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第一章 カラス色の聖女
町へ3
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のどかな景色が広がる中、小鳥はリュカに手を引かれながら町を目指す。
町まであともう一息というところまで進んで来たが、すれ違った馬車は未だに一台もない。時折見える人影は、畑仕事に精を出す農家の人たちだ。
小鳥は気持ちの良い爽やかな風に目を細めながら、すぐ隣を歩くリュカに目を向ける。
「ここまで歩いてきたのにすれ違う人が全然いないのね」
「今の時期にこっちの道を使う人は少ないからね。夏の終わり頃からはこっちの道にも人が沢山通るようになるよ」
今小鳥が歩いているこの道は、町から農村へと続く比較的小さな道だ。少し前までは野菜を運ぶ荷馬車が通っていたが、今はもう春の出荷物の時期が終わったそうだ。これから夏の終わりまでは農村の人たちは畑仕事に勤しみ、豊かな実りを迎えた頃にまた荷馬車が行き交うようになる。
「リュカは町には用がないんだよね?それならどうしてあの林にいたの?」
「ボクはちょっとした探し物をしてたんだ。見つからないなー困ったなーって思ってたら、君があの林にいる姿が見えたから今度は話してみようかなって思ったの」
「その口ぶりだと私のこと知ってるみたいに聞こえるんだけど、私とリュカは初対面だよね?」
「そっか!あの時、ボクの姿は隠してたから小鳥には見えなかったんだね」
あの時とはいつなのか、と小鳥が訝しんでいると、リュカはクスリと小さく笑い声を漏らす。
「君が不埒な人間たちに森で害されそうになってた時だよ。あの時のこと覚えてるでしょ?」
「忘れられる訳がないよ……。まさか聖職者に殺されそうになるなんて思ってもみなかったわ……」
「アレが聖職者ねぇ……。ボクはあの夜も探し物をしていたんだけど、突然精霊に呼ばれたような気がしてね。そこに向かってみたら君がいたんだ。なんとなく放っておけなくてほんの少しだけ手助けしたの」
なんとあの夜に小鳥のことを助けてくれたらしい。辺りには、小鳥を殺そうとした神殿の関係者以外誰もいないと思ったが、リュカは密かにその場にいたようだ。
「全然気が付かなかった。リュカが助けてくれてたなんて……。あ、もしかしてあの時に聞こえて鈴の音はリュカが?」
「聞こえてたんだ!小鳥は耳が良いんだね。そうだよ、あの鈴はボクからのほんの少しの手助け」
「あの鈴の音のおかげで急に身体が動くようになって逃げられたの。本当にありがとう。リュカのおかげで今の私の命があるわ…」
リュカはその大きな月のような金の瞳を瞬かせると、不思議そうに小鳥の顔を覗き込む。
「ボクは精霊の呼び掛けに応えるついでに、少しだけあの場の淀んだ空気を払っただけだよ?身体に作用したのは他の者の力だと思うけど……。あの時は応えてすぐ立ち去っちゃったからなぁ……」
「そうなの?もしかしたら森の妖精たちが助けてくれたのかも。食べ物をくれたり森の道案内をしてくれて、町に出られる道を教えてくれたの」
「妖精は気まぐれだけど気に入った者には幸運をもたらすからね。でも、あの夜は違うかなぁ。多分だけど複数の精霊が関与しているんだと思う。もしかすると小鳥は精霊の愛し子なのかもね」
「精霊の愛し子?」
「うん。精霊たちのお気に入りの人間のこと。でももしそうならもっとこう、愛されてる感じがあるはずなんだけどなぁ…」
小鳥は首を傾げながら考える。精霊に愛されるような事をした記憶は一切ない。もし、精霊に助けられたのだとしたのなら、それは彼らの気まぐれだろう。
魔力も魔術属性もない小鳥に目を掛けるよりも、同時に召喚されたアンジェリカやレイアの方へ心を傾けるはずだ。
小鳥が精霊について考えていると、ふと森の妖精の言葉を思い出した。
「ねえ、妖精に春の匂いがするって言われたんだけど、どういう事かリュカは分かる?」
「うん!小鳥は春の加護を受けているからね。それよりほら!もうすぐ町に着くよ!そのマントはちょっと目立つからまずは薬草を売って、服を買ってしまおうね」
話し込んでいるうちにいつの間にか町のすぐ目の前まで来ていたようだ。
小鳥はリュカの手を離し服装を整え始める。マントから豪華なエメラルドのブローチを外すと、胸元へと押し込んで隠す。手に持っていた薬草のユンリューゲルをリュカに預け、小鳥はマントの合わせがズレないように両手で押さえる。これで多少風が吹いてもマントが捲れることはないだろう。
大きく息を吸い込み気合いを入れると、小鳥は町へと足を踏み入れた。
その町はこじんまりとしていたが、人々が忙しなく行き交っており活気があった。
露天の屋台には美味しそうな食べ物が並んでおり、なんとも美味しそうな匂いが小鳥の鼻をくすぐる。串焼きの肉や薄切りのパンの上に具とチーズを乗せた物など、神殿では出されなかった料理が多く並んでいた。
小鳥が露天の食べ物に目を奪われている事に気付いたリュカは小さく笑いながら、小鳥が羽織ったマントを軽く引っ張った。
「ほらほら。まずは薬草を売るんでしょ?それに早くあの人間たちを助けたいんじゃなかったっけ?」
「そうだった!つい美味しそうで惑わされてしまったわ……。薬草を売るならどこがいいか分かる?」
「薬草の買い取りなら薬屋だね。この町の薬屋はあっちの小道を行ったところにあるんだ。はぐれると危ないからちゃんと側にいるんだよ?」
「うん、分かった。リュカがいてくれて本当に助かるわ」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいよ?」
小鳥とリュカはお喋りをしながら、大通りから外れた小道へと進んで行く。小さな店が多く並ぶこの場所はなかなかの賑わいだ。
人を避けながら進めば、草の絵が描かれた看板が出された店へと辿り着く。どうやらこの店が目的の薬屋のようだ。周囲の店よりも年季の入ったその外観はなんとも味わい深い。
カランカラン、とドアベルを鳴らしながら飴色の木で出来た扉を開く。店内に入らずとも扉を開いただけで、ハーブにも似た薬草の爽やかな香りが漂ってくる。
「おや、誰かと思ったら。久しぶりじゃないか。前に来たのは何年前だったかね?」
「サラサ、久しぶりだね。早速だけど今日はこれを買い取って欲しいんだ」
「ほう。これはまた上質なユンリューゲルだこと。それにしても、お前さんが連れと一緒にいるなんて珍しいね」
サラサと呼ばれた白髪の老婆は小鳥へと視線を移す。優しげな風貌であるが、小鳥を見つめるその眼光は鋭い。
「可愛いでしょ?ボクの友達だよ。その薬草もこの子が見つけたんだ。さぁ、早く査定を終わらせて!これからこの子の服を買いに行かないといけないんだから!」
「その格好から見るに何か事情がありそうだね。うちの娘が昔着てた服がまだあったはずだから、格安で譲ってあげようか?」
「いいんですか?」
「捨てるのが面倒で置きっぱなしにしてた物だからかまわないよ。サイズもお前さんに合うだろう。探してくるからちょっと待ってておくれ」
「ありがとうございます!」
どうやらこの建物は店と家が一体になった作りのようで、サラサは店の奥へと去って行った。二階へ上がったのか上からガタゴトと物音が聞こえてくる。
「サラサは良い目をした薬師なんだよ。今でもその目は衰えていないようだね」
リュカは壁に吊られている薬草を一つ一つ確かめるように見ている。小鳥には壁にある薬草の良し悪しは分からないが、リュカの目にはその判別がつくようだ。
小鳥は薬草を見つめるリュカの横顔を眺めながら、サラサが戻ってくるのを待った。
町まであともう一息というところまで進んで来たが、すれ違った馬車は未だに一台もない。時折見える人影は、畑仕事に精を出す農家の人たちだ。
小鳥は気持ちの良い爽やかな風に目を細めながら、すぐ隣を歩くリュカに目を向ける。
「ここまで歩いてきたのにすれ違う人が全然いないのね」
「今の時期にこっちの道を使う人は少ないからね。夏の終わり頃からはこっちの道にも人が沢山通るようになるよ」
今小鳥が歩いているこの道は、町から農村へと続く比較的小さな道だ。少し前までは野菜を運ぶ荷馬車が通っていたが、今はもう春の出荷物の時期が終わったそうだ。これから夏の終わりまでは農村の人たちは畑仕事に勤しみ、豊かな実りを迎えた頃にまた荷馬車が行き交うようになる。
「リュカは町には用がないんだよね?それならどうしてあの林にいたの?」
「ボクはちょっとした探し物をしてたんだ。見つからないなー困ったなーって思ってたら、君があの林にいる姿が見えたから今度は話してみようかなって思ったの」
「その口ぶりだと私のこと知ってるみたいに聞こえるんだけど、私とリュカは初対面だよね?」
「そっか!あの時、ボクの姿は隠してたから小鳥には見えなかったんだね」
あの時とはいつなのか、と小鳥が訝しんでいると、リュカはクスリと小さく笑い声を漏らす。
「君が不埒な人間たちに森で害されそうになってた時だよ。あの時のこと覚えてるでしょ?」
「忘れられる訳がないよ……。まさか聖職者に殺されそうになるなんて思ってもみなかったわ……」
「アレが聖職者ねぇ……。ボクはあの夜も探し物をしていたんだけど、突然精霊に呼ばれたような気がしてね。そこに向かってみたら君がいたんだ。なんとなく放っておけなくてほんの少しだけ手助けしたの」
なんとあの夜に小鳥のことを助けてくれたらしい。辺りには、小鳥を殺そうとした神殿の関係者以外誰もいないと思ったが、リュカは密かにその場にいたようだ。
「全然気が付かなかった。リュカが助けてくれてたなんて……。あ、もしかしてあの時に聞こえて鈴の音はリュカが?」
「聞こえてたんだ!小鳥は耳が良いんだね。そうだよ、あの鈴はボクからのほんの少しの手助け」
「あの鈴の音のおかげで急に身体が動くようになって逃げられたの。本当にありがとう。リュカのおかげで今の私の命があるわ…」
リュカはその大きな月のような金の瞳を瞬かせると、不思議そうに小鳥の顔を覗き込む。
「ボクは精霊の呼び掛けに応えるついでに、少しだけあの場の淀んだ空気を払っただけだよ?身体に作用したのは他の者の力だと思うけど……。あの時は応えてすぐ立ち去っちゃったからなぁ……」
「そうなの?もしかしたら森の妖精たちが助けてくれたのかも。食べ物をくれたり森の道案内をしてくれて、町に出られる道を教えてくれたの」
「妖精は気まぐれだけど気に入った者には幸運をもたらすからね。でも、あの夜は違うかなぁ。多分だけど複数の精霊が関与しているんだと思う。もしかすると小鳥は精霊の愛し子なのかもね」
「精霊の愛し子?」
「うん。精霊たちのお気に入りの人間のこと。でももしそうならもっとこう、愛されてる感じがあるはずなんだけどなぁ…」
小鳥は首を傾げながら考える。精霊に愛されるような事をした記憶は一切ない。もし、精霊に助けられたのだとしたのなら、それは彼らの気まぐれだろう。
魔力も魔術属性もない小鳥に目を掛けるよりも、同時に召喚されたアンジェリカやレイアの方へ心を傾けるはずだ。
小鳥が精霊について考えていると、ふと森の妖精の言葉を思い出した。
「ねえ、妖精に春の匂いがするって言われたんだけど、どういう事かリュカは分かる?」
「うん!小鳥は春の加護を受けているからね。それよりほら!もうすぐ町に着くよ!そのマントはちょっと目立つからまずは薬草を売って、服を買ってしまおうね」
話し込んでいるうちにいつの間にか町のすぐ目の前まで来ていたようだ。
小鳥はリュカの手を離し服装を整え始める。マントから豪華なエメラルドのブローチを外すと、胸元へと押し込んで隠す。手に持っていた薬草のユンリューゲルをリュカに預け、小鳥はマントの合わせがズレないように両手で押さえる。これで多少風が吹いてもマントが捲れることはないだろう。
大きく息を吸い込み気合いを入れると、小鳥は町へと足を踏み入れた。
その町はこじんまりとしていたが、人々が忙しなく行き交っており活気があった。
露天の屋台には美味しそうな食べ物が並んでおり、なんとも美味しそうな匂いが小鳥の鼻をくすぐる。串焼きの肉や薄切りのパンの上に具とチーズを乗せた物など、神殿では出されなかった料理が多く並んでいた。
小鳥が露天の食べ物に目を奪われている事に気付いたリュカは小さく笑いながら、小鳥が羽織ったマントを軽く引っ張った。
「ほらほら。まずは薬草を売るんでしょ?それに早くあの人間たちを助けたいんじゃなかったっけ?」
「そうだった!つい美味しそうで惑わされてしまったわ……。薬草を売るならどこがいいか分かる?」
「薬草の買い取りなら薬屋だね。この町の薬屋はあっちの小道を行ったところにあるんだ。はぐれると危ないからちゃんと側にいるんだよ?」
「うん、分かった。リュカがいてくれて本当に助かるわ」
「ふふ、もっと褒めてくれてもいいよ?」
小鳥とリュカはお喋りをしながら、大通りから外れた小道へと進んで行く。小さな店が多く並ぶこの場所はなかなかの賑わいだ。
人を避けながら進めば、草の絵が描かれた看板が出された店へと辿り着く。どうやらこの店が目的の薬屋のようだ。周囲の店よりも年季の入ったその外観はなんとも味わい深い。
カランカラン、とドアベルを鳴らしながら飴色の木で出来た扉を開く。店内に入らずとも扉を開いただけで、ハーブにも似た薬草の爽やかな香りが漂ってくる。
「おや、誰かと思ったら。久しぶりじゃないか。前に来たのは何年前だったかね?」
「サラサ、久しぶりだね。早速だけど今日はこれを買い取って欲しいんだ」
「ほう。これはまた上質なユンリューゲルだこと。それにしても、お前さんが連れと一緒にいるなんて珍しいね」
サラサと呼ばれた白髪の老婆は小鳥へと視線を移す。優しげな風貌であるが、小鳥を見つめるその眼光は鋭い。
「可愛いでしょ?ボクの友達だよ。その薬草もこの子が見つけたんだ。さぁ、早く査定を終わらせて!これからこの子の服を買いに行かないといけないんだから!」
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