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第4章 ジャンヌの西進
第17話 ジャンヌの西進――その前に
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王都に帰還して数日。
カルゥム城塞の一件は心のしこりとして残ったものの、そればかりに気を取られている場合じゃなかった。
何よりもビンゴに向かわないとそろそろマズい。
帝国に地盤を固められたら、後は滅亡へとまっしぐらになるのだ。
だから王都に戻ってからは仕事に忙殺されることになった。
といっても、俺の仕事を誰かに頼むというもの。要は引継ぎだ。
ただこれは意外とすんなり済んだ。
というのも、
「軍については私にお任せください。ジャンヌ様は貴女にしかできないことを」
そう言ってジルが俺の仕事を引き取ったからだ。
今やオムカ軍のトップに立つ彼だ。
若すぎるという声もあったが、これまでの戦功を考えればその意見も少数にしかならない。
そんな彼が俺の仕事を巻き取ってくれるというのは、ありがたいというか、安心というか。
というわけで、俺はビンゴ攻略に集中できた。
ただその準備が色々と大変なわけで。
自分の中である程度のイメージは出来ている。
まず連れていくのは少数精鋭。
今や帝国に支配されている場所に向かうのだから、大人数で乗り込めばすぐに軍が駆け付ける。
そうなった時、おそらく兵力の差で勝負にはならないだろう。
それなら少数で潜入した方が、色々と動きやすいというもの。ただ帝都潜入の時と違うのは、帝国軍と事を構えることも視野に入れるべき――つまりある程度戦える戦力が必要ということだ。
将来的にはビンゴ領から帝国軍を駆逐するのが目的。
その大部分は元ビンゴ王国軍に任せることになるが、その中核となる部隊が欲しい。
そう考えると、俺の部隊200は格好の戦力となる。
あとクルレーンの鉄砲隊を100ほど連れていければ言うことはない。
ただそれを無断で動かすのは軍制的によろしくない。
というわけで、引き継ぎと共にその担当者と話をしているのだが。
「そこはジャンヌ様の部隊ですから、どうぞお連れください」
ジルは悩む素振りもなく、俺の要望を黙って受け入れた。
「いいのか? てか何も考えず言ってるとかないよな?」
「当然です。ジャンヌ様の護衛ですから。本当は1千、いや、1万を連れていくくらいが丁度良いのですが……」
やっぱ何も考えてないように思えるぞ……。
「まぁそれは冗談にして。今は我らも帝国も動けない時期ですから、ジャンヌ隊の扱いはお任せします」
「うん、まぁそうなんだが……なら、連れてくわ」
「ええ、そうしてください。それとこれはお願い、というかちょっといい加減にうるさいことになっていて……その、相談といいますか」
ジルにしては歯切れが悪いな。
そして少し時間を置いて彼は言った。
「サカキです」
「あぁ……」
それだけでなんとなく納得した。
「どうせ連れてけって言ってるんだろ」
「はぁ……」
「子供の遊びじゃないんだからさ……あいつもいい大人、というか責任ある立場ってのを理解してくれないと」
「出来の悪い弟を見るようですね」
「いや、もう妹とか弟はいいよ……」
ニーア、クロエ、竜胆、サカキ。
全員、今の俺より年上なのな!
「で? 連れてけって?」
「ええ、ジャンヌ様さえよければ。あいつは攻めが大好きですから、今の守りの戦では活躍の場がないのですよ」
「そうは言ってもなぁ。攻めないにせよ、反撃に出る分には重要だろう。あの突破力は」
「そうですね。ですがそれはブリーダにも可能です」
「ならブリーダを連れていく……のは辛いな。ビンゴ方面は山や森が多いから、騎馬隊は向かないし。あいつもまだ本調子じゃなさそうだし」
てか川で無駄にはしゃいで全治を伸ばした大馬鹿者だった。
「はい。サカキはその分、怪我も治り、現場復帰のために少し慣らしをしたいと。同じく怪我明けの部下、200も連れて行かせてほしいとのことで」
「リハビリってことか……うーーーーーん」
悩む。
身勝手な物言いだが、サカキと200がついてきてくれるのは心強い。
正直、万を超える帝国軍を相手にするのに、自分が動かせるのが300というのは心細いところだ。
だが同時にあいつは軍のナンバー2とも言える立ち位置にいる男。
そうそう簡単に王都を離れて良い立場にはいない。
とはいえ――
「…………」
きっと色々言われたんだろう。
ジルの顔色を見るに、これ以上負担をかけるのは可哀そうに思えてきた。
「分かった。サカキも連れてく」
その言葉でジルはホッとしたように胸をなでおろした。
「ありがとうございます。あいつも喜ぶでしょう」
「ごめんな、色々苦労かけて」
「いえ、こちらこそ。それにこれが今の私の仕事ですから」
とはいえジルの顔には疲労の色が張り付いている。
もともと帝国の属領だったオムカには文官はもとより、優秀な武官が育っていなかった。そして独立を果たしたとはいえ、この1年で文官と武官のトップであるカルキュールとハワードを失ったのだ。
圧倒的な人材不足。
それが今のこのオムカを象徴する事象で、今は亡きブソンに言ったことは嘘ではないのだ。
ジルのためにも早くビンゴ領を解放しよう。
そして喜志田を始めとして、武官や文官を引き入れてジルを楽させてやろう。というわけでビンゴ侵攻の目的がもう1つ増えたのだった。
「っと、そこまではいいけど北のヨジョー城はどうするんだ? ブリーダに任せるといってもあの機動力を城に残すのはもったいないぞ? あの部下の……えっと、前にジルと釣りしてた……」
「アイザですか?」
「そう、そのアイザ。彼女に任せるにしても若干不安がある」
先の戦で、危機に陥ったブリーダを独断で救いに行ったらしい。結果から見ればブリーダの命を助けたことになったが、一歩間違えればブリーダの部隊は全滅ということになっていた。
ブリーダを救ってくれたことは個人的には感謝しているが、そんな独断行動を起こすのは軍師の立場としては容認しがたい。
というより感情で動く指揮官は自分だけでなく味方も殺す。そういった意味で、彼女を“指揮官として”あまり信用できないでいた。
「彼女は釣りは上手いのですが……そうですね。難しいでしょう。ブリーダと彼女には今まで通り遊撃隊を率いてもらいます。今は失った部隊の再編を急いでもらっていますが」
「じゃあ誰を置く? 帝国との最前線だ。生半可な人物じゃ守り切れないだろ」
「ええ、そこはもう。ですのでアークを置こうと思います」
時間が止まった。
いや、動いている。
止まったのは俺の脳だ。
アーク?
……誰?
そんな登場人物いた?
「ええ、ようやく彼も育ってくれました。今ならヨジョー城を任せても問題はないでしょう」
「えっと……」
「おや、どうしました、ジャンヌ様? あぁ、そういえばジャンヌ様はアークと一緒に戦ったんでしたね」
え、うそ?
一緒に戦った?
いたの?
だから誰?
けどそれを言ってしまうと負けな気がする。
そして『古の魔導書』を使うのもカンニングみたいで後ろめたい。
だからここは溢れだす知力で、ジルから情報を聞き出して思い出すしかない!
カルゥム城塞の一件は心のしこりとして残ったものの、そればかりに気を取られている場合じゃなかった。
何よりもビンゴに向かわないとそろそろマズい。
帝国に地盤を固められたら、後は滅亡へとまっしぐらになるのだ。
だから王都に戻ってからは仕事に忙殺されることになった。
といっても、俺の仕事を誰かに頼むというもの。要は引継ぎだ。
ただこれは意外とすんなり済んだ。
というのも、
「軍については私にお任せください。ジャンヌ様は貴女にしかできないことを」
そう言ってジルが俺の仕事を引き取ったからだ。
今やオムカ軍のトップに立つ彼だ。
若すぎるという声もあったが、これまでの戦功を考えればその意見も少数にしかならない。
そんな彼が俺の仕事を巻き取ってくれるというのは、ありがたいというか、安心というか。
というわけで、俺はビンゴ攻略に集中できた。
ただその準備が色々と大変なわけで。
自分の中である程度のイメージは出来ている。
まず連れていくのは少数精鋭。
今や帝国に支配されている場所に向かうのだから、大人数で乗り込めばすぐに軍が駆け付ける。
そうなった時、おそらく兵力の差で勝負にはならないだろう。
それなら少数で潜入した方が、色々と動きやすいというもの。ただ帝都潜入の時と違うのは、帝国軍と事を構えることも視野に入れるべき――つまりある程度戦える戦力が必要ということだ。
将来的にはビンゴ領から帝国軍を駆逐するのが目的。
その大部分は元ビンゴ王国軍に任せることになるが、その中核となる部隊が欲しい。
そう考えると、俺の部隊200は格好の戦力となる。
あとクルレーンの鉄砲隊を100ほど連れていければ言うことはない。
ただそれを無断で動かすのは軍制的によろしくない。
というわけで、引き継ぎと共にその担当者と話をしているのだが。
「そこはジャンヌ様の部隊ですから、どうぞお連れください」
ジルは悩む素振りもなく、俺の要望を黙って受け入れた。
「いいのか? てか何も考えず言ってるとかないよな?」
「当然です。ジャンヌ様の護衛ですから。本当は1千、いや、1万を連れていくくらいが丁度良いのですが……」
やっぱ何も考えてないように思えるぞ……。
「まぁそれは冗談にして。今は我らも帝国も動けない時期ですから、ジャンヌ隊の扱いはお任せします」
「うん、まぁそうなんだが……なら、連れてくわ」
「ええ、そうしてください。それとこれはお願い、というかちょっといい加減にうるさいことになっていて……その、相談といいますか」
ジルにしては歯切れが悪いな。
そして少し時間を置いて彼は言った。
「サカキです」
「あぁ……」
それだけでなんとなく納得した。
「どうせ連れてけって言ってるんだろ」
「はぁ……」
「子供の遊びじゃないんだからさ……あいつもいい大人、というか責任ある立場ってのを理解してくれないと」
「出来の悪い弟を見るようですね」
「いや、もう妹とか弟はいいよ……」
ニーア、クロエ、竜胆、サカキ。
全員、今の俺より年上なのな!
「で? 連れてけって?」
「ええ、ジャンヌ様さえよければ。あいつは攻めが大好きですから、今の守りの戦では活躍の場がないのですよ」
「そうは言ってもなぁ。攻めないにせよ、反撃に出る分には重要だろう。あの突破力は」
「そうですね。ですがそれはブリーダにも可能です」
「ならブリーダを連れていく……のは辛いな。ビンゴ方面は山や森が多いから、騎馬隊は向かないし。あいつもまだ本調子じゃなさそうだし」
てか川で無駄にはしゃいで全治を伸ばした大馬鹿者だった。
「はい。サカキはその分、怪我も治り、現場復帰のために少し慣らしをしたいと。同じく怪我明けの部下、200も連れて行かせてほしいとのことで」
「リハビリってことか……うーーーーーん」
悩む。
身勝手な物言いだが、サカキと200がついてきてくれるのは心強い。
正直、万を超える帝国軍を相手にするのに、自分が動かせるのが300というのは心細いところだ。
だが同時にあいつは軍のナンバー2とも言える立ち位置にいる男。
そうそう簡単に王都を離れて良い立場にはいない。
とはいえ――
「…………」
きっと色々言われたんだろう。
ジルの顔色を見るに、これ以上負担をかけるのは可哀そうに思えてきた。
「分かった。サカキも連れてく」
その言葉でジルはホッとしたように胸をなでおろした。
「ありがとうございます。あいつも喜ぶでしょう」
「ごめんな、色々苦労かけて」
「いえ、こちらこそ。それにこれが今の私の仕事ですから」
とはいえジルの顔には疲労の色が張り付いている。
もともと帝国の属領だったオムカには文官はもとより、優秀な武官が育っていなかった。そして独立を果たしたとはいえ、この1年で文官と武官のトップであるカルキュールとハワードを失ったのだ。
圧倒的な人材不足。
それが今のこのオムカを象徴する事象で、今は亡きブソンに言ったことは嘘ではないのだ。
ジルのためにも早くビンゴ領を解放しよう。
そして喜志田を始めとして、武官や文官を引き入れてジルを楽させてやろう。というわけでビンゴ侵攻の目的がもう1つ増えたのだった。
「っと、そこまではいいけど北のヨジョー城はどうするんだ? ブリーダに任せるといってもあの機動力を城に残すのはもったいないぞ? あの部下の……えっと、前にジルと釣りしてた……」
「アイザですか?」
「そう、そのアイザ。彼女に任せるにしても若干不安がある」
先の戦で、危機に陥ったブリーダを独断で救いに行ったらしい。結果から見ればブリーダの命を助けたことになったが、一歩間違えればブリーダの部隊は全滅ということになっていた。
ブリーダを救ってくれたことは個人的には感謝しているが、そんな独断行動を起こすのは軍師の立場としては容認しがたい。
というより感情で動く指揮官は自分だけでなく味方も殺す。そういった意味で、彼女を“指揮官として”あまり信用できないでいた。
「彼女は釣りは上手いのですが……そうですね。難しいでしょう。ブリーダと彼女には今まで通り遊撃隊を率いてもらいます。今は失った部隊の再編を急いでもらっていますが」
「じゃあ誰を置く? 帝国との最前線だ。生半可な人物じゃ守り切れないだろ」
「ええ、そこはもう。ですのでアークを置こうと思います」
時間が止まった。
いや、動いている。
止まったのは俺の脳だ。
アーク?
……誰?
そんな登場人物いた?
「ええ、ようやく彼も育ってくれました。今ならヨジョー城を任せても問題はないでしょう」
「えっと……」
「おや、どうしました、ジャンヌ様? あぁ、そういえばジャンヌ様はアークと一緒に戦ったんでしたね」
え、うそ?
一緒に戦った?
いたの?
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