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第3章 帝都潜入作戦
閑話35 尾田張人(エイン帝国軍将軍)
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――話は少し遡る。
帝都で暴れ馬が出たという報告を受けて、事後処理を行った後の昼、俺は赤星煌夜の元を訪れた。
奴は相変わらず眠そうな顔で応対してきた。
「赤星さん。リーナちゃん見てません?」
「ええ。今日は見ていないですね。どこにいったのでしょう?」
はい嘘ケッテー。
昨日、何やら俺に隠れてドンパチしてたって話だし、おっさん少女が軍を率いて南下したのはバレバレ。
それだけならまだ我慢できた。
けどリーナちゃんがどこにもいないのと、帝都待機を命じられて何もするなと言われれば誰でもイラっとくるだろ。
だって、完全に俺って蚊帳の外じゃん?
お前は必要ないって言われたようなもんじゃん?
舐めてんの? 殺すよ?
だから赤星煌夜に聞いてみたんだけど、はぐらかされた。
こっちは裏どりしてるっつーの。
俺のスキル『天士無双』。
まさかプレイヤーに効かないってのは誤算だったけど、それでも強力なのは間違いない。
プレイヤー以外から話を聞きだせば、そこから真実が浮かび上がってくる。もちろんそこに嘘はない。俺の言葉にかかれば、嘘をつくなんて無駄無駄。
そしてリーナちゃんがこの教会地下にある牢に入れられているという証言を入手したから、こうやって赤星煌夜の元を訪れたわけだが……。
結果は御覧の通り。
何故俺に嘘をつく?
そんなに俺に知られたくないのか?
それとも、俺なんかに知らせる必要がないと思っているのか?
ならもう、どうでもいい。
そっちが好き勝手やるなら俺も好き勝手やるだけだ。
「これより奥へは一般の方はご遠慮願います」
その日の昼。
教会の隅のどこに続くか分からないドアの前だ。
そこで煌夜と似た服を着た男が立ちはだかった。
「通せ」
「……はっ」
男が鍵を取り出して開錠する。
ふん、ちょろ。
普通の人間が『天士無双』様に逆らうんじゃねぇっつーの。
「あと鍵」
差し出された鍵束をぶんどると、ドアを開いてサッと入る。
今、煌夜は宮殿の方に行っている。
なにやら今後の帝国の方針をお偉いさんと話すためらしい。
だからタイムリミットはあと3時間。
それ以内にやることやって、後はどうするかその場で考える。
階段を下りる。
それはかなり深いらしく、階段を下りる音が暗闇に響く。
最下層までついた。
そこは暗い、じめじめした空間。
いくつかの蝋燭が視界を確保しているだけで、目が慣れるのに少し時間がかかる。
「地下牢、ね……悪趣味」
はてさて、何をしでかしたらこんなところに入れられるのか。
石畳の上をコツコツと歩く。
左右に牢。誰かいるのか暗くて分からない。いたとしても生きているのか死んでいるのか分からないだろう。それほど音がなかった。俺の靴音以外。
最奥部。その右側の牢の前で立ち止まる。
いた。倒れてぐったりとしているけど、間違いなくリーナちゃんだ。白っぽい服装だったけど、この悪環境で今や灰色なのか黒なのか良く分からない色に変色している。
えっと鍵は……違う……違う……ビンゴ!
牢の扉を開ける。
うっ……酷い匂いだ。まぁいいや。とっとと脱出してお風呂に入れてあげようか。いや、まったく俺って素敵な相棒だよな。
「はい、そこまでですわ」
と、その時だ。
階段のある前方から声が聞こえたのは。
「これはこれはいけませんね。こんなところ、淑女たるわたくしが来る場所ではございませんわ。もちろん、貴方も」
蝋燭の灯りに照らし出され、その人物像が浮かび上がる。
マリー・アントワネットが着てそうな、白のレースのロングドレスの女性。頭にはフリルのついた帽子、そしてその手にはレースの手袋で覆われ、陽の光なんて当たらないこの地下においてもレースの傘をさしている。
このあからさまな違和感しかない女。
あのプレイヤーの集いとかで見た顔だ。
「確かクリスなんとか」
「クリスティーヌ・マメール。淑女ですわ。以降、お見知りおき……する必要はございませんわね。貴方は煌夜様に処刑されるのでしょうから」
「さぁ、どうだろうな」
「その余裕、気に食わないですわ」
「あんたに気に食われる必要はないね。煌夜も同じ。てかなんでこんなやつを仲間に加えたかな、馬鹿だなーあいつは」
さて、少し挑発してみたけどどうする。
俺って武闘派じゃないし、こう見えてフェミニストなんだよなぁ。
だから女性に手をあげるわけにはいかないのだ。きっと。
だが返ってきた結果は、
「……煌夜様を、馬鹿にしましたね。許しません」
え、そっち?
まさかの挑発がそっちの方に作用するとは。
「おいおい、俺を煌夜に突き出さなくていいのか?」
「いえ、突き出します。ただし、死体となった状態で! アラン!」
ちっ、このサイコ野郎が!
女が手を挙げる。
するとその背後から、スッと長身のやせぎすの男が出てきた。
こいつ、どこにいた……?
気配なさすぎだろ。
男は執事のような格好で、右目にはオラクルをしている。
髪は黒。短くそろえた男は、女の隣に並んでなるほど。中世ヨーロッパにいそうな美男美女の主従に見える。
まぁ、シチュエーションは地下牢って最悪の場所だけどな。
「やって」
女が無造作に告げる。
男は黙ったまま頷くと、こちらに足を進めた。速い。
俺はリーナちゃんを地面に横たえると、構えを取る。迎撃。消えた。下。
「ぐっ……ほっ!」
腹に執事の拳が突き刺さった。
一瞬、息が詰まる。吐き出された唾が床に垂れる。
「こ……の」
腹の痛みを耐えながら拳を繰り出す。
だが腰も入ってなければダメージで速度も遅い俺の攻撃は、相手の手で簡単に払われ、さらに顔面にカウンターをくらった。
「がっ……ぐっ……」
膝をつく。
やべ、マジ死ぬ。
だから言ったじゃん。俺、武闘派じゃないって。
そんな俺をあざ笑うように、女の甲高い声が響く。
「ほーっほほほほ! さすがわたくしのスキル『完璧すぎる私の執事』ですわ。お茶やお菓子づくりもこなす炊事洗濯掃除マッサージにお姫様だっこ、夜の朗読もあーんもパーフェクトな執事! わたくしのアランに叶う者はいませんわ!」
うわ、こいつ……スキルで執事出したのかよ。
普通に引くわー。
てかなんでプレイヤーはどっか変な奴が多いのかな。
こいつはこんなだし、煌夜は女神殺すとか言ってるし、麗明とかってのは喋んないし、リーナちゃんはちょっと血に狂っちゃってるし、あのおっさん少女はおっさんだし、元帥閣下は戦争しか見てないし、キッドとかいうトリガーハッピーがいるし、仁藤なんてゲームしか興味ないし、諸人の奴は自称博愛主義者のサディストだし。
あれ?
常識人って俺だけじゃね?
はぁ……全く自分が嫌になる。
そんな常識人が、こんなところで何やってんだか。
……本当、何やってんだ?
こんなところで、俺に似合わない肉弾戦して。
何の得がある。
何のメリットがある。
いや、決まってるよな。
もともとがそのためだったんだろうが。
「……助けんだよ」
「はぁ? なんですの?」
「俺は、助けたいだけなんだよ」
何かがフラッシュバックする。
それは誰かを助けようとした前世の記憶。
前世?
はっ、俺の前世は今も昔もナイスな尾田張人くんだろうが!
「リーナちゃん助けてんだよ、文句あっか!」
「……反省の色が見えませんね。アラン!」
ちっ、来んなよ。
執事の蹴りが飛んできた。
一瞬、その速度が落ち――頭が跳ね跳んだ。あぁ、意識が飛ぶ。いや、まだ。衝撃。もう痛くない。痛いと、感じない。そろそろマジでヤバイかも。
石畳に顔面がつく。冷たい。てゆうか酷く臭い。
こめかみに何かが乗った。
視線を上に向ける。
あの女が俺をブーツのかかとで踏んづけているらしい。
「どうですの? 優しい淑女のわたくしですから、命乞いをすれば許してあげなくもありませんわ? さぁ、命乞いしなさい、わたくしに! そして謝罪しなさい、煌夜様に! さぁ、さぁさぁさぁさぁ!」
あぁ……本当にイラっとする。
人のこと足蹴にしやがって。
声も行動もスキルも、俺が命乞いするのを待っているその恍惚とした表情も全てが気に食わない。
ったく。
しょうがねーなぁ。
「ス……ぜ」
「は? なんですの?」
「ス……ト……見え……ぜ」
「もっとはっきり言いなさい? 命乞いを、涙を浮かべて這いつくばってそして――」
「スカート……中が見えてるぜ。きったねぇ下着がよぉ」
「…………なんですって?」
恍惚の顔が凍り付く。
ゆがみに歪んだきったねぇ顔。
「アラン! この無礼者を叩き潰しなさい!」
狂気に染まった女の顔にヒステリックな怒声。
頭の上に乗ったヒールが離れた。
代わりに来るのは執事の男。
俺に馬乗りして、マウントポジションを取ると、右手を振り上げる。
スキルで出来た万能の男。きっと手加減なんてないから、その拳を振り下ろせば俺の頭を叩き潰すことなど簡単だろう。
だが、そのスキルが狙い目だ。
「止まれ」
俺の言葉に、執事の動きが――止まった。
「なに、を……やっておりますの、アラン?」
「ヒステリックなババァの言うことは聞きたくないんだとよ」
「な、なんですって!?」
正直賭けだった。
けど、蹴りが来た時におそらく無意識にスキルを発動していた。それが作用してか、蹴りの速度が一瞬遅くなったのだ。
だからこいつには俺のスキル『天士無双』が効くと踏んだ。
そして賭けに勝った。
「どけ。そして、構えろ」
執事が俺の上から消えて、そして構える。
旧主人たる、女に向かって。
ふぅ……形勢逆転だな。
ゆっくり起き上がる。
殴られた頭がガンガン痛み、殴打された体がいたるところできしむ。
それでも生きてる。
生きているから、なんだってできる。
「何をやってるの!? アラン!? アラン!」
女が悲痛な表情でヒステリックに叫ぶ。
かかっ、いいね。
圧倒的優位に立っていた奴が、逆の立場に落ちるのは見ていてスカッとする。
だから少し気分も良くなって、種明かしなんてしてしまうのだ。
うーん、俺っていいヤツ。
「俺のスキルはよぉ。プレイヤー相手には効かなかった。けど、そのスキルはプレイヤーじゃないってこと。残念だったな。あんたが何かを使役するスキルだった。それが敗因だよ」
「ありえない。アランが、淑女たるわたくしのアランがそんな……」
女がよろけて檻の間の壁を背にする。
よほど自慢の執事さんに裏切られたのがショックだったのだろう。
ダメじゃないか。
この世で信じていいのは自分独りだけ。
誰かを使役しようとするなら、使い捨てるだけにしろって。
自分の命は守るもの、他人の命は投げ捨てるもの。
そう学校でも習っただろ?
「アランんんんんんん!!」
「あの世でほざいてろ」
アランが前に出た。
そして必殺の右拳を女の顔面に向かって放った。
破壊音。
そして、執事の体が光の粒となって消えた。
どうやらプレイヤーが気を失うと消えるらしい。
女の頭の数センチ上がえぐれている。
まさか本気に顔面を潰そうと思ったわけじゃない。けどその恐怖でこの女は気絶したようだ。
「殺しはしないよ。だって俺、常識人だし、フェミニストだし」
さて、行こうかリーナちゃん。
そして帝国。
色々やらせてもらって楽しかったけど、俺をコケにしてくれたんだからこの結果も当然だよな。
そしてもう1人。
俺をコケにしてくれたやつ。
そいつには挨拶しとかないとな。
というわけで荷物を返しに、南に行こうか。
帝都で暴れ馬が出たという報告を受けて、事後処理を行った後の昼、俺は赤星煌夜の元を訪れた。
奴は相変わらず眠そうな顔で応対してきた。
「赤星さん。リーナちゃん見てません?」
「ええ。今日は見ていないですね。どこにいったのでしょう?」
はい嘘ケッテー。
昨日、何やら俺に隠れてドンパチしてたって話だし、おっさん少女が軍を率いて南下したのはバレバレ。
それだけならまだ我慢できた。
けどリーナちゃんがどこにもいないのと、帝都待機を命じられて何もするなと言われれば誰でもイラっとくるだろ。
だって、完全に俺って蚊帳の外じゃん?
お前は必要ないって言われたようなもんじゃん?
舐めてんの? 殺すよ?
だから赤星煌夜に聞いてみたんだけど、はぐらかされた。
こっちは裏どりしてるっつーの。
俺のスキル『天士無双』。
まさかプレイヤーに効かないってのは誤算だったけど、それでも強力なのは間違いない。
プレイヤー以外から話を聞きだせば、そこから真実が浮かび上がってくる。もちろんそこに嘘はない。俺の言葉にかかれば、嘘をつくなんて無駄無駄。
そしてリーナちゃんがこの教会地下にある牢に入れられているという証言を入手したから、こうやって赤星煌夜の元を訪れたわけだが……。
結果は御覧の通り。
何故俺に嘘をつく?
そんなに俺に知られたくないのか?
それとも、俺なんかに知らせる必要がないと思っているのか?
ならもう、どうでもいい。
そっちが好き勝手やるなら俺も好き勝手やるだけだ。
「これより奥へは一般の方はご遠慮願います」
その日の昼。
教会の隅のどこに続くか分からないドアの前だ。
そこで煌夜と似た服を着た男が立ちはだかった。
「通せ」
「……はっ」
男が鍵を取り出して開錠する。
ふん、ちょろ。
普通の人間が『天士無双』様に逆らうんじゃねぇっつーの。
「あと鍵」
差し出された鍵束をぶんどると、ドアを開いてサッと入る。
今、煌夜は宮殿の方に行っている。
なにやら今後の帝国の方針をお偉いさんと話すためらしい。
だからタイムリミットはあと3時間。
それ以内にやることやって、後はどうするかその場で考える。
階段を下りる。
それはかなり深いらしく、階段を下りる音が暗闇に響く。
最下層までついた。
そこは暗い、じめじめした空間。
いくつかの蝋燭が視界を確保しているだけで、目が慣れるのに少し時間がかかる。
「地下牢、ね……悪趣味」
はてさて、何をしでかしたらこんなところに入れられるのか。
石畳の上をコツコツと歩く。
左右に牢。誰かいるのか暗くて分からない。いたとしても生きているのか死んでいるのか分からないだろう。それほど音がなかった。俺の靴音以外。
最奥部。その右側の牢の前で立ち止まる。
いた。倒れてぐったりとしているけど、間違いなくリーナちゃんだ。白っぽい服装だったけど、この悪環境で今や灰色なのか黒なのか良く分からない色に変色している。
えっと鍵は……違う……違う……ビンゴ!
牢の扉を開ける。
うっ……酷い匂いだ。まぁいいや。とっとと脱出してお風呂に入れてあげようか。いや、まったく俺って素敵な相棒だよな。
「はい、そこまでですわ」
と、その時だ。
階段のある前方から声が聞こえたのは。
「これはこれはいけませんね。こんなところ、淑女たるわたくしが来る場所ではございませんわ。もちろん、貴方も」
蝋燭の灯りに照らし出され、その人物像が浮かび上がる。
マリー・アントワネットが着てそうな、白のレースのロングドレスの女性。頭にはフリルのついた帽子、そしてその手にはレースの手袋で覆われ、陽の光なんて当たらないこの地下においてもレースの傘をさしている。
このあからさまな違和感しかない女。
あのプレイヤーの集いとかで見た顔だ。
「確かクリスなんとか」
「クリスティーヌ・マメール。淑女ですわ。以降、お見知りおき……する必要はございませんわね。貴方は煌夜様に処刑されるのでしょうから」
「さぁ、どうだろうな」
「その余裕、気に食わないですわ」
「あんたに気に食われる必要はないね。煌夜も同じ。てかなんでこんなやつを仲間に加えたかな、馬鹿だなーあいつは」
さて、少し挑発してみたけどどうする。
俺って武闘派じゃないし、こう見えてフェミニストなんだよなぁ。
だから女性に手をあげるわけにはいかないのだ。きっと。
だが返ってきた結果は、
「……煌夜様を、馬鹿にしましたね。許しません」
え、そっち?
まさかの挑発がそっちの方に作用するとは。
「おいおい、俺を煌夜に突き出さなくていいのか?」
「いえ、突き出します。ただし、死体となった状態で! アラン!」
ちっ、このサイコ野郎が!
女が手を挙げる。
するとその背後から、スッと長身のやせぎすの男が出てきた。
こいつ、どこにいた……?
気配なさすぎだろ。
男は執事のような格好で、右目にはオラクルをしている。
髪は黒。短くそろえた男は、女の隣に並んでなるほど。中世ヨーロッパにいそうな美男美女の主従に見える。
まぁ、シチュエーションは地下牢って最悪の場所だけどな。
「やって」
女が無造作に告げる。
男は黙ったまま頷くと、こちらに足を進めた。速い。
俺はリーナちゃんを地面に横たえると、構えを取る。迎撃。消えた。下。
「ぐっ……ほっ!」
腹に執事の拳が突き刺さった。
一瞬、息が詰まる。吐き出された唾が床に垂れる。
「こ……の」
腹の痛みを耐えながら拳を繰り出す。
だが腰も入ってなければダメージで速度も遅い俺の攻撃は、相手の手で簡単に払われ、さらに顔面にカウンターをくらった。
「がっ……ぐっ……」
膝をつく。
やべ、マジ死ぬ。
だから言ったじゃん。俺、武闘派じゃないって。
そんな俺をあざ笑うように、女の甲高い声が響く。
「ほーっほほほほ! さすがわたくしのスキル『完璧すぎる私の執事』ですわ。お茶やお菓子づくりもこなす炊事洗濯掃除マッサージにお姫様だっこ、夜の朗読もあーんもパーフェクトな執事! わたくしのアランに叶う者はいませんわ!」
うわ、こいつ……スキルで執事出したのかよ。
普通に引くわー。
てかなんでプレイヤーはどっか変な奴が多いのかな。
こいつはこんなだし、煌夜は女神殺すとか言ってるし、麗明とかってのは喋んないし、リーナちゃんはちょっと血に狂っちゃってるし、あのおっさん少女はおっさんだし、元帥閣下は戦争しか見てないし、キッドとかいうトリガーハッピーがいるし、仁藤なんてゲームしか興味ないし、諸人の奴は自称博愛主義者のサディストだし。
あれ?
常識人って俺だけじゃね?
はぁ……全く自分が嫌になる。
そんな常識人が、こんなところで何やってんだか。
……本当、何やってんだ?
こんなところで、俺に似合わない肉弾戦して。
何の得がある。
何のメリットがある。
いや、決まってるよな。
もともとがそのためだったんだろうが。
「……助けんだよ」
「はぁ? なんですの?」
「俺は、助けたいだけなんだよ」
何かがフラッシュバックする。
それは誰かを助けようとした前世の記憶。
前世?
はっ、俺の前世は今も昔もナイスな尾田張人くんだろうが!
「リーナちゃん助けてんだよ、文句あっか!」
「……反省の色が見えませんね。アラン!」
ちっ、来んなよ。
執事の蹴りが飛んできた。
一瞬、その速度が落ち――頭が跳ね跳んだ。あぁ、意識が飛ぶ。いや、まだ。衝撃。もう痛くない。痛いと、感じない。そろそろマジでヤバイかも。
石畳に顔面がつく。冷たい。てゆうか酷く臭い。
こめかみに何かが乗った。
視線を上に向ける。
あの女が俺をブーツのかかとで踏んづけているらしい。
「どうですの? 優しい淑女のわたくしですから、命乞いをすれば許してあげなくもありませんわ? さぁ、命乞いしなさい、わたくしに! そして謝罪しなさい、煌夜様に! さぁ、さぁさぁさぁさぁ!」
あぁ……本当にイラっとする。
人のこと足蹴にしやがって。
声も行動もスキルも、俺が命乞いするのを待っているその恍惚とした表情も全てが気に食わない。
ったく。
しょうがねーなぁ。
「ス……ぜ」
「は? なんですの?」
「ス……ト……見え……ぜ」
「もっとはっきり言いなさい? 命乞いを、涙を浮かべて這いつくばってそして――」
「スカート……中が見えてるぜ。きったねぇ下着がよぉ」
「…………なんですって?」
恍惚の顔が凍り付く。
ゆがみに歪んだきったねぇ顔。
「アラン! この無礼者を叩き潰しなさい!」
狂気に染まった女の顔にヒステリックな怒声。
頭の上に乗ったヒールが離れた。
代わりに来るのは執事の男。
俺に馬乗りして、マウントポジションを取ると、右手を振り上げる。
スキルで出来た万能の男。きっと手加減なんてないから、その拳を振り下ろせば俺の頭を叩き潰すことなど簡単だろう。
だが、そのスキルが狙い目だ。
「止まれ」
俺の言葉に、執事の動きが――止まった。
「なに、を……やっておりますの、アラン?」
「ヒステリックなババァの言うことは聞きたくないんだとよ」
「な、なんですって!?」
正直賭けだった。
けど、蹴りが来た時におそらく無意識にスキルを発動していた。それが作用してか、蹴りの速度が一瞬遅くなったのだ。
だからこいつには俺のスキル『天士無双』が効くと踏んだ。
そして賭けに勝った。
「どけ。そして、構えろ」
執事が俺の上から消えて、そして構える。
旧主人たる、女に向かって。
ふぅ……形勢逆転だな。
ゆっくり起き上がる。
殴られた頭がガンガン痛み、殴打された体がいたるところできしむ。
それでも生きてる。
生きているから、なんだってできる。
「何をやってるの!? アラン!? アラン!」
女が悲痛な表情でヒステリックに叫ぶ。
かかっ、いいね。
圧倒的優位に立っていた奴が、逆の立場に落ちるのは見ていてスカッとする。
だから少し気分も良くなって、種明かしなんてしてしまうのだ。
うーん、俺っていいヤツ。
「俺のスキルはよぉ。プレイヤー相手には効かなかった。けど、そのスキルはプレイヤーじゃないってこと。残念だったな。あんたが何かを使役するスキルだった。それが敗因だよ」
「ありえない。アランが、淑女たるわたくしのアランがそんな……」
女がよろけて檻の間の壁を背にする。
よほど自慢の執事さんに裏切られたのがショックだったのだろう。
ダメじゃないか。
この世で信じていいのは自分独りだけ。
誰かを使役しようとするなら、使い捨てるだけにしろって。
自分の命は守るもの、他人の命は投げ捨てるもの。
そう学校でも習っただろ?
「アランんんんんんん!!」
「あの世でほざいてろ」
アランが前に出た。
そして必殺の右拳を女の顔面に向かって放った。
破壊音。
そして、執事の体が光の粒となって消えた。
どうやらプレイヤーが気を失うと消えるらしい。
女の頭の数センチ上がえぐれている。
まさか本気に顔面を潰そうと思ったわけじゃない。けどその恐怖でこの女は気絶したようだ。
「殺しはしないよ。だって俺、常識人だし、フェミニストだし」
さて、行こうかリーナちゃん。
そして帝国。
色々やらせてもらって楽しかったけど、俺をコケにしてくれたんだからこの結果も当然だよな。
そしてもう1人。
俺をコケにしてくれたやつ。
そいつには挨拶しとかないとな。
というわけで荷物を返しに、南に行こうか。
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ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
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