知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第3章 帝都潜入作戦

閑話25 長浜杏(エイン帝国大将軍)

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「やっぱり出てきたね」

 見渡す限りの原野。
 そこに7万の軍勢と、2万弱の軍勢が対峙している。

 昨日、敗走してきた味方を見て、砦は落ちたと知った。
 だからワンチャン籠城か、あるいは撤退とかするかと思ったけど、なかなかどうして。

「肝が据わってるというか、良い度胸しているというか」

「はっ、何がでしょうか」

 僕様のつぶやきに、副将のユインが聞いてくる。
 こういう僕様の独り言も拾うくらい真面目な男だ。

「いや、ただの独り言ー」

「そうですか。それで大将軍様。いかがしましょう」

「うーん、どうしようかなー」

 本当はもう決まってる。
 けど部下たちに意見を出させるため、わざと何も考えていないふりをした。

「相手は寡兵だ。一気に押し包んじまおうぜ?」

 もう1人の副将サジが張り切って提案してくる。
 ユインとは真逆で、覇気が出まくりで若干猪武者っぽいところもあるけど、用兵はなかなかなものだったりする。

「言っとくけど、相手舐めちゃ駄目だよ? 相手は前に張人きゅんの軍勢を退けたんだから」

「聞いてるぜ。大将軍様もやられたって話」

「あれは負けてないから。張人きゅんの援護しただけだから」

 そう、あれは僕様の戦じゃないからね。そこ間違えないように。

「というわけで、気をつけないと……死んじゃうよ?」

「肝に銘じます」

 ユインが深く頭を下げた。サジはにやにやしながら何度も頷く。
 本当に正反対だなぁ。

 しかし本当にどうしようか。
 相手はあのジャンヌ・ダルクという名のプレイヤー。
 帝都のお菓子屋で出会ったあの子が例の人物とは。世界は狭い。

 一通り、ジャンヌ・ダルクの行動を調べて読んでみたけど、なかなか興味深い。
 これまでに行った戦闘から見るに、彼女は軍を指揮して勝利を収める将軍タイプではなく、事前に作戦を決めてそれに適した状況を作り出し勝利を収める軍師タイプだ。
 だから勝利するためには、伏兵、偽装退却、火計、鉄砲、なんでも使う。空城くうじょうの計みたいなことをしたかと思ったら、落とし穴をも使った記録もある。

 それほど変幻の戦をする人間が、こうも凡庸な陣を敷くだろうか。

 とりあえずスキル『神算鬼謀しんさんきぼう』でも使って、相手の意思の方向でも見ておこうか。
 そう思った時だ。

「大将軍様!」

「分かってる」

 敵が動いた。
 ただ兵を横に並べた横陣おうじんから、三角形の戦端をこちらに向ける魚鱗ぎょりんの陣に。
 若干違うのは、三角形の底辺の両側に、小さな横陣を作ったことだ。

「かなり縮こまりましたね」

 ユインが言ったとおり、相手の陣はかなり小さくなった。
 魚鱗というより、きりのように先のとがった鋒矢ほうしの陣と言った方がいいかもしれない。

「こりゃ、鶴翼かくよくで左右から押し包めば楽勝じゃねぇかな?」

 サジが笑う。

 ちなみに鶴翼の陣は、つるが羽を広げるように左右に兵を突き出した形。三日月の形を思えばいいかもしれない。
 大軍で小勢を相手にするとき良く、まさに今、それを考えていたところだ。

「かもしれないね。けど、あの後ろの……気になるなぁ」

「あるいはあの部隊は抑えの部隊なのではないでしょうか。我々が鶴翼で広がってくるのを見越して、左右の翼を押しとどめるために」

「はっ! なるほどな。左右からの挟撃が止めてる間に、中央の本隊が錐のようにこっちの本陣を突くって奴かよ。もちろんそうなると狙いは――」

「僕様、ってことになるね」

 なるほど、悪くない。
 5倍近くもの敵に勝つなら、頭を叩くくらいしか勝ち目はない。
 左右の抑えが全滅するのが先か、相手の錐の先が僕様に届くのが先か。結構ギャンブルなところはあるけど、決まったときの効果は絶大だ。
 だって僕様死んじゃうし。

 でも――

「安直すぎないかなぁ」

 あのジャンヌ・ダルクのやり方にしては、スマートじゃない気がする。
 どうも彼女の戦い方は、極力犠牲を少なくして勝とうとしているふしがある。
 まぁオムカほどの弱小国なら、犠牲を出してたら滅亡するしかないんだけど。

 なら何か策が?
 分からない。
 鉄砲くらいしか武器はないはずなんだけど……。

「正直、それしかねーと思うんだけど。大将軍様のこういう時の勘は当たるからなぁ」

「しかし時間もありません。我々は今3隊魚鱗で組んでいますが、そのまま戦闘に入ってよいものか」

「うーーーーーん」

 いや、いいね。
 北の連中は力にかまけて真っ向勝負って連中ばっかだったから、罠に嵌めて皆殺しにするのは簡単だった。
 けどこの相手は違う。
 知力を総動員し、部隊の指揮と駆け引きを行って、かつ勝負所を見逃さない戦略眼が必要になってくる。正直、兵力差というのは戦場の付加要素でしかなく、それすらも簡単にひっくり返される可能性だってあるのだ。

 元帥には悪いけど、先に食い散らかさせてもらおう。
 美味しいところは、しっかりいただかなくちゃね。

「大将軍様、どうしましょうか」

「とりあえず鶴翼に組もう。ユインは右翼、サジは左翼。それぞれ2万を率いて左右から押しつぶして」

「もし敵が方向を変えてどちらかの翼に向かったらいかがしましょう?」

「その時は敵の勢いを受け止めて。その間に中央と反対の翼がやっぱり押し包む」

「はっ!」

「しゃあ! 行こうぜ!」

 ユインとサジが去っていくと、それぞれの軍を動かし鶴翼に構える。

 これでいい。
 後は臨機応変だ。

 それから1時間ほどにらみ合いが続いた。
 時刻は昼を過ぎて、一番暑い時間になってくる。

 けど相手は動かない。
 いや、動く気がない?

 それもそうか。
 相手としては、こちらが動いてきたところを迎え撃つ形にしたいはずだ。
 それなら両者の距離が縮まるのも早いから、左右に押し包まれる前に突破できる可能性がある。

 けどこの対峙にいつまで耐えられるか。
 こちらは数で圧倒的に優位に立っている分、兵たちにそこまで疲労はないだろう。逆に相手はこの兵力差に怯えが出てくるに違いない。それは兵たちの体力をどんどん削っていくはずだ。
 それを押してまで待つ理由はなんだ。

 うーーーーん、わかんないや。

「つついてみようか」

「はっ!?」

「ユインとサジに伝令。こちらから攻める。始めるよって」

「はっ!」

 伝令が駆けていく。
 そして僕様の中央本隊を動かした。
 すぐに両翼も動き出す。

 7万の兵が前に出る。

 さぁどうするジャンヌ・ダルク?
 この本隊には鉄砲隊3千と騎馬隊1万が控えている。突っ込んできたところに、鉄砲の連撃と騎馬隊による縦横無尽の突撃を食らえば、全滅コースは逃れられない。

 それでも来るのか。

 距離が詰まる。
 本陣から相手の先陣までの距離は1キロもない。
 つまり、両翼はもっと近い。

 さらに距離が詰まった。
 動かない。
 何故だ。何故動かない。
 もうこの距離はギリギリだ。
 スキル、『神算鬼謀』で見る。
 相手の意思の方向。
 前、こちらに向いてはいる。
 だが向かってくる気配がない。
 いや、後ろについた両翼が動いた。狙いは……やはり左右の翼。
 けど何故だ。本陣は動かない。錐の先端はピクリとも動かない。

 嫌な、予感。

「全軍停止! ユインとサジにも伝令を!」

 言った。けど遅かった。向こうの先頭にいる人物。旗を振ったような気がした。
 相手の両翼が動く。

 地響きが聞こえた。
 遠目に見える。敵の後方にある両翼がそれぞれ割れた。道を開けたのだ。そしてそこから馬群が飛び出した。

 それぞれほんの100騎程度。
 肩透かしをくらった。その程度、先陣が叩いて終わりだろう。
 そう思ったが違った。

「なんで!?」

 味方の両翼の先っぽが面白いくらいに突き崩されていく。
 一体何が起こったのか。

 あとでユインから聞いたところによると、馬甲(馬の鎧)をつけた馬を鎖でつないだものを走らせたのだという。
 ただそれだけだが、馬甲をつけた馬は通常より大きく見え、それを避けたとしても鎖が襲ってくるのだから、その恐怖は通常の騎馬隊とは比較にならないだろう。

 確かその戦術に聞き覚えがある。
 連環馬れんかんばとかいうやつだ。

 とにかくその連環馬で両翼の先陣が崩された。
 留まろうとする部隊は、攻め寄せる両翼の部隊に刈り取られる。

 まずいな。先陣の壊滅は士気にかかわる。
 ここは一旦退くべきか。

「敵本隊、前進してきます!」

「ちっ! 考えさせる暇もないって! 迎撃するよ! 鉄砲隊を前に出して! ユインとサジには兵をまとめて耐えるように言っちゃって!」

 相手も鉄砲隊を展開してきた。
 だが鉄砲ならこちらに分がある。絶対量が違うのだ。

 しかし、それを相手はまたも斜め上に越えてきた。
 鉄砲隊の背後から、何やら動きの重たい部隊が前に出た。それは四角の板のようなものを持って、鉄砲隊の前に出る。

 盾か。
 舌打ちする。なるほど。それで鉄砲を防ごうっていうんだろう。
 だがそれでもこちらを攻撃する時には盾から身を乗り出す必要がある。そこを狙い撃てばいいし、そもそも絶え間なく三段撃ちでもすれば、相手は顔を出すこともできなくなるし、盾もいずれは崩れるだろう。

「狙え、撃て!」

 鉄砲が発射される。
 予想通り、相手は圧倒的な物量による火力に対し、盾に隠れるしかなくなっている。
 1つ誤算だったのは、その盾がなかなかに厚いらしく、おそらく鉄で出来ているのだろう。すぐに突破できないようだ。

 なら弓兵を出してその上から鉄砲隊を潰させるか。
 そう思い、鉄砲隊を一時下げようとした時、

「馬鹿な!」

 敵の一斉射撃が行われた。
 こちらの射撃が続いているにもかかわらず、だ。
 敵は身を乗り出してもいない。

 味方の鉄砲隊がバタバタと倒れる。

 何が起こった。
 と思う前に2射目が来た。

 分かった。あの鉄の盾。銃眼が入っている。
 盾に穴を開けて、そこから鉄砲の銃口を出して発射する。そうすれば身を乗り出す危険を侵す必要なく射撃できるのだ。
 えげつないものを作る。盾が破られるか、そのほんのわずかな穴に運悪く銃弾が来ない限り射手は安全なのだから。

 あれは盾ではなく、城壁だったのか。
 連環馬に銃眼の盾。
 一朝一夕で出来るものではない。

 この日のため、というよりいつか起こる僕様たちとの戦いのために準備したということか。

「全軍撤退のかねを鳴らせ! 一旦立て直す!」

 撤退の行動は迅速だった。
 30分もたたないうちに、全軍が元の位置から1キロほど下がった位置に集まった。

 ったく、この帝国ナンバー2と言われる僕様が、こうも緒戦でやられるなんて屈辱もいいところだよ。
 とりあえず被害報告を出させて、部隊を再編する。作戦会議はそれからだ。

 そう思っていたところに、驚愕のニュースが飛んできた。

「サジ殿が戦死なさいました!」

「なんだってぇ!?」

 まさか、サジが死んだ?
 あの殺しても死ななそうな男が!?

「鎖の騎馬の攻撃をしのいだところに、突如騎馬隊が現れてあっという間にサジ殿が討たれました。しかもその騎馬隊は、さんざん部隊を掻きまわして離脱していった模様です!」

 くそ、まさかサジがこんな簡単にやられるなんて。
 これまで数年、自分に対して仕えてくれた。最初は生意気な態度取ってたけど、一度ボコってから従順な犬みたいになって言い奴だった。

 けど感傷は置いておく。
 今は戦場。それに引きずられたら死ぬ。

 とにかく左翼を指揮する人間がいなくなった。
 その下にいる者から上げるか。いや、この戦、紙一重の差で決まる気がする。
 いきなり数万の指揮を取れといって簡単にできることじゃないだろうし、どうしても僕様との呼吸が会わなくなる。
 それは致命的になるはずだ。

「左翼は僕様の本隊に合流させる。僕様の本隊を主力、ユインの部隊を遊軍として動かす。ユイン、問題ないね?」

「はい。問題ございません」

「あとは敵の動きは逐次見ておいて。再編中に襲撃受けるなんて馬鹿みたいなことはするなよ!」

 やってくれるじゃないの、ジャンヌ・ダルク。
 あんな可愛い顔して、やることえげつないんだよ。

 とにかく、一旦仕切り直しだ。
 奇策にやられたといっても、全体から見れば損害は軽微で、けが人を後送しても6万は残っている。

 構えて、一番堅実なやり方で潰していく。

 ジャンヌ・ダルク。
 そうして君を足元にひざまずかせる。そして帝都へ連れ帰って、色々な凌辱の限りを尽くさせる。絶対そうする。
 それがサジへの供養になるだろうから。
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