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第3章 帝都潜入作戦
第27話 再会
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帝都に来てから6日経った。
だが、何も進展しなかった。
ただ一度、アヤのステージを見に行ったことがあった。
招待されてのことだが、最初は驚いた。
バーの歌い手みたいな扱いだったこともそうだし、中心部からかなり離れた場末のスナックと言ってしまっても過言ではないほどの場所だったからだ。
しかもこれまでの歌い手が病気になってしまっての代打といった側面が強かったのもあった。
後からホーマに聞いたところ、やはり敵国で歌ってきたという経歴から、そういう扱いになったらしい。
一応オムカ人ということは伏せていたものの、経歴からして疑われても仕方のないと言えば確かに納得せざるを得ない。
だが、それをアヤは覆した。
力業で、その逆境を跳ねのけた。
誰もが興味なさそうにグラスを傾けている中、アヤの声が爆発した。
「自分の意味を知っていますか。自分の意義を知っていますか。誰もがそれを求めてあがく。けれど私はそれを知った。だから私はあなたに歌う。きっと、自分を見つける。その日を思って」
切ないバラード。
儚い、けど力強い。
あの時の自分の存在をぶつけるような歌い方ではない。ただ、どこか胸に圧迫を感じるような、強い意志を感じるようなその歌声に、店内の誰もが振り向いた。
後はもう虜だった。
歌が終わると拍手喝采。
涙を流していた人もいた。
それからはもう、とんとん拍子のシンデレラストーリーだった。
連日、そのバーには客が押し寄せ、アヤの歌を求めていった。やがてその噂は瞬く間に帝都全域に広がり、各地で公演を行ったことから、数日でアヤは帝都で知らぬものはいないほどの人気者になった。
バーでやったようなバラード調から、ロック調――なんて言葉はないだろうけど、そんなパワフルな曲――のものまで幅広い歌声でファンを魅了していくアヤは、今や『放浪の歌姫』なんて名前で呼ばれたりしている。
「アヤさん凄いですねー、隊長殿」
宿舎の食堂で、椅子にもたれながらぼーっと天井を眺めるクロエが言った。
「そうだな」
俺も上の空で相槌を打つ。
考えていたのは別の事。
先王の噂。
ここまで何もないと、やはり嘘か。
けど、そうなると不思議に思う。
これが嘘、つまり罠だったとして、敵はどうしてここまで仕掛けてこないのか。
もしかして俺たちが潜入したのがバレていないというのか。
それはそれで安心すべきところではあるが、どうもしっくりこない。
「隊長。明日で期日ですが、本当に帰国しますか?」
マールが少し不安げに聞いてくる。
どんなに長くても帝都に滞在するのは一週間と決めていたことを言っているのだ。
ちなみに今日はザインと竜胆、ルックの3人が外に出ている。
あの2人で竜胆を抑えられるか不安だが、まぁなんとかなるだろう。
「あぁ。決めた期間はずらさない。それで何もわからなければ、噂は嘘だったと思って帰る」
「そうですか……」
「あーあ、あと1日。せっかくの旅ももう終わりですかー」
クロエが残念そうにため息をつく。
確かに、敵の介入がなければただの慰安旅行ととっても過言ではないくらいにグダグダだった。俺自身も、楽しくなかったかと聞かれれば嘘になるけど……。
何かが、足りない。
パズルを作っていて、半ばを過ぎたところですでにピースが足りなくなったのが判明したような。
出された器を見て、腹八分どころか腹三分目にも満たないだろうことが分かり切った瞬間のような。
何が足りないのか、俺は知っている。
「ちょっと外に出てくる」
「え、隊長殿。自分も行きます」
「いや、ほんの数分の散歩だよ。頭を整理したい」
「そう、ですか……」
クロエとマールの視線を受けながら外に出る。
夕方。
この時間で戻ってこないということは、今日もまた収穫はなしだろう。
そうだ分かってる。
この不足感。もやもやした感覚。
俺は、探しているんだ。
あの日。
帝都に来て早々に見たあの影を。
明日の夜には帰らなければならないとなって、一番の心残りがやはりあった。
あの時に見た、里奈に似た女性を探したい。
けどその私情を優先してはいけないと自分に禁じて、今日まで外に出るルーチンは崩さなかった。
だが今。
俺自身がそれを破って外にいる。
あるいはと思った。
できればと思った。
そして――
「……!」
見つけた。
間違いない。
あの時に見た後ろ姿。
距離は10メートル。
呼べば届く距離。
このタイミングで再び彼女に出会ったのは偶然か、あるいは運命か。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はとにかく、彼女を見失わないよう――違う。あとをつける必要はない。彼女と話せばいい。呼び止めればいい。けどどうやって。馬鹿だな。呼ぶしかない。いや、怖い。呼んで、反応しなかったら。自分だと気付かなかったら。彼女じゃなかったら。怖い。
けどもう時間はない。
秤にかける。
何もせずに去る後悔と、実行して訪れる後悔を。
判断は、ゼロコンマ1秒。
「里奈!」
呼んだ。
叫んだ。
聞いた。
声は音波となって飛び、僅か10メートル先にいる人物に届く。
その時間が永遠に思えた。
そして、
「――――」
彼女は反応し、
「明彦君?」
振り返った。
そして、呼んだ。
俺の名前を。
ジャンヌ・ダルクではない。
俺の名を。
本当の名前を。
涙が溢れそうになった。
里奈だ。
1年以上も会っていない。
そして知り合って長いわけでもない。
けど、彼女は里奈だ。
それが分かる。
なんでこんな世界にいるのか。
なんでこんな場所にいるのか。
そんなことはどうでもいい。
ただ彼女に会えた。
それだけが俺にとっては嬉しくて、それ以上望むものはない。
「里奈!」
走り寄る。
そしてそのまま抱き着いた。
後から思えばちょっと攻めすぎた行動だと思う。
けど、その時はそれ以外に俺の感情を表す行動がなかった。
日本では俺の方が数センチ大きかった身長も、今では俺の方が圧倒的に小さい。
「明彦……くん?」
「あぁ、そうだ。こんななりだけど写楽明彦だ!」
「うそ……そんなの……夢?」
「夢じゃない。俺だ。俺はここにいる。友達になってくれませんか、って誘ってくれた立花里奈の前に写楽明彦はいるんだ!」
「……そう。本当に、明彦くん、なんだね」
ようやく事態が飲み込めた里奈と、上がりすぎたテンションが元に戻って若干恥ずかしさを覚えた俺は、里奈に誘われて緑豊かな広場へと向かい、ベンチに座った。
「なんだか縮んじゃったね」
「好きでなったわけじゃないからな。一応言っとく」
「……うん」
里奈が優しく微笑む。
あぁ、その笑顔のために俺はここまでやって来たんだ。
「でも、よかった。いや、よくないよな。ここにいるってことは……死んだってことだよな」
「うん……研究棟の火事で……」
まさか里奈も巻き込まれていたのか。
くそ、知ってたら助けに行ったのに。
……いや、その場合は共倒れか。
「そんなことより、大丈夫だったか? これまで。同じくらいに来たとしたら、もう1年以上だろ?」
その問いに、里奈は大きく目を見開き、不意に視線を外したけれども答えてくれた。
「うん……同じプレイヤーの人に拾ってもらって……なんとかなってる」
「そうか。それはよかった。この世界滅茶苦茶だからな。俺たちの世界の常識が通じないことが多い」
「そう、だね……」
里奈の声のトーンが低い。
折角の再会だというのに、なんでテンションが低いんだ。
「何かあったのか?」
「ううん、なんでもない。ちょっと、びっくりしちゃって……」
そりゃそうか。俺だってびっくりしたんだ。
だって、ここに彼女がいるなんて思いもよらなかったから。
でもここで出会えた。
それは運命だ。臭いセリフだけど、それがぴったりくる。
前の世界では彼女を守ることができなかった。
だがこの世界では、俺は少なからずの力を持っている。
だから彼女をこの世界から救い出せる。そう思ってやまない。
「里奈、一緒にオムカに行こう! それで、俺と一緒に大陸を制覇して、元の世界に戻ろう!」
「え……でも、私は……」
里奈の表情に陰りが出る。
何か心配事があるのだろうか。
いや、そんなもの。どうとでもなる。してみせる。
「大丈夫だ。心配はいらない。あっても俺がなんとかする。だから行こう里奈!」
力強く押す。
前の世界ではできなかったこと。
今はもう違う。
色んな経験をして、数々の失敗をして、今ここにいる。
死ぬときは前のめり。
なにより、彼女をまた失って後悔したくないから。
だから――
「誰?」
「え?」
急に里奈の声色が変わった時には、心に空白ができたような気がした。
いつもの里奈の声じゃない。聞き間違いかと思ったくらいだ。
「お前は、誰だ?」
違う。
聞き間違いじゃない。
というより、誰だ。逆に。
里奈はこんな声をしない。こんな言い方をしない。
けど、今は俺が俺だと信じさせることが大事だ。
だから言う。
「俺だよ、明彦だ! 写楽明彦だ!」
「違う……明彦くんは、こんな声じゃない。こんな顔じゃない……明彦、くんは……」
「違うんだ! これはその、アバターで! 顔も声も変わってるけど、俺だよ!」
「黙れ偽物! 私を……私をどうするつもりだ!」
里奈が手で頭を抱えうずくまり、頭を振る。
その様子がどこか常軌を逸したような光景に見えてゾッとした。
「おい、どうしたんだ、里奈!? 里奈!?」
なんだ。病気なのか?
一体何がどうなっている。
「おい、大丈夫か!?」
「うるさい、黙れ黙れ黙れ! この偽物が!」
「違う、俺だよ、写楽明彦だ! お前と、一緒の大学にいた!」
「うぅ……ううううううう!」
うずくまり頭を抱える里奈は苦しそうに見える。
公園にいる人たちが不審な視線を送ってくる。
「くそ、どうしちまったんだ。さっきまで普通だったじゃないか」
「それはね――」
声がした。
振り向いた。
そこに、神父がいた。
「彼女の精神が崩壊の一歩手前だからだよ」
ここに来た最初の日に教会で出会った神父。
里奈に似た人を追いかけた末に出会った人物。
視界を何かが遮った。
それが神父の手のひらだと知覚した瞬間、
「慈悲から美に至る。すなわち隠者の道である」
――世界が暗転した。
だが、何も進展しなかった。
ただ一度、アヤのステージを見に行ったことがあった。
招待されてのことだが、最初は驚いた。
バーの歌い手みたいな扱いだったこともそうだし、中心部からかなり離れた場末のスナックと言ってしまっても過言ではないほどの場所だったからだ。
しかもこれまでの歌い手が病気になってしまっての代打といった側面が強かったのもあった。
後からホーマに聞いたところ、やはり敵国で歌ってきたという経歴から、そういう扱いになったらしい。
一応オムカ人ということは伏せていたものの、経歴からして疑われても仕方のないと言えば確かに納得せざるを得ない。
だが、それをアヤは覆した。
力業で、その逆境を跳ねのけた。
誰もが興味なさそうにグラスを傾けている中、アヤの声が爆発した。
「自分の意味を知っていますか。自分の意義を知っていますか。誰もがそれを求めてあがく。けれど私はそれを知った。だから私はあなたに歌う。きっと、自分を見つける。その日を思って」
切ないバラード。
儚い、けど力強い。
あの時の自分の存在をぶつけるような歌い方ではない。ただ、どこか胸に圧迫を感じるような、強い意志を感じるようなその歌声に、店内の誰もが振り向いた。
後はもう虜だった。
歌が終わると拍手喝采。
涙を流していた人もいた。
それからはもう、とんとん拍子のシンデレラストーリーだった。
連日、そのバーには客が押し寄せ、アヤの歌を求めていった。やがてその噂は瞬く間に帝都全域に広がり、各地で公演を行ったことから、数日でアヤは帝都で知らぬものはいないほどの人気者になった。
バーでやったようなバラード調から、ロック調――なんて言葉はないだろうけど、そんなパワフルな曲――のものまで幅広い歌声でファンを魅了していくアヤは、今や『放浪の歌姫』なんて名前で呼ばれたりしている。
「アヤさん凄いですねー、隊長殿」
宿舎の食堂で、椅子にもたれながらぼーっと天井を眺めるクロエが言った。
「そうだな」
俺も上の空で相槌を打つ。
考えていたのは別の事。
先王の噂。
ここまで何もないと、やはり嘘か。
けど、そうなると不思議に思う。
これが嘘、つまり罠だったとして、敵はどうしてここまで仕掛けてこないのか。
もしかして俺たちが潜入したのがバレていないというのか。
それはそれで安心すべきところではあるが、どうもしっくりこない。
「隊長。明日で期日ですが、本当に帰国しますか?」
マールが少し不安げに聞いてくる。
どんなに長くても帝都に滞在するのは一週間と決めていたことを言っているのだ。
ちなみに今日はザインと竜胆、ルックの3人が外に出ている。
あの2人で竜胆を抑えられるか不安だが、まぁなんとかなるだろう。
「あぁ。決めた期間はずらさない。それで何もわからなければ、噂は嘘だったと思って帰る」
「そうですか……」
「あーあ、あと1日。せっかくの旅ももう終わりですかー」
クロエが残念そうにため息をつく。
確かに、敵の介入がなければただの慰安旅行ととっても過言ではないくらいにグダグダだった。俺自身も、楽しくなかったかと聞かれれば嘘になるけど……。
何かが、足りない。
パズルを作っていて、半ばを過ぎたところですでにピースが足りなくなったのが判明したような。
出された器を見て、腹八分どころか腹三分目にも満たないだろうことが分かり切った瞬間のような。
何が足りないのか、俺は知っている。
「ちょっと外に出てくる」
「え、隊長殿。自分も行きます」
「いや、ほんの数分の散歩だよ。頭を整理したい」
「そう、ですか……」
クロエとマールの視線を受けながら外に出る。
夕方。
この時間で戻ってこないということは、今日もまた収穫はなしだろう。
そうだ分かってる。
この不足感。もやもやした感覚。
俺は、探しているんだ。
あの日。
帝都に来て早々に見たあの影を。
明日の夜には帰らなければならないとなって、一番の心残りがやはりあった。
あの時に見た、里奈に似た女性を探したい。
けどその私情を優先してはいけないと自分に禁じて、今日まで外に出るルーチンは崩さなかった。
だが今。
俺自身がそれを破って外にいる。
あるいはと思った。
できればと思った。
そして――
「……!」
見つけた。
間違いない。
あの時に見た後ろ姿。
距離は10メートル。
呼べば届く距離。
このタイミングで再び彼女に出会ったのは偶然か、あるいは運命か。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はとにかく、彼女を見失わないよう――違う。あとをつける必要はない。彼女と話せばいい。呼び止めればいい。けどどうやって。馬鹿だな。呼ぶしかない。いや、怖い。呼んで、反応しなかったら。自分だと気付かなかったら。彼女じゃなかったら。怖い。
けどもう時間はない。
秤にかける。
何もせずに去る後悔と、実行して訪れる後悔を。
判断は、ゼロコンマ1秒。
「里奈!」
呼んだ。
叫んだ。
聞いた。
声は音波となって飛び、僅か10メートル先にいる人物に届く。
その時間が永遠に思えた。
そして、
「――――」
彼女は反応し、
「明彦君?」
振り返った。
そして、呼んだ。
俺の名前を。
ジャンヌ・ダルクではない。
俺の名を。
本当の名前を。
涙が溢れそうになった。
里奈だ。
1年以上も会っていない。
そして知り合って長いわけでもない。
けど、彼女は里奈だ。
それが分かる。
なんでこんな世界にいるのか。
なんでこんな場所にいるのか。
そんなことはどうでもいい。
ただ彼女に会えた。
それだけが俺にとっては嬉しくて、それ以上望むものはない。
「里奈!」
走り寄る。
そしてそのまま抱き着いた。
後から思えばちょっと攻めすぎた行動だと思う。
けど、その時はそれ以外に俺の感情を表す行動がなかった。
日本では俺の方が数センチ大きかった身長も、今では俺の方が圧倒的に小さい。
「明彦……くん?」
「あぁ、そうだ。こんななりだけど写楽明彦だ!」
「うそ……そんなの……夢?」
「夢じゃない。俺だ。俺はここにいる。友達になってくれませんか、って誘ってくれた立花里奈の前に写楽明彦はいるんだ!」
「……そう。本当に、明彦くん、なんだね」
ようやく事態が飲み込めた里奈と、上がりすぎたテンションが元に戻って若干恥ずかしさを覚えた俺は、里奈に誘われて緑豊かな広場へと向かい、ベンチに座った。
「なんだか縮んじゃったね」
「好きでなったわけじゃないからな。一応言っとく」
「……うん」
里奈が優しく微笑む。
あぁ、その笑顔のために俺はここまでやって来たんだ。
「でも、よかった。いや、よくないよな。ここにいるってことは……死んだってことだよな」
「うん……研究棟の火事で……」
まさか里奈も巻き込まれていたのか。
くそ、知ってたら助けに行ったのに。
……いや、その場合は共倒れか。
「そんなことより、大丈夫だったか? これまで。同じくらいに来たとしたら、もう1年以上だろ?」
その問いに、里奈は大きく目を見開き、不意に視線を外したけれども答えてくれた。
「うん……同じプレイヤーの人に拾ってもらって……なんとかなってる」
「そうか。それはよかった。この世界滅茶苦茶だからな。俺たちの世界の常識が通じないことが多い」
「そう、だね……」
里奈の声のトーンが低い。
折角の再会だというのに、なんでテンションが低いんだ。
「何かあったのか?」
「ううん、なんでもない。ちょっと、びっくりしちゃって……」
そりゃそうか。俺だってびっくりしたんだ。
だって、ここに彼女がいるなんて思いもよらなかったから。
でもここで出会えた。
それは運命だ。臭いセリフだけど、それがぴったりくる。
前の世界では彼女を守ることができなかった。
だがこの世界では、俺は少なからずの力を持っている。
だから彼女をこの世界から救い出せる。そう思ってやまない。
「里奈、一緒にオムカに行こう! それで、俺と一緒に大陸を制覇して、元の世界に戻ろう!」
「え……でも、私は……」
里奈の表情に陰りが出る。
何か心配事があるのだろうか。
いや、そんなもの。どうとでもなる。してみせる。
「大丈夫だ。心配はいらない。あっても俺がなんとかする。だから行こう里奈!」
力強く押す。
前の世界ではできなかったこと。
今はもう違う。
色んな経験をして、数々の失敗をして、今ここにいる。
死ぬときは前のめり。
なにより、彼女をまた失って後悔したくないから。
だから――
「誰?」
「え?」
急に里奈の声色が変わった時には、心に空白ができたような気がした。
いつもの里奈の声じゃない。聞き間違いかと思ったくらいだ。
「お前は、誰だ?」
違う。
聞き間違いじゃない。
というより、誰だ。逆に。
里奈はこんな声をしない。こんな言い方をしない。
けど、今は俺が俺だと信じさせることが大事だ。
だから言う。
「俺だよ、明彦だ! 写楽明彦だ!」
「違う……明彦くんは、こんな声じゃない。こんな顔じゃない……明彦、くんは……」
「違うんだ! これはその、アバターで! 顔も声も変わってるけど、俺だよ!」
「黙れ偽物! 私を……私をどうするつもりだ!」
里奈が手で頭を抱えうずくまり、頭を振る。
その様子がどこか常軌を逸したような光景に見えてゾッとした。
「おい、どうしたんだ、里奈!? 里奈!?」
なんだ。病気なのか?
一体何がどうなっている。
「おい、大丈夫か!?」
「うるさい、黙れ黙れ黙れ! この偽物が!」
「違う、俺だよ、写楽明彦だ! お前と、一緒の大学にいた!」
「うぅ……ううううううう!」
うずくまり頭を抱える里奈は苦しそうに見える。
公園にいる人たちが不審な視線を送ってくる。
「くそ、どうしちまったんだ。さっきまで普通だったじゃないか」
「それはね――」
声がした。
振り向いた。
そこに、神父がいた。
「彼女の精神が崩壊の一歩手前だからだよ」
ここに来た最初の日に教会で出会った神父。
里奈に似た人を追いかけた末に出会った人物。
視界を何かが遮った。
それが神父の手のひらだと知覚した瞬間、
「慈悲から美に至る。すなわち隠者の道である」
――世界が暗転した。
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疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
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