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しおりを挟むもうもうと立ち込める瘴気の中、ステラフィアラはただ一人そこに立っていた。
すぐ目の前には、今まさに事切れようとしている熊よりも大きな魔獣が一匹。
程なくしてグルル、と力なく唸り声を上げた魔獣は黒い霧となり霧散していき、それを追うように辺りの瘴気も段々と薄くなっていった。
そして、その場には真っ黒な石とステラフィアラだけがぽつんと残された。
(はぁ……これでやっと王都に帰れる……。ひと月ぶりだっけ? シルヴェリオ様、偉いねって褒めてくれるかな……)
ステラフィアラはどんよりとした空を見上げながら、遠く離れた王城にいる婚約者に想いを馳せる。
ステラフィアラだけの、最愛の王子様。
王太子である彼の地盤をより盤石にするためにここまで頑張ってきた。
痛くても苦しくても我慢して、彼のためだけに行きたくもない魔物の討伐にこうして赴いているのだ。
(ずっとずっと昔から愛しいの。私に優しくしてくれる大好きな銀色の王子様。………でも)
心の片隅にうっすら積もっている違和感に目を向けようとした時、後方から声が掛けられた。
「聖女様! 魔獣の討伐ご苦労様でした!」
魔獣の気配が消えたことを察知し、森の奥からやってきたのは三人の騎士。
本来であれば、彼らのような大柄でたくましい騎士達がメインとなり魔獣の討伐に当たるのだが、それがステラフィアラの仕事となったのはいつの事だったか。
騎士達がステラフィアラの近くまで来ると、そろった動作で膝をつき、労いの言葉をかけてきた。
「お疲れ様でした! お怪我はありませんか?」
「はい。大丈夫です」
「魔力の方はいかがですか?」
「そちらも問題ありません。……まだ討伐すべき魔物がいますか?」
「いえ! 本日はこれで終了です。では……」
騎士の一人が目配せをすると控えていた別の騎士が立ち上がり、魔獣がいた場所にゴロリと落ちている黒い石、〝瘴魔〟石と呼ばれるものを拾い上げる。
そして、うやうやしくステラフィアラに向かってそれを差し出した。
「さぁ、どうぞお召し上がりください」
真っ白なハンカチの上に乗せられた魔瘴石に目を向け、ステラフィアラは小さくため息をつく。
聖女であるステラフィアラは、一番嫌いな最後の仕上げをしなければならないのである。
「さぁ、聖女様。聖なるお力をお示しください」
「……はい」
騎士から瘴魔石を受け取ると、心を無にしてそれに歯を立てる。
――ガリ、ガリリ
鼻に抜ける嫌な臭いも、舌にまとわりつくゾッとする味も、どれだけ食べても慣れることはない。
(これが終わればシルヴェリオ様に会えるから……)
幼い頃からずっと、彼への想いだけがステラフィアラを支えていた。
愛する人のためであれば頑張れる、と。
騎士達が見守る中、最後の一欠片をごくりと飲み込んだ。
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