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第2章 南郡平定戦
閑話14 マリアンヌ・オムルカ(オムカ王国 第1王女)
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惜しみなく使われたランプの光を受け、広い空間が輝かしく染まる。
豪勢を尽くした料理が並び、ところどころで料理やお酒を片手に談笑する姿が見える。
さらにオムカを代表するオーケストラの優雅で荘厳な音色に合わせ、部屋の中央でダンスを踊る男女もいた。
謁見の間は、今や社交の場と化していた。
その中心にいるのはドスガ王だ。
父を追放し、一国の王族を皆殺しにし、南郡の半分以上を支配した王。
赤子をさらって喰らうなんて話も聞こえたものだから、ドスガ王というのは悪鬼のような存在で、恐ろしいほど巨漢なのだと思った。
けど違った。
謁見の間で会ったドスガ王は、少し大柄だが物静かで礼儀正しい紳士だった。
『女王様におかれましてはお忙しい中わざわざ時間を取っていただき、誠に恐悦至極でございます。この私、そもそも首を刎ねられても文句の言えぬ立場でしたが、それを取り計らっていただいた恩情。代わりの者にその謝意を伝えるは失礼に当たると思い、こうしてまかりこしました』
というか王の割にはへりくだりすぎじゃないかの、とちょっと思った。
それでも彼の誠心誠意は伝わったし、謝礼として出してきた金銀財宝はこれまた豪華なものだった。
何より南郡の――異国の話が楽しかった。
『ええ、南郡はこちらより少し暖かく。ただ平地が少ないのでなかなか人が増えません。その代わりと言っては何ですが、他の産業が盛んです。わが国では良い生糸ができるので、それで交易などしております。えぇ、献上した品の中にドスガ織りもございます。是非お試しいただき、もしお気に入りましたら、次からは是非我が国から購入いただければと』
『我が国には、ダイムという霊峰があり、そこが景勝地の1つとなってましてな。年の始まりに王がそこに登り、国の繁栄を祈願するのですが、そこで見る日の出がまた格別で――』
『我が国の北に流れる大河は、ここオムカ王国だけでなく、下っていけばシータ王国にも出ます。私も若い頃は城を抜け出してシータ王国に忍び込んだものです。今考えれば無茶をやりました。何せ正体がばれれば殺されるところでしたから』
あぁ、いいのぅ。
ジャンヌは色々南郡を旅したというが、余も行ってみたい。
それをふと口に出したら、
『それでは両国の和平の証に、いっそ女王様も我が国にお越しいただいてはいかがでしょうか』
そう言ったのは、ドスガ王と共に来た宰相。
げっそりとした頬に見開かれた目が少し怖いと思った。
特に声が耳に障った。
ぞくっと、背中に冷水を流し込まれたような感覚。
ただその内容は、自分としてはとても心を動かされたものだったけど、カルキュールを始め廷臣たちが猛反対してくるのだから諦めるしかなかった。
けど今しかない。そう思う。
あと1か月と少しで、自分はこの国の真の王となる。
そうなれば二度と国外には出れない。
今までも出たことはなかったけど、それが確定する、そんな気がしてならないのだ。
だから今しかないのに。
誰も分かってくれない。
誰も気づいてくれない。
まるで今この瞬間と同じ。
この会食の主役は自分ではなくドスガ王。
自分は玉座で何をすることもなく、ただただ時間が過ぎるのを待つだけ。
料理は美味しかったけど、正直、いつもとあまり変わらない味だった。
それなのに大人たちは、何が楽しいのか歓談に夢中で、誰もこちらには気づかない。
「ニーア」
「はっ、なんでしょう」
横に控えていたニーアが折り目正しく答えた。
それだけでなんだか嬉しく思う。
「ジャンヌはいるかの?」
「はぁ、なんでも体調が悪いとかで奥で休んでいます」
「そう、か。しょうがないの。倒れたばかりだから無理されても困るしの」
「口実でしょう。どうせ裏で仕事してるんじゃないでしょうか。こういうの、嫌いそうですし」
「そ、そうなのか……」
カルキュールが聞いたら激怒しそうじゃの。
「今日のドスガ王の話、面白かったのぅ」
「はい。異国の話には色々な新しいことが散りばめられておりますゆえ」
「うむ……ニーアはどうじゃった? シータに行った時は」
「そう、ですね。やはりジャンヌの水着が一番の収穫だったかと」
「いつ聞いてもその話は良いのぅ。もちろん水着はちゃんと保管しておるからの。いつでもジャンヌに着せられるように」
「えぇ、今度また着せましょう。この寒空の下に水着というのもまた良いものかと」
「うむうむ! 他に何かあったのじゃ?」
「あと、ですか……それは、お恥ずかしい話ですが、船酔いの記憶としか……」
「おお、そうじゃった。船酔いかぁ……余は船に乗ったことがないからのぅ。一度でいいから乗ってみたいの」
「…………そうですね。いずれは」
「いずれ、か……」
いずれとはいつなのか。
大人たちはいつも言う。
いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。
一体、何回それを聞いたことだろう。
それがごまかしの言葉だと気づけないほど自分は子供ではない。
彼らには女王としての自分が欲しいだけ。
マリアンヌ・オムルカという個人は必要ない。
それが明け透けに見えてしまうのは、自分のどこかに無駄な賢しさがあるからだろうか。
いや、勝手なのだ。
父上が連れてかれたから、父上の娘というだけで王にされた。
父上を取り戻すのが先なのに。
余の都合など知らず、聞かず、考えず。
責任をぶん投げて、それでがんじがらめにして。
冗談じゃない。
戴冠式?
それは自分が女王という名の制度に取り込まれ、自由を失う鎖に過ぎない。
そんなの誰がありがたがるというのだろう。
正直、止められるならすぐにでも止めたかった。
それをジャンヌも分かってくれると思った。
けど今や、その推進派筆頭がジャンヌだった。
彼女にも言い分はあるのだろう。何より自分のことと思って動いてくれているのは分かる。
分かる。
分かるのだが――
「少しよろしいでしょうか、女王様」
1人の男が自分に近づいてきた。
ニーアがすっと自分の前に出て、男に対する。
「なに?」
「おっと、これはぶしつけに。失礼いたしました」
男が少しおどけたように、謝罪する。
その顔を見て、思い出した。ドスガ国王の横にいた、宰相だ。
「はい、ドスガ王国宰相マツナガと申します。以降お見知りおきを」
相変わらず少し怖い。
ハカラやロキンといったような、征服者の大人の怖さとかではない。どこか人間離れした、病的な怖さというべきか。
いや、こうしてわざわざ挨拶しにきてくれているのだ。
見た目が怖いからといって、それを退けていては王としての沽券にかかわる。
ニーアに視線を向け、小さく頷く。
するとニーアは警戒を解いて、一歩右にずれた。
それでも何かあったらすぐに動けるようにしているのが分かる。
「余に何か用かの?」
「いえ、用というほどのものはございませんが、少しお暇そうに見えましたので、少し世間話でもいかがと思いまして」
そう暇だ。
さっさと引き下がりたいが、さすがに自分がいなくなるわけにはいかないだろう。
「うむ、お心遣い感謝するのじゃ」
「恐悦至極でございます。しかし女王様は、そのお若さで今度正式にこの国の王となるとか。いやはや立派でございますが――」
あぁ、またそういう言葉か。
今までもうんざりするほど聞いた。
無意味な同情。
無遠慮な詮索。
無感動な追従。
そんな有象無象の言葉と同じだと思った。
だがこの男は違った。
「まことにお気の毒にございます」
「気の毒?」
そんなことを言われたことがなかったので、少し驚いた。
だから男の声が、どこか異質なものを伴って、じわりと耳に入ってくる。
「その年齢でそのような至高の玉座におられるお方。きっと我らでは想像もつかないような苦労をされたことでしょう」
そんなことはない。
ただ父上から受け継いだだけだ。
「国の中に並ぶ者はない高みの存在。きっと悩みのスケールも段違いでしょう。故にお気の毒と申し上げた次第」
悩み。
それは、ある。今がまさに悩みに悩み抜いている。
けどスケールが違うかどうか。分からない。
だって、同年代がどういった悩みを持っているか知らないから。
王都の子供たちは何を思っているのだろう。
外の子供たちは何を考えているのだろう。
分からない。
分からないから、自分の今の悩みがどれほどのものか知りえない。
「おっと、お困らせしてしまったのでしたら申し訳ありません。ただ少し世間話をと思ったのですが、退屈でしたでしょうか」
「いや、そういうわけでは――」
「それは重畳でございます。ふむ、もしかしたらお疲れのようですな。どうでしょう。先ほどは皆さまに反対されたことではございますが、一度、我が国にお越しいただくのは」
行く、と反射的に言いそうになって堪えた。
さすがにそれはいけないとは分かる。
「旅というのは気分転換にもなりますし、何よりわが国には良質の温泉がございます。きっと女王様もお気に入りになるでしょう」
心がむずむずする。
それほど、この怖い男の言葉が胸に刺さる。
――――ダレモイナイ
何よりニーアを除けば、この男以外いなかった。
――――ワタシヲリカイスルヒト
自分を案じ、心配し、理解しようとしてくれる人間が。
――――ワタシハヒトリ
ジャンヌも分かってくれなかった。
――――カナシイ
あれだけ言ったのに。
――――ニクタラシイ
あれだけお願いしたのに。
――――ユルセナイ
あれだけ――――――――――――――――――――――――ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ
「女王様?」
男の声にハッとなる。
少し心配そうな男の表情。
その視線が少し気になった。
何かを探るような目。
何かを期待するような目。
だがそれも一瞬で消えた。
元の少し怖い顔に戻った体。
だからそれが何を意味したのかは分からなかった。
「それでは、決心がつきましたらどうぞ我が国へ。いつでもお待ちしております」
そう言って男は礼をすると去って行った。
どこか幻の中で話したように、現実感がない。
境界線があいまいになり、今が夢の中と言われても信じるだろう。
おかしくなったのは自分か、世界か。
「のぅ、ニーア」
「はっ」
ニーアの答え。
これは現実だ。
「ニーアは、余の味方か?」
「当然です。私は女王様のために生き、女王様のために死ぬ存在。どうして女王様を裏切れましょう」
「そう、か……」
その心遣いが嬉しい。心強い。
目を閉じ、小さく深呼吸。
そうなればもう迷いはない。
決めた。
もう決めた。
大人たちが勝手をするのなら。
ジャンヌが勝手を許さないのなら。
こちらも勝手をさせてもらう。
だって余はこの国の一番偉い人。
そう仕向けたのは大人たち、そしてジャンヌだ。
だから――
豪勢を尽くした料理が並び、ところどころで料理やお酒を片手に談笑する姿が見える。
さらにオムカを代表するオーケストラの優雅で荘厳な音色に合わせ、部屋の中央でダンスを踊る男女もいた。
謁見の間は、今や社交の場と化していた。
その中心にいるのはドスガ王だ。
父を追放し、一国の王族を皆殺しにし、南郡の半分以上を支配した王。
赤子をさらって喰らうなんて話も聞こえたものだから、ドスガ王というのは悪鬼のような存在で、恐ろしいほど巨漢なのだと思った。
けど違った。
謁見の間で会ったドスガ王は、少し大柄だが物静かで礼儀正しい紳士だった。
『女王様におかれましてはお忙しい中わざわざ時間を取っていただき、誠に恐悦至極でございます。この私、そもそも首を刎ねられても文句の言えぬ立場でしたが、それを取り計らっていただいた恩情。代わりの者にその謝意を伝えるは失礼に当たると思い、こうしてまかりこしました』
というか王の割にはへりくだりすぎじゃないかの、とちょっと思った。
それでも彼の誠心誠意は伝わったし、謝礼として出してきた金銀財宝はこれまた豪華なものだった。
何より南郡の――異国の話が楽しかった。
『ええ、南郡はこちらより少し暖かく。ただ平地が少ないのでなかなか人が増えません。その代わりと言っては何ですが、他の産業が盛んです。わが国では良い生糸ができるので、それで交易などしております。えぇ、献上した品の中にドスガ織りもございます。是非お試しいただき、もしお気に入りましたら、次からは是非我が国から購入いただければと』
『我が国には、ダイムという霊峰があり、そこが景勝地の1つとなってましてな。年の始まりに王がそこに登り、国の繁栄を祈願するのですが、そこで見る日の出がまた格別で――』
『我が国の北に流れる大河は、ここオムカ王国だけでなく、下っていけばシータ王国にも出ます。私も若い頃は城を抜け出してシータ王国に忍び込んだものです。今考えれば無茶をやりました。何せ正体がばれれば殺されるところでしたから』
あぁ、いいのぅ。
ジャンヌは色々南郡を旅したというが、余も行ってみたい。
それをふと口に出したら、
『それでは両国の和平の証に、いっそ女王様も我が国にお越しいただいてはいかがでしょうか』
そう言ったのは、ドスガ王と共に来た宰相。
げっそりとした頬に見開かれた目が少し怖いと思った。
特に声が耳に障った。
ぞくっと、背中に冷水を流し込まれたような感覚。
ただその内容は、自分としてはとても心を動かされたものだったけど、カルキュールを始め廷臣たちが猛反対してくるのだから諦めるしかなかった。
けど今しかない。そう思う。
あと1か月と少しで、自分はこの国の真の王となる。
そうなれば二度と国外には出れない。
今までも出たことはなかったけど、それが確定する、そんな気がしてならないのだ。
だから今しかないのに。
誰も分かってくれない。
誰も気づいてくれない。
まるで今この瞬間と同じ。
この会食の主役は自分ではなくドスガ王。
自分は玉座で何をすることもなく、ただただ時間が過ぎるのを待つだけ。
料理は美味しかったけど、正直、いつもとあまり変わらない味だった。
それなのに大人たちは、何が楽しいのか歓談に夢中で、誰もこちらには気づかない。
「ニーア」
「はっ、なんでしょう」
横に控えていたニーアが折り目正しく答えた。
それだけでなんだか嬉しく思う。
「ジャンヌはいるかの?」
「はぁ、なんでも体調が悪いとかで奥で休んでいます」
「そう、か。しょうがないの。倒れたばかりだから無理されても困るしの」
「口実でしょう。どうせ裏で仕事してるんじゃないでしょうか。こういうの、嫌いそうですし」
「そ、そうなのか……」
カルキュールが聞いたら激怒しそうじゃの。
「今日のドスガ王の話、面白かったのぅ」
「はい。異国の話には色々な新しいことが散りばめられておりますゆえ」
「うむ……ニーアはどうじゃった? シータに行った時は」
「そう、ですね。やはりジャンヌの水着が一番の収穫だったかと」
「いつ聞いてもその話は良いのぅ。もちろん水着はちゃんと保管しておるからの。いつでもジャンヌに着せられるように」
「えぇ、今度また着せましょう。この寒空の下に水着というのもまた良いものかと」
「うむうむ! 他に何かあったのじゃ?」
「あと、ですか……それは、お恥ずかしい話ですが、船酔いの記憶としか……」
「おお、そうじゃった。船酔いかぁ……余は船に乗ったことがないからのぅ。一度でいいから乗ってみたいの」
「…………そうですね。いずれは」
「いずれ、か……」
いずれとはいつなのか。
大人たちはいつも言う。
いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。いずれ。
一体、何回それを聞いたことだろう。
それがごまかしの言葉だと気づけないほど自分は子供ではない。
彼らには女王としての自分が欲しいだけ。
マリアンヌ・オムルカという個人は必要ない。
それが明け透けに見えてしまうのは、自分のどこかに無駄な賢しさがあるからだろうか。
いや、勝手なのだ。
父上が連れてかれたから、父上の娘というだけで王にされた。
父上を取り戻すのが先なのに。
余の都合など知らず、聞かず、考えず。
責任をぶん投げて、それでがんじがらめにして。
冗談じゃない。
戴冠式?
それは自分が女王という名の制度に取り込まれ、自由を失う鎖に過ぎない。
そんなの誰がありがたがるというのだろう。
正直、止められるならすぐにでも止めたかった。
それをジャンヌも分かってくれると思った。
けど今や、その推進派筆頭がジャンヌだった。
彼女にも言い分はあるのだろう。何より自分のことと思って動いてくれているのは分かる。
分かる。
分かるのだが――
「少しよろしいでしょうか、女王様」
1人の男が自分に近づいてきた。
ニーアがすっと自分の前に出て、男に対する。
「なに?」
「おっと、これはぶしつけに。失礼いたしました」
男が少しおどけたように、謝罪する。
その顔を見て、思い出した。ドスガ国王の横にいた、宰相だ。
「はい、ドスガ王国宰相マツナガと申します。以降お見知りおきを」
相変わらず少し怖い。
ハカラやロキンといったような、征服者の大人の怖さとかではない。どこか人間離れした、病的な怖さというべきか。
いや、こうしてわざわざ挨拶しにきてくれているのだ。
見た目が怖いからといって、それを退けていては王としての沽券にかかわる。
ニーアに視線を向け、小さく頷く。
するとニーアは警戒を解いて、一歩右にずれた。
それでも何かあったらすぐに動けるようにしているのが分かる。
「余に何か用かの?」
「いえ、用というほどのものはございませんが、少しお暇そうに見えましたので、少し世間話でもいかがと思いまして」
そう暇だ。
さっさと引き下がりたいが、さすがに自分がいなくなるわけにはいかないだろう。
「うむ、お心遣い感謝するのじゃ」
「恐悦至極でございます。しかし女王様は、そのお若さで今度正式にこの国の王となるとか。いやはや立派でございますが――」
あぁ、またそういう言葉か。
今までもうんざりするほど聞いた。
無意味な同情。
無遠慮な詮索。
無感動な追従。
そんな有象無象の言葉と同じだと思った。
だがこの男は違った。
「まことにお気の毒にございます」
「気の毒?」
そんなことを言われたことがなかったので、少し驚いた。
だから男の声が、どこか異質なものを伴って、じわりと耳に入ってくる。
「その年齢でそのような至高の玉座におられるお方。きっと我らでは想像もつかないような苦労をされたことでしょう」
そんなことはない。
ただ父上から受け継いだだけだ。
「国の中に並ぶ者はない高みの存在。きっと悩みのスケールも段違いでしょう。故にお気の毒と申し上げた次第」
悩み。
それは、ある。今がまさに悩みに悩み抜いている。
けどスケールが違うかどうか。分からない。
だって、同年代がどういった悩みを持っているか知らないから。
王都の子供たちは何を思っているのだろう。
外の子供たちは何を考えているのだろう。
分からない。
分からないから、自分の今の悩みがどれほどのものか知りえない。
「おっと、お困らせしてしまったのでしたら申し訳ありません。ただ少し世間話をと思ったのですが、退屈でしたでしょうか」
「いや、そういうわけでは――」
「それは重畳でございます。ふむ、もしかしたらお疲れのようですな。どうでしょう。先ほどは皆さまに反対されたことではございますが、一度、我が国にお越しいただくのは」
行く、と反射的に言いそうになって堪えた。
さすがにそれはいけないとは分かる。
「旅というのは気分転換にもなりますし、何よりわが国には良質の温泉がございます。きっと女王様もお気に入りになるでしょう」
心がむずむずする。
それほど、この怖い男の言葉が胸に刺さる。
――――ダレモイナイ
何よりニーアを除けば、この男以外いなかった。
――――ワタシヲリカイスルヒト
自分を案じ、心配し、理解しようとしてくれる人間が。
――――ワタシハヒトリ
ジャンヌも分かってくれなかった。
――――カナシイ
あれだけ言ったのに。
――――ニクタラシイ
あれだけお願いしたのに。
――――ユルセナイ
あれだけ――――――――――――――――――――――――ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ
「女王様?」
男の声にハッとなる。
少し心配そうな男の表情。
その視線が少し気になった。
何かを探るような目。
何かを期待するような目。
だがそれも一瞬で消えた。
元の少し怖い顔に戻った体。
だからそれが何を意味したのかは分からなかった。
「それでは、決心がつきましたらどうぞ我が国へ。いつでもお待ちしております」
そう言って男は礼をすると去って行った。
どこか幻の中で話したように、現実感がない。
境界線があいまいになり、今が夢の中と言われても信じるだろう。
おかしくなったのは自分か、世界か。
「のぅ、ニーア」
「はっ」
ニーアの答え。
これは現実だ。
「ニーアは、余の味方か?」
「当然です。私は女王様のために生き、女王様のために死ぬ存在。どうして女王様を裏切れましょう」
「そう、か……」
その心遣いが嬉しい。心強い。
目を閉じ、小さく深呼吸。
そうなればもう迷いはない。
決めた。
もう決めた。
大人たちが勝手をするのなら。
ジャンヌが勝手を許さないのなら。
こちらも勝手をさせてもらう。
だって余はこの国の一番偉い人。
そう仕向けたのは大人たち、そしてジャンヌだ。
だから――
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で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
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そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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