知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第3章 帝都潜入作戦

閑話30 アイザ(オムカ王国騎馬隊副隊長)

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 かねが鳴った。
 総退却の鉦だ。

 その音を聞くと、ブリーダは相手の騎馬隊に突っ込んだ。
 そして相手が身構えた瞬間に馬を返す。事前から決められた通りなので、私も1千を率いてそれにならった。

 敵の歩兵に突っ込んだ。
 敵は追い打ちをかけようとした時で、急に騎馬の横槍を入れられたわけだからもろかった。

 けどそれもほんの数秒。
 背後から敵の騎馬隊が迫っているのを察知すると、ブリーダはさっと兵を引いた。
 そこらへんの判断は冷静すぎてほんと惚れ惚れするくらい見事だ。いや、別にあの男が好きかどうかではなく。

 そもそもが孤児だった。
 炭鉱で働いていた両親が落盤らくばんの事故で死に、私だけが生き残った。帝国の管理下に置かれた炭鉱だった。劣悪な環境状態は、親の庇護ひごがなくなった子供など、すぐに食らい尽くす。

 だから逃げた。
 だが、まだ10歳にもほど遠い子供が生きていけるほど甘い世界ではなかった。

 すぐに行き倒れて、あぁ、このまま死ぬんだと思った。
 死んだ両親の元へと行けるんだと思うと、それも悪い事ではないと思った。

 そして拾われた。

 ブリーダの父親と、その側近を務めていたヨークの爺さんに。
 そして私は彼らに育てられることになった。

 彼らは敗残兵だった。
 帝国という巨大勢力に負け、地位を追われ、財産を奪われ、身一つ、家族一つで逃げ延びた落伍者らくごしゃ。それが山あいに1つの集落を築き、そこに逼塞ひっそくするようにして暮らしていたのだ。

 けどブリーダの父親は人格者だったのか、したう者は多く、帝国に反感を持つ者が集まって1つの勢力を成したのだ。正直、そこら辺の事情は当時の私にはよくわからなかった。どうでもよかった。とにかく日々のご飯が食べれて、安心して眠れる家があって。それだけで十分だった。

 ヨークの爺さんには気に入られたのだと思う。
 自分を孫娘と思ってくれたのかもいしれない。それも悪くないかなとちょっとだけ思った。

 ブリーダの父親は本当は優しいはずなのだけれど、いつもおっかない感じがして近寄りがたかった。

 そして、あいつブリーダと出会った。

 出会った時の印象は最悪だった。

『ふん、お前なんか由緒正しい俺の相手になんかならねっすよ!』

 殴り合いになった。

 もともと喧嘩には自信があった。腕っぷしがあり豪快な父、それをたしなめつつもどこか芯の通った強さを持った母。
 その2人を見ていたから、そして炭鉱で仕事の手伝いもしてきたから、少しは腕に自信があった。

 だから勝った。
 次は負けた。
 それから、顔を合わせれば喧嘩になり、早食いとか早飲みとかかけっことか泳ぎとか弓とか狩りとか、事あるごとに衝突した。

 そしてしばらくして、彼の父親が死んだ。
 皆が悲しみに沈む中、ひと際悲しみに打ちひしがれていたのは当然ブリーダだった。

 そんな彼を私は情けないやつと思った。所詮この程度かと。けど同時に彼の父親に対する申し訳なさが沸き上がった。こうして自分が生きているのも、あの人が拾って受け入れてくれたからだ。

『若は不器用なのだ。だがどうか、若を見捨てないでくれ』

 翌日、ヨークの爺さんに本気で懇願こんがんされた。
 そして聞かされた。
 彼の父親は私を息子のよき友人と思ってくれていたことを。
 同時に申し訳ないと思っていたらしい。女性らしい生き方をさせられなかったことに。

 王都での政変で彼は妻、要はブリーダの母を亡くしていた。そしてこの集落には女性が少なく、特に若い女性がほとんどいないので、どういったことが女性らしい生き方か教えられなかったのだという。
 どうやら私をブリーダのお嫁さんにしたかったみたいだ。

 正直、結婚なんて冗談じゃないと思った。
 けど、ブリーダが間違った時に叩きのめす補佐役になるのは別に構わないと思った。それが彼の父親への恩返しになると思ったから。

 けどトップが代替わりした後、その取り巻きも代替わりして血気盛んな奴らばっかだった。
 街を荒らしたり、帝国の食糧庫を襲ったりして、本当の山賊みたいになっていた。

 私はそれを苦々しく思っていたけど、止められるはずもなく、仕方なしにあいつの傍にいて実戦に出た。
 それをヨークの爺さんはハラハラして見ていたらしく、実際に何度かたしなめたものの効果はなかった。
 だからまた殴り合いになって、殺し合いになる寸前に部下に押さえつけられて物別れした。

 そして増長した。

 頻繁に兵を出すようになり、自分は王になる男だとか言い始めた時にはもうダメだと思った。
 だから心残りはあるけど、あいつの元を去ろうと考えた矢先――

『我が名はジャンヌ・ダルク! 王国の最前線で旗を振る者だ! この意味が分かるのならば、我が旗の元に集え!』

 あの女が現れた。

 そしてあいつは変わった。

『これからは、遠慮なく色々言って欲しいっす』

 それはこれまでのあいつからすれば、変な薬でも飲まされたのかと思うほどの変わりようだった。
 いや、飲まされたのだ。
 あの女の言葉を、拳を受けて、彼は変わった。いや、元に戻ったのかもしれない。

 正直、あの女の何がいいのか分からなかった。
 だからさっき、近くでよく見て、それでもやっぱり分からなかった。

 いや、確かに言葉に力があり、そして実績を重ねてきたのは分かる。十分に。
 だけどそこまで熱中する意味がわからなかった。若干、こんな子供に熱中するあいつに怒りを感じていたのかもしれない。
 それからはその女の元でひたすらに戦う日々となり、その中でヨークの爺さんは帰らぬ人となった。愛する者を守るため、敵中に残って。

 そして今。
 再び愛する者のために、敵中に残ることを強いられている男がいる。

「さぁ、逃げるっすよ!」

 敗走する味方を追う。けどそれはふりだ。
 私たちの目的は敵の追撃を遅らせること。
 だから反転して何度か歩兵にぶつかることになる。さらに追ってくるであろう騎馬隊1万、いや1万5千を遮ることが必要になる。

 はぁ、この男は本当にくじ運がない。いろんなところで貧乏くじを引いている気がする。

 背後から馬蹄。追ってくる。
 ブリーダの合図。
 彼は右、私は左に別れた。
 そしてそのまま反転して追ってくる敵騎馬隊のわき腹を突き破った。
 ブリーダは歩兵に向かって側面から突っ込んだ。

 一瞬、騎馬隊の陣形が乱れ、歩兵の足が鈍る。離脱したブリーダの隊と合流した。

 これをあと何回続けるのか。犠牲はまだ出ていないが、続ければ続けるほどその確率は上がる。

「大丈夫っすか。そっちは」

「私の心配をする前に自分の心配をしてください。そろそろあの3千が出てきますよ」

「うっ……そっすね」

 変わったといっても根の部分はやはり熱い男なのだろう。どこか1人で突っ走るところがある。
 それに対する自分の冷めたような物言いは、それはそれで効果てきめんなのだろう。まぁ、元からこういう方が自分に合ってたのだろうけど。

「そっちの1千は補充兵。こっちより早く走れないんすから、無理はするなっすよ」

「もうさっきの言葉を忘れたんですか? 鳥頭ですか。名門が聞いてあきれますね。自分の心配をしてください。器が知れますよ」

「ぐぐ!」

「それに、速く走れない分、一応仕込んだんで」

「使うんすか」

「当然」

 ここで力を出さずにどうする。
 死と瀬戸際のこの場所で。

「じゃあ、行くっす」

 再び反転する。今度は私が歩兵。
 そして合図。全員が鞍から弓を取り出した。

 この1千は途中で補充された騎馬隊だ。
 ブリーダ騎馬隊の何よりの強さは速さ。だがそこに入るにはまだまだ調練も馬の質も足りない。
 だがそれを待っている時間はなかった。
 だからせめて、何かしらの一芸でこの部隊を強化しないといけない。それで始めたのが騎射きしゃだった。

「構え! 撃て!」

 敵の歩兵軍の前方を横切るように動き、すれ違い様に弓を射かける。馬上で両手を放すのだ。その恐怖に敗れた者は落馬する。そして死ぬ。
 その怖さを徹底的に教え込んだ。
 だから上達は早かった。
 この騎射を教えてくれたのはヨークの爺さんだった。受け継いだとかそんな聞こえの良いことではない。ただできるからやる。使えるから使う。それだけ。

 全員が一射する。その間に、自分はもう一射した。
 敵の足が止まる。
 もう一度いけるか、いや、来る。

 敵の奥から馬蹄。
 あの総大将が出てきた。
 狙いは、私たちだ。

「隊長に合流! 行け!」

 反転。その時には、弓が飛んできた。数人が悲鳴を上げて馬から落ちた。
 相手も騎射を……。そういえば北方の異民族はよく馬を乗りこなし騎射を当たり前にこなすという話を聞いた。

 舌打ち。殿しんがりに出た。弓。馬上で体を寝そべらせて避ける。
 そのまま弓を引き絞った。上体をひねるようにして背後に撃つ。
 放った瞬間、先頭の敵が動いた。矢は空を切って後方の敵に当たる。
 もう一射。だがそれも察知したかのように、先頭が向きを変えた。

「避ける!? なんなの!?」

 こちらのタイミングを読まれているのか。
 まずい。また矢が来る。
 そう思った時、敵が進路をずらした。
 反対側。ブリーダが来たのを見て取ったのだ。

「アイザ!」

「遅い!」

 矢を避けられ、圧倒された苛立ちをブリーダにぶつけた。
 うん、これはない。今のは私が悪い。謝らないけど。

「あの大将。なかなかやる」

「っすね。甘くない」

 7万を率いる総大将。当然だ。

「そろそろ馬も限界。どうするんですか?」

 敵の歩兵との距離は開いた。これならギリギリ逃げられるだろう。
 問題は騎馬隊。ここで思いっきり逃げても、まだ前を走る歩兵に突っ込まれて大打撃を受けるだろう。

「…………」

 沈黙する。答えない。
 いや、迷っているのか。

 けど、何かを思いだしたように少しほほ笑み、そしてこちらを見る。
 その笑顔。どこか寂しさと満足と嬉しさが入り混じったもので、始めて見るその表情に、胸を突かれた。

「アイザ、こっちの1千と合わせて2千の指揮をヨロシクっす」

「え……」

「死んで来いって言われたっす。そして、帰って来いと。今が、死ぬ時っす」

 意味が分からない。
 けど、覚悟は分かった。
 何をするかも、見当がついた。

 けどダメだ。
 そんなこと認められない。

「ふざけないでください。そんなことが許されると思ってるの? そんなの犬死によ。頭悪いんじゃないですか?」

「時間がないっす。頭が悪かろうが命令っす」

「だからそんな命令聞けるわけないでしょう。もうちょっとマシな――」

「アイザ!」

 にらまれた。

「頼むっす」

 いや、頼まれた。
 本気の男の願い。

 声が出なかった。
 行かないで、か。
 死なないで、か。
 どちらも私らしくない。
 だから背を向けた。

「勝手にしてください」

「……っす。1千は俺に続け! 敵の本隊に突っ込む!」

 それは、覚悟を決めた男の叫び。

 その声を背中に受けた時、涙が出そうになった。
 別れるのが辛いんじゃない。
 喧嘩友達がいなくなるのが辛い。それだけ。

 残りの2千をまとめあげ、駆ける。反対側に。
 自然、速度が落ちた。馬が限界に来ていたから少し休ませる意味で落とした。

「副隊長、俺たちは……」

 1騎が馬を寄せてきた。
 声だけで誰か分かる。それほど付き合いのある同期だ。
 私やブリーダとは幼馴染と言って良い間柄。その男の目からは涙がこぼれている。見れば他の連中も同じだ。

「ブリーダの、隊長の命令。これから私たちは本隊に帰投する」

「だが……それでは隊長は! あいつは!」

「分かってる!」

 分かってる。けどどうしようもない。
 あの男の本気の頼み。

 それなのに、なんだか理不尽なものを感じていて、怒りなのか喜びなのか悔しさなのか科な脚さなのかよくわからない感情が――爆発した。

「あの馬鹿! なにが頼むよ! 丸投げすんな! 馬鹿、馬鹿、馬鹿!」

 呆気にとられるような、苦笑いするような部下たちの視線に気づく。

「なに?」

「え、あ、いや……その……はは、やっぱりお前らはお似合いだよ」

「はぁ? ふざけんな! 私があんな男と!? あの勝手で我がままで傲慢で短気で尊大でダメ男で変態で幼女趣味ロリコンで本当にどうしようもないやつ!」

 言ってて本気で腹が立ってきた。
 今すぐあの男にぶつけないと今夜は眠れない。

「私はあいつにちょっと文句言ってくるから。あんたたちは勝手に戻ってて」

 答えを待たず駆け出す。
 すると馬蹄が聞こえる。
 後ろ。皆がいた。

「なにしてんの?」

「別に。ちょっと自分も隊長に文句を言ってやろうと思ってね」

「あっそ……給料はでないわよ」

「期待しちゃいねぇよ」

 そっけない言葉。
 けど、なんだか胸の辺りが暖かい。

 笑っている、そんな自分に気づいた。
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