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第2章 南郡平定戦
第68話 死闘の果てに…
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足を止めて立ち向かってくる敵の波を潜り抜ける――突破した。
「どうだ、おらぁ!」
「このままいくぞ!」
ザインとリュースが先頭で叫んでいる。
ただ激戦だ。味方の先頭と敵の最後尾の間合いが詰まっている。
最前線で戦う2人を筆頭に、誰もが浅からずの傷を負っているようだ。
息が荒い。月明かりの中、それが感じ取れた。
それでも彼らは臆することなく、敵の本陣に斬り込んだ。
それが最後の伏兵――サカキとブリーダの攻撃と同時になった。
敵の動きが止まる。ここで迎え撃つことにしたのだろう。
いや、違う。半数以上を切り捨てて俺たちにぶつけたのだ。
その奥。残りの部隊が離脱していく。
サカキたちの部隊はまだ逃げる敵の外周にくらいついたところで、ここまで来るのに時間がかかる。
その間にジョーショーは逃げるだろう。
どうする。
迷いは一瞬。
「ウィット! 前の100で止まった敵を蹴散らせ! 後の100は俺と共に回り込み、逃げる敵を討つ!」
一瞬で部隊の先頭が入れ替わった。
俺が前に、ウィットが後ろに。
おそらく俺は酷い命令をしたのだろう。
止まった敵部隊、それは少なくとも300はいた。
それに100のウィットたちを当てたのだ。
捨て石と見られても違いない命令だ。
だが俺の命令に誰も異論をはさまず、むしろ声をあげたのだ。
「隊長! 頼みます!」「こっちは任されました、ジャンヌ様ぁ!」「安心していってください!」
あいつら……。
胸の奥がうずき、熱くなる。
その熱が行き場を求め、そして喉の奥からせりあがって、そのまま放出口から外へと放たれた。
「お前ら、行くぞ!」
叫ぶ。
それに応えるように、周りも叫ぶ。
前へ、放たれた矢のように一直線に逃げたジョーショーを追う。
どうやら馬の性能は互角、いや若干あちらの方が早い。
だから距離が縮まらない。
相手の前にはもう、遮るものはない。
逃げられる。
「ルック! 敵の足を脅かせ!」
「りょーかいっですよ」
のんびりとしたように応える、ほっそりとしたルックは、緩慢だが無駄のない動作で、手綱を話すと腰に下げた弓を構え矢をつがえる。
騎射。
両手を使うため手綱は持てない。だから足の力加減で馬を操り、更に揺れる馬上で弓を射る超高等技術だ。
だがそれをルックは平然とやる。
一瞬の間。
そして射た。
矢が風を切り、吸い込まれるように最後尾の敵兵の背中に突き刺さった。
悲鳴があがり兵が落馬する。
その間にもルックは次々と矢を射ていく。
百発百中とはいかなかったが、それでも相手には脅威を与えたらしい。
無防備な背中から攻撃されるのだから当然だ。
数十騎が反転してこちらに向かってくる。
ルックを排除するためだろう。
だがこちらとて黙ってやられるわけにはいかない。
「あたしがやる!」
「おおおお! 隊長に指一本触れさせるかぁ!」
マールとグライスが敵を防ぐために前へ。その後にも味方が続いた。
乱戦になった。
敵の数は少ないから最終的には敵を全員馬から叩き落したが、そのせいで差が開いた。
このままだと逃げ切られる。
ルックが矢を放つが、距離が開いて決定打にならなくなってきている。
「この距離なら行けます!」
そこで出たのがロウだ。
一騎だけ抜け出していく。
速い。小柄だから馬の負担になりづらく、また巧みな馬術でどんどんと敵との距離を詰めていく。
「行った!」
ロウの剣が敵の最後尾を斬った。
反撃があるが、ロウは馬を操り速度を落としたり、急な方向転換で回避する。
敵が乱れ、速度が落ちた。
「今だ、総員、全速力!」
馬に鞭をくれて一気に詰め寄る。
馬が最高速を出せるのはほんのわずかだ。
ロウがちょこまかと動き、敵を翻弄している最中に一気に距離を詰める。
あと少しだ。
と、その時。
不意に火薬の臭いを感じた。
風に乗ってきた僅かなにおい。
目に入ったのは、敵の先頭付近にいる兵が馬上で振り返っている光景。
そのシルエットを知っている。
そして何をしようとしているのか――
タァン!
軽い爆発音が響いた。
ロウの体が別のもののように弾けて地面に落ちた。
「ロウ!!」
撃たれた。
鉄砲だ。
ギリッ。
歯がきしむ。
それほど強く歯をかみしめていた。
まさか騎馬鉄砲とは。
傭兵はいないと思ったが、身辺警護に腕利きがいたのか。
ロウの姿はもう見えない。はるか背後に流れてしまった。
当たり所が良ければ――いや、逆に悪くて即死しなくてもこの速度で頭から落ちれば無事ではない。
いや、今は心を乱されるべきではない。
ここで敵に逃げられたらそれこそロウが浮かばれない。
「ルック!」
「はーい!」
ルックが弓を構えて、放った。
彼のやるせない思いが、気迫となって矢に伝わったのか。
吸い込まれるように先頭付近にいるマント姿の大柄の男の右肩に刺さった。
ジョーショーだ。
間違いない。周囲がざわめき、彼をガードするように動く。そのため更に速度が落ちる。
「あれが敵将ジョーショーだ! 雑魚には目もくれるな、行くぞ!」
「隊長は俺たちの後ろに!」
グライスが俺の前に出る。
鉄砲を警戒したのだろう。
その間に他の兵たちがジョーショーのいる辺りに突撃していく。
ヨハンが先頭で剣を振るい、敵を数騎叩き落す。
マールが槍を振るい、グライスが金棒のような重い鉄の塊で敵を打ち倒す。
ルックは速射に切り替えて、周囲の敵を足止めしていく。
敵も逃げるのをやめて迎撃に入ったから、騎馬隊による白兵戦が繰り広げられることになった。
もはや逃げる方も追う方もなく、ただ敵を倒すための乱戦。
誰もが必死で、目が血走った様子で武器を振るう。
自分が生き延びるために、相手を殺す。不条理を現実にたたきつけるように。
ジョーショーまで距離は近い、だが遠い。
敵も親衛隊らしくかなり腕が立つ。壁が厚いのだ。
「おおおおおおお!」
ヨハンが雄たけびをあげ、馬上から跳躍した。
あの幼いとも見える顔の少年が、どうしたらこんな声を出せるのか。
そんなことを思っている間に、ヨハンはジョーショーへと跳ぶ。
一瞬、時が止まったような気がした。
斬った。
ヨハンの剣が、大上段から振り下ろされた一撃がジョーショーの背中のマントを切り裂き液体を飛び散らせる。
だが浅い。
直感でそう思った。
だからもう一撃で終わる。
そう思った瞬間に、ヨハンの体が突き上げられていた。
剣を胴に受け、さらにもう1本、2本、3本と体に吸い込まれてはヨハンの体が宙に舞う。
「……くそっ!」
ここまでか。
相手の方が多いから全体的に押され始めた。
ジョーショーに重傷を負わせたのは確か。それで良しとすべきか。
だがもし復帰すれば、仲間たちの死が無駄になる。
どっちだ。
俺が考えるべきは、作戦の成功か、それとも皆の命か。
……決まってる。
両方だ!
「我が名はオムカのジャンヌ・ダルク! 我こそと思う者は、首を取って見ろ!」
叫び、馬を別の方向に走らせる。
釣れた。
20人近くがこちらに馬を走らせた。
俺は武器が使えない。
だがこの体は、命は武器になる。
俺がおとりになれば、その分、ジョーショーの守りは薄くなるし、作戦の成功確率も皆の生存率も上がる。あとは俺が逃げ切ればいい。それだけ。
その間にも情勢が動く。
マールとグライスが敵を押しのけていく。
たまらずジョーショーとその警護は反対側に逃れた。
その時、空白が生まれた。
俺を追う敵と、マールたちが突き崩す敵。
その間の空白に、ジョーショーは逃れたのだ。
馬蹄の音。
後ろからだ。
「隊長! 遅れました!」
ウィットの部隊。
追手を振り切ったのか。
「あそこだ、やれ、ウィット!」
ルックが矢を放った。
それがジョーショーの隣の男に突き刺さる。
それを受けて、ウィットの部隊が加速した。
俺の援護ではなく、ジョーショーを討つ方を選んだ。
正しい判断だ。この絶好のチャンスを活かせなければ勝てるものも勝てない。
だから――
ぶつかった。
乱闘は一瞬だった。
「ドスガ王国四天王筆頭、ジョーショーはジャンヌ・ダルクが討ち取ったぁ!」
ウィットの声が戦場に響く。
それは味方に歓喜を、敵に絶望を与えるのに十分な威力を持った言葉。
ホッと安堵のため息をつく。
これで戦局は大きく傾く。
死んでいった皆の死も、無駄ではなくなった。
見てたかよ、カルキュール。仇は討った。
あとはマリアだけだ。
――途端。
衝撃。
気を抜いた。馬が斬られていた。
放り出される。
背後。十数人が来ている。
馬鹿か。こんな状態で気を抜くなんて。
地面を転がりながら思った。
「貴様の首をもって、我が大将の鎮魂とする!」
怒りと悲しみで爆発した男たちの叫び。
怖い。
これが戦争だ。
改めて思った。
これが死ぬということ。
殺されるということ。
周囲に味方はいない。
逃げるすべもない。
絶体絶命の袋小路。
あぁ、こんな時にパラメータ100ボーナスがあったらなぁ。
なんとなく現実逃避。
「死ね」
馬に乗った目の前の男が長大なロングソードを振りかぶる。
それが振り下ろされれば、俺はピンで縫い付けられた昆虫みたいに胸を突き刺されて無様に死ぬだろう。
嫌だ。
死にたくない。
まだ生きたい。
マリアと仲直りだってしてないし、ニーアと話せてないし、ジルとだって色々語りたい。
これで死んだら里奈の元にも戻れない。
だから地面を転がった。
一歩でも離れようともがく。
死ぬときは前のめりだけど、それはいつ死んでもいいというわけではない。
だからあがく。
1%でも、一瞬でも、賭けるべき何かがあるのであれば。
それは――
「隊長!」
声。
風を切る何かが通り過ぎた。
途端、背後で悲鳴が上がった。
振り向いてみれば、金棒のような巨大な鉄の塊が男の顔面に食い込み、そのまま男は落馬した。
その光景がぶれる。
無重力、いや、何かに引き上げられた。
視線が一気に高いところまで持ち上げられ、何か暖かいものに包まれる。
馬だ。
「隊長、俺の馬で逃げろ!」
「グライス……」
「へへっ、俺が隊長を救ったって皆に自慢できるってもんよ!」
グライスが馬の尻を押すと、馬が勝手に走り出す。
「おい、ちょっと待て! よせ! お前も逃げるんだよ!」
馬を止めなきゃ。
どうやるんだっけ。
思いだせない。
でも戻らなきゃ。
グライスが。
俺を追おうと敵が馬を走らせようとする。
それをグライスの大きな体が遮った。
馬の鼻面にパンチをお見舞いする。
馬が吹き飛び、乗った人間が落ちた。
凄い。
だがそれまでだった。
当然だ。丸腰なのだ。
武器はどうした。
そうだ俺を助けるために投げたんだ。
切り下げられた。
血しぶきが舞う。
それでもグライスは倒れない。
1人の敵に飛びついて、そのまま引きずりおろし、首を絞める。
敵の1人が背後からグライスを斬りつけた。
更にもう1人が横から突きを見舞った。
だがグライスは倒れない。
何度斬られても倒れなかった。
そこへウィット、マールらが到着。数騎が俺を囲みつつ、残った敵を次々と倒していく。
グライスは最後まで倒れず、そして死んだ。
遠ざかる彼の姿を、俺はいつまでも見つめていた。
2度も助けられた。
1度目はあの崖から落ちそうになった時に。
そして2度目はここで。
俺の無茶のしりぬぐいをしてくれたのだ。
悔いはある。
けど、そうしなければこの結果はついてこなかった。
だからしりぬぐいをしてくれてありがとう、ではなく、命を救ってくれてありがとうと言うべきだ。
リュースも死んでいた。
敵を崩してウィットとザインを先に行かせるため、かなり無理をしたようだった。その奮戦がなければ、こうしてジョーショーを討ち取れなかっただろう。
リュース、ヨハン、グライス、ロウ。
さっきまで生きていた奴らと、もう二度と会えなくなっていた。
彼らだけじゃなく、俺の隊から数十名がこの戦いで若い命が消えていった。
それでも悲しんではいられない。
彼らの死を無駄にしないためにも、俺たちはまだ、戦い続けなければならないのだから。
「追撃しますか、隊長?」
ウィットが聞いてくる。
彼自身も傷を負っているらしく呼吸が荒い。
誰もが傷ついている。
無傷なのは俺くらいだ。前も思ったけど、それがとてもあさましいことに思えて、どうも嫌な気分にさせる。
……いや、それが俺の戦いなんだ。
そしてそれこそが、皆が俺を生かす理由。
だからこそ、ここで判断を誤ってはいけない。
「全軍、帰投する! 味方の遺体は回収しておけ」
「はっ!」
今日一日、ほぼ休む暇もなく戦い続けたのだ。
味方は疲れ切っているだろう。
それなのに、ここから更に追撃し、体力の有り余っている新手と相手するのは厳しい。
だから戦果はこれで満足して、陣へ戻るのが正解だ。
というか燃えた陣を少なくとも、皆が眠れるように直さなければならない。
そして、死者はせめて手厚く葬らなければ。
俺は残った味方を集めてそう宣言すると、グライスの馬に乗って駆け始めた。
「どうだ、おらぁ!」
「このままいくぞ!」
ザインとリュースが先頭で叫んでいる。
ただ激戦だ。味方の先頭と敵の最後尾の間合いが詰まっている。
最前線で戦う2人を筆頭に、誰もが浅からずの傷を負っているようだ。
息が荒い。月明かりの中、それが感じ取れた。
それでも彼らは臆することなく、敵の本陣に斬り込んだ。
それが最後の伏兵――サカキとブリーダの攻撃と同時になった。
敵の動きが止まる。ここで迎え撃つことにしたのだろう。
いや、違う。半数以上を切り捨てて俺たちにぶつけたのだ。
その奥。残りの部隊が離脱していく。
サカキたちの部隊はまだ逃げる敵の外周にくらいついたところで、ここまで来るのに時間がかかる。
その間にジョーショーは逃げるだろう。
どうする。
迷いは一瞬。
「ウィット! 前の100で止まった敵を蹴散らせ! 後の100は俺と共に回り込み、逃げる敵を討つ!」
一瞬で部隊の先頭が入れ替わった。
俺が前に、ウィットが後ろに。
おそらく俺は酷い命令をしたのだろう。
止まった敵部隊、それは少なくとも300はいた。
それに100のウィットたちを当てたのだ。
捨て石と見られても違いない命令だ。
だが俺の命令に誰も異論をはさまず、むしろ声をあげたのだ。
「隊長! 頼みます!」「こっちは任されました、ジャンヌ様ぁ!」「安心していってください!」
あいつら……。
胸の奥がうずき、熱くなる。
その熱が行き場を求め、そして喉の奥からせりあがって、そのまま放出口から外へと放たれた。
「お前ら、行くぞ!」
叫ぶ。
それに応えるように、周りも叫ぶ。
前へ、放たれた矢のように一直線に逃げたジョーショーを追う。
どうやら馬の性能は互角、いや若干あちらの方が早い。
だから距離が縮まらない。
相手の前にはもう、遮るものはない。
逃げられる。
「ルック! 敵の足を脅かせ!」
「りょーかいっですよ」
のんびりとしたように応える、ほっそりとしたルックは、緩慢だが無駄のない動作で、手綱を話すと腰に下げた弓を構え矢をつがえる。
騎射。
両手を使うため手綱は持てない。だから足の力加減で馬を操り、更に揺れる馬上で弓を射る超高等技術だ。
だがそれをルックは平然とやる。
一瞬の間。
そして射た。
矢が風を切り、吸い込まれるように最後尾の敵兵の背中に突き刺さった。
悲鳴があがり兵が落馬する。
その間にもルックは次々と矢を射ていく。
百発百中とはいかなかったが、それでも相手には脅威を与えたらしい。
無防備な背中から攻撃されるのだから当然だ。
数十騎が反転してこちらに向かってくる。
ルックを排除するためだろう。
だがこちらとて黙ってやられるわけにはいかない。
「あたしがやる!」
「おおおお! 隊長に指一本触れさせるかぁ!」
マールとグライスが敵を防ぐために前へ。その後にも味方が続いた。
乱戦になった。
敵の数は少ないから最終的には敵を全員馬から叩き落したが、そのせいで差が開いた。
このままだと逃げ切られる。
ルックが矢を放つが、距離が開いて決定打にならなくなってきている。
「この距離なら行けます!」
そこで出たのがロウだ。
一騎だけ抜け出していく。
速い。小柄だから馬の負担になりづらく、また巧みな馬術でどんどんと敵との距離を詰めていく。
「行った!」
ロウの剣が敵の最後尾を斬った。
反撃があるが、ロウは馬を操り速度を落としたり、急な方向転換で回避する。
敵が乱れ、速度が落ちた。
「今だ、総員、全速力!」
馬に鞭をくれて一気に詰め寄る。
馬が最高速を出せるのはほんのわずかだ。
ロウがちょこまかと動き、敵を翻弄している最中に一気に距離を詰める。
あと少しだ。
と、その時。
不意に火薬の臭いを感じた。
風に乗ってきた僅かなにおい。
目に入ったのは、敵の先頭付近にいる兵が馬上で振り返っている光景。
そのシルエットを知っている。
そして何をしようとしているのか――
タァン!
軽い爆発音が響いた。
ロウの体が別のもののように弾けて地面に落ちた。
「ロウ!!」
撃たれた。
鉄砲だ。
ギリッ。
歯がきしむ。
それほど強く歯をかみしめていた。
まさか騎馬鉄砲とは。
傭兵はいないと思ったが、身辺警護に腕利きがいたのか。
ロウの姿はもう見えない。はるか背後に流れてしまった。
当たり所が良ければ――いや、逆に悪くて即死しなくてもこの速度で頭から落ちれば無事ではない。
いや、今は心を乱されるべきではない。
ここで敵に逃げられたらそれこそロウが浮かばれない。
「ルック!」
「はーい!」
ルックが弓を構えて、放った。
彼のやるせない思いが、気迫となって矢に伝わったのか。
吸い込まれるように先頭付近にいるマント姿の大柄の男の右肩に刺さった。
ジョーショーだ。
間違いない。周囲がざわめき、彼をガードするように動く。そのため更に速度が落ちる。
「あれが敵将ジョーショーだ! 雑魚には目もくれるな、行くぞ!」
「隊長は俺たちの後ろに!」
グライスが俺の前に出る。
鉄砲を警戒したのだろう。
その間に他の兵たちがジョーショーのいる辺りに突撃していく。
ヨハンが先頭で剣を振るい、敵を数騎叩き落す。
マールが槍を振るい、グライスが金棒のような重い鉄の塊で敵を打ち倒す。
ルックは速射に切り替えて、周囲の敵を足止めしていく。
敵も逃げるのをやめて迎撃に入ったから、騎馬隊による白兵戦が繰り広げられることになった。
もはや逃げる方も追う方もなく、ただ敵を倒すための乱戦。
誰もが必死で、目が血走った様子で武器を振るう。
自分が生き延びるために、相手を殺す。不条理を現実にたたきつけるように。
ジョーショーまで距離は近い、だが遠い。
敵も親衛隊らしくかなり腕が立つ。壁が厚いのだ。
「おおおおおおお!」
ヨハンが雄たけびをあげ、馬上から跳躍した。
あの幼いとも見える顔の少年が、どうしたらこんな声を出せるのか。
そんなことを思っている間に、ヨハンはジョーショーへと跳ぶ。
一瞬、時が止まったような気がした。
斬った。
ヨハンの剣が、大上段から振り下ろされた一撃がジョーショーの背中のマントを切り裂き液体を飛び散らせる。
だが浅い。
直感でそう思った。
だからもう一撃で終わる。
そう思った瞬間に、ヨハンの体が突き上げられていた。
剣を胴に受け、さらにもう1本、2本、3本と体に吸い込まれてはヨハンの体が宙に舞う。
「……くそっ!」
ここまでか。
相手の方が多いから全体的に押され始めた。
ジョーショーに重傷を負わせたのは確か。それで良しとすべきか。
だがもし復帰すれば、仲間たちの死が無駄になる。
どっちだ。
俺が考えるべきは、作戦の成功か、それとも皆の命か。
……決まってる。
両方だ!
「我が名はオムカのジャンヌ・ダルク! 我こそと思う者は、首を取って見ろ!」
叫び、馬を別の方向に走らせる。
釣れた。
20人近くがこちらに馬を走らせた。
俺は武器が使えない。
だがこの体は、命は武器になる。
俺がおとりになれば、その分、ジョーショーの守りは薄くなるし、作戦の成功確率も皆の生存率も上がる。あとは俺が逃げ切ればいい。それだけ。
その間にも情勢が動く。
マールとグライスが敵を押しのけていく。
たまらずジョーショーとその警護は反対側に逃れた。
その時、空白が生まれた。
俺を追う敵と、マールたちが突き崩す敵。
その間の空白に、ジョーショーは逃れたのだ。
馬蹄の音。
後ろからだ。
「隊長! 遅れました!」
ウィットの部隊。
追手を振り切ったのか。
「あそこだ、やれ、ウィット!」
ルックが矢を放った。
それがジョーショーの隣の男に突き刺さる。
それを受けて、ウィットの部隊が加速した。
俺の援護ではなく、ジョーショーを討つ方を選んだ。
正しい判断だ。この絶好のチャンスを活かせなければ勝てるものも勝てない。
だから――
ぶつかった。
乱闘は一瞬だった。
「ドスガ王国四天王筆頭、ジョーショーはジャンヌ・ダルクが討ち取ったぁ!」
ウィットの声が戦場に響く。
それは味方に歓喜を、敵に絶望を与えるのに十分な威力を持った言葉。
ホッと安堵のため息をつく。
これで戦局は大きく傾く。
死んでいった皆の死も、無駄ではなくなった。
見てたかよ、カルキュール。仇は討った。
あとはマリアだけだ。
――途端。
衝撃。
気を抜いた。馬が斬られていた。
放り出される。
背後。十数人が来ている。
馬鹿か。こんな状態で気を抜くなんて。
地面を転がりながら思った。
「貴様の首をもって、我が大将の鎮魂とする!」
怒りと悲しみで爆発した男たちの叫び。
怖い。
これが戦争だ。
改めて思った。
これが死ぬということ。
殺されるということ。
周囲に味方はいない。
逃げるすべもない。
絶体絶命の袋小路。
あぁ、こんな時にパラメータ100ボーナスがあったらなぁ。
なんとなく現実逃避。
「死ね」
馬に乗った目の前の男が長大なロングソードを振りかぶる。
それが振り下ろされれば、俺はピンで縫い付けられた昆虫みたいに胸を突き刺されて無様に死ぬだろう。
嫌だ。
死にたくない。
まだ生きたい。
マリアと仲直りだってしてないし、ニーアと話せてないし、ジルとだって色々語りたい。
これで死んだら里奈の元にも戻れない。
だから地面を転がった。
一歩でも離れようともがく。
死ぬときは前のめりだけど、それはいつ死んでもいいというわけではない。
だからあがく。
1%でも、一瞬でも、賭けるべき何かがあるのであれば。
それは――
「隊長!」
声。
風を切る何かが通り過ぎた。
途端、背後で悲鳴が上がった。
振り向いてみれば、金棒のような巨大な鉄の塊が男の顔面に食い込み、そのまま男は落馬した。
その光景がぶれる。
無重力、いや、何かに引き上げられた。
視線が一気に高いところまで持ち上げられ、何か暖かいものに包まれる。
馬だ。
「隊長、俺の馬で逃げろ!」
「グライス……」
「へへっ、俺が隊長を救ったって皆に自慢できるってもんよ!」
グライスが馬の尻を押すと、馬が勝手に走り出す。
「おい、ちょっと待て! よせ! お前も逃げるんだよ!」
馬を止めなきゃ。
どうやるんだっけ。
思いだせない。
でも戻らなきゃ。
グライスが。
俺を追おうと敵が馬を走らせようとする。
それをグライスの大きな体が遮った。
馬の鼻面にパンチをお見舞いする。
馬が吹き飛び、乗った人間が落ちた。
凄い。
だがそれまでだった。
当然だ。丸腰なのだ。
武器はどうした。
そうだ俺を助けるために投げたんだ。
切り下げられた。
血しぶきが舞う。
それでもグライスは倒れない。
1人の敵に飛びついて、そのまま引きずりおろし、首を絞める。
敵の1人が背後からグライスを斬りつけた。
更にもう1人が横から突きを見舞った。
だがグライスは倒れない。
何度斬られても倒れなかった。
そこへウィット、マールらが到着。数騎が俺を囲みつつ、残った敵を次々と倒していく。
グライスは最後まで倒れず、そして死んだ。
遠ざかる彼の姿を、俺はいつまでも見つめていた。
2度も助けられた。
1度目はあの崖から落ちそうになった時に。
そして2度目はここで。
俺の無茶のしりぬぐいをしてくれたのだ。
悔いはある。
けど、そうしなければこの結果はついてこなかった。
だからしりぬぐいをしてくれてありがとう、ではなく、命を救ってくれてありがとうと言うべきだ。
リュースも死んでいた。
敵を崩してウィットとザインを先に行かせるため、かなり無理をしたようだった。その奮戦がなければ、こうしてジョーショーを討ち取れなかっただろう。
リュース、ヨハン、グライス、ロウ。
さっきまで生きていた奴らと、もう二度と会えなくなっていた。
彼らだけじゃなく、俺の隊から数十名がこの戦いで若い命が消えていった。
それでも悲しんではいられない。
彼らの死を無駄にしないためにも、俺たちはまだ、戦い続けなければならないのだから。
「追撃しますか、隊長?」
ウィットが聞いてくる。
彼自身も傷を負っているらしく呼吸が荒い。
誰もが傷ついている。
無傷なのは俺くらいだ。前も思ったけど、それがとてもあさましいことに思えて、どうも嫌な気分にさせる。
……いや、それが俺の戦いなんだ。
そしてそれこそが、皆が俺を生かす理由。
だからこそ、ここで判断を誤ってはいけない。
「全軍、帰投する! 味方の遺体は回収しておけ」
「はっ!」
今日一日、ほぼ休む暇もなく戦い続けたのだ。
味方は疲れ切っているだろう。
それなのに、ここから更に追撃し、体力の有り余っている新手と相手するのは厳しい。
だから戦果はこれで満足して、陣へ戻るのが正解だ。
というか燃えた陣を少なくとも、皆が眠れるように直さなければならない。
そして、死者はせめて手厚く葬らなければ。
俺は残った味方を集めてそう宣言すると、グライスの馬に乗って駆け始めた。
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※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
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本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
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ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
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