突然ソシャゲのマスターになった俺の顛末について

ヨージェフ

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突然ソシャゲのマスターになった俺の顛末について④

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 今日は魔物の目撃、被害報告があった為数人の能力者達と共に討伐へと繰り出していた。簡易拠点を決めて、そこで報告数等を参考に作戦を考える。数としては十五~二十体くらいらしい。中型の虎のような魔物で、驚異的なスピードで突進してきての噛み砕きや爪での切り裂き攻撃をしてくるのが特徴らしく、遠距離攻撃型やいざという時の盾になれる防御型の能力者が適任らしい。……タツヤさんの姿もあった。
 タツヤさんの能力は高威力の電撃系で、遠距離も近距離も担当出来る為大抵どの状況にも適応している。一度に攻撃出来る対象も多い。つまり、大体の討伐にいるという事だ。敵の数、能力、地理、その他諸々を加味してタツヤさんは作戦を考え、俺や助手であるシュンゲツさんに伝えてくれる。
「数はそこまでじゃないが一体一体が頑丈で苦戦するかもしれない。被害軽微を目的に一人は防御、もう一人が攻撃に専念し常に二人一組かそれ以上で行動させる。マスターに伝えて許可を」
「異論はない。待機してろ」
 拠点内で周辺地図とにらめっこしていると、タツヤさんとシュンゲツさんのやり取りが聞こえてきた。今回も作戦を考えてくれたらしい。こちらに戻ってきたシュンゲツさんから詳細を聞き、素人なのでこれが正解かはわからないが問題なさそうなので許可を出す。
「なるほど、今回の魔物は厄介そうなんですね。了解ですそれでお願いします。勿論想定外の事が起きた場合は現場判断での対処も」
「わかった。……おい許可が出たぞ」
「……チッ毎度毎度……」
 タツヤさんは舌打ちをして拠点から去っていった。その背中を睨みつけているシュンゲツさんに声を掛ける。
「あのー……毎回苦々しい顔でやり取りしてますし、僕が直接タツヤさんから作戦聞いて許可しましょうか?」
「助手を通さないといけない決まりだからな、そうしたくても出来ない」
(また変なしがらみが)
 この稀によくあるソシャゲ由来のシステムっぽい変なルールや決まり事、なんとかならないのだろうか。多分決めてるのって運営だよな。マスター名の事もあるし運営に連絡したいな、現場判断で回りくどい決まり事廃止したいな、でも連絡の仕方わからないな。はあ。
 悩んでいるとシュンゲツさんは苦笑いをしながら
「大丈夫だ、今の立場を引き続き得る為ならこれくらいの代償は想定内だからな」
と答えた。
「……? はあ」
 よくわからなくて首をかしげる。
 代償って何の……? 代償というくらいならそれなりの褒美を貰っているという事になるがどういう事だ? たまにシュンゲツさんも意図が分からない発言をするので反応に困る俺は曖昧にしか返事が出来ない。
(もしやまた『お前の傍にいられるならこれくらい平気』って意味だったのか?)
 という考えもよぎったし先日自分の発言に気づいてもいなかったシュンゲツさんがまた失言したのかなとも思った。
(俺はこれをどう受け止めればいいんだろう)
 俺は手元の地図を見ながら涼しい顔を心掛けつつ盛大に困っていた。二回ともシュンゲツさんは口を滑らせただけだろうし、その言葉の意味がざっくり言うと『お前が一番欲しかった。お前の傍にいられるなら嫌いな奴との関わりも平気だ』って事に聞こえたのは俺の考えすぎかもしれないし、更にその意味が恋愛のように感じてしまったのもきっと俺の勘違いだろうし、これが意図しない告白だった可能性なんてある訳がなく。
(アカン、混乱してきた)
 万が一、いや億が一告白だったとして、それは俺に対してでいいのだろうか。記憶を失って前世を思い出す前の『俺』に対してになるのではないか。いや記憶飛んだだけで同一人物ではあるんだけど。
(……なんとしても記憶戻そう、前の『俺』を俺の中に戻してこれをスッキリさせよう)


 俺が困っていようが問答無用で戦闘は始まった。魔物の叫び声や破裂音やら衝撃音が聞こえてくる。拠点からでも戦闘の様子は遠いが見れるので視線を向けている。
 ある人物は炎で魔物を焼き殺し、ある人物は土を盛り上がらせて魔物を潰し、見覚えのある美女の水の鞭が魔物を絡め取りそのまま窒息させている。小さい女の子が植物の蔓を伸ばし魔物の動きを止めようとするが魔物の抵抗により引きちぎられてしまう。近くにいた男性が盾を出現させて魔物の女の子への攻撃をガードしていた。時々強い光が見えるのと痺れるような音が聞こえるのはタツヤさんの電撃だろうと推測出来る。
 一際大きい魔物がマントをつけている男性の元へと駆け出した。男性は至極落ち着いた様子で、両手を掲げ巨大な炎の渦を出現させる。炎の渦がその魔物を飲み込み、一瞬にして消し炭にしてしまった。男はマントを翻し次の標的へと走り出していった。
 ……本当にこれは同じ人間のしている事なのだろうか。
(まだ慣れないな)
 人が何も無い所から炎や水、電撃を出すのは。まるでアニメや映画の世界だ。

 能力者と一言で言ってもその保持能力は多岐にわたる。討伐に有用なわかりやすく攻撃性を持っているものもあれば、生物の心を読んだり物体の情報を読み取ったりするものもある。また、同じ能力を持つ人もいるが、強弱がある。例えば同じ発火能力者でも巨大な炎の渦を出せる程の人もいれば、蝋燭やらに小さな火を灯せる程度の人もいるらしい。この組織に集められているのは召喚に応じられる程の一定水準以上の能力を持っている人だ。

 シュンゲツさんも拠点近くで戦っている。俺の守りも助手の役目なので目の届く範囲に居る筈だ。たまにゴキゴキッと骨や肉が潰れる音がしたり、大きな物が風を切る音や何かと何かがぶつかる大きな音が聞こえてくるし。
 シュンゲツさんの能力、物体を自由に動かしたり圧縮する能力は強力だが一度の能力発動での最大捕捉は一体だ。一度に二体以上の敵を動かしたり、圧縮したりは出来ない。大多数に囲まれるとどうしても対応しきれずに押し切られてしまう可能性がある。応用で、一体動かしてそいつを振り回して周りの敵にぶつけて吹き飛ばしたりは出来るのでそうして戦っている姿を何度か見た。殺傷能力は圧縮の方が高い為、単体の敵との戦闘に適している能力者と言えるだろう。
 執務室にあった能力者の一覧表やステータス表は何度も読み込んだ為、一応どんな人がいてどんな能力を持ってるのかはなんとなくは覚えられた。じゃあ炎出す能力者は誰? って聞かれて即答出来るかと言うとまだ無理だが。一覧表見ればああ、あの人! となっただけでも褒めて欲しい。ほぼ紙面上でしか知らない人ばかりだからせめて少し会話したい。人となりも覚えたい。

「すまんそっちに一匹行った!」
「え、」
 突然だった為何が聞こえたのかわからなかった。色々考え込んでいたら反応が遅れてしまった。叫ぶような誰かの声を認識し、虎型の魔物が物凄いスピードでこちらに接近しているのを理解した時には自力で避けれる距離じゃなかった。
(あ、これ死ぬ)
 自分の死を本能的に察した。魔物は咆哮を上げながら俺に向かって突進し、その大きな爪が自分に振り下ろされる動きがスローモーションに感じられた。
「マスター!」
 体を横にずらそうが後ろに飛ぼうが無駄だとわかる。
 誰かの俺を呼ぶ声を最期に、俺の人生は終わるんだ。異世界転生したのに、何にも出来ず。後悔ばかりだ。目前に迫る爪など見たくもなくて目を閉じた。顔面抉れるだろうなこれ……。

 しかし断末魔を響かせたのは俺ではなかった。聞こえてきたのは人ではなく獣の断末魔。
 え、と思って目を開けると雷に打たれたかのように電撃を浴びて苦しむ虎の魔物の姿が飛び込んできた。更にそのまま、虎の姿がゴキゴキと嫌な音をたてながら縮んでいく。ちょっといやかなりグロい。潰れていく魔物の姿を俺は呆然と見ていた。
 コロン、と元魔物だったサイコロサイズになった肉塊が地面に転がったのを確認して、俺はへなへなとその場に座り込んでしまった。俺を遥かに上回る体躯をしてい筈の虎の魔物の小さな肉塊を見て、ぼんやりと思う。
(電撃と……圧縮……という事は……)
 此方に誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。顔を上げると想像していた二人の姿が見えた。
「ありがと、ごさいます。タツヤさん、シュンさ……ゲツさん」
「あ、ああ」
「大丈夫か⁉ 怪我は⁉」
 シュンゲツさんは俺の側に片膝立てて座り両肩を掴んで、俺の様子をしっかりと確かめていた。タツヤさんは少し離れた所で此方を見ている。その顔は珍しく焦った表情をしていた。
「大丈夫ですよ、二人のお陰で怪我もしてません」 
 ほらこの通り、と腕を広げて無事をアピールする。どこも怪我してない。俺の体を手で触ったりしながら確認をしていたがそれを見てホッと表情を和らげたシュンゲツさんと違い、タツヤさんの顔は険しいままだった。眉間にシワを寄せて、怒りをあらわにしている。
「陣形乱した奴は誰だ⁉ マスターを危険にさらすなんて許される事じゃねぇぞ!」
 タツヤさんが皆に向かって叫ぶ。戦闘中に関わらず全員肩をはねさせて、青い顔をしていた。目の前の魔物よりタツヤさんの方が怖いらしい。震えながら、それでも襲ってくる魔物を相手にしている。
「魔物が走ってきたのはこっちの方角だったな……。そこの三人は後で覚悟しとけよ‼」
 指名された三人は遠くからでもより怯んでしまっているのがわかった。このままではあの三人がこの後酷い罰を受けてしまう。よく見ると、その中にはこの世界に転生したと自覚した時に部屋にいた胸とお尻が大きく身長も高い妖艶な美女もいた。気を取られそうになったが今はそれどころではない。
「タツヤさん僕はこうして無事でしたから!」
 タツヤさんのあまりの苛烈さと形相に思わず立ち上がり、シュンゲツさんをどけてタツヤさんの手を掴んで制止する。シュンゲツさんは一歩下がって、俺を通してくれた。タツヤさんは怒ったまま俺の方に顔を向ける。
「お前は甘いんだよ、気が緩んでる奴には罰が必要だろうが。お前死ぬ所だったんだぞ⁉」
「でも無事でした! 本人の僕が良い、と言ってるんです! 気を引き締める事は必要ですが罰を与える必要はありません」
「……ッ、反抗的になりやがって」
 タツヤさんは心底気に食わない、という表情で俺を睨んでいる。でも過剰な処罰を許可するわけにはいかない。でもこちらもこの激情につられて反論したらそれこそ喧嘩になってしまう。
 俺達の口論から外れたシュンゲツさんはいつの間にか少し離れた所に移動し、此方の様子をうかがっていた。タツヤさんが一線を越えるようなら止めに入ろうとしているのか、目を鋭くしてタツヤさんを睨んでいる。
(空気が張り詰めてる……)
 俺は一度ごくん、と唾を飲み込んで、深呼吸する。ヒートアップするわけにはいかない。気持ちを落ち着ける。掴んだままだったタツヤさんの手をしっかり握り、微笑むように表情を動かす。うまく笑えているだろうか。
「タツヤさん、まずは助けてくださって……そして、そこまで心配してくださってありがとうございます。本当に、嬉しいです。今回のこの件の反省は勿論しっかりしてもらいますが、処罰を与えようと思う程僕は怒ってなんていません。これで終わりで大丈夫ですから」
 本心からの気持ちを伝える。握っていたタツヤさんの手から動揺が伝わってきた。俺の軟化した態度に虚をつかれたのか、タツヤさんは気まずそうに目を逸らした。
「……チッ! わかったよ、礼は受け取っておく。……あいつらをどうにかしたりもしねぇよ」
「はい、タツヤさん」
 舌打ちをしてから、タツヤさんは俺から手を離した。そして俺をじっと見た後に背を向け、
「俺は戦闘に戻る……怪我は無いんだろう」
「はい」
「ならいい」
と、心配していた気持ちが充分伝わってくる言葉と共にその場から立ち去っていった。
「はい、引き続きよろしくお願いします」
 どうやら怒りを抑えてくれたようだ。推測だが、あの様子ならこの後あの三人に処罰を与えるような事は本当にしないでくれるだろうと思えた。
 怖い人だが、あの怒りが俺を心配してた故だとわかっていたので、今回はそこまで恐ろしくはなかった。むしろ、少し嬉しかった。なんだか胸の中心がぽかぽかと熱を持ったようだった。
 良かった~大ごとにならなくて、と安心してタツヤさんの背中を見送る。

 しかしタツヤさんが、様子を見張っていたシュンゲツさんの傍を通った時。
「俺が間に合ったからいいものを。マスターを守れないんじゃ助手失格だな。やっぱりあいつには弱いお前より俺の方がお似合いだな」
「……ッ‼ お前が手を出さなくても助けられたに決まってるだろ……‼」
 去り際にタツヤさんがシュンゲツさんに恐らく周りに聞こえないように言ったであろう台詞は勿論、そのシュンゲツさんの反応もばっちり聞こえてしまった。
(めっちゃ煽っておられる……)
 引き下がってくれたのはシュンゲツさんに対して優越感を抱いたからなのも含まれていたのかもしれない。素直に安心させてくれない人だなと思い、苦笑いした。


 その後戦闘も終わり、外では能力者の人達がタツヤさんを中心に何か話し合いや片付けをしていた。ガヤガヤと声は聞こえるが、タツヤさんの荒げる声は聞こえてこない。上手く説得出来たようで、とりあえず安心した。
 俺は簡易拠点で一人地図や報告を受けた被害状況や討伐した魔物の情報を見て、報告書の文章を考えていた。今日は書く事が多そうだ。
 集中していると誰かの足音が聞こえた為顔を上げる。そこにいたのは。
「マスターちゃん」
「あ、貴女は」
 あの美女だった。後ろにも二人いる。背が小さい女の子と俺より少し年上の男性だ。タツヤさんに怒鳴られた三人だと瞬時に察した。必死に以前見た能力者の一覧表を頭の中で再生し、目の前の三人がヒットしないか高速で探す。ここで名前を呼べないのはマスターとしてまずい。美女の能力は水だ、女の子は植物を自在に操れて、男性は確か盾を出現させる事が出来る。一覧表に写真付きで何の能力持ちか等も載っていた筈だ。思い出せ思い出せ。
「さっきは私達が油断してしまったせいで貴方を危険にさらしてしまったわ。……ごめんなさい」
「ごめん‼」
「本当に、申し訳ない!」
 三人が頭を下げて謝る。それに慌てながら、なんとか思い出せたので一人一人名前を呼ぶ。
「いいんですよ。えっと……カスミさん、ミユさん、サンジロウさん」
 美女がカスミさん、女の子がミユさん、男性がサンジロウさんで合ってた筈だ。自信満々に名前を呼んだ。
「サンジュウロウです……」
「あっすみません……」
 間違えてしまった。やらかしてしまった。慌てて弁解しようとしたが。
「いえ良いんです、何故かよく勘違いされるので」
「何故かよく勘違いされるんですか」
「マスターさんもよくお間違えになりますから、もう慣れました」
(前の『俺』も間違えてたんかい)
 理由は不明だが前の俺も間違えていたらしいので不審には思われなかったらしい。助かった。
 とりあえず、謝罪を受け入れつつ、過剰に気に病まないように伝える。三人共、でも……と納得していない様子だったが、俺の様子から少しずつ落ち着いてくれた。
「マスターちゃん、怪我はしてないかしら」
「あっはい。この通り無傷です」
 カスミさんはほっと安心し息をついた。
「あたしが悪いんだ、まだ能力を使いこなせてないから、サンジロウさんが私に気を取られたせいで魔物がすり抜けちゃって…! ごめ、ごべんなざいいい!」
 その隣でミユさんが涙をぼろぼろ流しながら、後悔を口にして泣き出してしまう。ミユさんはまだ子供だ。ステータス表に載っていた情報を見ると、能力が高い為組織に召喚されたがそのコントロールには本人も手を焼いているらしい。そのサポートをサンジュウロウさんが行っている事も書いてあった。
「カバーしきれなかった私の責任だ。君が気に病む必要はない」
 慌ててサンジュウロウさんがしゃがみ、目線を合わせながらミユさんを慰める。頭を撫でられたミユさんがサンジュウロウさんに抱きつき、その腕の中で大声で泣く。仲が良いんだな。というかサンジュウロウさんまた名前間違えられてる。それを微笑ましい表情でカスミさんが見つめている様子は、まるで親子のように見えた。

「そろそろタツヤちゃん……リーダーの元に戻らないと……多分強く怒られるわね、私達。ごめんなさいね、せめて謝罪だけでもと思って急に押しかけて」
「いえいえ。謝罪を受け入れます。次から気をつけてくれれば僕はそれで十分ですから」
「ええ、わかったわ。本当にごめんなさい」
 カスミさんは再度謝罪をし、ミユさんとサンジュウロウさんに行きましょう、と声を掛ける。
「ほら泣き止んでくれ。戻ろうミユ」
「ゔん……っ」
「それじゃあ、また後で」
「はい、また」
 ミユさんはサンジュウロウさんに抱き上げられながら、カスミさんと共に拠点を去っていった。


 三人が去った後、書類作成の為の準備や片付けをしているとまた足音が聞こえた。今度は誰だろうとまたも顔を上げると
「マスター……」
入り口に顔を俯かせたシュンゲツさんが立っていた。
「シュンさん」
 名前を呼ぶと、顔があがる。
「……マスター、悪かった。オレが気を抜いていたせいで」
 その表情はこちらが悲しくなるほど悲壮だった。足取りも重く、ゆっくりと俺の傍に歩み寄ってきた。
「先程タツヤさんにも言いましたが、こうして僕は無事だったので次から気をつけてくれればいいですよ」
 気遣うように明るめのトーンで、表情も穏やかに伝える。必要以上に罪悪感を抱いてほしくない。
 俺の傍に来たシュンゲツさんはじっと俺の顔を悲しげに見つめている。
「リョウ……」
「うわっ」
 俺の前世の名前を呟いたシュンゲツさんは、俺に寄りかかるように体を傾け、そのまま俺を弱々しく抱き締めてきた。そのまま徐々に力を込められる。まるで大切なものを壊さないように、力加減に気をつけながら。
「お前を失う事になっていたかと思うと、自分が許せない……すまなかった」
「シュンさん……」
 首筋に顔を埋められる。少しくすぐったい。
「浮かれすぎてたのかもしれない、お前の傍にいられるようになった事に」
 声が震えている。……首筋が冷たくはないので泣いてはいないだろうが、泣くのを必死に我慢しているようだ。俺に必死に縋り付いてくる。
「ちょ、どうしたんですか。いつも親切でちょっと意地悪なシュンさんらしくないですよ」
「その『いつも親切でちょっと意地悪な俺』が、浮かれてた証拠だよ……本来のオレはそんなに明るい奴じゃないんだ」
 苦しそうな声で、掠れた声で、泣きそうな声だった。
 そんな懺悔と告白を聞き、なんとか元気づけられないかと少し思案する。そして、この体勢なら、と背中にまわした手でシュンゲツさんの背中をゆっくりさする。最初ビクッとかたい反応が返ってきたが、何度も繰り返す内に力が抜けてきた。俺に身を委ねてくれるように。流れで頭をポンポン、と優しく叩いたが特に抵抗もなかった為、ゆっくり続ける。
(思いっきり抱き締められてるな……弱ってて人を頼りたい状態なんだろうけど、まさかシュンゲツさんがこんな大胆な接触してくるとは思わなかったから……ちょっと照れる)
 人に抱き締められるのは久しぶり過ぎてこそばゆい。
 いつもどこか強気で頼りがいのあるシュンゲツさんの弱ってる姿に、庇護欲か何かを感じてしまう。しかもその弱った原因は俺らしい。なんとも言えない感覚がある。その感覚を誤魔化すようにシュンゲツさんの頭と背中を撫でまくった。

 暫くそのままの体勢でいたが、ふと思った。俺がよく知ってるシュンゲツさんが本来の姿ではないのなら、本当のシュンゲツさんはどんな人なんだろう。そして、浮かれすぎてしまった程俺の傍にいる事を喜ぶようになったきっかけは何なんだろうと。
「あの、聞いてもいいですか」
「……何を」
 話しかけると、シュンゲツさんからは声は小さいが反応が返ってきた。
「前、以前の『僕』との目立った関わりは一度きりだったとか、僕に意地悪だったのは拗ねてたからだって言ってたじゃないですか。その後……自覚してるかわからないですけど、僕の傍にいる事が一番大事みたいな事言ってましたよね」
「え…………………………………言ったか?」
 どこから出したのか物凄く素っ頓狂な声をあげてシュンゲツさんは驚いた。シュンゲツさんは首筋から顔をあげた。至近距離から見つめてきて確認を取られた為、にっこり笑って答える。
「言ってました」
「…………恥っず…………」
「あはは」
 またも首筋に顔を埋められてしまった。ちらりと見えるシュンゲツさんの耳が真っ赤になっていた。やっぱり無自覚発言だったらしい。照れている。

「詳細をお尋ねしてもいいですか? 以前の『僕』との関わりを」
「……あんまり楽しい話じゃないぞ」
 そんなことはない、とても関心がある話だから退屈しなさそうで楽しみである。
「構いませんよ、僕が貴方とどう関わっていたのか、その後から今に至るまでのシュンゲツさんの変化を僕が知りたいんです」
 シュンゲツさんは僕を抱き締めている力を込め少しだけ強くした。
「じゃあ話す……オレが、リョウに命も心も救われた出来事を。もうここは撤収しないといけないから、今日の夜に執務室で待ってる」
「はい、お願いしますね」
 ゆっくりと顔を上げて俺から離れたシュンゲツさんは照れくさそうに頷いた。
 ここでの処理や片付けと帰ってからの執務ををぱぱっと終わらせて、心置きなくシュンゲツさんの話を聞こう。俺はいつになくやる気になった。
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