誰もが周囲に気を配りながら、緊迫した表情で進んでいく。
3時間ごとに小休止をしながらゆっくり進んでいく。
そして陽が暮れたころ、2回目の休憩が終わろうという時に前方から馬蹄の音が聞こえた。
松明を持っているのか、火がこちらに接近してくるのが分かる。
一瞬、敵かと身構えたがそれにしては火は1つで、馬蹄の音も1頭分だ。
「師団長殿! ジーン師団長殿! サカキ隊長からの伝令です!」
馬蹄の主が、敵と間違われないよう声を大にしてアピールする。
俺は近くで進発の準備をしていたジルとクロエに目配せする。
「ここだ!」
「これは、軍師様に師団長殿。サカキ隊長からの伝令です」
「何かありましたか?」
「はい、ワーンス王国の関所らしき場所を発見したとのことです。ここから3キロほど先となります」
ジルの言葉に伝令がはきはきと返事をする。
関所が見つかったか。ならワーンス王国はもう目の前ということだ。
「分かった。すぐに行くから待機していろと伝えておいてくれ」
「はっ! それでは!」
伝令はもと来た道を再び戻っていく。
「ジル、行こう」
「了解しました」
そこから疲れた兵を鼓舞して、1時間ほど歩いたところに木で作られた門を発見した。
かがり火が焚かれ、辺りはそこそこ明るい。ここが関所なのだろう。
「何者だ!?」
高所から誰何された。
門の上には足場があるらしく、弓を構えた兵が複数いる。
「オムカ王国から援軍に参りました。ジーンと申します。先にサカキ師団長が来ていると伺い、こちらに来ました」
「おお、少々お待ちください!」
ジルの応答に、兵が慌てた様子で門を飛び降りると奥へと消えていく。
待つこと1分もかからず、門が開く。
そこは山道の中では比較的広い場所で、木の柵で囲われた陣地だった。1万の人間が休むには少し狭いが、入れないほどではない。
案内の兵に許可をもらい、率いてきた兵に休憩を取らせると、俺とジルは陣の奥へ。
途中、サカキの部下らしき兵たちを見かけたが、戦闘の痕がないことにホッとした。
その人の群れを抜けた先に、サカキを見つけた。
どうやら誰かと話していたようで、俺に気づくと、
「おお、ジャンヌちゃ――いや軍師。ちょうどいいところに。こちらはワーンス王国の関所の隊長殿だ」
サカキが話していたのは、肩幅の広い中年の男性。
強そうには見えないが、厳格でこういった場所の守りには向いてそうな人だ。
「わざわざの援軍感謝いたします。我がワーンス王国の王都は昨日よりドスガの連合軍により攻められております。なにとぞ、早急な援護をお願いいたしたく……」
「今から?」
ジルが少し驚いたように答える。
「ああ。俺もさすがに無理だって言ったんだけど、さすがにな……。まぁ国が攻められるってのは俺たちも経験あるから分からんでもないけどよ」
「しかし、ドスガの奴らは貴国の援軍が近いと見て、この時間になっても総攻めを行っているのです。明日の朝まで王都がもつかどうか……」
関所の隊長が涙ながらに言うが、ジルとサカキは困ったように肩をすくめるしかない。
もうすでに陽は落ちている。
土地勘のない俺たちには、案内があったとしても夜間の行軍は難しい。
だがこの時間になっても攻めているということは、勝負だと相手も考えているという事だ。
「ここから王都まで距離はどれくらいです?」
「え……? その、2キロほどですが」
「馬で駆ければすぐ戻ってこれるか……案内してもらえますか?」
「え、いや、その……しかし君は」
隊長が困惑したように俺を、そしてジルとサカキに視線を向ける。
あぁ、そうか。
この感じ、久々すぎて忘れてた。
俺を知らない人からすれば、女の子が軍に交じって、しかも隊長格の男たちと一緒にいるのだ。不審に思っても仕方ないだろう。
『ジャンヌ、ちょっと調子乗ってない?』
ニーアの言葉が不意に頭に浮かんだ。
くそ、なんだって今あんなやつのことを……。
頭を振って雑念を追い払うと、1つ咳払いして隊長に向かって礼をした。
「俺はオムカ王国の軍師ジャンヌ・ダルク。この軍の作戦指揮官です。貴国の救援のために、少しでも詳細な情報をいただきたい」
「貴女が、あの……」
あの、とはどのあのなのだろうか。
落ち着いたら聞いてみたい気がした。
「では、私が案内します。私は関所の隊長をしているタキと申します。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくお願いするタキ隊長。ジル、兵たちに戦闘態勢を取らせて。ここで気を抜いたら勝てるものも勝てなくなる」
「分かりました」
俺はジルたちに指示を出すと、タキ隊長の案内で馬を駆けさせる。
10分ほど走ったところで、前方から喚声が聞こえてきた。
だがまだ姿は見えない。
「ここらは丘陵地になっており、軍の移動が難しい地域となっております。中でも中央にあるフィルフ王国は巨大な台地の上に城を建てているため、その防備は周辺国の中で随一です」
タキ隊長が説明してくれたことは、なかなか重要な情報だ。
つまり丘を使えば、先のエイン帝国との戦いのように姿を隠したり迂回させたりと様々な戦法が取れるということ。逆に敵を見失いやすいというデメリットもあるから、そこには気をつけなければならない。
「王都はもうそこです」
前を駆けていたタキ隊長が、丘の頂上で馬を止めた。
俺もそれを追って丘の上に立つと、一気に視界が開けた。
なるほど、ここなら丘陵地が一望できる。
スキーのモーグルみたいにいたるところにこぶのように、丘が突き出ている。規模は段違いだが。そして右手数キロ先に大きな建造物があり、その周り3方向を無数の火が囲っていた。
なるほど、まさに風前の灯だ。
「あぁ……」
タキ隊長が悲憤にくれた様子で肩を落とす。
確かにこれでは明日の朝日を迎える前には王都が落ちる可能性は高い。本当ならもっと地理を見ておきたかったが、ここでまごついている場合ではないようだ。
俺は『古の魔導書』を起動して、周辺の地図を読み込む。
地図にはワーンス王国の王都を囲むように3つに別れた軍が記されている。
今俺がいる位置から一番近い、東門を攻めているのが紫色の軍。これが一番大きい。
その横に紫の軍の3分の1くらいの規模の朱色の軍がいる。
そして北門を攻めているのが水色の軍、南門を攻めているのが黄緑色の軍だ。
西門はないのか、山が近いからかそこには攻める軍がいない。
よし、これで南郡の全戦力を把握できた。これは今も、そして後々にも生きてくるはずだ。
「よし、状況は理解しました。戻りましょう。安心してください、ワーンス王国を救うために俺たちは来ました。すぐにあいつらを追い払います」
「は、はい!」
タキ隊長が顔をあげて嬉しそうに答えた。
この人も祖国を失おうとしている
半年前のジルたちと同じ状況。
それを思うと、助けてあげたい。
そんな風に思ってしまった。
俺が、ここにどういうつもりで来ているかを知らずに。
そう考えると、俺はいてもたってもいられなくなって、憤(いきどお)りをぶつけるように馬を走らせた。
出発の直前。
マリアに呼び出されたと思ったら、そう言葉をかけられた。
彼女なりに俺のことを心配してくれる、その心遣いが嬉しかった。
『さっさと終わらせて戻ってくる。だから大人しく待っててくれ』
そう言って俺は彼女の頭を撫でる。
それを気持ちよさそうに受け入れるマリアは、まるで猫みたいだった。
退室しようとするところで、ニーアに呼び止められた。
『今回あたしは残るから。誰かさんが女王様をおざなりにするからね』
『…………何もないと思うけど、マリアを頼む』
『当然』
正直、ニーアには色々言いたいことがあったが、今はそんなことをしている場合ではなかった。
だからその場はそれ以上言わずに王宮を出た。
そして今。
1万の兵を率いて王都から南下していく。
率いるのは主将がジル、副将にサカキ。
軍師はもちろん俺で、ジャンヌ隊もいるためそれをクロエが率いている。
ブリーダは別の任務のために王都に残ってもらった。
予定行軍距離は150キロ。
およそ東京から静岡くらいまでの距離で、7日間はかかる計算になる。
軍の規模や天候、輜重隊(兵糧などを運ぶ部隊)の速度を考えるとそれくらいかかってしまうのだ。
ブリーダが反抗していたワストー山よりもっと南に寄った位置に南郡の入り口があり、山あいの道を抜けるとワーンス王国となる。
ただ正直、突然の出撃で準備も何もなかったが、
『このルートを行けば早くはないですが楽にはいけると思います。比較的街の近くを通るので、早馬で部隊の到着を伝えておけば補給隊の動きも楽になるかと。そうジャンヌという人に伝えておいてもらえますか』
メルが俺の執務室に突然現れて、それだけ告げてきた。
彼女が持ってきたのは地図で、ワーンス王国に向かうためのルートが示されていた。
『あ、ありがとうメル。凄いな、こんなことも分かるのか』
『……これは独り言ですが、ただ理想的なルートを計算で出しただけで、ちょっと計算ができる人ならどうってことないです』
『いや、俺にとっては大したことだ。さすがだよ、助かった。急な出撃でどうしようかと思ってたところだ。うん、メルがいてくれて本当に良かった』
『…………』
急にメルは押し黙り、笑ったような怒ったような泣いているような複雑な表情を見せたかと思うと、ふいに回れ右してダッシュで部屋を出て行ってしまった。
あれは結局なんだったんだろうか。
ともあれ、そんな後方支援と行く先の街の人々の協力、ジルたちの見事な統率があり、厳しい行軍にもかかわらず、脱落者なしで6日目にはオムカ王国とワーンス王国の国境とも言える山のふもとまでやって来れた。
「山あいの道を半日ほど行けば、そこにワーンス王国の関所があるとのことです。ひとまずそこを目指しましょう」
昼食を食べている時に、ジルが地図を広げてそう言った。
「もう昼だぞ。今から進んだら夜になるんじゃないのか?」
「いえ、サカキ。ここは無理してでも進んでおきたい。関所に行けば南郡の情報も手に入りやすいし、臨機に動ける。そうですね、ジャンヌ様」
「うん、ジルの言う通り。疲れているのは分かるけど、今は何よりスピードが大事。ここは強行軍で行く」
街に寄ると言っても、そこに泊まり込むような悠長なことはしていない。
正直、3日も風呂にも入っていないので、大分臭うし頭もかゆい。馬に揺られすぎて足もお尻も痛い。それでもここで弱音を吐いてはいられない。
「分かった。じゃあ俺らが先に行く。万が一もあるだろうしな」
サカキの言う万が一とは、すでにワーンス王国が落とされた場合や、敵軍が一部の軍をこちらに回して待ち伏せした時のことを考えてのことだ。
地図によれば、ここから先は左右を山に囲まれ谷間になった一本道。
左右の山に兵を伏せられたらどうしようもない。
それだけならまだ良い。
兵をさらに分けて、退路を断たれれば間違いなく全滅する。てゆうか俺ならそうする。
敵に少しでも戦術をわきまえる人間がいれば、間違いなくそれは現実のものとなるのだ。
だからサカキは先陣を買って出て、あわよくば自分たちが囮になると示したのだ。
そんな覚悟をした男に、俺もジルもかける言葉はこれしかない。
「頼む」
「おう、頼まれた」
軽く請け負ったサカキは、硬そうなパンを口に突っ込むと立ち上がり、そのまま手をひらひら振って歩き去っていく。
「では、サカキが出た後に我々も出ましょう」
「分かった」
間を空ける意味もあって、俺たちは30分ほど十分に休息を取って出発した。
激しい傾斜を持つ山が高くそびえ立っている。
左右は切り立った壁のようだ。常緑樹なのか、この時期でも緑に生い茂り、自然豊かな大地を感じさせる。
だがそれは言い換えれば兵が潜むには格好の場所ということ。誰もが周囲に気を配りながら、緊迫した表情で進んでいく。
3時間ごとに小休止をしながらゆっくり進んでいく。
そして陽が暮れたころ、2回目の休憩が終わろうという時に前方から馬蹄の音が聞こえた。
松明を持っているのか、火がこちらに接近してくるのが分かる。
一瞬、敵かと身構えたがそれにしては火は1つで、馬蹄の音も1頭分だ。
「師団長殿! ジーン師団長殿! サカキ隊長からの伝令です!」
馬蹄の主が、敵と間違われないよう声を大にしてアピールする。
俺は近くで進発の準備をしていたジルとクロエに目配せする。
「ここだ!」
「これは、軍師様に師団長殿。サカキ隊長からの伝令です」
「何かありましたか?」
「はい、ワーンス王国の関所らしき場所を発見したとのことです。ここから3キロほど先となります」
ジルの言葉に伝令がはきはきと返事をする。
関所が見つかったか。ならワーンス王国はもう目の前ということだ。
「分かった。すぐに行くから待機していろと伝えておいてくれ」
「はっ! それでは!」
伝令はもと来た道を再び戻っていく。
「ジル、行こう」
「了解しました」
そこから疲れた兵を鼓舞して、1時間ほど歩いたところに木で作られた門を発見した。
かがり火が焚かれ、辺りはそこそこ明るい。ここが関所なのだろう。
「何者だ!?」
高所から誰何された。
門の上には足場があるらしく、弓を構えた兵が複数いる。
「オムカ王国から援軍に参りました。ジーンと申します。先にサカキ師団長が来ていると伺い、こちらに来ました」
「おお、少々お待ちください!」
ジルの応答に、兵が慌てた様子で門を飛び降りると奥へと消えていく。
待つこと1分もかからず、門が開く。
そこは山道の中では比較的広い場所で、木の柵で囲われた陣地だった。1万の人間が休むには少し狭いが、入れないほどではない。
案内の兵に許可をもらい、率いてきた兵に休憩を取らせると、俺とジルは陣の奥へ。
途中、サカキの部下らしき兵たちを見かけたが、戦闘の痕がないことにホッとした。
その人の群れを抜けた先に、サカキを見つけた。
どうやら誰かと話していたようで、俺に気づくと、
「おお、ジャンヌちゃ――いや軍師。ちょうどいいところに。こちらはワーンス王国の関所の隊長殿だ」
サカキが話していたのは、肩幅の広い中年の男性。
強そうには見えないが、厳格でこういった場所の守りには向いてそうな人だ。
「わざわざの援軍感謝いたします。我がワーンス王国の王都は昨日よりドスガの連合軍により攻められております。なにとぞ、早急な援護をお願いいたしたく……」
「今から?」
ジルが少し驚いたように答える。
「ああ。俺もさすがに無理だって言ったんだけど、さすがにな……。まぁ国が攻められるってのは俺たちも経験あるから分からんでもないけどよ」
「しかし、ドスガの奴らは貴国の援軍が近いと見て、この時間になっても総攻めを行っているのです。明日の朝まで王都がもつかどうか……」
関所の隊長が涙ながらに言うが、ジルとサカキは困ったように肩をすくめるしかない。
もうすでに陽は落ちている。
土地勘のない俺たちには、案内があったとしても夜間の行軍は難しい。
だがこの時間になっても攻めているということは、勝負だと相手も考えているという事だ。
「ここから王都まで距離はどれくらいです?」
「え……? その、2キロほどですが」
「馬で駆ければすぐ戻ってこれるか……案内してもらえますか?」
「え、いや、その……しかし君は」
隊長が困惑したように俺を、そしてジルとサカキに視線を向ける。
あぁ、そうか。
この感じ、久々すぎて忘れてた。
俺を知らない人からすれば、女の子が軍に交じって、しかも隊長格の男たちと一緒にいるのだ。不審に思っても仕方ないだろう。
『ジャンヌ、ちょっと調子乗ってない?』
ニーアの言葉が不意に頭に浮かんだ。
くそ、なんだって今あんなやつのことを……。
頭を振って雑念を追い払うと、1つ咳払いして隊長に向かって礼をした。
「俺はオムカ王国の軍師ジャンヌ・ダルク。この軍の作戦指揮官です。貴国の救援のために、少しでも詳細な情報をいただきたい」
「貴女が、あの……」
あの、とはどのあのなのだろうか。
落ち着いたら聞いてみたい気がした。
「では、私が案内します。私は関所の隊長をしているタキと申します。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくお願いするタキ隊長。ジル、兵たちに戦闘態勢を取らせて。ここで気を抜いたら勝てるものも勝てなくなる」
「分かりました」
俺はジルたちに指示を出すと、タキ隊長の案内で馬を駆けさせる。
10分ほど走ったところで、前方から喚声が聞こえてきた。
だがまだ姿は見えない。
「ここらは丘陵地になっており、軍の移動が難しい地域となっております。中でも中央にあるフィルフ王国は巨大な台地の上に城を建てているため、その防備は周辺国の中で随一です」
タキ隊長が説明してくれたことは、なかなか重要な情報だ。
つまり丘を使えば、先のエイン帝国との戦いのように姿を隠したり迂回させたりと様々な戦法が取れるということ。逆に敵を見失いやすいというデメリットもあるから、そこには気をつけなければならない。
「王都はもうそこです」
前を駆けていたタキ隊長が、丘の頂上で馬を止めた。
俺もそれを追って丘の上に立つと、一気に視界が開けた。
なるほど、ここなら丘陵地が一望できる。
スキーのモーグルみたいにいたるところにこぶのように、丘が突き出ている。規模は段違いだが。そして右手数キロ先に大きな建造物があり、その周り3方向を無数の火が囲っていた。
なるほど、まさに風前の灯だ。
「あぁ……」
タキ隊長が悲憤にくれた様子で肩を落とす。
確かにこれでは明日の朝日を迎える前には王都が落ちる可能性は高い。本当ならもっと地理を見ておきたかったが、ここでまごついている場合ではないようだ。
俺は『古の魔導書』を起動して、周辺の地図を読み込む。
地図にはワーンス王国の王都を囲むように3つに別れた軍が記されている。
今俺がいる位置から一番近い、東門を攻めているのが紫色の軍。これが一番大きい。
その横に紫の軍の3分の1くらいの規模の朱色の軍がいる。
そして北門を攻めているのが水色の軍、南門を攻めているのが黄緑色の軍だ。
西門はないのか、山が近いからかそこには攻める軍がいない。
よし、これで南郡の全戦力を把握できた。これは今も、そして後々にも生きてくるはずだ。
「よし、状況は理解しました。戻りましょう。安心してください、ワーンス王国を救うために俺たちは来ました。すぐにあいつらを追い払います」
「は、はい!」
タキ隊長が顔をあげて嬉しそうに答えた。
この人も祖国を失おうとしている
半年前のジルたちと同じ状況。
それを思うと、助けてあげたい。
そんな風に思ってしまった。
俺が、ここにどういうつもりで来ているかを知らずに。
そう考えると、俺はいてもたってもいられなくなって、憤(いきどお)りをぶつけるように馬を走らせた。
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