知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話15 椎葉達臣(エイン帝国プレイヤー)

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 激しい地鳴りがして、大気を震わす何かが耳鳴りを引き起こす。
 瞬間、何が起きたかを察知した。

「将軍、後退を」

「し、しかしなんなのだ!?」

「鉄砲水です。敵は川の上流でせきを作り、それを一気に切ったのです。溜まった水は怒涛どとうの勢いでこちらに向かい、まさに川を渡ろうとする我らを飲み込むでしょう」

「そ、そんなことが……」

「来ます、急いで下知げちを!」

 左手。
 川の上流に見える何か。

 それが大きな水の塊だと知覚した時、来るものが分かっていたにもかかわらず、果てしない恐怖を感じた。

「た、退却!」

 その将軍の声に、自分もハッとなる。
 自動車が突っ込んでくるのに何故皆避けないのだろうと不思議がっていたが、それがよくわかった。
 人間、巨大な恐怖に出会った時は本当に無力。体も動かなくなる。

 だからこそこの将軍、この状況下でも声を出せるのだから大したものだと感じた。

 だが、結局すべてが遅かった。
 追撃途中に突然退却命令がなされたのだ。不意のことに反応できる者は少ない。

 特に追撃の真っ最中にある先鋒の虎髭は無理だろう。
 だが、こうなった時点で負けなのだ。

 だから生き残る部分を選別トリアージした。
 将軍のいる中軍を遅らせ、先鋒だけに突っ込ませたのだ。

 今思えば、完全に相手の手のひらで踊っていたことになる。
 将軍とあの虎髭の男の逸る気持ちを見透かした、完璧な罠だ。

 あるいは、あいつならこれくらのことは思いつくのかもしれない。

 今は亡き友のことを一瞬考え、そしてすぐに現実を直視する。

「退け、退けぇ! 水に飲まれるぞ!」

 その声に、そして迫りくる鉄砲水に、事態を飲み込んだ者から敵に背を向けて逃げ出す。
 その数は次第に多くなり、誰もが必死に川岸を目指す。川岸にたどり着いても余波を気にしてさらに遠くへ。

 そして、その時は来た。

 爆発音に似た轟音が背後を通過し、それに飲まれた兵たちの悲鳴が露と消えていく。
 水しぶきから背けた顔を再び戻した時――そこには大きな川があった。

 川幅は3割ほど増え、深さは胸のあたりまでありそうだ。
 何より洪水のような激しい流れは、人なんて簡単に流すだろう。

 これだけの水量を溜めていたのだ。
 何日も前から準備していたことだろう。

 つまりここを決戦の場とすることも考えられ、そこにこうしておびき寄せられたということか。
 恐ろしいほどの知者が相手にいると思うと、思わず身震いした。

「お主の言う通り、本陣を中軍の後ろに移していなければ……」

 将軍が飛んだしぶきに全身を濡らして呆然と呟く。
 気づけば自分もずぶぬれだ。
 逃げるのに必死で気づかなかったようだ。

「おお……味方が……」

 誰かが声に出すと、それに釣られ他の人間も見る。

 増水した対岸。
 生き延びた天国のこちらと違って、対岸は地獄だった。
 背後の濁流に気を取られているところを、逆襲に出た敵の1万にさんざんに打ち破られている。

 退路を断たれ、逃げ場も援軍もない彼らは、戦意を喪失し次々と敵の刃にかかるか、濁流だくりゅうに落とされるかした。
 10分とかからず、対岸で動く味方はいなくなっていた。

「完敗だ。ザートと1万以上の兵を失った責任は全て私にある。私は自裁する。タニア、後は頼んだ」

 将軍は腰から剣を引き抜くと、それを自分の喉元に当てようとする。

「いけません、将軍!」

 タニアと呼ばれた副官が止めに入る。
 だが将軍の意思は固いらしく、そのまま無言で剣の先を見据える。

 おそらくあと数秒すれば彼は自分の喉を貫くだろう。
 だがその前に声をあげた者がいた。

「将軍、それはあまりに無責任です」

「なんだと」

 将軍がその人物――自分をにらみつける。

 その燃えるような瞳に反し、僕の心中は凍るように冷めていた。

 はぁ……責任取って自殺とか。いつの時代だよ。
 あ、現代じゃないのか、ここ。

 それでも、世界が違っても時代が違っても、変わらないことはある。
 自殺にせよ辞任にせよ、辞めることは責任を取る事にはならない。
 よく政治家とか企業の偉い人が責任を取って辞任するというニュースがあるが、そんなもの責任逃れの卑怯な行為にしか映らない。
 本当に責任を感じるなら、事態に対して真剣に取り組んで、何かしらの成果を見せてから辞任しろと言いたい。

『何か失敗したから、責任取ってやめます。後は知りません。後任の人、大変だけど頑張ってね』

 要はこういうこと。
 そんなことを言う人間を、どうして許せるだろうか。どうしてそれで責任を取ったと頷けるだろうか。

 あるいはこの僕の考えも、世間から言えばずれているのかもしれない。

 けれど、たとえずれていてもそれは僕だ。僕の考えは僕でしかない。
 だから間違っていると思えば言う。
 その先に何があろうとも。

「お主、なんと申した」

 言葉遣いは丁寧になっているが、それでもほとばしる怒りは、下手をすれば僕を殺してから自殺するように思える。
 それでも冷え切った僕の心は冷徹に言葉をつむぐ。

「無責任と申したのです、将軍。ここで自殺するなんて、責任を放り出して逃げ出すようなものです」

「貴様!」

 将軍が剣を構えなおし、こちらに突き付ける。
 鈍く光る細い金属がこちらに向く。それが人の命を奪う武器だとは誰が思うだろうか。

 怖い。
 けど、負けられない。
 腹に力を入れて反論する。

「まだ戦いは終わっていないのです。ここで将軍に死なれては、我が軍の大敗北を喧伝けんでんするようなものです」

「……どういうことだ」

 将軍の構えは変わらないけど、その声から険は取れた。
 こちらの話を聞こういうことだろう。

 幾分かの安堵を感じながらも、緊張は消えないまま言葉を続ける。

「まず第一に、今言った通り、有能な将軍の死は相手を利する――利敵行為にほかなりません。戦で破れて死ぬならばまだしも、こうして生き延びた上で死を選ぶのは、愚策でしかありません。敵としては将軍も巻き込むはずの必殺の策だったはず。しかし将軍は生き延びられた。これは敵の策を破ったことにほかなりません」

 若干、強引な言い方だけど、それでもいい。
 何より彼を死なせないことが大事だ。

「そして第二に、この敗北をしっかりと報告するには将軍が必要なのです。将軍が語るからこそ、相手の脅威が伝わります。何より煌夜教皇が危険視していたオムカ王国のジャンヌ・ダルクという者の存在を報告すべきではないでしょうか? 第三に、敵の背後を取ろうとしている対岸の兵。彼らに撤退を伝えなければ反撃に遭い全滅するでしょう。挟撃できると信じて走る軍ですから、兵を伏せられれば簡単に破られるかと」

 第三については、今から間に合うかどうか。川は増水して渡れない以上、対岸に伝令など遅れるはずもない。
 それでもそれは言わなければならないこと。

 そして何より――

「最後に、僕は貴方に生きていてもらいたいと思っている。それではいけませんか?」

 いくら戦争をしているとはいえ、人が死なないに越したことはない。
 先鋒の虎髭の男は残念だったけど、彼だって助けられるなら助けたかった。

「…………」

 将軍が口をつぐむ。
 剣をこちらに突き付ける構えは変わらないし、じっとこちらを見つめてくるその顔は真剣そのもの。

 ダメか……。
 そう思った次の瞬間、将軍は口を開き、

「分かった。その進言を受け入れよう」

 将軍が剣を降ろし、腰の鞘に納める。
 そこで初めて安堵のため息が漏れた。副官の女性もハラハラしながら見ていたようで、将軍の言葉に少し涙を浮かべていた。

「恐縮です」

 頭を少し下げる。
 すると、少し将軍が笑ったような気がした。

「伝令、出せ! なんとしてでも対岸に渡り、我れらの撤退を伝えよ! それから周囲を捜索! 他に生き残った者がいないか探せ! その後に我らは近くの砦まで退く!」

 すぐに威厳高々と軍を統括するのだから、実はこの人は相当有能な人物なのだろう。
 そういう人はやはり簡単に死んではいけない。

「ひとまず私は報告のために首都に戻らなければならん。タニア、軍をしばらく預ける。私が戻るまで西海岸を死守しろ。打って出るな。そして……シーバと言ったか」

 将軍が副官からこちらに視線を向ける。
 その表情はどこか険の取れた柔らかいものだった。

「すまないが共に首都まで来てもらえないだろうか、頼む。シーバ……殿」

 そう言って深々とお辞儀をした将軍は、さっきまで取り乱していたのが嘘のように、冷静にて威厳ある大人の男だと感じた。
 それがなんだか嬉しくて、あまり考えずとも言葉が出る。

「ええ、もちろんです」

 元の世界と何もかもが違うこの世界。
 それでもひょっとしたら、自分とずれが少ないのかもしれない。
 気づかないだけで、これも世界に対する自分だと分かっていたのなら……。

 自分は自分。

 そう気づかせてくれた里奈はいない。

 里奈。
 あぁ、里奈。

 この世界に来ているのを知っていたら、あんなところで隠棲いんせいなんてしている場合じゃなかった。
 気づいた時にはもう君は帝国にいなくなっていた。オムカという国に行っていた。

 自分は本当に色々遅い。

『私がオムカ国軍師、ジャンヌ・ダルクだ! この首、取って見ろ!』

 ジャンヌ・ダルクという名前。
 要注意人物だと聞いていた。けどまさかこんなところにいるとは思わなかった。

 里奈。
 まさか君も、そっちにいたりしないよな?

 そう思い対岸に視線を向けてみるものの、1万近くいる敵の中に、彼女の姿を見つけることは叶わなかった。
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