ハズレ聖女は花開く!

茶々

文字の大きさ
37 / 61
第一章 カラス色の聖女

町へ3

しおりを挟む
 のどかな景色が広がる中、小鳥はリュカに手を引かれながら町を目指す。
 町まであともう一息というところまで進んで来たが、すれ違った馬車は未だに一台もない。時折見える人影は、畑仕事に精を出す農家の人たちだ。

 小鳥は気持ちの良い爽やかな風に目を細めながら、すぐ隣を歩くリュカに目を向ける。


「ここまで歩いてきたのにすれ違う人が全然いないのね」

「今の時期にこっちの道を使う人は少ないからね。夏の終わり頃からはこっちの道にも人が沢山通るようになるよ」

 今小鳥が歩いているこの道は、町から農村へと続く比較的小さな道だ。少し前までは野菜を運ぶ荷馬車が通っていたが、今はもう春の出荷物の時期が終わったそうだ。これから夏の終わりまでは農村の人たちは畑仕事に勤しみ、豊かな実りを迎えた頃にまた荷馬車が行き交うようになる。

「リュカは町には用がないんだよね?それならどうしてあの林にいたの?」

「ボクはちょっとした探し物をしてたんだ。見つからないなー困ったなーって思ってたら、君があの林にいる姿が見えたから今度は話してみようかなって思ったの」

「その口ぶりだと私のこと知ってるみたいに聞こえるんだけど、私とリュカは初対面だよね?」

「そっか!あの時、ボクの姿は隠してたから小鳥には見えなかったんだね」

 あの時とはいつなのか、と小鳥がいぶかしんでいると、リュカはクスリと小さく笑い声を漏らす。

「君が不埒ふらちな人間たちに森で害されそうになってた時だよ。あの時のこと覚えてるでしょ?」

「忘れられる訳がないよ……。まさか聖職者に殺されそうになるなんて思ってもみなかったわ……」

「アレが聖職者ねぇ……。ボクはあの夜も探し物をしていたんだけど、突然精霊に呼ばれたような気がしてね。そこに向かってみたら君がいたんだ。なんとなく放っておけなくてほんの少しだけ手助けしたの」

 なんとあの夜に小鳥のことを助けてくれたらしい。辺りには、小鳥を殺そうとした神殿の関係者以外誰もいないと思ったが、リュカは密かにその場にいたようだ。

「全然気が付かなかった。リュカが助けてくれてたなんて……。あ、もしかしてあの時に聞こえて鈴の音はリュカが?」

「聞こえてたんだ!小鳥は耳が良いんだね。そうだよ、あの鈴はボクからのほんの少しの手助け」

「あの鈴の音のおかげで急に身体が動くようになって逃げられたの。本当にありがとう。リュカのおかげで今の私の命があるわ…」

 リュカはその大きな月のような金の瞳を瞬かせると、不思議そうに小鳥の顔を覗き込む。

「ボクは精霊の呼び掛けに応えるついでに、少しだけあの場の淀んだ空気を払っただけだよ?身体に作用したのは他の者の力だと思うけど……。あの時は応えてすぐ立ち去っちゃったからなぁ……」

「そうなの?もしかしたら森の妖精たちが助けてくれたのかも。食べ物をくれたり森の道案内をしてくれて、町に出られる道を教えてくれたの」

「妖精は気まぐれだけど気に入った者には幸運をもたらすからね。でも、あの夜は違うかなぁ。多分だけど複数の精霊が関与しているんだと思う。もしかすると小鳥は精霊の愛し子なのかもね」

「精霊の愛し子?」

「うん。精霊たちのお気に入りの人間のこと。でももしそうならもっとこう、愛されてる感じがあるはずなんだけどなぁ…」

 小鳥は首を傾げながら考える。精霊に愛されるような事をした記憶は一切ない。もし、精霊に助けられたのだとしたのなら、それは彼らの気まぐれだろう。
 魔力も魔術属性もない小鳥に目を掛けるよりも、同時に召喚されたアンジェリカやレイアの方へ心を傾けるはずだ。

 小鳥が精霊について考えていると、ふと森の妖精の言葉を思い出した。

「ねえ、妖精に春の匂いがするって言われたんだけど、どういう事かリュカは分かる?」

「うん!小鳥は春の加護を受けているからね。それよりほら!もうすぐ町に着くよ!そのマントはちょっと目立つからまずは薬草を売って、服を買ってしまおうね」

 話し込んでいるうちにいつの間にか町のすぐ目の前まで来ていたようだ。
 小鳥はリュカの手を離し服装を整え始める。マントから豪華なエメラルドのブローチを外すと、胸元へと押し込んで隠す。手に持っていた薬草のユンリューゲルをリュカに預け、小鳥はマントの合わせがズレないように両手で押さえる。これで多少風が吹いてもマントが捲れることはないだろう。
 大きく息を吸い込み気合いを入れると、小鳥は町へと足を踏み入れた。


 その町はこじんまりとしていたが、人々が忙しなく行き交っており活気があった。
 露天の屋台には美味しそうな食べ物が並んでおり、なんとも美味しそうな匂いが小鳥の鼻をくすぐる。串焼きの肉や薄切りのパンの上に具とチーズを乗せた物など、神殿では出されなかった料理が多く並んでいた。
 小鳥が露天の食べ物に目を奪われている事に気付いたリュカは小さく笑いながら、小鳥が羽織ったマントを軽く引っ張った。

「ほらほら。まずは薬草を売るんでしょ?それに早くあの人間たちを助けたいんじゃなかったっけ?」

「そうだった!つい美味しそうで惑わされてしまったわ……。薬草を売るならどこがいいか分かる?」

「薬草の買い取りなら薬屋だね。この町の薬屋はあっちの小道を行ったところにあるんだ。はぐれると危ないからちゃんと側にいるんだよ?」

「うん、分かった。リュカがいてくれて本当に助かるわ」

「ふふ、もっと褒めてくれてもいいよ?」


 小鳥とリュカはお喋りをしながら、大通りから外れた小道へと進んで行く。小さな店が多く並ぶこの場所はなかなかの賑わいだ。
 人を避けながら進めば、草の絵が描かれた看板が出された店へと辿り着く。どうやらこの店が目的の薬屋のようだ。周囲の店よりも年季の入ったその外観はなんとも味わい深い。

 カランカラン、とドアベルを鳴らしながら飴色の木で出来た扉を開く。店内に入らずとも扉を開いただけで、ハーブにも似た薬草の爽やかな香りが漂ってくる。

「おや、誰かと思ったら。久しぶりじゃないか。前に来たのは何年前だったかね?」

「サラサ、久しぶりだね。早速だけど今日はこれを買い取って欲しいんだ」

「ほう。これはまた上質なユンリューゲルだこと。それにしても、お前さんが連れと一緒にいるなんて珍しいね」

 サラサと呼ばれた白髪の老婆は小鳥へと視線を移す。優しげな風貌であるが、小鳥を見つめるその眼光は鋭い。

「可愛いでしょ?ボクの友達だよ。その薬草もこの子が見つけたんだ。さぁ、早く査定を終わらせて!これからこの子の服を買いに行かないといけないんだから!」

「その格好から見るに何か事情がありそうだね。うちの娘が昔着てた服がまだあったはずだから、格安で譲ってあげようか?」

「いいんですか?」

「捨てるのが面倒で置きっぱなしにしてた物だからかまわないよ。サイズもお前さんに合うだろう。探してくるからちょっと待ってておくれ」

「ありがとうございます!」

 どうやらこの建物は店と家が一体になった作りのようで、サラサは店の奥へと去って行った。二階へ上がったのか上からガタゴトと物音が聞こえてくる。


「サラサは良い目をした薬師なんだよ。今でもその目は衰えていないようだね」

 リュカは壁に吊られている薬草を一つ一つ確かめるように見ている。小鳥には壁にある薬草の良し悪しは分からないが、リュカの目にはその判別がつくようだ。

 小鳥は薬草を見つめるリュカの横顔を眺めながら、サラサが戻ってくるのを待った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...