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第3章 帝都潜入作戦
閑話15 クロエ・ハミニス(オムカ王国ジャンヌ隊副隊長)
しおりを挟む「てぃ、Tレックス……! 逃げるんだ、人間じゃ勝てない! あれは恐竜だ!」
イッガーの珍しい慌てた声。
キョウリュウ。
聞いたことがない。
いや、それでも自分の倍以上のデカさからくる圧迫感。ぎろりと睨みつける人間とはまったく異なる瞳。ギザギザの切れ味抜群そうな歯は、噛みつかれたら胴体が半分持っていかれそうだ。それを見るだけでもヤバさが伝わってくる。
というか私の頭の中で、危険の警報がガンガン鳴っているのだ。
逃げろ。こいつは危険だ、と。
『さぁ、やってまいりました! Tレックスのティラ子ちゃん! 10歳、メス! いやー、可愛いねー!』
どこが! と心の中でツッコミを入れる。
『ルールは簡単。挑戦者とティラ子ちゃんの時間無制限一本勝負! 武器も反則もなんでもありの、相手が戦闘不能、降参、または死んだら負けのバーリトゥード!!』
うーん。これを見ると教官殿……じゃなくニーアは可愛いレベルだなぁ。
などと軽く現実逃避。
『あ、Tレックスっていうとスカベンジャー(腐肉食動物)って説もあるけど、やっぱボクはハンター説を推したいねー。というわけで今回はゴリゴリのハンター・Tレックスだから安心して』
ちょっと何を安心していいのか分からなかった。
『それでは、第一関門! バトル・スタート!』
こうなったら仕方ない。
迎え撃とうと双鞭ジャンヌとダルクを腰から引き抜く。
咆哮。
そのド迫力の音声に思わず身がすくむ。
エイン帝国の大型船を前にしてもこれほどの脅威は感じなかった。
そして自分を標的と定めたのか、ティラ子とかいう怪物が突進してくる。
速い。
巨体に似合わず、超高速で大地を揺らしながらの突進。
ヤバい。動け動け動け動け!
横っ飛び。
あ、しまった。
ここで避けたってことは、ザインたちは……。
衝撃。
見ればティラ子がザインたちのいた辺りを押しつぶして――
「…………はっ」
いなかった。
無事だ。
ザイン達の周囲を緑の壁にティラ子の獰猛な牙が喰い込むがそれ以上は通さない。
『言っただろう? いかなる攻撃も通さない。つまりティラ子ちゃんの攻撃も完全シャットアウトのバリアーさ』
ホッとするのも一瞬。
ティラ子はザインたちを食べられないと諦めて、残る獲物の私に狙いを定めてきた。
来る。ティラ子の凶悪な頭部が迫り、私なんて一飲みにできそうなほど大きく開かれた口が閉じる。
それを紙一重で地面に転がって回避する。
「クロエ! そんな奴に負けんな!」
「下よ下! 回り込んで!」
「クロエさん! 正義は勝つのです!」
あぁ、もう!
あのお気楽連中は簡単に言う!
けど応援してくれるのはありがたい。
それになんとなく弱点も見えた。
あれだけの巨体に反し、脚は異様に小さい。
ならそこを思い切り打ち砕けば――
「覚悟ぉ!」
ティラ子の頭が迫る。
迫力さえ無視すれば、ニーアより遅い。
だから体を横に。咢を回避して懐に飛び込む。
この巨体だ。小回りはきかない。
だからその細い脚に対し、両手に持った鞭を振るう。
もらった!
「がわわわわわわ!」
だが返ってきた衝撃は、体全体を震わすほどの反動だった。
硬い。その気になれば石も砕く私の鞭だけど、鉄でも入っているんじゃないかと思うほどの硬さで全く歯が立たない。
くそ、こうなったら何度でもやってやる!
だがその前に相手が動いた。
少しかがむように脚が折れたのだ。
そしてそこから放たれるのは歩行――いや、それを活かした蹴りだ。
「がふっ!」
衝撃。
ニーアの攻撃の何倍も強力な衝撃が襲った。
瞬間、ジャンヌとダルクを交差して防がなかったら、鋭利に尖った爪が体に突き刺さっていただろう。
だがその代償は後方への飛翔。
要は吹っ飛ばされたということ。
草を裂き、幾本の木の枝を折った末、大樹に背中を打ち付けてようやく止まった。
「がっ……はっ!」
息を漏らす。
全身が痺れたように動かない。
あー、ヤバい。勝てない、これ。
さすがにあんな化け物退治、専門にしてないし。
地鳴りが聞こえる。
身動きの取れなくなった私に、とどめをさそうと来る。
もう、いい。
これ以上は辛いだけだから。楽にして。
だからバイバイ、皆。
後は頑張って。私はここで脱落。
皆ならきっと隊長殿を……。
「――いやいやいやいや!」
ふざけるな。
なんで諦めモード入ってんの。
てか隊長殿は!? 隊長殿を助けてない! それにここで死んだらあの馬鹿が絶対勝ち誇った顔をするに違いない。
それだけは許せない。
考えろと言われた。
だから考えてここに来た。
それなのに私が死んで、あの人が喜ぶはずがない。
なら考えろ。
思考の限りを尽くして、あの化け物に勝つ方法を考えろ。
ティラ子をにらみつける。
なんだか笑えてきた。
初めて見た時、恐ろしいと思ったけど、こうやって正面から見るとちょっと笑ってしまう。
あの突き出した口の先。鼻? 巨体に反して小さなお手て。確かに可愛いのかもしれない。
改めて見れば、怖いという思いは消えて、可愛いという思いしか残らない。
「ふっ」
そんな可愛らしい相手が、私を隊長殿と引き離そうとしている。
許さない。
動きはニーアより遅い。一撃の破壊力はちょい上。そして、無駄にデカい。
なら、勝てない道理はない。
咆哮。
ビリビリと大気が揺れる。
それがどうした。
よだれをまき散らし、巨大な口が大きく開く。
だからどうした。
ギザギザの尖った歯が、獲物を噛み千切らんと襲う。
それが――
「なんだってのよ!」
木の幹を蹴った。跳躍。そのまま化け物の口の中――その上へと跳ぶ。
そこにあるのは2つの穴。鼻。
そこに向かってジャンヌとダルクを思い切り振り下ろす。
衝撃。硬い。いや、脚ほどではない。ティラ子が悲鳴をあげ怯んだ。もう一発。左右から挟み込むように殴りつける。
本気を出せば人間の頭くらい簡単に吹き飛ばせる鞭だ。これをくらって無事な奴がいるものか。
着地。そのまま前へ。脚。たたらを踏んでる。これがあるからこの怪物は走る。ならこれを叩き折ればいい。
本気で振りかぶり、全力で足を打った。次。左を振りかぶり、打った。次。右。打った。次。左。打つ。右。打つ。
思えばこいつが隊長殿と会わせるのを邪魔した。こいつが隊長殿を悲しませようとした。こいつが隊長殿を閉じ込めた。こいつが隊長殿をこいつが隊長殿をこいつがこいつがこいつが隊長殿隊長殿隊長殿こいつが隊長殿こいつが隊長殿隊長殿こいつが隊長殿こいつが隊長殿隊長殿こいつが隊長殿こいつが隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿こいつが隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿――
「隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿隊長殿たいちょうどのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!
一発でダメなら二発。二発でダメなら三発。三発でだめなら……二度と立ち上がらなくなるまで殴ればいい!
雨だれ石を――いや、意思を穿つ!
いつしか返ってくる反応は、すべてを跳ね返す巌のような感触から、柔らかいものを殴っているような感触へと変わっていく。
そして、反応がなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えに見る。
あの恐ろしくも可愛らしい怪物が、地面に横たわってもがいているのを。脚を必死に動かそうとしているけど、膝から下が動いていない。完全に折れた、いや、粉砕されていた。
それを見ると、少し可哀そうになってくる。
「ニトー! 相手が戦闘不能で終わりって言ったよね! ならこれで終わりでしょ!?」
頭上に向かって叫ぶ。
ただ相手の出方によってはこの子を殺さないといけない。それは少しだけ、気が進まない。てゆうか疲れたからそんな無駄なことはしたくなかった。
『うん、見事だ。ティラ子ちゃんは可哀そうだけど戦闘不能。よって勝者、ジャンヌ・ダルク奪還チーム!』
だからそう言われて少しだけホッとした。
てかジャンヌ・ダルク奪還チームっていいな。今度、仲間外れのウィットをからかってやろう。
少し離れたところで歓声があがる。
あぁ、そういえばいたんだっけ。
まったく、要らない心配して。
私が隊長殿を助けるまで死ぬわけないっての。
そう思いつつも、なんだから少し心が弾み、死闘の余韻も相まって頬を緩ませた。
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